絆に結ばれて 5
いつかちゃんとまとめようと思っていた下書きです。断片的なシーンをただ楽しく書いて数年このまま放置になってしまいました。あの時勢いでラストを仮でもいいから書いておけばよかったと後悔。ぼんやりと頭には残っていてずっと自分でもそれを書くのが楽しみだったんですけど、もうまとめる力がなさそうなので供養のために(表現が重複していたり繋がってなかったりのままですが)UPしておきます。
猫にマタタビ、傷痕に薬
夢、うつつ。
今日もまた当たり前のように、意識が空を彷徨い始める。ボクの想い人に助けを求めて、でももうその行為ですらすでに現実ではなかったのだった。ボクの中に巣食う悪意の闇が、全身を覆いつくして絞め殺していく。
「冗談。そんなの平気なわけがない」
その悪い夢の中のこの一言は、自分でもまるで悲鳴だと思った。けれど悲鳴にすらなっていなかった。
「キミは独占欲がとても強い子だ。ボクを手放して生きていけると?」
――王子
「ザッキー、そうでしょう?今すぐにでもキミはボクのすべてが欲しいはずだ。違うのかい?キミが我慢出来るわけがない」
何を言いたいのか。ぶつけているのは、寂しさなのか、それともこれは憤りか。
――は、わかってんなら尚更十分ッスよ
「負けず嫌い。十分なんかじゃない癖に」
――それもわかってくれてるんなら十分だ、王子
我儘の限りを尽くすように、ボクの全てを欲してもらいたい。昔、ボクはそういうことを言われるのをとても苦手としていた。他人から束縛されるのは大っ嫌いで、なのにボクは彼に一体今何を求めているか。
「言って、ザッキー。本当のことを」
「ボクのことが好きでしょう?キミはボクなしじゃ生きていけない」
ここ最近のボクは現実でこの一言が問えない。ボクは束縛を欲して彼の足を掴み、それで満たされてしまう男だから。
――うん、そうッス、全部欲しい……貴方がいないと生きていけない
ホッとする一言。
(ああやっぱり、ボクが欲しかったのはこの言葉。でも、これはボクが言わせたものだ)
今とは全く反対の立場で、ボクは過去何度もこれを繰り返していた。もっとボクに欲してほしいと、泣いた人々が脳裏に浮かんだ。悲しくも惨めなその姿に、ボクは空々しいまでの愛の言葉を囁き続けていたものだ。宥めるように、すかすように、呆れたように、捨て置くように。面倒くさいと思いながら、終わりの時間を計算しながら。
(辛い。ザッキー、これはボクの欲しいものではない……お願いだ、ザッキー、今すぐキミのぬくもりを)
触れるだけのキスでは間に合わなくて、徐々に深いところを探り始める互いの舌先。なのに欠片の実感もない。とりとめもないキミ。まるでここにいないかのような、そんな不安定なキミの存在。
(足りない。苦しい。ザッキーは?)
この世界が夢ならばどうか覚めて欲しいと必死に願う。彼を、ザッキーを感じられない。
――俺は辛い。俺を欲する王子の心が、時々そうやって貴方自身を苦しめている
「よくわからない。何を言っているのか」
――でも、そうやって苦しみごと王子がそれを必要としているんですよね、なら、やっぱり必要だと思う
「意地悪だよ、ザッキーそんな言い方やめて欲しい」
泣き出してしまいそうなこんな心を、キミはわかっているのだろうか。ボクはかつての彼女達の泣きたい心を見つめながら、自然に一体化して泣き始めていた。ただ痛いくらい強く抱き締めて、息も出来ないほどのキスが欲しい。ああ、ボクは何をすべきなのかわからない。キミには今確固たる形がなく、重みがなく、ただ覆いつくす闇がボク達を次元を割くように隔てている。
(好きだ、好き……ザッキー、もっと深く、強く、奥までだ。……ああそうしてキミを壊したい、壊してキミごと壊れてしまいたい……そうじゃない、違う違う、怖いよザッキー、ボクは今どうなってる?)
