ただ胸披(ひら)かるる二人の必然
【13917文字】
出来てないジノザキ。延々番犬扱いしてからかい続けてきた赤崎が移籍する事になったある日の二人の日常の記録。赤崎目線。タイトルはお題った―で引いた中也「盲目の秋」の一節のもじり。お題悲恋モノだけどいつも通り無謀強引ハピエン厨
文学妄想お題ったーの中原中也作「盲目の秋Ⅳ」が元ネタSS
「あぁもう、髪から口の中から全部ジャリジャリだ」
気持ちを少しも抑える事の出来なかった俺達が飛び込んだのは下品で田舎くさい安ホテルで、その性急な答えの出し方に戸惑う俺が風呂上がりにゴニョゴニョと文句をつけていれば、
「これはこれで風情がある、って言えばいいのかな?この雰囲気」
なんてツインのベッドに王子が嘯く。流石にダブルは気が引けると選んだツインが、なんだかとても生々しく思える。だって、これではまるで遠征先のある夜のようじゃないか。
怖いと思っていた彼の目は、やはり俺の全てを見通しているかのような澄んだ輝きを放っていた。魅惑的な光に虜になって、俺は気付けばやんわりと抱き寄せられ、唇を寄せられ、みるみる恐怖とは対極の、王子そのもののような鮮烈の官能に酔わされる羽目になった。
(王子、王子……)
彼はみるみる俺の身も心も紐解いていく。
「あ、ちょっと、王子それは……アッ」
美味しそうに喉深くそれを咥え込まれ。
「うぅ!」
自分ですら触れた事のない場所を深く内部まで何本もの指先で暴かれて。
「ザッキーこんなに感度いいだなんて……また知らないキミを一つ知る事が出来た」
やむ事のない雨のように沢山の満足と卑猥な言葉を降り注がれて。
後はもう、恐怖も羞恥も間に合わない速度で俺は己の全てを投げ出していくばかりとなっていった。
「ね、そろそろ……いいよね?」
それが何を意味するのかなど、とうの昔に考える頭もなく、でもただ無抵抗で王子に従う。されるがままに腰を浮かせて、フワフワの枕を二つも背中に差し込まれる俺に訪れたのは。
「ぅ……、ぐッ!?」
俺は突然、真っ二つに体を引き裂かれるような激しい痛みに襲われた。考えられない質量の侵食に俺の体が思わず強張り、でも混乱の俺とは雲泥の落ち着きで王子は、肩乗せる俺のふくらはぎにかなりきつめに歯を立てた。
「ぅあ!」
それは痛みで痛みを紛らわせんが為の愛であったろうか。それとも俺の全てを今にも無惨に食い殺さんとする彼の中の抑えきれぬ獰猛の表出であったろうか。
(痛ッ、な、なんだこれ……、あ!やめ、……ぅ!)
官能の夢が突然襲い来る悪夢となった。その切迫の危機感、ただ喉を鳴らす獣のように呻き声をあげるしかなく、目覚めを乞うて悲鳴を上げる。
(助け……何だこれ……嫌だ……きつ……)
「ザッキー、ザッキー、辛い?」
真っ黒な苦痛ばかりの世界の中、遠くで優しい声がする。懐かしくて、愛おしくて、そう、うんと俺が欲しかったもの。だから俺は闇雲、必死になってそれを何かわからないままに探し始めた。そして気付く。
(王、子……か?これ、王子?)
