絆に結ばれて 5
いつかちゃんとまとめようと思っていた下書きです。断片的なシーンをただ楽しく書いて数年このまま放置になってしまいました。あの時勢いでラストを仮でもいいから書いておけばよかったと後悔。ぼんやりと頭には残っていてずっと自分でもそれを書くのが楽しみだったんですけど、もうまとめる力がなさそうなので供養のために(表現が重複していたり繋がってなかったりのままですが)UPしておきます。
不器用な二人
やっと手に入れた二人の安寧。だからこんなこといつまでも考えていてもしょうがない。馬鹿げたことだしいい加減に自分でも嫌になる、と赤崎はジーノに気付かれないように小さく溜息をついた。
カウチの傍ら、いつものようにうたた寝するジーノの姿。不思議な眠りの時間が増えていく日々。俯く男の長い前髪があの聡い視線を隠してくれる。赤崎はジーノがの意識が消失しているのをいいことに、じっととその姿を眺め個人的な思索の中で過ごすようになりつつあった。
幸せなはずなのにふと過るこの暗澹。やはり根っこにあるのは赤崎の中にあるどうしようもない自分に対する自信のなさだった。何をしていても頭から離れない気がかりは、食事中、一度だけジーノに尋ねたことがある、例のあの話のことだった。
* * *
「持田さんってどういう人なんですか?」
「随分と漠然とした質問だね、ザッキー」
話の流れからして自分の質問の意図を理解していないわけがない。赤崎は少し眉を顰め、それに気付いたジーノはやれやれと言いたげに同じように眉を寄せた。
「かなり変わったタイプだとは思うけれど……正直ボクにもよくわからないよ」
返事をしない赤崎の反応によって訪れた二人の間の沈黙。赤崎の表情にはイラつきが表出しており、ジーノは淡々とサラダを口に運びながらチラリとそれを見やる。そして、ポツリ。
「彼のことは……いい友人、だと思っているよ」
ジーノに沢山の友人がいることは周知の事実だったが、赤崎にはそんな言葉でジーノの持田に対する心の深さを測ることなど出来はしなかった。元来ジーノは他愛無い関係性でも気が乗れば気軽に他人と肌を合わせる性質があって、しかもその範囲といえば簡単に年の差や性差をも超えるものだった。彼の中にある関係性のプライオリティを把握するためには、肉体関係の有無は愚か男女の違いですら物差しにはならない。彼女ですかと問えば、必ず、らしきもの、と返事をし、結局ジーノにとってのあらゆる人間は、極端な話、友人、知人の域を超えるものではないという定義になっているようだった。振分も区別もなさすぎるのだ。
「友人……ですか」
「うん」
ただ、今回に限ってはいつもの友人という言葉に初めて”いい”という装飾する言葉がついていた。そしてその言葉を超える言外のものを雄弁に語るその目が赤崎には痛かった。世間でいうところの、所謂”恋人”だったんですか、という飲みこみがたい一言が心を巡る。
友人と言う言葉で赤崎が納得していないこと、そしてもし今思わず秘してしまった恋人かどうかの問いを万が一ジーノが受けたとして、それについて赤崎にYESだろうとNOだろうとどんな返事をしようとも、相手が何一つ納得出来ないことを全て見抜く目をしていた。
このやりとりは不毛、というジーノの強い意思のようなものに居心地の悪さを覚え、赤崎は自身のわだかまりを無理矢理飲み込み、素知らぬ顔で話を逸らす事を選択したのだった。
