お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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絆に結ばれて 6

ジーノはあの日から激変し、そのことによってザッキーもまた変化し始めています。ザッキーの安定感にジーノが支えられて、そのジーノの安定感にザッキーが抱き留められているという、少女マンガ。とりあえずここまでUPしときます。
このあとは本当に荒い下書きしか残っていないので、そのうちMEMOにでもオチをさらっと書こうかどうしようかって感じです。どうしよう?「好き」を言えなくなったジーノが言わなくていい心境になって、次に「好き」を口にするのは、みたいな、エピローグは時期的に作中数年先の予定でした。その辺を別枠で書いていくつもりだった、はず……

毛布と毛布

 今日は五輪予選のメンバー発表の日で、自分で確認出来ない俺は、不安を抱えながら椿からの連絡を待っていた。 

「どうしたの?そんな顔をして」

 その日は、王子を俺の家に呼んでいた。今日は俺の部屋に居たかった。けれども一人では耐えられなくて、こうして王子を連れ込んだ。

(馬鹿なことをしているのはわかってる。たかだかこんなことで俺は王子に……甘えだ。これはただの甘え)

 俺はすっかり寄り掛かっている。依存はとても醜いと思う。

 けれども、これはどうしようもなかった。最近、気持ちばっかりが焦ってしまって、失敗やしくじりが増えた気がする。一生懸命やっている。なのに、いろんなことがチグハグで、ちっとも思うようにいかない感じだ。

(そういえば、今と似たようなことがあったよな……)

 ジュニアセレクションのあの日、俺はろくでもないプレイを繰り返して、合格発表のその朝まで、布団で悔しくて毎日泣いた。俺は今、あの時みたいのように慢心していたわけではない。やるだけのことはやってきている自負もある。だからこそきっと今初めて、己の“限界”と“壁”を感じはじめていたのだろう。

 あの時の俺はたった一人で、布団に包まって泣いていた。俺はそうやって乗り越えた。では今はどうしているかというと、毎日のように王子の家に押しかけては、あの日の布団に包まるかのように、王子に包まれて安らいでいた。そしてそれだけでは物足りなくなって、今日は俺のテリトリーにまで引き込んで。
 王子は俺が求めさえすれば、俺のすべてを受けとめる。こうして思う存分甘やかして、寄り添い、抱き締め、キスしてくれる。

 以前彼は自身のことをライナスの毛布と呼んでいた。そんな言葉、あの時の俺は実は全然知らなかった。スヌーピーなんて興味がなかった。

 今でもよくわからないけれど、要するにガキの愛着行動って意味のようだった。母親のおっぱいが必要な赤ん坊のような。それがないと夜眠れない。そんなどうしようもない執着の対象。あまり自覚はなかったけれど、王子の観察力はとても正確なので、悔しいけれど返す言葉がひとつもなかった。

(20歳も超える年になってこんなにも弱いなんて……情けない)

と、今更ながら落ち込んでしまう。ずっと強くなるために生きてきたつもりで、まだまだガキンチョのままだった。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らでか、本当にここ最近の王子はいつもにも増して優しかった。自分が王子のことを欲しがっていると自覚するよりも早く、王子はそのことを察知する。そして目が回るくらいにアレをくれる。また、ただ抱き締めて欲しいようなそんな時には、夜通しふんわりと包み込んでくれる。なんでこんなことが出来てしまうんだろうと疑問に思うほど、何もかも俺のことを知っていた。俺はどんどん弱くなる。王子を守ってやりたいと思っていながら、その分彼に守られる。

 本当の彼というのは、我儘や気紛れには程遠い、まるで精密機械のように完璧なライナスの毛布だった。

   *  *  *

 電話がこない。

 なんとも心細い気持ちでいる俺は今、王子の隣で一緒になってリビングの床に座っている。王子はそんな俺の肩を空気のように自然に優しく抱き寄せていて、俺の髪をゆっくり梳きあげている。その光景はまるで喧嘩して泣いて帰ったガキが、母親に甘えているようなワンシーンだった。

「…キミらしくないね。気持ちが…揺れているのかい?」

 王子は俺の気持ちを読むので、こんな時はドキッとしてなんて答えていいのかわからなくなる。

「キミの不安のすべてをボクが……でも一緒に居ても、あれかな、ちょっと気が張っちゃうかな」

 王子の言葉はキザで暗喩的で。でもわかる。今彼は俺の中に抱えている王子への甘えに対する葛藤ですら、すべて感じてしまっているのだろう。きっととても悲しい気持ちで俺を抱き寄せている。そう思うと、その分だけ俺も悲しくなった。

