お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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そして雨の夜の静寂

【1897文字】
ジーノの雨嫌いの設定たまらないので、何度ネタにしても飽きません。
きっと延々書き続けます。それも似たような感じのやつを。

        ジノザキ , ,

 疲れたよ、なんて背中に凭れる。飲水タイムには隣に立って、早く僕にも、と目で煽る。屈託のない王子の笑顔は、彼の尊大を無邪気な甘えに、図々しさを信頼に。呆れながらもまた絆される。俺はいかにも気がいい男で、王子は性質 (たち)の悪い男だ。

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 天気を気にするようにもなった。雨は王子をアンニュイにして、俺の仕事を増やすから。
「ザッキー」
「はいはい王子。わかってますって」
いつもはとっとと帰る男が運転する気も失せたこんな日、俺の車は王子専用・雨天開業のタクシーになる。
「まだ?」
感謝どころか急かされもして、それでも思わず漏れるのは、ため息でなく苦笑であった。手間も、暇も、面倒も、彼のすべては何事も。だって仕方のないことだから。どうしようもない人だから。彼がこうであることは、全部承知の上の話だ。決して諦めのそれでもなかった。不満の欠片も何もなかった。
「今日の飯、何がいいっスか?」
「うーん、今日は……そうだねぇ……」
王子は飼い主のつもりだろうが、彼こそが我儘な俺の犬(ペット)だ。だからこんな暗い雨の日、俺は持ち前の大人さで、一層手厚く世話をしてやる。帰りの途中に買い物をして、飯を作って一緒に食べて、風呂を沸かして片づけて、寝かしつけて朝には起こす。これが雨の日の常だった。俺と王子の二人の日常。

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 『送』が生まれれば「迎』もセットだ。翌日、足がない王子のため、最初の頃は迎えに来ていた。寝坊だ遅刻だ苦労を重ねて、起こす事も仕事に定着。夜更かしが最大の原因なのだと、眠れないのは食べないせいだと、だから自然に、流れのままに、役割がこんなに増えてしまった。

 背中を貸した。なつかれた。楽をさせてよもっともっと、と無邪気で呑気でろくでもなくて。そうしている間にみるみるうちに、王子を飼う羽目になってしまった。不満も後悔もないけれど、あまりに俺は知り過ぎたのだ。王子がどんな生き物で、何に秀でて欠けているかを、完全に不完全な人であるのを。

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 手取り足取り子守をするのは、メランコリックにいちいち捕まる間抜けな犬(王子)を助けたいから。ほらもうソファで俺に凭れて、ぼんやり窓の方を見ている。重力に包まれ項垂れながらも、カーテン越しの窓のむこうの、雨夜の暗い世界を見ている。まるで物憂げな恋の眼差し。それほど雨夜の王子は危うい。ただただ静かに雨見る王子の、翳りの似合う姿に慄く。このまま彼が目を閉ざしたら、雨に攫われてしまうんではと。世の虚しさ故、雨に捕まり、きっと抵抗一つもせずに、寧ろ自ら願うみたいに。だからこんな雨の夜、王子を一人にさせたくなかった。物理的にも俺が手を取り、どうか攫われずにいてくれと。ここに、傍にいてくれと。俺に飼われてしまったあんたを檻から出す気はないんだと。

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 でも、時々わからなくなる。雨の日一緒にいることを、常としたのは誰なんだろう?彼が求めていたからだろうか?それとも俺が縋るから?雨が、一人が恐ろしいのは、ぬかるみに沈んで閉じていくのは、夢を追って、追い過ぎ疲れて、諦めの夜に心惹かれる。何もかもが、そう何もかも、上下も左右も、来た道行く先、中から膿んで腐るみたいに、形が、俺が、保てなくなる。
「ねぇ、もう寝ようかザッキー」
頭の奥に声が滲んだ。声ですらなかったかもしれないが、それもどうでもいいと思った。何もかもが、もう何もかも。俺が、世界が、離れていくから。
「さあ、ザッキーおいでこっちに」
 暗闇の中で目を閉ざすので、何も見えないしわからない。わからないのもいいと思った。わかりたくもないことだった。夜とは一体何なのかなど、その正体など気にもならない。
「もっとこっちに。こっちだよ」
 物理的に互いの手を取り、それでも足りずに夜ごと抱き合う。鎖のように手足絡めて、息を詰まらせ、やがて弾ませ、わからぬようにと目を閉じながら、喘ぎを堪えることもせず。愛も感謝も伝え合わずに、早く朝が訪れますよう、ただそれだけを求め願って、ただやり過ごすための慰み。溜まった膿を吐き出し続ける。嗚咽。悲鳴。嘔吐にも似た。そして再び夜の静寂。王子の雨が降り注ぐ夜。俺の水面に水紋を生み、俺が誰かを思い出させる。

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 冷たい手だった。もう温かい。添い寝しながら指を絡めて、存在することの甘さを感じた。ああこれは俺のための朝の芽。傍に、ここに、王子のぬくもり。今、静寂が、雨が、優しい。腐った膿を綺麗に平らげ、深い眠りにつく怪物。雨と闇と絶望を食べ、ようやく人の姿を保つ。壊れ切るのを許さぬままに、数多のキスで金継ぎを成す。目を閉じていても怖くない夜。さあまた走れ、と俺に微笑む。王子の形をした雨が。

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