絆に結ばれて 2
ガンナーズ戦(ホーム)から最初の五輪予選が終わる頃までのジノザキ。一応回想のものも含めて出来るだけ時系列に並べてみました。そのため展開2系統がグチャグチャ混ざった形となりなんとも読みにくく申し訳ないです。章タイトルが2文字のものが裏でそれ以外が表ですのでそれを目安にしていただければ幸いです。因みに作中ジーノが使用している包丁はハーブチョッパーです。
揺動
ベッドの中、二人は少し遅めの朝を迎えていた。目覚めると隣にいる相手が気持ちよさそうに眠っているので、その事がお互いとても嬉しくて、ウトウト自分も二度寝する。そんなのんびりとした時間を繰り返し繰り返し、赤崎がしっかりと目を覚ます頃には、蕩けてしまいそうな穏やかな顔をして微笑むジーノの顔があった。
「あ……」
「おはよ、ザッキー」
「おはようございます。なんだ起きてんなら起こしてくれれば」
「だってなんだか勿体なくて、もう少しこうしていたいなぁって」
頬に触れるジーノの指先。その弧を描く親指が擽ったくて、赤崎はホンの少し首を竦める。優しい戯れ?淫靡の触れ合い?それはどちらともつかない微かな接触だった。ジーノはクスクス笑いながら赤崎を抱き寄せ、やはりあやふやなキスをそっと耳元に落としていく。そのあまりにも繊細なジーノの甘さが赤崎の心をゆるやかに包み込んでいく。
「今日は練習オフだし、別にいいよね?」
「ああ、まあ確かに」
それを聞いたジーノはとても嬉しそうに、フフフ、と笑い、ありがと、と小さく感謝の言葉を囁いた。
「アクセクしないで、たまにはのんびりしよう」
二人の離別と再会、ギリギリの体調の中でこなす連戦。昨日、そのあらゆる疲れがピークに達した頃にかかってきた一本の電話。ナショナルチーム選出の報によって、二人だけの無邪気な時間は興奮冷めやらぬ夜となった。赤崎は電話とメールの返信に明け暮れ、やっとベッドに戻れた頃には二人もう泥のように疲れていて、二人きり身を寄せることを堪能する暇もないうちに夢も見ない眠りに引き込まれてしまった。
そんな二人の迎えた、まるで目覚めながらも眠りから覚めない、まどろみに似たあやふやな朝。体がだるく、ただそこに触れる互いの肌と温かさがあるだけで夢のような幸せを感じる不思議な時間。タフな生活がまた待っている。そこに戻る前に、ほんの少しでもいいから休息を、とそれぞれが同じ思いの強さで何も考えない怠惰な時を必要としていた。
* * *
ジーノのその日の触れ方はとても不思議なものだった。まるで眠りを誘っているのかのように優しくもあり、その反対にゆらりと性感情を煽っているようでもある。物足りないような絶妙なような、それでもふわふわと気持ちが良くて、赤崎は返事をしないままにジーノの腕の中で寛ぎ、その身の全てを男に預け続ける。
宝物のように赤崎を抱え込むジーノの姿は、まるで生まれたてのか弱い子猫に毛繕いを試みる親猫だった。時々やんわりと赤崎の前髪を掻き上げてはその生え際に唇をそっと押し当ててみたりしている。髪を掻き上げる指先が少しずつ移動して、今は親指の腹で毛並みを確かめるように眉毛に触れている。眉尻にむかって何度も何度も這わせてみては、時々逆毛にするように眉頭に。そうして、やはり、その場所にもそっと置くようなキスをした。どうやら口付ける行為は、奇妙なジーノの細やかなチェック作業の完了の合図であるようだった。その後、目元、鼻筋、頬、耳、くるりと降りて顎のライン、そして唇。そうっと指でさすり、やはり最後の仕上げに唇の繊細でそれを確認するように触れては去っていく。
「フフ、リンパマッサージもどき。気持ちいいかい?疲れが取れる」
とても穏やかな時間だった。心地よくて、でもやはりただそればかりでなく。赤崎が時に感じる僅かな擽ったさはジーノ特有の悪戯、サジ加減抜群の隠し味だ。ピクリとした赤崎の反応が、クスクスと楽しげなジーノの笑いを作り出す。
