絆に結ばれて 4
ベタ甘ジノザキを満喫しながら、その実二人はその裏でそれぞれの試練の中に突入していくという暗め展開。一度非公開にしていましたが10/2再公開。
同じ時間を重複というか別の形で書いたりしているのでちょっと読みにくくて申し訳ないです。これを書いていた当時の設計図(構成?)が頭から飛んでしまいましたので、一から組み直すつもりでのんびりやっていくつもりです。筋自体は今んところ変わる要素もないですしね(本編次第だったんですけどモッチーの年齢以外は設定破綻はない感じ。つか、まあそんな大きな設定破綻があればあとは大した問題じゃな……)
決意
「本当にボクあの頃のことはよく覚えてなくて。でも、最近こうしているとなんとなくおぼろげに。こう、学校のグランドで立っていると……」
ぽつぽつと話す独特の口調が、王子の言う記憶の薄い“あの頃”に心の半分が飛んでいっているような、そんなことを俺に感じさせる。
「眩しいのに、なんか急に真っ暗な感じになっていって……」
彼の殆ど語ることのない、中学時代、高校時代。このナイーブな男は、ナイーブな分だけ、おそらく大いに傷を負い、戦い、自身がそれを忘れてしまうくらいになりながら暮らしていたんだと思う。隠しているのではない。王子は自身を守るためにおそらく無意識の中でなかったことにしようとしてきたのだ。
最近の彼は、カウチに二人並んで、優しく俺の体に手を回しながら、もたれるように寄り掛かる。そうして時々そのまま深い眠りについてしまう。まるで失われた過去を追い、取り戻しに行っているかのようにしながら、俺が気が付かないうちに眠ってしまう。この突然とも思える深い眠りは、今再び無意識に記憶から掘り起こされる過去が、心と体がショートするように耐えられない程の疲労を生むからだと俺は解釈している。
* * *
前からカウチでこうして二人、テレビを見ながら眠ってしまうことはよくあったけれど、前はこんなにずっしりとした重みなど感じたこともなく。だから、この重みを感じることで、今までは寄り添いあっていたわけではなかったのだということを改めて実感する。王子の重みを俺が知らなかったということは、これまでは常に人を気遣う彼の無意識の優しさで、眠りながらも彼は一方的に俺を潰さぬよう配慮を続けていたということだ。つまり、それは本物の眠りとは言えない、所謂仮眠に近い浅い眠り。実際あの頃の俺達二人は、本当の意味で供寝をしたことがなかった。
誰にもわからないよう、誰にも気づかれないよう。こんな小さい部分でさえ見逃さずにあらゆるところで彼はこうして人を優しく包みながら生きてきたんだと、そんな一つ一つを俺はこの生活の中で知っていく。
体が資本のアスリートが、365日こんな生活を続けられるわけがない。でも、この人はそれを今までずっとやってきたのだ。自分の自覚のないままに心と体、無理に無理を重ねて、その全てが破綻を迎えようとも、今までそれをやってきた。というよりも寧ろやめたくともやめることが出来なかったのだろう。
ポツリポツリ、時折語られる断片的な彼の言葉からわかってきたのは、発症は日本でということ。親に連れられて彼が様々な病院に足蹴く通っていたということ。でも最終的に国内にはそれらしい専門医が見当たらなかったこと。症状を日本語で上手に説明できない王子の為に両親は彼を再びイタリアに戻したこと。家にある関連書籍はその頃に彼が治療にあたっていく上で医者のアドバイスを受けながら集めたものらしいこと。
彼が必要以上に根性論に悪いイメージを持つのは、イップスの症状について日本でどの医者からも繰り返し「気の持ちよう」「気持ちの在り方」だという説明を受けて、その度様々なバリエーションの、時に極端な運動療法をこなした過去から来ているようだ。王子は常にこれ以上ない程真剣に努力し、挫折し、症状がさらに悪化しては己の努力不足を責め、自虐のようなその日々の中でとうとう、どうにもならない最悪の状態までいってしまったらしい。だが、断片的な会話の中で状況を類推して俺がそうなのかと確認してみると、本人はそのことについて全く自覚がないようだった。