あの日の二人の姿が脳裏に焼き付いて離れない。友人というには不自然な程親密な二人の距離感。そして自分とは比べ物にならない長い長い二人の時の積み重ね。女性と恋をしても直ぐに冷めてしまうとジーノは常日頃語っていた。一方、持田との付き合いは軽く10年を超えている。これまで一体どれだけの時間を二人はああやって身を寄せ支え合って過ごしてきたのだろう?どんな女性との激しいセックスを目撃したとしても、赤崎の心にこれほどまで深く刻印されなかったのではないか。肉体関係すら匂わせる二人の触れ合いも当然だが、それ以上にあの二人の間には、想像したこともない心理的な近接が存在していた。そしてそれこそが衝撃だった。サッカー選手として、ジーノの友人として、持田という存在はどこを切り取っても明らかに異質であり、あのポジションこそが赤崎の切望する場所だったのだと、初めて自覚した瞬間でもあった。ETUの英雄である達海にも、ETUの貴公子であるジーノにも感じたことのない、強すぎる程の羨望、そして嫉妬だった。
心痛深いジーノがあの日逃げ込んだ先は持田の家であり、ここにこうして自分がジーノと一緒に居るのは何よりもまず持田がそれを強く望んだために成立したことだと赤崎は考えてた。あの日、確かに持田からの連絡がなければジーノは本当にあのままピッチから離れてしまっていたとしてもおかしくはなく、今の結果は彼の采配によって得られたというのが赤崎の中にある紛れもない事実だった。持田のずば抜けた判断能力には疑う余地などありはしない。けれど、赤崎には彼が何故そう判断したのかが未だに理解出来なかった。何を思い何を見て自分にジーノを託したのか。そして持田のどんな思いを託されたのか。そして、持田の考え通り、ジーノが何故こうして戻ってきたのか。ジーノは赤崎を恋人と言う。それはとても光栄に思う。当然幸せも感じられる。だが、ふいに怖くもなる。これで本当にこの先大丈夫なのか。大丈夫でないといけないことは、当然頭ではわかっているのだが、と。
今、ジーノは日々穏やかに笑い、赤崎もまたこの生活から出ていくことなど考えられないほど充実した気持ちで暮らしている。なのに拭いきれぬ、刺さった小さい棘のような気がかりがあった。非通知で掛けられた電話のせいで赤崎は持田との接点を持たず、知りたくとも持田の本当の心の底を覗くことなど出来はしない。そうするには自分があまりにも稚拙な存在であることも十分理解していた。彼を理解出来るだけの時が満ちていないが、それがいつ満つるともわからないことが、今の赤崎の煩悶だった。焦る必要はない、焦っても無意味だと思いながらも絡みつく呪縛のようなものだった。
* * *
赤崎はジーノの顔をじっと眺めながらただ流れゆくテレビの音を聞いていた。今やっているのは来年に迫る五輪の特集で、そこには若かりし持田の姿があった。スタジオのコメンテーターは持田の活躍とリーグ戦での奮闘を称え、国のエースの担う役割の重さについて熱心な口調で語っていた。この先の国家単位のサッカー業界の発展に必要不可欠な男の早期回復はまさに国民の切望でもあるのだと、そんな当たり前のことを赤崎は再認識する。
素晴らしい選手。センス、知力、キャプテンシー。なにより強いあの圧倒的な勝利への渇望。どれ一つとってみても、どれだけこの先頑張ってみても、あの男には何一つ勝るものなど見つからない気がした。選手として男として、そしてジーノを支える者として、考えれば考えるほど赤崎の心の中には醜い卑屈さしか生じなかった。
(チ……まただ。比べてどうなるもんでもないのに)
持田の名が出てくる度に自分はこうなってしまうのだろうか、とまた不安。ジーノにとって本当にこの今という日々の選択は正解と言えるものなんだろうかという答えの出ない迷い。赤崎はこのジーノを思う時に生じる自分の心の揺れと惑いが憎かった。このいわゆる自分らしくなさは、昔も今も変わらない。今すぐすっぱりと切り落としてしまいたい、そんな気持ちで、もの言いたげな男の唇をじっと眺める。異国の血を感じさせる深い彫りと鼻梁の作り出す陰影が美しい。
