捉えどころなき俺らの水域
【17151文字】
赤崎入団1年前後、社会に出たなりの青くて若いフレッシュ崎と優しい先輩ジーノのお話(ポエム炸裂ェ)
「それでね。話は戻るけど……」
今日の王子は俺の理解度を細やかに察知しながら、容易なところはサラリと流し、難解な部分はそれこそ手をかえ品をかえて、まるで歌う様に話を続ける。その姿は天然を装ういつもの王子のそれではなくて、いくらでも育成の世界でやっていけそうな卓越した言語能力と魅力の発露だった。
(こんなに王子が自分の中の理論を丁寧に紐解いて話してくれるのってもしかして初めての事かもしれない。だって、この人いつだってふざけた調子で、会話でもインタビューでも、相手が誰でも、勿論俺でもそれはいつも変わらなくて)
「ああ、でもここまで細かい話になっちゃうと、流石に面白くないかな」
「とんでもないッス!」
「そう?退屈じゃない?」
「全然!」
「なら良かった。昔はよく意味わからないとか言われて」
「そうなンスか?」
「ん、だから……キミとは馬が合うって事なのかな?わかんないけど」
嬉しそうに笑う王子が誇らしかった。王子の言葉の意味がわからないのはお前が馬鹿だからだろ、とそいつらをぶん殴ってやりたかった。でもおかげで今、王子は俺だけにそれを打ち明けてくれている事になる。寧ろざまあみろと思えば良かったろうか?意地が悪いかな。
*
こんなに長く王子と話をしたのは、もしかすると今日が初めてだったかもしれない。とても楽しいこの時間をエンジョイしていれば王子が言う。
「なんか、キミがそうして笑って……フフ、こういうの結構楽しい」
俺が笑って、王子が笑う。俺の幸せを喜んでくれる。ああ、やっぱり王子はそういう人だ、と、本当に心から嬉しかった。
そのうち夜も過ぎ、もう今日が終わる。それが切なくて時計を見上げる。
「ん?」
「あ、いや……」
「気になる?時間。まるでシンデレラだね」
「ハハ、そういう事、平気で言えるところが如何にもあんたらしいッスね」
「何?どういう意味?」
「だって、俺、男ッスよ?でも全然そういうのが関係ないところが、なんか笑える」
「笑える?そう?」
「そうでしょ、だってシンデレラとか真顔で」
「変かい?」
「ちょ、まさか王子、自分がずれてる事わかってないんですか?いや、流石にそんな」
とぼけた王子の表情がおかしくて、俺は声をあげて笑った。王子は、やっぱり面白い。けれど。
「ねぇ、もし笑わないでって言ったら?」
「は?」
「お願いだって言ったら、そしたらボクの事、そんな風に笑わないでくれる?」
だから、急にこんな事を言われてしまって、俺は少し驚いてしまった。
「あ、ス、スイマセン、マジだったとか思わなくて……俺、王子の事、別に馬鹿にする気はなかっ」
「そうじゃない、そうじゃなくて……魔法が」
「魔法が?」
「今のこの幸せの魔法が解けて欲しくないのは、シンデレラなキミではなくて、寧ろボクの方なんだって……そういう話なんだけど」
流し見るその目が、いつもとはまるで別人のそれで。
「キミは?」
「あ、あの?」
「ボクはファンタジスタを自負しているけど、別に本物の魔法使いなわけじゃじゃないからね」
(待った、これ、なんだ?)