「ゴメン、難しいことはよくわからないよ、ザッキー。ボクは駄目な奴だった。ただそれだけのことだったんじゃないかな」
本来ならその右に行きながら左に行けとでもいうような矛盾の療法を試されたとして、大いに憤っていい出来事。合理性に欠けるそれらを、王子は何故?気づきながらもそれでもすがる思いでそれらをこなし続けていたというのならば、それこそなんて悲劇なのだろう。
あれだけ周りを見渡せる人が、時々盲目的ともいえる無謀な選択をしてしまう。切望が故とも思えるけれど、果てしなく諦めに近い怠惰にも思える。どうしてこうアンバランスな欠陥とも思える思考パターンを持っているのか、俺には不思議で仕方がなかった。特に負の感情が屈折した形で処理されるので、まわりにもそれがうまく伝わらず、状況を複雑化させてしまう場面が多いようだ。俺は、そのことについては王子があまりにも優しすぎるせいなんだと思っている。煌めく魅力を持つ王子に似合わない、大げさな程の他者尊重とこの不自然なまでの自己否定は一体何処からくるものなのか。
まだ、この彼がどうやってサッカーに再び戻ってこれて、こうやって俺と出会えたのかもわからない。でも本当に彼がこうしてここにいて体を預けて眠っていることに俺は心から感謝をしていた。まるで呼吸をしていないかのようにひそやかな彼の深い寝息が俺の眠気を誘い、いつも暫くすると一緒に眠りにつく。
「ザッキーごめんね、ボクはまた眠ってしまって……ベッド行こっか?ここでは風邪をひいてしまう」
頬に触れる手の感触、王子の声。俺が目を覚ますといつも、深い眠りについた後のまた一つあく抜けしたような美しい王子の顔がそこにあった。見惚れていると、
「寝ぼけているのかい?」
と言って彼は優しいキスをするのもいつもの日課。彼は俺にこうして一日に何度もキスをする。おそらくそれは上手に言葉にできない思いが生じた時の、彼の表現しようのない、つまり勝手にあふれてくる愛情の処理の仕方だった。言語化が難しいことの原因は、彼の第一言語がイタリア語であるせいかもしれないし、実は意外なほどシャイな彼の性格のせいかもしれない。まるで口から生まれてきたような、百戦錬磨な恋愛の達人であるような彼が、実はこんなに不器用で。器用な男のするこの不器用な恋の在り方が、俺はとても愛おしかった。
こうしてベッドに行くと、普通の彼に戻っていることが多い。無意識に俺を支え、極自然に労わる様に、俺に優しく腕を回して大切そうに包み込む。その度に少し苦笑いをしてしまう。いつでもリラックスしてくれていいのに。乱暴にしたって俺は別に頑丈で、と。俺の欲は留まることを知らないんだろうか。知らなかった王子を沢山知る度、もっと、もっと、益々それに触れたくて仕方がなかった。
また、あの夜のようにただガムシャラに俺をもっと強欲のままに愛してほしい。何もかも忘れて、その溢れんばかりの優しさすらを吹っ切って。だって、俺はもう貴方に守られてしかるべき存在じゃない。
(ねぇ、王子。俺達、恋人同士なのでしょう?)
そんなことを考えながら、俺は王子の腕の中でいつものように、吸い込まれるような夢の世界へ埋没していったのだった。
今すぐ、1秒でも早く、もっともっと、彼にふさわしい人間に1mmずつでもいいから成長したいと、前にも増してそう思うようになり始めていた。
「誰かの人生が、誰かの為だけにある人生だなんてこと。キミはどう思う?」
ようやく俺はあの日王子が言ったその言葉の持つ本当の意味を、知り始めたところだったんだと思う。多分。王子の為の俺でありたい。そんな今まで自分で考えたこともない我慢しきれぬ溢れんばかりの情愛が、今まさに身を焦がそうとしつつあったことに、俺はまだ気づいていなかった。一緒にいたいから彼にふさわしい人間に成長したいと思っていた俺は今、人知れず混迷の中で苦しんでいる王子の為だけの成長を、強く強く願い始めていた。