「聞いてくれるかい?ある昔話」
「?」
「ある男の子がね。毛布を一つ持っていたんだよ。大切なんだ。何よりもね?でも、ある日突然、それをなくしちゃうんだ」
「……」
「男の子はね?本当に本当にそれが大事で。なのにそれがなくなって。悲しくなって辛くて、耐えられなくてね?だから毛布の存在を忘れることにした」

(ああ、これは……これは王子自身の物語だ)

 俺は今は知ってる。かつて彼がそれを喪失したときの慟哭を。王子の毛布もまた、俺の毛布と同じように、人の形をしていたのだった。

「そして、何をしたかというと。毛布が必要な人たちを探しては、自分が毛布になってみようとしたんだ」
「……」
「いいことだと思う?違う。これは復讐なんだ。自分が毛布になりきってね?それを引っぺがす遊びだったんだ。ひどい話」

 遠い目をしている。なんて悲しそうな目をして、王子。

「それはとても残酷で、でもすごく愉快な遊びで……」

俺は、

(そんなことはない、違う王子。あんたがやりたかったことはそんなじゃなくて)

と言いたかった。俺は言いたかったけれど、なんだか言葉が出てこなかった。王子のあまりにも遠い目を見ていると、そのあまりの距離の果てしなさに、届く言葉を見つけられそうになかったからだ。

「でも、ある日気付くんだ。引っぺがされた人たちの顔を見てね?泣いてると思ったのによく見ると彼らは満たされている。包み込む毛布が必要な時なんてほんの一時の話で、みんな、引っぺがされても平気なんだよ。そんなちっぽけな毛布なんてなくてもね。毛布がなくて生きていけなかったのは男の子だけ。彼はそんなことに少しずつ気が付いていく」

 ふっと俺の顔を見て真面目な表情になる。

「毛布が手元にないから仕方がなく『毛布がなくても平気だという顔をする』ことと、毛布をしっかり手に入れたことで結果的に『毛布がなくても平気な状態になる』こととは全然違うものだよね。ザッキー」

 ああ、キスされる。ほら。

 王子が俺に頬を寄せて、やさしく目尻に唇が触れたのがわかった。俺は泣いてなんかいないのに、王子は俺の涙がまるで見えているみたいな仕草をする。彼が触れた瞬間に目頭が本当に熱くなってしまって、するとそれも知っていたかのように当たり前のように涙のにじむ目頭にも優しく唇を落とした。

「お守りは絶対に必要だ。どんな人間にもね。恥ずかしいことではない、むしろとても大事なこと。キミは馬鹿な男の子とは違って、そういう大切なことをとてもよく知っている子だ」

 右目、左目、右頬、左頬と、ゆっくりと何回も王子が俺にキスをする。それは安心感であり、かつ圧倒的な抱擁感でもあった。目を開ける暇もないほどの愛が俺に惜しみなく降る。

「ねぇ、毛布はここにあるけれど。やってごらん?心の中にそれを作ってしまうんだよ。そうすれば大丈夫」
「?」
「まず毛布の存在を知る。そして毛布という存在が必要な自分を認める。否定しないで?手元にある毛布を必要としてね?キミは照れ屋でストイックだからちょっとこれが下手だね。とってもよく知っているくせに、恥ずかしがって隠しちゃう。でも隠したって無駄だから。ボクには全部わかってしまうよ?」
「……」
「次にね?毛布がキミを必要な事。それを知って?」
そうして王子は微笑んでいた。
「フフフ、大事なことだよ?毛布“が”だ。キミはこっちのほうをすぐ忘れてしまう。わかるかい?毛布はキミを必要としている。ね?キミをあたためることは毛布にとっては業務じゃない。喜びなんだよ。知ってるだろう?もう十分に」

彼が綺麗なのは知ってる。でも、こんなに美しい彼を未だかつて見たことがなかった。

ああ、こうして見たこともない輝きを彼から感じるのは、もう何度目のことだろう。そんな、やや矛盾しているかのような事実が今日も、また一つ積み重なっていく。それほどまでに彼は一時も同じ顔をしていなかった。

「出来た?フフフ、偉いね。じゃ、次だ。それが出来たらあとは簡単。キミはベランダに行く」
「……王子?」
「キミがキミであるからこそ、ボクはキミを支える魔法になれる」

 ゆったりとした動作で俺の手を引き一緒になって立ち上がる。まるで毛布が俺を包むように彼の腕は俺の腰にまわり、左手は左手を掴んで絡みついて、彼はまるで姫を伴ってダンスを踊るかのように、軽やかな足取りで歩を進めた。二人はそうしてベランダの掃出しの窓までやってきた。