赤崎は思う。昔も今も自分の些末さは本当に変わらない、それでも今はジーノのこの眠りを手に入れた、と。神経質な男が今は気を緩めてこうして身を預けて眠り込んでしまうという、このジーノの新しい変化は赤崎の一つの救いだった。
「ん……」
テレビから響くあの五輪での熱狂的な大歓声が室内に鳴り響いた瞬間、ジーノはピクリと反応する。
「あれ?ボクまた寝ていたのかな」
「ハハ、大丈夫ですよ。この番組、録画してありますから」
「なんか最近、本当に駄目だね」
「疲れてるんですよ」
「別にそうでもないんだけど」
ほほえみながら極当たり前のように伸びてくる右手が赤崎の髪を掻き上げる。でもその瞬間穏やかな笑顔がふと変わる。聡い目が、赤崎の中の隠し切れない澱を見つけてしまったせいだった。
「ザッキー?」
耳から頬、肩。スルスルと手先が滑り降りて赤崎の左手をそっと包む。自分を庇護するようなその優しさが赤崎には堪らなかった。後ろ暗い思いがドンドン込み上げて来て全く抑えきることが出来ない。
「……王子、良かったんですか?」
「何が?」
「俺を選んで」
言ってはいけない、と思えば思うほど。
(出来てたんでしょう?あの人とあんた。本当は……)
止まらなかった。
(王子、今でも持田さんのこと、好きなんじゃないんですか?)
顔が見れないので目を逸らす。耳が染まる。心臓が壊れそうになる。赤崎は自分の手を包むジーノの指先が、自分の激しい脈を知ってしまうに違いないと恥じ入った。
返事がないのでおずおずと顔を上げると、ジーノの顔はもう既に赤崎の目の前にあって瞬きをする暇もなくチュ、と軽いリップ音のなるようなキスが訪れた。
「本当に憎たらしいったらないね。キミって子は」
ジーノがガバリと抱きついてきたので赤崎は面食らってしまう。
「ちょ!なにすッ?痛ッ!」
「何ってこの技?縦四方固めの変形。どうかな、ちゃんとキマってる?」
組み敷かれると同時に赤崎は左腕を高く上にあげられてガッツリと強く抱き込まれる。無理に身を捩ると肩が痛くてまともに身動きすらとれない。つまりちゃんとキマっている。いや、そういうことではなく。
こんな展開になるなど赤崎は想像もしておらず、まさに赤子の手をひねるように簡単にジーノに体の自由を奪われてしまった。こうなってはジーノが納得するまで解放されることはないだろう。
「意地悪は禁止だよ」
「そ!そんなんじゃ、ってか寧ろあんたが今その……痛いって!」
「じゃ、どんなの?ちゃんと答えたら放してあげるよ」
「いや、だから、ちょ……絞めんな!」
「嫌だったら大人しくボクの返事しなよ」
顔が見えずジーノが今何を思いこんなことをしているのか赤崎には見当もつかなかった。だが口調こそ明るいものの締め付ける腕の力はいつになく強かった。そのまま黙っていると更に言葉を重ねる。
「……キミさ、気絶したことある?この体勢からなら一発だよ?今すぐここでやってみせようか」
グッと肩と共に首元が絞まる。まるで手加減というものをすっかり忘れてしまったのではないかと疑うほどの屈強な拘束だった。赤崎は脅迫まがいのジーノのやり方に抵抗する力があるわけもなく。
「ほら、何考えてるかボクに説明しなよ」
「だって……」
「だってじゃない」
「だから、その……あ……あの人はいちいちスゲーし、王子の事、その、なんつーか……スッゲー理解してる感じくさいし」
うん、それで?というジーノの返事。緩まない拘束の腕。
「俺はあんたのことなんてちっともわかんねぇし……選手としてもすごくないし……でも!それは今だからで、別にずっとこのままのつもりじゃ」
「うん」
「ただ、なんで?って。そのうち絶対俺はって、そんなことこっちが勝手に思ってるだけで、なんであんたは俺の……」