「王子、王子、大丈夫だから、だから、ねぇ、王子、落ち着いて」
もうすっかりボクの勢いのままに押し倒されてしまったザッキーが、違う世界に隔てられた彼が、遠くから近くからボクを見上げ、近くで遠くで囁いている。距離感と質感の失われた絶望の世界で。
(違う?何が?とても怖いんだ……ザッキー、ボクは一体どうすれば)
「大丈夫だから、王子、大丈夫、くっそ、あんた今どんな夢を見てんだよ、可哀そうにそんな汗びっしょりで、真っ青で」
(わからない、ザッキー、ねぇ、ああ、駄目だ、音が反響して聞こえない)
「王子、聞こえますか?しっかりしてください。大丈夫だから!王子。大丈夫!大丈夫!」
突然の実感。リアリティ。しがみつく強い腕が、背中に食い込む爪が、痛くて息が詰まるほどで、でも、その分だけ存在が強く感じられた。
(……ザッキー?ああ、ザッキーだ……)
たったそれだけのことでもう泣きそうになった。ボクの中の苦しみが急激に消えていく。
「……ザッキー、ザッキー」
「よかった。ちょっと意識が戻ってきたのかな王子。俺ここにいますから」
――いますから、だから、大丈夫ですよ独りじゃないッス
暗くて歪んだ視界の中で。
(ザッキー、ああ、もっとだ。キミのぬくもりを感じていたい)
――いいんですよ、王子。そうやって俺を求めていい、もっともっと
(わからない、何も……ああ、でもザッキー、ボクを抱きしめて強く)
何も聞こえない、見えない世界で、鈍麻のその中で、確固たるものはこの腕の強さだ。
(ああ、これだ、欲しかった……もう、意地悪ザッキー、一体今までどこにいたのか)
ボクを世界に繋ぎとめる彼の力。闇で閉ざされた感覚が息を吹き返す。髪を梳かれる心地よさ。重力、温度、確固たる質感。怖かったのはボクなのに、彼もまた怖いと体を強張らせていた。何故。
「最近ちょっと続いてますね……こんなんで王子ちゃんと疲れとれてるんスか?」
ザッキーが抱き締めてくれる素敵なこの世界の中で、未だボクの記憶は闇の底。思考もまた散漫で意味をとらえられない。ただ、ボクは欲するがまま彼にしがみついている。行かないで、行かないで、行かないで。またボクがどこかにさらわれてしまう。
「ねぇ、王子、本当に大丈夫だから。もうあんたを絶対あんな目にあわせやしませんから。自信とか力量とか、そういう俺個人のあーだのこーだのなんてもうどうだっていいことだらけだ。出来る出来ないにかかわらずやるっつったら絶対やるから。だって、本気であんたが好きだから」
体に響く、言葉の振動。もはや、まるで意味など存在しない。包まれ、揺れて、ただ気持ちがいい。キミがボクに浸みこんでいく。
「どんなことをしてでも、もう二度と。……王子、あんたは自由だ。わかりますか?我慢なんてしなくっていい。本当に心からもっとあんたが自由になって、好きなことを好きなように、当たり前に出来るようになるのが、そしてそんなあんたを見るのが、俺の一番の願いなんス」
ただトクトクと伝わる心音、呼吸による胸の上下、その吐く息の湿気。
(あったかいザッキー……あったかい)
「わかりますか?そうやって、日頃からもっと俺に甘えて欲しいし、頼って欲しいんスよ王子」
ボクは今、幸せの中にいる。うすらぼんやりと理解する。
「おべんちゃらみたいな嘘はもういらない。本当のことだけが欲しいんです。あんたの本当が俺にとってどんなに毒でも、俺はあんたの全部が欲しいだけで。わかってくれますよね?あんたは努力するって言ってくれました。俺は、そんなあんたの言葉を信じています」
どっぷりとキミに浸ってそれを堪能していると、同時にボクがキミに溶けだしていくような気がする。
「落ち着きましたか王子?ああ、よかった……おやすみなさい。もう朝までぐっすり寝てくださいね」
(ああ、なんて心地いいんだろう)
夢の中でまた眠りに落ちていく。
(ああ、もっと感じていたいのに……ああ……もう力が入らない)
最近ボクはとても眠い。
(ね、キスして……ボクに……動けない……)
体温、心音、温かくて、ボクは彼を唇と全身に感じながら、どこまでも、何層にも連なる夢の奥へと。
