絆に結ばれて 2
ガンナーズ戦(ホーム)から最初の五輪予選が終わる頃までのジノザキ。一応回想のものも含めて出来るだけ時系列に並べてみました。そのため展開2系統がグチャグチャ混ざった形となりなんとも読みにくく申し訳ないです。章タイトルが2文字のものが裏でそれ以外が表ですのでそれを目安にしていただければ幸いです。因みに作中ジーノが使用している包丁はハーブチョッパーです。
繊細
王子がいる幸せ、選手としての夢に手が掛かり始めた実感を持つ日々。俺はあの頃色んな事が一度に回り始めたこともあって、いつも以上に無我夢中の状態にあったんだと思う。
それは彼の夜中の奇妙なあの寝ぼけ癖もまだ数回しか経験のない時期で、さほど深刻には捉えていなかった頃だった。王子は楽しげに笑い、俺も笑った。溢れんばかりのキスを請われ、俺もまた当たり前のようにそれを受ける日々だった。
「いってらっしゃい!寂しいからって泣いちゃ駄目だよ?」
「王子こそ!」
チームを一時離脱することになったあの日も、二人こんな他愛無いじゃれ合いを交わしながら笑顔で俺達は別れた。
ETUが代表選出に関して全く経験がないことで不安を感じていた俺のために、王子は未経験ながらも色々と事細かにアドバイスをくれて随分と助かった。その内容はとても具体的なものだったから、もしかしたら王子が持田さんに色々確かめてくれたものだったのかもしれない。嫉妬がないわけではないが、傷の深い王子にとって、王子の多くを知っているあの人との関係性は切れてはいけないもののひとつなのだと思う。俺はまだまだ、王子を知らない。
* * *
発表があってからチーム合流までは本当にあっという間のことだった。
必要な準備を済ませて慌ててチームに合流してみれば、基礎練習の内容こそ平凡ではあったが、システムの違い、ポジションの変更、とっかかりすらない人間関係と、競技自体のみならず生活そのものの大変さが俺を待っていた。
思えば俺は生まれてこの方ETUという領域から外に出た事がなく、五月雨式に関係者が入れ替わっていたとしても知り合いのいない環境は初めてだ。知らぬ間に守られていた。図らずも俺はぬるま湯の中で呑気な夢を見ている人間になってしまっていたのかもしれない。
不慣れな環境で緊張と疲労が想像以上に蓄積されていく中、王子と話がしたいと思えども俺はナカナカ時間が取ることが出来なかった。結局メールを数通交わしただけで瞬く間にその日々は過ぎ、俺はそのまま最終日を迎えることになる。
(疲れた、王子……早く会いたいし声も聞きたい……そんで……)
録画してちゃんと見ててくれたかな?とか、SBの動きじゃないねなんて駄目出しされっかな?とか。高速道路を走るバスの中、居眠りする俺の心はとっくの昔に王子の隣で。
だから。
子供のように無邪気に笑って見送ってくれた王子が、たったこれだけのことであんな風に。彼の内面の脆さがこれ程のものとは、この時の俺は微塵も感じていなかったのだった。
代表に選出された報を受けたあの日、我が事のように喜んでくれていた彼が、最後に、寂しいからって泣いちゃ駄目だよ、と。あの日の彼は何かのついでのように、でも確かに俺にそう言っていた。
恐らくあれは俺に向けて言った言葉ではなかったのだ。でも俺は彼のいつもの軽口だととても安易に聞き流し、ただ単純に彼にあんたこそ泣くなよと言い返し、彼もまた当たり前のように受け止め、このボクがそんなこと思うわけがないだろう?と言いたげに眉をキュッとしかめた後、薔薇のような艶やかさで笑って軽いキスをした。そう、あの時、ちょっとした表情の変化をしてみせただけで王子は返事をしなかった。咄嗟に言葉を返せなかったのだろうか?もしかして?
時々言葉を詰まらせてしまう王子はやはり言いたいことをはっきりと言えない不器用者であり、俺は俺でいつもそれに気付かずポカばかりする鈍感な人間だった。
「貴方と離れるのが寂しいし多分泣くし。でも一生懸命頑張ってきます」
ホントはそう言えばよかったのだ。それが事実なんだから。でも俺はそうしなかった。そして、
「貴方のいない夜がこんなにも寂しいです」
と、ちゃんと素直に電話すればよかっただけなのに、俺はそれもしなかった。
背負うものの多いあの人を俺は守りたかった。なのに王子は選出の重圧に揺れる俺を支え、俺は甘え、感謝すべきものを己の情けなさにすり替えてしまった。つまり。やせ我慢をすることが大人になることだと大きな大きな勘違いをしていたのだ。おそらくは、王子もまた俺と同じように。強くなりたいがために俺達二人は強く見せることを選択し、二人揃って悪手を掴んでしまったのだろう。
それは二人の再スタートから1か月もしないとても不安定な頃のことだった。二人、生活の変化に慣れきっていない、そんなまだまだあやふやな時期の話。もう二度と離れることのない強い結束を全身で感じながらも、まだ心の底からそれを信じ切れるほど確固たる形にまではしてくれていなかった。日が浅く、俺達もこの恋の機微、その繊細さにあまり気付いていなかった。