「俺の?」
「勘弁してくれよ!」
「勘弁?そんなことするわけないでしょう?ようするに何が言いたい?言ってごらん」
ジーノの言い草にカチンと来て無理矢理暴れて脱出しようと試みたものの、身動きが取れないまま逃すまいとする絞め付けが更にきつくなるだけだった。この不似合いな実力行使の所作から赤崎にわかることは、ジーノが今かなり本気であるという事実であり、冗談めかした口調ながらジーノはかなり頭にきているということだった。
「俺は……あの人のとこにいた方が王子、本当はって、そ……その……」
「言ったよね?彼は友人だよ?」
「その……あ……あんたの友人っていう定義があやふやなんだよ。日本人は友人同士でキスしあう風習なんて……ねぇし」
「そうだね、ないね。普通そうだよ」
「だったら」
「変だよね。僕もそう思うし、それは多分彼も同じだろう。なんでなんだろうね?」
教えてよ。と言いながらまたチュ、と音の鳴る軽いキスをする。そんなのわかるがわけがないと赤崎は思う。そしてそんな巡らすばかりだった。
「ボクがぼんやりしている隙に、キミとモッチーはどんなことを話していたのかな」
「どんなって……だから、あんたら二人ともお互い好きあ……んッ!」
一瞬甘噛みされてビクリと反応すれば、首と肩に腕が食い込み息が詰まってしまった。それを見て改めて体を拘束しているという危険性を理解したのか、以降、ジーノも耳を嬲りながらも強く責めることはなくただソフトに触れる様なキスを散漫に繰り返すようになった。
「そりゃあ多分お互い相手に何がしかの好意くらいはあると思うよ?」
「でしょう?だから俺は……」
「あのねぇ、キミのこの耳は飾りかい?真っ直ぐボクの言葉を聞く機能はついてないの?」
「……っ」
「キミは意地悪だ。ボクを傷つけるのがとても上手で。時々たまらなくなってしまうよ」
「なッ?」
「わかるよ?要するにキミは彼のことを好きになっちゃったんでしょう?」
「は?違っ」
「違わないよ。わかるもの。タイプ的には僕よりも彼の方が相性がいいだろうこともね。彼は違って随分と端的なとこがあるから」
「勘違いだ、王子」
「そう?キミには見えたのでしょう?彼の中のストイックさが。すごいって感じなかったかい?」
「そ、それは」
「別に怒ってるんじゃない。ボクはかなり独占欲が強い人間だけれど、キミの心が自然に動いてしまうことをなじったりする気なんて」
赤崎はジーノが相手の目移りに怒らない人間であることは十分すぎる程理解出来ていた。怒らないかわりに興が冷めてしまうのだ。けれど今、怒っていないと口にしながらの、このジーノのしている態度とはまさに。
「キミがモッチーの事気に入るのはいいことだ。キミが代表を本気で目指しているなら、そのうち一緒にやることになるやもしれないし」
赤崎の腕が痺れ始めているのを感じたのかどうなのか、ジーノはやんわりと腕の力を抜き始めた。ジーノの言わんとしていることを理解するのに忙しい赤崎が拘束を解かれていることに気付かぬままに、ジーノは舌先で耳介をねっとりと舐め上げていく。
「ッ!」
「ねぇ、ザッキー。わかりきったことを、簡単にわからなくならないでほしいよ」
その囁きは、腹の底までじんと響くような声色だった。己の全てを絡みとっていく。
「キミはボクので、ボクはキミのものだよ?」
「……ん」
「そのことだけしっかりわかってれば何も問題はないんだ。ねぇ、ボクだけを見てよ。あの夜のように」
ジーノの、そして自分自身の息が熱くて熱くて、赤崎はもう頭が変になりそうだった。
「ほら、あの時みたいに傲慢にボクを、もっともっとエゴイスティックに欲しがってくれさえいればいい。思い出して。そうじゃないとボクのこのキミへの強欲と、とても釣り合わなくなってしまうじゃないか」