徐々に己を取り戻し始め、それの温かさに先程までの悪夢が霧晴れるように消えていく。いつの間にか俺は目をギュッと瞑り、互いを知り合うためにこれをしていた事をすっかり失念してしまっていたのだ。
「い、いや……大丈夫、ッス……」
繋がった痛み、噛まれた痛み。でも目を向ければ触れんばかりの距離に美しいあの人の姿。
「本当はもっと日数かけて慣れさせなきゃいけない事だしね……でも」
穏やかな口調ではあった。けれどそれを口にしているのは確かに欲望の獣そのものであった。この俺の苦痛は紛れもなく、彼による本能的な強欲・肉欲によるもので、今更逃がす気など更々ないという傲慢の分だけ、俺はそれ程強く激しく王子に求められている事を実感した。ならば俺は今の全てを乗り越える事など容易い話だ。苦痛だらけの。けれど彼の喜びの為なら、俺は何でも耐えられるだろう。
「王子……ッぅ」
俺は今、彼を深く深く、痛い程体の奥まで手に入れて、その深さの分だけ心も同じように手に入れた気がした。それと同時に、感じた事もない王子に対する強い欲求が湧き上がる事となった。それは俺自身も知らない、彼の手によって呼び覚まされた俺の中にも存在していた本能的な獰猛であった。
(もっとだ、王子。俺の事、もっと、無茶苦茶に)
声にならない願いは体と心を通してお互いを行き交い、その激しさ、強さ、めくるめく達成感に陶然と二人、それからはもう貪り合うように一晩中一睡もせず、叩き付ける様に自分の欲求の全てを相手に晒していくばかりとなった。
(王子、もっと滅茶苦茶に……そんで、もっと……あんたの事も俺で、もっともっと滅茶苦茶にしてやる)
それは心の底から相手を信頼出来てこその、本気で牙を剥くような渇望と飢えの飛散とも言えた。
*
いつ眠りについたのかもわからない朝。いや、実際にはもう昼も遅く?
見慣れぬベッドに何故か肌、戸惑いつつも徐々に現実に引き戻されていく俺を王子は、やはりあの穏やかなあの目で黙って見つめ続けていたようだった。
「ちょ、人が悪い。むっつりみてないで起こしてくれればよかったのに」
可愛くない事を言ったと思った。でも王子は気にもせず、少し笑って額にキスをした。
「このままキミが目覚めなければいいのにな、って思って」
それを言う目がやはり笑ってなかったのでドキリとして。でも。
「冗談だよ。そんなの悲しい」
と王子はまた少し笑ってもう一度額にキスをした。滅茶苦茶になり合った俺達は、こうして次第に己を取り戻しいくとともに、どうあっても止められない残酷な時の刻みを物憂げに見上げるばかりになっていった。
*
安っぽい部屋の中に浮く程美しい王子の姿は身綺麗になれば益々、昨日の獰猛の気配の片鱗もなく、
「お待たせ、次どうぞ」
とシャワーを即されたところで、俺はただ目を泳がせて戸惑うばかりになった。艶やかで明るいいつもの姿に、過ごした夜が丸ごと全部夢だったような気がした。知ったと、感じ合ったと思ったものも全て、幻だったような気がした。
*
「痛てて……」
「ゴメンね、そんなにまで乱暴する気はなかったんだけど」
車に乗り込んだ際の互いの軽口。俺達が寝たのは確かに現実の事だ。なのに、明るい日差しの中で見る安ホテルの外装は馬鹿げているほどあまりにチンケで、王子と、車と、そして俺とホテルとの違和感が、体の痛み以上に心を苛む。
(随分サッパリした顔してんな……俺ら、あんな事した後なのに?)
少し赤みを帯びた空の中の湾岸も夜景とはまた別の魅力に包まれている。行きとは方向が逆向きなので、美しさを愛でようとすれば、ついでに王子の横顔も見える。
(俺、もしかして王子に……遊ばれた……のかな)
不意に浮かぶ黒染みのような心の中の濁りに自分自身で驚いてしまう。その途端チロリと流した彼のその目が、俺のそれを見透かしたかのように冷たく刺して、バツが悪くて目を逸らした。
*
「あ、そこ右で」
「了解だよ」
なんだか急に恐ろしくなって、今を抜け出したくて近道を指示する。王子の運転はとても滑らかで、思ったよりも早く着いてしまった。
「ここです」
「へー、ここなんだ。荷造りとかはもう?」
「えぇ、大分処分したし、持っていく物も改めて考えるとあんまりなくて」
「ああ、あっちは何もかも備え付けの部屋も多いから」
「そ、ッス」
どうでもいい会話。社交辞令。そんな事に傷付いてしまう馬鹿な俺。きっとこの人とはもう会う事はないだろう。
「じゃあ、元気で」
「はい、王子も」
あやふやな距離感に所在無さをおぼえる。あれだけ互いの境界がわからないくらいになるまで近づいておきながら、まるでその反動のように大きく距離のあいてしまった俺達。落ちていく太陽によって不自然に伸びていく長い長い影法師のように歪んでいる気がした。
*
「王子?」
「……」
見送りの為に歩道に立ったままの俺が焦れ始めても、王子はついぞ車を出す事はなかった。
「いいッスよ?行って」
「いや、ボクがキミを見送るよ」
「いいですって」
「ううん、よくない」
そう言って穏やかに笑い、でもその目はとても強情だった。でも強情は俺も同じ。居心地が悪いのに名残惜しい。王子も同じ気持ちだろうか?
