そんなの無理ッス
【1408文字】
からかう飼い主、からかわれる飼い犬。馬鹿なことをやり合いながら、ギャフンと言うのは果たして?
ボクがキミに
「食べちゃいたいくらい可愛い」
と言えば、キミはボクに
「またそれですか」
と言う。ボクはその時のイライラしたキミの姿がとても好きで、だから今日、
「……食べてみます?」
とふざけて返した、そんなキミに腹が立った。
(ボクをからかおうだなんて、百万年早いんだよ)
癇に障って脅かしてやった。ざまあみろと唇を離せば、キミは顔を伏せて耳を染めた。今にも消えてしまいそうだった。
(待ってゴメンね?虐めるつもりでやったけれど、そんなつもりじゃなかったんだ)
*
俺の気持ちをからかう王子は、しつこくしつこくちょっかいをかける。彼は肩にとまる気紛れな蝶で、一方俺はカゴもタモも持たない無力な子供で、まるで勝負にもならない状況。
(俺がイライラした顔をするから、尚更あの人は面白がるんだ)
たまにはギャフンと言わせてみたいと、うんと背伸びしてふざけてみせる。
「……食べてみます?」
ちょっと手で追い払う程度の意地悪だった。なのに。
(ちくしょう、なんでその払った手に止まってしまうんだ王子)
思わず握りしめ潰してしまいそうな衝動に駆られる。だってその唇があまりにも甘美で誰にも渡したくない程の執着を呼ぶので。
(俺は馬鹿だ。王子に歯向かったって敵うわけがないのに)
ひらりと飛び立っていく唇を思わず追ってしまわぬ為に、俺はただただ項垂れ、醜く歪んだ顔を隠した。
(本当になんで……俺も馬鹿だけど、あんたはもっと馬鹿だ!)
そう思いながらも、いっそ血の出るほど噛んでやればよかったとも思う俺だった。
(くそッたれ、なんて事を……)
*
「ザッキー、顔上げて?」
「……」
「ゴメンって。流石にやり過ぎた。気持ち悪かったよね?もうこんな子供みたいな事しないから、ん?」
考えていた以上に衝撃を受けているであろう赤崎に居た堪れなくて、ジーノは珍しく謝罪した。それをせねばならない程度には、二人気まずい空気になったせいだ。
「……ねぇ、顔見せてよ。もしかして初めてだった?ねぇ、ザッキーってば、まさかね?」
頑なな赤崎に戸惑いながら、まるで泣いた子供を慰めるようにジーノは言葉を連ねていた。
「唇がほら、ちょっと触れただけだし……こんなの数に入れなくていいと思うよ?ん?」
「……ッス」
「ん?聞こえない、なんて?」
「ノーカンとか、そんなの無理ッス、って」
「……無理じゃないよ。こんなのキミの気の持ちようでどうとでも」
「駄目ッス、せっかく王子がしてくれたのに」
「……え?」
やはり赤崎は我慢しきれずとうとうジーノの首元に固く絡み、強引にその唇を貪ってしまった。
「さっきのが触れるだけでノーカンなら、これでもうナシには出来ませんよね?」
ビックリ顔で固まるジーノがようやく口にした一言とは。
「ボクをからかうなんて百万年……」
まるで釣り上げられた魚のように息絶え絶えだ。
「それ、からかってんじゃなきゃいいって事ッスか?」
「……」
「なんでそこで黙っちゃうんです?……王子?どうかし……」
シゲシゲと見つめる赤崎に対して、今度はジーノが顔を伏せねばならない羽目になってしまった。
「あ、耳、赤い」
「うるさい。キミだって」
チロリと上目遣いに睨まれてしまえば、その色香にこそ赤崎も染まる。
「ほら、名前通り真っ赤だ」
「なッ……」
気まずい沈黙、朱色の二人ともども、
(どうしよう……次はなんて言えばいいんだろう)
なんてクルクル思案にくれた。
*
愛も、恋も、通わぬままの、ウブな二人の、昔話。
