そよ風ロマンス第5章(そよ風ロマンス最終章)
【27605文字】
実に2年半くらい前のシリーズの終章。今回は改ページごとに視点が交互です。
中断して気にはなっていたんですけど、書きかけに掃除と追加などなど。終盤一瞬ジーノが下品。似たような話ばかり書いてますけど、今回は番犬がこじらせです。
寝起きは自我があやふやなので、その分奥まで浸透しやすい。僕の策略も気付かぬままに、素直に聞き耳を立てている。
「君は誰も傷つけてない。言ったろ?君に。彼女はいない。だから結婚の予定もない」
思考力は確かに低下している。ぼんやりとした視線がその証拠。前に話をした時も、同じような反応だった。彼は暗示をかけている。自分の暗示で自分で苦しむ。そこから出るのが恐ろしいのだ。それがどれだけ間違ってても。矛盾の中で一人もがいて、昨日とうとうショートした。感情が心を絡めとり、こんなにも濁って疲弊している。
「ザッキー、君は何が欲しい?」
「……」
「大丈夫だよ、抱きはしない。恐ろしいよね。わかってる」
僕が彼を歪ませたので、自分の本音の迷子になった。彼にとって僕というのは、僕が認識していたよりも遥かに役割が深かった。もっとわかってやればよかった。もっと僕が利口であれば。
(ああ、もっとめちゃくちゃにしてしまいたい……)
僕の本音は率直だ。今捕まえればもう逃げ出せない。そのことを重々理解している。怖がる相手は御しやすい。だからこそ何度も自分自身を、僕は殺し続けるしかない。そうでなければこの世で大切な人、ザッキーの心を探し出せない。
「俺は……王子が……」
依存させるようさんざん仕込んだ。苗木がそこにあったとしても、歪んだ形に育ってしまった。
「好きなんだよね。知ってるよ。本当はどういう感じの気持ち?」
「……」
考える力を霧散させつつ、手練手管で心を導く。無理矢理支配で思わせるでなく、砕けた心を探させる。難しいなりに得意な方だ。押し問答も君のためなら。やがて彼がそれを拾えて、涙が出そうになってしまった。
「かえ……帰りたい……」
「どこへ?」
「昔。ずっとずっと昔に……王子のパスを受け取りたい。そうして王子とピッチを走って、王子に俺を見てもらいたい」
血を吐くような彼の言葉は、そのまま僕の言葉でもある。手に入れるのも失うことも彼にとっては深い恐怖で、ずっと絶望の中にいて、狂おしいほど愛おしく、切り殺される気分にもなる。
「そうだねザッキー。一緒に帰ろう。大丈夫だよ、帰れるよ」
「……」
「いつかは君も日本に戻る。そうでしょ?ザッキー。大丈夫」
ただのチームメイトな昔に。その火を、希望を灯したい。
「僕はずっとここにいるから。大丈夫だよ、待ってるよ」
「……」
「だって、君と逢えるよう、毎日、毎日、頑張っている。君とそうなるいつかを夢見て、ずっとこうして生きている」
君を思う、ただそれだけで。僕はこんなに生きてしまえる。
「僕はずっと一緒に居るよ?どれだけ離れたピッチに居ようと、僕の蹴り出すボールというのは君に届けるためだけのもの」
心と耳が拒否しても、そんなのどうでもいいことだ。ただただひたすら彼を愛して、彼に費やす自分でいたい。
「愛しているよ世界で一番。君だけのために生きている。君までボールが届かなくても何万回でも贈り続ける」
そっと額にキスをして、力なく泣く彼を抱き締める。壊れた心を癒したい。
(君を帰してやりたい昔に。僕に叱咤激励しながら縦横無尽にピッチを走る、希望溢れる昔の君に)
*
結婚の暗示から抜け出せなくても、ザッキーは度々会いに来た。
「嬉しいよ」
罪悪感で顔を曇らせ、それでも僕を求めてしまう。
「そうだねザッキー。一緒に寝よう」
「……」
肌と肌をしっとり合わせて、合わせるだけの静かなキスも。
「触って王子。どこもかしこも」
「そういうことは出来ないよ」
「……」
「大丈夫だよ、目を閉じて。居るよそばに。落ち着いて」
欲望は欲望として存在していて、それでも何が大切なのか、僕らはちゃんと理解し合った。彼の求めは不安起因で、ぎゅっと抱き締めて安心させた。しばらくすれば眠りについて、僕も一緒に深く眠った。
目覚めれば彼は自責に苦しみ、その度に彼女はいないと言って、いつでも耳は拒絶していた。それを何度も繰り返し、でもそういう日々も楽しく思えた。やがて暗示も緩み始めて、今ではすっかりまじないレベルで、僕を日々嬉しくさせていた。本来の彼の面影が、憎たらしくて可愛いあの子が、目を開けるような予感までした。