「じゃあ、魔法の言葉をキミにあげるから。よく聞いて?ボクがずっと大切にしてきた言葉なんだ」

   “会いたくなったらいつでも会える。離れていてもいつも一緒だ”

 そうして王子は手を離した。吸い込まれそうな彼の笑顔。開かれた窓から吹き込む風が彼の長い前髪をなびかせていて。見惚れて俺は馬鹿みたいに口を開けて、ポカンと彼の顔を見続けるくらいのことしか出来なかった。
 そんな俺に呆れてしまったのかなんなのか、王子が急にいつものチャーミングないたずらっ子の笑顔に戻った。

「ね、ザッキー。毛布に包まっていたい時と、一人でいたい時と、いろんな時があるよね?キミは基本的には毛布に包まっていたいのかもしれないけれど、多分、この瞬間だけは、一人で噛みしめるように迎えたい。違う?」
「……」
「だから。今からは、ここで連絡を待っておいで?大丈夫。キミが振り返りたければいつでもボクはここにいるよ。来たくなったら来ればいい」

 そうして王子は笑顔を浮かべてじっと俺を見たまま、少しずつゆっくりと数歩後ずさりをして、元の通り床に腰を下ろした。ぼろっちいサッカーのビーズクッションに体を預け、チラチラと指先を動かして挨拶をしている。にこやかに笑いながらずっと俺を見ている。

  “会いたくなったらいつでも会える。離れていてもいつも一緒だ”

 毛布が必要ならいつでも戻っておいで、と彼がそう言っているのが表情と態度でわかった。甘えすぎていることに居心地の悪さを感じていた俺のために、彼はそうして距離を置いた。彼は部屋の中にいるのに、まるで俺は今も彼に包まれているかのようなあたたかさがあった。

(本当になんて見事な、そして美しい俺だけの……)

    *  *  *

 ベランダに吹く夜風が心地よい。あんなに不安しかなかった世界が急に安定した。今、俺は自分の中の不安を楽しんでいるのがわかる。さっきまでと何が違うんだろうと、不思議に思う。なんだか気持ちと頭がゴチャゴチャしてまるで整理できないから、俺は夜景を見ながら電話を弄んでいる。

 そうして、やっと、かわいい後輩からの嬉しい知らせが届いたのだった。なにを話したのかも覚えていないけれど、電話を切ってからやっと、ほっと胸を撫で下ろした。

(よかった、今回も選ばれた)

 ジュニアセレクションの合格通知が家に届いたのと同じだ。ここ最近の俺の成績を振り返ってみれば、多分、今回の選出にしてもギリギリ引っかかったんだと思う。けれど、あの時とは全然違う気分だった。あの日の俺はこんなことで苦戦してしまう自分のままでは、プロになる願いなど叶わないかもしれないと思っていた。そのことで、この世が終わるのではないかというくらい大げさな気持ちになっていた。これはついさっきまでの自分もだ。俺というサッカー選手の存在が世界中から否定されてしまうかのような、そんな恐怖にも似た思いが俺の心の中を占めていたのだ。

 けれど、さっき、王子が俺の心の中に勝手に毛布を作ってしまった。なんて素晴らしい手際だろうか。

 このお守りは強力で、願いが叶おうが叶うまいが、俺の世界が終わることなどないのを、しっかりと実感させてくれた。今回選出されなくても、俺が頑張っていることには変わりないし、なんら自分の価値が損なわれることもない。そんな気持ちが当たり前のように俺を支えた。

 はっと気が付いて振り向くと、ずっとそうしていたかのように王子がにこやかに俺を見つめている。サッカーのビーズクッションに体を預け、すっと手を挙げてチラチラと指先を動かしてもう一度挨拶をした。

(そうなんだ、俺が代表に選ばれようと選ばれまいと、あの人の中では俺という存在が一切揺らぐことなどない……んだ)

 王子が素直な思いを口にした。そうやって俺にこれ以上ないほどわかりやすく愛情を丁寧に丁寧に伝えた。彼は俺の才能を、俺の存在を、この世界の誰よりもきっと認めてくれている。いつ、どこにいても、なにをしていようとだ。

 俺はたまらず慌てて駆け寄って、まるで転がり込むように彼の腕の中に飛び込んだ。

「王子!やった!俺、選ばれた!」

 王子は笑いながら、当たり前のように、本当に極自然に、まだこぼれ落ちない俺の涙を拭うようなキスをしたのだった。