「いつまでこうして?」
「ボクが訊きたい」
「あー、クソッ、やめろよそういうの!」
意地を張り始めればいつもこうして、俺達二人はキリがなかった。それでも最後に折れるのは常に俺で、王子自身それを疑いもしない目で揺るがない。でも今日は絶対に折れたくなかった。最後くらいは俺が勝ちたい。強くそう思っていた。
*
不思議だった。押し問答のような時間の中で、何度となく目を逸らしては彼を見る。一方王子は一秒も俺から目を離す事がなかった。相変わらずの深い色の、見つめ続ければ魅入られてしまうその目。情勢の傾きがどっちであるのか、それだけでも既にわかる事だ。
「王子」
「……」
もう俺の中に渦巻くその思いは抑えるも無意味だった。
「もし……これがああだとか、あれがこうだとか、そんな後先考えないで、このまま俺をさらえって言ったら?」
俺の中の欲望が暴れる。もう体は知ってしまった。
「そしたらあんた、どうします?」
遊ばれていたとしても、騙されていたとしても、俺はもうこの太陽に繋がれた旅人だった。逃げられるなんて、いや逃げようと意思すら持つ事も出来ないままに首(こうべ)を垂れる。
その瞬間、ゾクリとした冷たい北風が吹いた気がした。王子は救いを求めるように伸ばした俺の手を払うかのように黙して語らず、でも俺はその沈黙も含めて何もかもどうでもいい気持だった。もう無意味な行為すら、すでに無意味なのだ。力なく、そしてそれでも止めどもなく俺は王子を乞うだけの存在になりはててしまったのだから。
*
気が付くと俺は開いた窓から飛び込むみたいに、深く上体を車中に忍ばせ彼の唇に噛みついていた。
(ああ、この感触だ……)
王子は覆いかぶさるように絡む俺をきつく抱き寄せ、もっと深く、とキスを乞う。
(助けて王子、もう離れられない。もっと、もうこのままずっと……)
薄暮の中の、一目気にせぬ濃厚な、もう何も考えられない程俺達は二人、気付けば随分長い事それをしていた。
(王子、そう……俺の事、もっと……さらって)
(滅茶苦茶に、なろう?)
*
結末はこうだ。
「誰だよリークした奴!」
王子と俺の新たなる関係の話ではない。秘密裏に動いていた俺の移籍の話の事だ。サインに至る寸前に漏えいしたおかげでぐらついていた移籍の競合相手のスタンスが変わり、金絡みで交渉は難易度が上がった挙句、土壇場で破談になってしまったのだ。
「あー!信じらんねぇ!」
一旦は向こうに行きながらも振り回されただけで帰国した俺は、荷物を叩きつけて王子に八つ当たりをしていた。
「そう怒らないで。まだ時期尚早って事だったのかもね?」
「まさかあんたが情報売ったんじゃねぇだろうな!」
「酷いよ、そんなわけないだろう?」
結局俺のかわりに向こうのクラブが買った選手は大した活躍もせぬまま半年でローンに出され、それと入れ替わる形で後から行ける事にはなったものの。
「不幸中の幸いだったね?行ける事になっただけじゃなく、キミ契約延長した直後だから移籍金だってうちに残していける事になったし?」
「……」
この半年ですっかり絆を深めあった俺達は今、もうお別れの挨拶など必要もしない程近しい関係となっていた。俺の心中は複雑だ。王子は幸いという。俺は全面的にそうとは言えない。
「自分でも破談の後にゼロ円だからとるっていうのもどうかと思うって言ってたじゃない。でも今回の事であっちがどうしてもキミが欲しいって事もわかったしね」
「随分とあっけらかんとしてるんですね」
「何が?」
「もう今みたいに毎日は会えなくなるんですよ?」
「知ってるさ」
「寂しくないんですか?」
「そりゃ寂しいよ」
「どうだか」
グチグチと文句をつける俺を王子は、あの海と同じ唐突な力によって抱きすくめた。
「っ痛!おい!」
「やせ我慢に決まってるだろう?馬鹿だねザッキーは」
寄せられる頬が熱かった。わかっていて言った意地悪だ。二人揃って崩れて行きたがったあの頃に比べて、俺達は本当にタフになった。
「王子……」
「そっちこそどうなの?」
「どうって?」
「少しは寂しい?」
