絆に結ばれて 5
いつかちゃんとまとめようと思っていた下書きです。断片的なシーンをただ楽しく書いて数年このまま放置になってしまいました。あの時勢いでラストを仮でもいいから書いておけばよかったと後悔。ぼんやりと頭には残っていてずっと自分でもそれを書くのが楽しみだったんですけど、もうまとめる力がなさそうなので供養のために(表現が重複していたり繋がってなかったりのままですが)UPしておきます。
空を自由に跳べたなら
試合に勝つのはいいんだけど、ザッキーったら困った癖がつきはじめちゃって。
彼は心も体もとても繊細で、吃驚するくらい敏感だったりする。だからこんなことになるんじゃないかと、ボクは最初の最初からわかっていたよ?しかし、嬉しいけどどうしようかね?この厄介な癖。
* * *
今日はホーム。勝利に沸く賑やかなロッカールーム、帰り支度。そんな中、いつになく慌ただしい彼。なにか言いたげ。全部わかってる。その一言を口にするのをボクは待ってる。ほら、やっぱり。彼がひっそりと小声で話しかけてくる。
「王子、今日はあの……俺んち……」
「Si(OKだよ)」
試合で活躍してチームの勝利に貢献すると、素直な性質を持つ彼は一気に発情してしまう。そう、この快楽というのはとても強烈で、ある程度は誰しも経験のある興奮の種類だ。放出されるアドレナリン、溢れかえるテストステロン。全身の毛孔が開き切ってしまうようなあの感覚は、
(……確かに慣れないうちはたまらないよね)
ボクがおかしかった時期に彼がスタメンに固定していなくて本当に良かった。ザッキーが単なるボクのおもちゃだったあの頃なら、彼のそんな反応を面白おかしく弄繰り回して、敏感なその感受性を更に過敏すぎるくらいまで高め切って遊んでいたことだろう。
(キミはボクがこんな風に密かに胸を撫で下ろしていることを知ってるかい?知らないだろうね?)
そんなことを考えながら、ボクはキミに隠れて溜息交じりの苦笑いを浮かべる。
ともあれ瞳を潤ませた彼はもう我慢の限界だと、ボクを彼の家に誘う。なぜならホームスタジアムであるここからなら、ボクより彼の家の方が近い。恥ずかしがり屋で意地っ張りな彼が自分からおねだりするほどに、耐えられないくらい急いているのがわかる。ボクはそのことが可笑しくって嬉しくって、でも、やめなよふざけるんじゃないジーノ、と心の中でブレーキをかけてもいる。
自分達が人より早く帰るこんな時、二人バラバラに家路につく。ソワソワ顔で挨拶もそこそこロッカールームを去る彼に、慌てて急いで転んだりしませんように、と思いながらボクは皆と変わらない軽い返事を投げるだけだ。
それでも彼を見送るこの時がとても切ない。急ぎ去っていくあの背中がボクを急に悲しくさせてしまう。キミはボクと一緒に居たいはずなのに、何故ボクを置いて行くのか。一体どこに行くつもりなのか、と。だからやっぱり笑ってしまう。
(ボクってこんな人間だったかな?)