熱いジーノの体がゆらりと陽炎のように起き上がる。馬乗りになって赤崎を見下ろすその目は虚ろにも切なげにも、そしてとても情熱的にすら見えるものだった。セックスの道具のように抱かれたあの暗い暗い夜によく似た、墨のように濃く炎のように激しい瞳の色だった。
「バランスが崩れたら……そうしたら……」
つ、とジーノの左手の親指が赤崎の喉仏に触れる。急所だ。
「こうやって苦しむことになる。キミも、そしてボクも」
ジーノの、いつも下腹部にするあの羽根のような危うい刺激の快感が喉に湧く。怖いような、もどかしいような、すべてが絶妙にぎりぎりの苦痛。
コクリと唾液を飲み込めば、喉から突き出た骨の位置がジーノの指先から逃げ出すように下がり、そしてまた捉えられた鼠のように再び同じ場所に戻ってしまった。
中指は頸動脈を探る。うっかりすると死んじゃうけど気持ちいいんだよね、とジーノが言ったあの夜の思い出が蘇る。これは他人に命を晒す恐ろしさだ。
「お……王子……」
強張る赤崎に悲しい悲しい表情を浮かべ、そのまま中指は耳の裏まで回る様に這い、人差し指は頬を撫で、親指は唇に軽く触れた。
「フフフ……そういうのはボク達……もうたくさんだよね。ボクはキミを縛るんじゃなくて、お互いの心のままに極自然に寄り添いあっていたいだけだ」
そしてゆっくりと触れるだけのキスをした。
「至極簡単な話だ。キミもそう言ったよね?違った?」
「王子、俺」
「キミはあの日、ボクがどんなにキミのことを好きか、どんなに必要としているのかを教えてくれたのに。何故?」
優しいキスがもう一度。まるで壊れ物を扱うかのように大切に大切に、労わるような唇と唇の触れ合い、まさに愛撫という言葉の相応しいジーノの気持ちのこもった愛情表現だった。
「キミは時々ドがつくほど不器用になっちゃって驚くよ。悩もうとして、悩み方からして間違えてしまうんだから」
何かを伝えたくて言いかけた赤崎に向かって、ジーノは小さく、シ、と言ってまたキスをした。
「それともこれはキミの罠なの?ボクの愛を試して翻弄するなんて。もし本当に無意識だとしたら天然の……本当に憎たらしいったらない」
ジーノのその口調は厳しく、でも表情はとても柔らかかった。
「キミのその髪、その目、肌、匂い」
「自分を律して人へのリスペクトを常に忘れない。謙虚で、それでいて強い向上心の持ち主で、個人の利得を抜いた最善を意識し続け、尽力を文字通り尽くす人間」
「好きだよザッキー。キミの全てが」
「答えなんてもうとっくにわかってるだろう?ボクはキミと一緒に居たい。ずっとだ」
キスの合間合間のその言葉が、本当に苦し気でもどかしい形でジーノの口から零れ落ちる。それは愛され慣れ、口説き慣れたいつものあの男の姿ではなかった。
「ザッキー。お願いだよ、もう勘弁してくれない?苦しくて耐えられない。勝手にボクの心をキミから離さないで欲しいんだ。ほんの一瞬でさえね?理由は何度も伝えているつもりだよ?そして、それがボクの持つたった一つの事実」
まるで猫の毛繕いのような優しいキスを繰り返す男に赤崎の胸が締め付けられていく。
「キミがいないなんて無理なんだよ、もう」
己が持つ類稀なる強制力の全てを放棄したようなその懇願の姿に、赤崎は寧ろ圧倒されていた。
何故なら二人はかつてこんな世界を皮肉に笑って過ごしてきたからだ。赤崎の勉強のためにと、二人でイタリアのラブロマンスの映画を一体見たことだろう?軽くジーノの翻訳を受けながら観賞する物語はどれも質が高く、思わず生じてしまう感動の照れ隠しにベタ過ぎて陳腐だと赤崎が笑うと、ジーノはこれくらいベタなくらいが女を口説くのに丁度いいんだよ、と高慢に笑った。
