あまりにもそれに似ているので
【4895文字】
出来てないデス。
ジーノの気配を読めない赤崎は、いつもビックリさせられます。突然触ってくるなと文句を言うと、反対にある事を提案されて?全くのチームメイトのお二人からふんわり恋未満の関係へ、そして?
もう少しラストの締めを盛ろうと思って片付けてあったヤツだと思います。
王子が我慢しきれない程俺への接触を求める時は、勿論それなりの動機付けがあった。けれど、その日は惨めな負け試合で、あまりにもイレギュラーであったかと思う。もの言いたげなその瞳には、いつにない示威的な力さえ感じられた。
「今日、ご飯いかない?」
「……今からッスか?」
「だから軽くだよ。いいよね」
近郊の遠征のその帰りだ。どっぷりと夜は更け、食事はあまりにも非常識な時間。言葉の影には珍しい事に、ささくれのように小さな苛立ちが隠れていた。
「ゴメンね、ザッキー」
本当にささやかな軽食を取って、それは帰りに乗せてもらった車の中での事だった。
「……何がッスか?」
王子は返事をしなかった。
クラブハウスの駐車場。王子は俺の車の横に停めて、
「じゃ」
などと挨拶をするので、
「いや、さっきの話がまだ」
と、俺は蒸し返した。
「ああ、そうか。まあ、それはまた今度、って事で」
「そんな言い方、逆に俺、気になりますよ」
「……」
「言ってください」
さぞかし言いにくい事なのだろうと、俺は王子に食い下がった。なかなか車から降りない俺に、最後には根負けしたような形で王子は俺にこう言った。
「……もうやめさせてもらえないかなぁ、なんて」
「?」
「ほら、例の吃驚の配慮の事。いや、いいんだ。約束なんだし。今更だよね、こんなお願い」
とても困ったような顔をしていて、俺までとても困ってしまった。王子は迷惑していたのだ。わかってはいたものの、ショックだった。
「ああ、そういう顔すると思ったよ。いい。忘れて。今の話」
「でも」
「いい。ザッキー。今日はありがとう。時間取らせちゃって悪かったね」
追い出すような王子の言葉に、俺は益々ショックを受けた。だから寧ろ意地を張る様に胸をそらして、平気な顔を努めてこう応えた。
「わかりました王子。いいです。大丈夫。我慢しなくて結構ッス」
「ザッキー」
「好きにしてください。元々、別に大した話でもねぇ事だから」
「そうじゃない、ボクはそういう事を言いたかったわけじゃなくて」
「そういう事でしょう?」
「……」
「そういう事ッスよ。あんたが俺に言いたいのは」
俺は不貞腐れた態度で言い放って、ドアを開け車を降りて王子に言った。
「おやすみなさい、王子。じゃ」
ドアを閉めて、逃げ込む様に俺は自分の車の鍵を開けた。
「ザッキー、待って」
それを追うように、名前を呼ばれ、王子が車から降りる音が聞こえる。たかがそれだけで竦んでしまう。俺は今とても失礼な態度で、喧嘩を売ってしまったのだから。
「そう、そのまま」
ゆっくり距離を詰められる。王子の歩みはとても優雅だ。
「触れても?」
王子はろくに返事も聞かず、凍り付く俺の頬に手を添えた。
「違うんだよ、ボクがキミに言いたかったのはつまり……」
指先の感触に意識がいって、ゾワリといつもの鳥肌が立つ。
「……人間さ、なんだか妙な事になってしまうんだよ。変に意識をさせられてしまうと」
毛が逆立つと更に感じる。王子の感触はいつもそう。
「不満とか、文句とか、そういうものじゃないよ?『ああ、ザッキーはこれが苦手だったんだった』『ああ、触っちゃいけなかったんだ』って、そんな事にイライラしたわけでもなんでもなく。だってキミは後でちゃんと付き合ってくれる」
暗がりの中でも俺達の目は、互いを見つめて動かなかった。
「でも、元々ボクのそういう態度って殆ど無意識のものだから、気を付ける為にはいつだってキミをキミと意識し続けなきゃいけない事になるわけで」
そのまま耳まで指が届いて、俺はビクリと体を揺らした。
「……だからキミのその存在を、常にボクは追って……別にそれは不快じゃない。不快じゃないけど、でもかわりに、その度ボクは」
指はそのまま首の後ろへ。もう王子のもう一つの腕は腰に回り、じわじわと王子が近づいてくる。
「いつも考えるようになってしまった。『ああ、ザッキーに思い切り触れたい』って」
そうして、何度も経験した甘くて優しいあの感触が俺の全身を包み込む。
「こんな風に……キミを」
服越しに感じる、王子の骨格。腕の力。首筋に触れる頬に髪。息は熱と湿り気を帯びている。暗がりの中ではより一層、王子のその香が濃厚に思える。俺と同じものを王子は今、俺から感じているのだろうか?ただ二人はそうして抱き合ったままで時を過ごして、王子がポツリとこう言った。
「でも一方的にキミを我慢させて、なんて……それが凄く嫌なんだよ」
王子が顔を上げてまた俺を見る。俺はぬくもりの去った首筋が、なんだかとても心細かった。
「やっぱりすっごく変だと思う。だって、この気持ち、とっても……」
「王子……?」
「『恋』に似てる」
俺はその言葉に戸惑う暇もなかった。
「どうしよう、ボクは」
首筋に這う指先がやんわりと王子の元へと俺を寄せる。
「ザッキー、キミとこんなにも『触れ合いたい』」
それはとても長くて短い、スローモーションのような時間だった。ゆっくりと王子との距離が縮まる。俺はただ成すがままにそれを受け入れ、よって王子はあまりにも自然に、そのままゆったりと口づけをした。それはまさに唇と唇の触れ合いであって、まるで指先と同じようにスルスルと王子はそれを何度も這わせた。そうして、離れる度に艶増す瞳でジッと見つめて、少しずつ俺を味わっていった。ようやく彼の舌先が俺の舌先に触れた時には、うっとりとした吐息を二人で漏らした。
「……」
離れる度に名残惜しくなる。だから、何度も、何度も口づけをする。回を重ねる毎に、淫らに、執拗に。もう、全身が激しく王子との触れ合いを欲し、それ以外考える力がなくなっていく。
(もっと、触れたがって、王子……もっと沢山、隅々まで全部俺をあんただけのものに……)
暗闇の世界で感じていたのは、自分の思いの決壊だった。王子は恋に似ていると言った。でもそれだけでも、もう駄目だと思った。そんな時王子も俺に言った。
「ザッキー、ボクもう駄目。困るよ、どうしてくれるの?」
「……」
「だから、うち来て。いいよね?」
そう、俺はこの夜のこのキス一つで、完全に王子の飼い犬になった。恋でも愛でもなかったかもしれない。でもそんな事は多分どうだってよかった。俺達は触れ合う毎に理解したからだ。こうなる為の二人であったと。