* * *
それにしても、確かに今日の彼は素晴らしい活躍だったと、気を取り直して思い起こす。なんだか地に足がつかないので、自分のロッカーに腰を下ろす。
(彼の活躍がこんなにもボクに強烈な幸せを運んでくるなんて、とても不思議だ)
ガランとしたザッキーのロッカーを横目にうっとりと溜息ひとつ。
(今頃、ボクと同じかそれ以上の高揚を、一生懸命宥めすかしていることだろう)
勿論、僕はポーカーフェイス。スタジアムは監督人気も相まって昨年以上の人だかりで、まだ部屋を出ることが出来ないでいる。
ついさっきまでそこにいた可愛いあの子の幻影が、もううんと昔の事のように感じてしまう。この気持ちはボクの苦手な“寂しい”だ。来るのが遅いといつも責めるあの子には、きっとこの気持ちは伝わってはいないだろう。
(羽が生えていれば飛んで行けるのに、なんてね)
ボクの本気を口にしたところで、彼は全部冗談にしてしまう。確かに馬鹿げたリップサービスに聞こえてしまうかもしれない。それは仕方がないかもしれない。それでもボクはこの通じない気持ちに、少し傷ついてしまうのだ。そんなに会いたかったのかと笑って言って、優しくキスしてくれるだけOKだというのに、たったそれだけで簡単に幸せになれるボクだというのに、全く、彼はケチん坊だ。
(ま、そういう気の利かないところも好きだけどね)
ソワソワ、ソワソワ。
夜道のサングラスなんて芸能人気取りで目立ってしまうし。帽子なんてこのボクの特徴的な鼻を隠すのになんの役にも立ちやしない。花粉症の時期でもないからマスクなんておかしい。マフラーなんて更に季節外れだ。いっそバイクでも買ってフルフェイスのメットでもつけてみようかなんて、馬鹿げた思案が頭をめぐる。
自分でもわかる、ザッキー会いたい触れたいと、自分の心が落ち着かない。ザッキー、ボクは、誰かがいなけりゃ生きていけないなんてこんな気持ちを、怖くて怖くて持ちたくはなかった。でも、そんな思いを軽々乗り越えてしまうほどに、今のボクはキミの虜だった。
何度も何度も時計を見ている。そんなボクの様子に気付いて、コッシーが、待ち合わせか?と声を掛けてくる。苦笑いをするしかなかった。もう、ボクはいろんなことに気が緩んで、自分を取り繕うことすら出来なくなった。
「もう、可愛くって会いたくて仕方がなくて。でも今日はまだ外に人がね?これじゃ出られない」
「ああ、そりゃ大変だな」
「……そうか、キミんとこも二人ともとても目立っちゃうからこういう苦しみがわかるんだね。なにも悪いことなどしてないのに、お互い、なんともつらいよね」
「そうだな」
なんだろう、彼とこうした話をするのはまるで初めてのような気がしていた。自然で不思議な気分だった。
(最近、人が、他人が、とても近く見える。一体どういうことなんだろう)
「ねぇ、キミは奥さんとデートとかどうしてたの?随分人目をひいたのでは」
「ん?お前が人んちの事情に首突っ込むとか珍しいな」
「あ、申し訳ない。ちょっと下世話な問いだったかな」
「いや、いいよ。そうだなぁ、ある意味人気商売みたいなところがあったからな。あいつも付き合った当初は周りに結構ビクついてて。それに合わせてるのも結構面倒だったが、最近は気楽になったかな。なんていうか堂々と普通にしてれば、コソコソしていた時期よりも寧ろ周りが静かになったというか。感覚が日常になってしまえば、風景に馴染んでしまうものなのかもしれない」
「まあ、キミの場合妻帯者だから、ね。既に」
自分でも思ってもみない言葉がポロリと出た。素直に他人をうらやむようなことを言うなんて正直自分でも驚きだった。
「ほう?そうか、なるほど?……お前も年貢の納め時と思ってそろそろ籍入れたらどうだ?」
「えー?さすがにそれは無理でしょう」
「ま、それは話が飛び過ぎかもだが、あれだな。美人女優だの女性実業家だの散々パパラッチされてフロントにあんだけ叱られてても全然周りなんて気にするタイプじゃなかったくせにお前……今回の子のことは騒がれたくないとか、それだけ大事にしてやりたいって思っているわけだ」
無骨な男はまるでボクをからかうように茶目っ気をたっぷり含んだ笑顔を見せた。
「散々遊び惚けて、やっと人並みの恋愛出来るようになったか」
「ははは、ねぇ、今、ボクを軽くコケにしたね?」
「お前の出鱈目に長い事振り回されてきた分だけ、なんだか感慨深いものがあるなってな」
ああ、彼もまたこんな顔をする男とは思わなかった。けれど、見たことのないこの表情は、とても穏やかでいいものだった。
「キミも少し変わったみたいだ。まあ、そういうの嫌いじゃないよ」