少し疑問ながらも当たり前の様に俺の頬に添えられる指先はとてもソフトで、俺は避ける事も出来ないでいた。
「キミの為のガラスの靴を用意出来ないんだよ。けれど」
何も言えないまま惚けていると、その指先が唇に触れる。
「ねぇ、キミは?」
「俺?」
「魔法が使えるのはキミの方。だから、ねぇ、そんな風に笑っていないで、ボクの話を真面目に受け止めて欲しいんだよ」
(いやだから王子、何が言いたい?まさかだろ、多分俺のかんちが……)
冗談と本気の境目が全く見えない迫真の演技力によって、今日も俺は簡単にボール(主導権)を奪われてしまう。
いつも笑われたくないと思っているのは俺の方で、夢のような時間を望むのもまた俺の方で。笑うなと言われてもソワソワと俺は戸惑うばかりで、この翻弄に苦慮しているのか喜んでいるのか、自分で自分がわからなくなってしまう。王子はいつでもトリッキーで、からかわれ上手の俺の思考は全く以ってこの意味深についていけない。でも、これこそが王子なのだ。日頃はふざけてのらりくらり。なのにその陰には、独特の視点、思いつかないような鋭い感性。具体的な技術論に、細やかな対人分析。見えないだけ。わからないだけ。チラ見える輝かんばかりの彼の本質に、触れたいものは皆恐縮する。無碍は愚か者のする事。だから、これといって気の利く対応の出来ない俺のそんな一言を吐き出すだけなのだった。
「それどういう?」
一緒に居て楽しい。とても幸せ。王子もまた同じように、きっと思ってくれている。少しでも長く今を続けたいと、笑わないで、と俺に言う。なのにその延長線上に出現したシンデレラという言葉が、俺の見えている世界の境界線を随分とあやふやにしてしまう。
王子は俺がこんな風にどん詰まる時いつも、春風に舞う花の絢爛そのままの微笑で未知なる道を指し示してくれる。
「どういう?……うーん、こういう?」
まるで映画かドラマの世界の中で、王子は俺にキスをした。最高の流れ、美しい人。唯一この物語に瑕疵があるとすれば、ヒロインが無骨なこの俺だという事。
飲み会から今に至るまで延々と俺のテンポに合わせ続けてくれていた男は、急に俺を引き摺り倒す様に強引になって、状況判断に惑う間に、事態はみるみる進んでいく。王子という存在そのものがいつもあやふやなままでいるので、現実的な判断が出来なくなって、何もかもが夢物語の出来事と化す。
「いや、あの、王子、これ、おかしぃ、」
「おかしいかい?」
完全におかしい。おかしいと思う。けれど彼の笑顔を見ているといつも、俺の基準が変な気がしてきてしまう。
「酔ってま、すよね?」
「そういう事にしておけば平気?」
「ちが、平気とか、あ、あ!ちょ、何し……」
今、この状況でおかしいのは自分の方なんだろうか?そう思わされてしまう。俺の判断に比べて、王子のやる事があまりにも当たり前の様に見え過ぎるせいだ。後ろ暗さのかけらもない、堂々としたその明るさ、健全さが。
「嫌?」
「嫌って、いや、あの」
「じゃあ、鐘が鳴れば帰ればいいから、でもそれまではボクだけのキミで。ん?」
「は、ハハ、いや、そんなわけ、ん……ッ!」
「ボクのこの気持ち、明日になったら夢だと思って全部忘れていいから、今だけ」
「そんな事、で、でき……」
「いつかこのボクの中にあるキミが大好きだって気持ちの全部を伝えようって。そんな風に思っていた。だから」
随分前から俺の誕生日を、指折り数えて待っていたのだ、とそんな風に王子は言った。
「一歳でもボクと年が近づけたその日に、なんて。ゴメンね?本当は大人げないの、ボクの方。そりゃあもうこれまで何度も迷ったし。本当は今でも迷いの中で」
(王子……)
「でも笑わないでお願い。精一杯の勇気なんだよ?ボクはとてもこの手の事に不慣れで」
(いや、流石にそれは嘘だろ……)
そうしてもう一度王子は俺に切ない目をして
「お願いこんな事に戸惑い続けている馬鹿げたボクを、変だなんて、おかしいだなんて、言わないで?」
ととても苦しげに呟いていた。
「一緒に居るだけで十分幸せだとか。わかるよ、それが一番なんだって事はね?でも、それで終われるほどボクはもう子供じゃないから。やっぱりどうしても辛いんだ、多分、きっとキミが思う以上にね?……お願いだよ、だから笑わないで?ボクがキミにこんなにも本気になってしまった事を」