口説くのに適切なタイミングから仕草、目線、受け入れられやすいボディタッチの仕方。その場の流れでジーノが軽く説明した内容は、綿密で論理的な解析に基づくまさに美意識とさえ言っていいテクニックだった。
なのに、その全てが今はもう。
「フ、恰好悪い……」
ふと身を起して自嘲気味に呟くその言葉と、キスどころかもう目も合わせていられないと逃げて行くジーノの視線。揺れる瞳がまるで震えているようで、全身で、こんなにも心の肌を露わに晒す羽目になって苦しくて仕方がない、と言っていた。堪らなかった。
「いや、カッコ……いいですよ、王子」
赤崎は思わず腕を伸ばし、しがみ付くようにジーノの体を引き寄せる。男は、あ、と戸惑い倒れ込んで赤崎が痛まないように耐えようとするも、そのままギュッと抱き締められることになった。
「危ないよザッキー」
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫だけどね」
「そうじゃなくて俺、嫌なこと言って王子を苦しめたから」
「……別に謝ってほしいわけじゃ」
「ごめんなさい、王子、俺」
「謝らないで」
「だって間違えてたから。確かに意地悪しましたね俺。もう言わない、約束します。だって俺王子のこと好きだから。離れるのが無理なのは俺のほうだし。王子がいなくなってから俺あんなに辛かったのに、今、王子にあん時の俺とおんなじ気持ちにさせちゃったんですね」
「ザッキー」
バランスの悪い体勢ながらも自身の重みがかかり過ぎないように支えていたジーノの両腕の力が恐々と抜けていき、そのまま自然と赤崎を横抱きになっていった。
離れることが無理だという言葉通り、当たり前のように二人の足は絡み合い、言葉のないままに互いの体温を体の全てで感じ合っていた。
「あったかいッスね」
「ん」
二人を堪能する時間。テレビの特番はとっくに終わり、もう夜のスポーツニュースが始まっていた。でももうそんな音も映像も何一つ頭に入らない。
傍に居る安心。その堪能。触れ合っていたい気持ちが満足と共に更なる欲を積み重ねていく。腕だけじゃ足りない。足だけじゃ足りない。だから。
その時二人同時にほんの少し腕の力が緩まり、向き合い、そして互いの唇を食みあうようなキスを重ねてその後深く。何度も互いの舌先で体内の熱を感じ合った。見つめ合い求めあい、それは繰り返しなされる、心に浸みいるようなキスの交換だった。
「ね、いい?」
心の充足が進むにつれて体の充足をも求めたくなる。それは成人男性として当然の話で、言われるまでもなく赤崎はとっくに温かさよりも強いジーノの熱さを体の奥底から欲し始めていた。
返事をするかわりに欲情を露わにしつつあった部分を押し付けるように足を絡ませると、その次の瞬間から常春のような淡いキスが吸付くような情熱の接吻に変化していった。
体温が上がり息が熱い。互いの唾液が絡み合う音が耳をも熱くし、もっともっと熱を知りたいと互いの太ももが少しずつ深く侵入する形で蠢き体の中で最も熱を象徴するその部分を刺激する。
「もうこんなに」
熱を堪能し幸せに咽ぶようなジーノの煽りが、赤崎を更に熱くする。乱れ始める赤崎の呼気を聞いて、ジーノもまた更に熱くなった。
「どうしよう、どうしてもキミの傍では紳士でいられそうにないみたいだ」
困ったように男が言えば、
「望むところです」
と返事を返す。
「ザッキーったら全く」
サービス精神やコントロールのない自由な心のままに赤崎を愛するジーノの行為は、抑制されたセックスよりも強く高く赤崎を天にも昇るような世界に連れていった。
ジーノはそれを恥じたが、赤崎にとってはそれが一番幸せを感じる瞬間でもあったのだった。