「……俺も最近色々……むしゃくしゃしたり納得したり気忙しくてな。誰しもハタチ超えたからっていきなり大人になれるわけでもねぇんだな、と」
「何言ってんだか」
「30超えて初めて見えてくる世界もあるってことだよ」
「やだなぁ、おっさんクサい言い方……でも確かにそうなんだろうね」
「背伸びするのをやめることが、大人の一歩なのかもな」
「確かに。油断してるといじめっ子タッツミーが背伸びに足払いしかけてくるしね。あの人はあの人で本当にろくでもないというか大人げがない」
「違いない」
「フフ」
想起する5年後の自分。その時今のコッシーと同じ年頃になったボクは、今のボクと同じ年頃になったザッキーは、一体何を見ているだろうか。幻想の中に、ピッチを走る自分、代表で活躍するザッキー、一緒に歩いて笑う姿。沢山の映像が、まるですぐそこにある現実のように、ひらひらと沢山舞っていた。
それを見た時の体感により、この未来が自分の最も望む欲望なのだと後付で実感する。ボクは5年後も彼と一緒にサッカーを続けていたいという夢を、今、確かに見てしまった。いや、見ることが出来たのだ。実現云々以前の、そんな自分の中の新しくてとても強固な願いを手に入れたことに、クラリと幸福な眩暈を起す。それはまさしく砕け散ったボクの夢が、新しく塗り替えられた瞬間でもあった。
「おっと、そろそろ時間が…じゃボクはこの辺で」
たまらなくなって軽く挨拶をしてその場を立ち去る。歩いていられない足が勝手に走り出す。人の目が今、エールに見える。本当にこのまま地上から浮かび上がって、空を飛んでいるような気分だった。
* * *
あがる息。激しい心音。マンションの部屋番号を押して待つ時間が果てしない。早く、早く。
“あ、王子?今、開けますね”
そっけない彼の声。今か今かとエントランスの自動ドアが開くのを待ちきれない。開き始めたドアが開き切るのも待てずに一直線にエレベーターへ駆ける。ボタンを押したが待ちきれず、結局階段を駆け上がる。額に汗して、息も絶え絶え、そんな自分が信じられなかった。でも、そんなことすらどうでもよかった。
インターホンを鳴らす前に精一杯の深呼吸。3回繰り返えしてはみたが、全然息が収まらない。はやる気持ちがボタンを押させる。3回PUSHで、ザッキーが怒る。
「王子、うるさい、押すのは一回でっていつも……わっ!」
「ザッキー!」
「こら、駄目だって、今ドア閉めますからっ」
呼吸が苦しくってまともにキスも出来やしないけど、僕は必死で彼の唇を味わう。
「あんた、すごい汗。どんだけ急いできたんだよ。本当に羽ばたいて飛び込んできたみたいだ」
ザッキーは真っ赤になりながらそう呟いた。
「よくわかったね?あまりの高度に酸素がとても薄かったよ」
呆れる彼に、またボクはキスの雨を降らせる。こんなに必死になるだなんて、どんな試合でも、どんな瞬間でも、本当に今までなかったことだ。
* * *
止まらないキスを交わしながら、二人はそのまま玄関先で崩れ落ちる。悪い癖?困った癖?でも、もうそれもまた、どうでもいいことだった。
「ねぇ、聞いて?ボクは今日、また手に入れてしまった」
「はぁ?」
「キミ、とっても素敵だった」
「ああ、今日の俺のプレイッスか?」
「今日じゃない、でも秘密」
「あんたは、ホント、言ってる意味がわかんねぇ」
無自覚なキミはいつもそうだ。ボクももう説明する言葉が口をついて出ない。
(さあ、行こう、二人であそこに。キミの5年後にもボクは傍にいるのだよね?)
今はまだわからないキミがいつそれを見るのか、果たしてボクはキミにその夢を見させるに相応しい選手足りうるのか。ボクは毎日その瞬間が訪れるまで、ずっとワクワクと観察を続けようと思っている。
(毎日、毎日、何千日も、ボクはキミからもう目を離さない)
* * *
「ともかく、お待たせザッキー?」
「あ、ちょ、王子!」
「待ちきれなかったね?ほら、こんなになってかわいそうに」
「ちょっと、おい、マジでここで?あッ……冗談……ン・……」
高まっていくキミが愛おしい。
「駄目だって、鍵、まだ鍵が」
「.そうだね、いつ扉が開いて見られるか……スリリングだね、そういうの好きかい?」
泣きそうになりながらも従順なキミを、その全身を今すぐ味わいたい。ボクもまた抑えきれない自分を解放しながら、幸せの眩暈の中でそれを堪能したい。
「髪が濡れているね。シャワーを浴びなおしたのかい?」
「そうしないと、体がイキッてきつかったから」
「は、残念ながらあんまり効果はなかったようだ」
頬も、体も染めながら、いいから早く、と小さく呟いていた。もっとボクを欲してほしい。
「鍵はいいのかい?」
そんな意地悪をいいながら、ボクもまた昂ぶる気持ちをひとつも宥められなかった。