「あ、当たり前でしょ」
「なら、いい」
「……」
そう、もう大事な思いもキチンと相手に伝えあえるほど、本当の意味でタフになっていた。
*
確かに本当にあの時あのまま離れる事にならなくて良かったとは思う。移籍金の話だけでなくだ。だって、離れられないと知った瞬間に引き裂かれるような羽目になれば、繋がり合った時間の充実と物足りなさから、俺達は疑心暗鬼と不安の中でとっくに駄目になっていた事だろう。半年も王子の手でドロドロに甘やかされて過ごした俺はもう、寂しさはあれども不安はなかった。王子の「幸い」と表現した事もそういう意味だったんだろう。
「すぐに会いに行くよ」
「いや、あんたは真面目に仕事してくださいよ。今うち大変なンスから」
「もう、そこは素直にハイって言うところだろう?」
「だって本気で毎月のように訪れかねないから」
「何言ってるの、当たり前じゃないか」
「駄目!」
深く深く通じ合ってこそこぼれる俺達の減らず口は、昔ととても同じ形で、中身がまるで変容していた。
変容といえば、俺と過ごす様になってから王子自身随分と変化したと思う。彼のやりたい事を色々、俺が言われなくても感知したり、周りに声をかけていった事もよかったのかもしれない。チームは監督の指揮を受けていた事もあり噛み合わなかった歯車が一気に回り始め、そして王子は益々明るく誇り高く、今季は当然のように首位争いをする強豪の一角と化していた。
「しっかし、せっかくの俺の移籍金があんたの契約延長に回るのかと思うとマジ、ムカつく。どうせあんたの事だから無駄遣いにしか」
「無駄になんてしないよ。渡航費って大事な遣い道でしょう?」
寂しい、寂しい。皮膚から互いの思いが行き交う。
「毎日電話もしようね?」
「毎日は流石に無理ッスよ」
「無理じゃないよ」
「そうッスかねぇ」
「そうさ、出来るよ」
会いに来てほしい。毎日でも声が聞きたい。俺が願う事をわざわざこうして、王子は自分がそうしたいかのように口にしてくれる。俺が少しでも安心できるように。信じていないわけじゃない。でも王子はモテる人だから。
部屋を引き払い、残りの数日は王子と一緒に過ごした。
泣くから見送りは出来そうにないと言われた。俺が泣きたくないと思っているのを彼が一番知っているからだ。俺を庇ってそれを言う人。
荷物の最後の整理をしている時、誰にも内緒でスネあてを交換しようと持ち掛けられた。王子の特注のそれを俺はずっと欲しいと思っていた。まるで自分が俺のを欲しいと、そうやって俺の願いを叶えてくれる。王子はそんな優しい人だ。
そうしてさりげない沢山の降り注ぐ愛情として、俺は王子からの、夢に踏み出していく俺への途切れないエールを受け止め続けた。彼の癒しの日差しは時に熱く、時に穏やか、遠く離れた今でも俺を延々と励まし続ける。
「いつかキミと戦ってみたい」
送り出す最後の王子の一言もまた、ずっと夢見ていた俺の願い。リーグを分かれてプレイする俺達が戦うとすれば、当然世界最高峰を決めるあの大会(CWC)だ。その為には俺は欧州王者のチームに属し、そして王子はアジア王者のチームに属する事が条件となる。誰しもが笑う馬鹿げた夢を、王子は真剣な目をして俺に言ってくれる。言い方は悪くなるが、あの王子がだ。余りの事に戸惑って、あんたがそんな事を、と鼻で笑い、王子もそれにつられてアハハと笑った。けれど、王子、その陰にある溢れんばかりのこの感謝の気持ちはキチンと伝わったろうか?そんな事を思う。
「じゃ、いってきます」
お別れの言葉はいらないと、俺は元気よく一歩を踏み出し、王子はその背を見送ってくれた。そうして気付くあの日の事。思えばとうとう見送らせる事を、あの人はただの一度もさせないままだった。
(んだよ、結局最後まで俺の負けかよ、ハハ)
旅立ちの日の空はとても高く、日差しは冬の海の頃に比べてうんとギラギラと強く激しかった。到着とともに夏のキャンプに合流する事になっていた俺は、小さく自分を奮い立たせる掛け声を一つ、空港に足取り軽く向かったのだった。