指先、手のひら、唇の、そのキスとも愛撫ともつかないジーノの行為によって、赤崎は触れられた箇所が触れられる回数分だけその肌がポカポカとして薄くなっていく気がした。二人、近づいて、近づいて、触れた箇所が双方透けるように柔らかくなって、そのまま同じものになってしまうような、不思議な感覚。互いに言葉の意思疎通を放り投げて、飽きることなく無心にすり寄る互いの頬のその気軽さ。何度も何度も互いに互いの気持ちを伝えてくる。曰く、同じ体温、呼吸、心音、あったかい、ああ自分達は今一緒にいるんだなぁ、と。そんな例えようもない実感を。
そんな時をもう1時間は過ごしただろうか?長い長い戯れの中、益々弛緩していく赤崎にむかってジーノはこう言った。
「……眠かったら寝ちゃっていいからね」
「ん、いえ、別に眠いわけじゃ」
言われて初めて、赤崎は自分がいつの間にかうたた寝をしていた事に気が付いた。寝てしまうのは勿体ない。体感したい、満喫したい。ジーノもまた本当に眠ってもいいと思っているならばそのまま寝かせていたのではないだろうかと赤崎はぼんやりと考えた。多分お互い二人で一緒にいたいはず。ここで自分が眠ってしまえば、現実世界にジーノが一人取り残されることになるのだから。
「そうかい?でも邪魔だったら言ってね?キミとっても疲れてるから、今はまずゆっくり休むことが大切だし」
「邪魔じゃないです」
「ならよかった」
起きてよ、とも素直に言えず、休むことが大切、と言いながら黙って寝かせておくことも出来ないジーノ。その姿に、赤崎は何かを感じていた。
「王子」
「ん?」
「どうか、しましたか?」
「……何故?」
「いや、あの今日の王子、なんか……」
何かを思うのに昨日同様上手く言えず口ごもる赤崎。その顔を訝る様にじっと見つめていたジーノは、長い沈黙が続く中で集中力が切れていくのか少しずつぼんやりと虚ろな目線になっていく。それと同時に体と同じように寄り添う続けていた互いの心がふと離れたような感覚が赤崎にあった。同じように触れ合いながら、目の前の男が遠く離れていくような。
「ボク、今どうかしてる?」
どうかしたかと尋ねたのは赤崎。疑問を疑問で返すジーノ。けれどそのニュアンスが。ポツリとしたその返事もまた更なる互いの感覚のずれを呼び、そういう意味ではなくてと言いたくてもやはりそれも言葉に出来ず、ただまた訪れる沈黙の後に赤崎はもう一度ジーノの言葉を聞くことになったのだった。
「どうか、しちゃった……のかもね、確かに」
「王子?」
「何?その顔。フフ、冗談だよ」
「……」
「ちょっとからかっただけ」
引っかかるその物言い。心不在の、から回る会話。でも、ジーノの素知らぬ優しい表情がぶれて、なんとも切なそうな表情に見えて辛くて、やはり赤崎は何も言う事が出来なかった。
不思議な時間。今朝のこれは、何も語ろうとしないジーノが何かを意図して過ごそうとしたものだったのは確実だった。赤崎の目には、ただ、大丈夫、と穏やかに笑うジーノの姿は一時期よく見た赤崎と向き合わない男のそれととてもよく似ているものだった。
それは、これまでも、そしてこれからも続くジーノの中に時々生じる波であり、追い詰められると閉じてしまう、寂しいから起きて、愛して、とたったそれだけの事が簡単に言えない、出来ない、今にも壊れそうなジーノの脆さだった。保身のために相手の心に踏み込み操る力を捨て、本当の意味での心の触れ合いを求め始めたジーノは今、赤崎に対して惨めな程無力だった。
公私ともに急激な変化の始まったジーノは心の歪(いびつ)が違う意味で広がり、赤崎への愛を自覚したという現実は、ジーノを無自覚なままに強くも弱くもした。それは赤崎も同じこと。
連戦の疲労、今に慣れきっていない不安定な心理。昨晩の一本の電話は、気持ちを思いのまま自然に語る二人になるにはまだもう少し時間が掛かる時期の、穏やかになりつつある水面を乱す投石だった。関係性を過信する未熟な二人だったので、この時はまだ、その衝撃の大きさに気づく余地もなかった。まだ脆いその繋がりを、揺るがない絆として、ただ盲目的に二人は信じているだけだった。
無理の重なる二人のコンディションが崩れていくにつれ、快進撃続くETUもまた低迷期を迎える。大いなる変化が完了するには、その手前にいつも手酷い試練が待ち受けている。それもまた、この世の摂理だった。
