コーヒー一杯分のクリスマス
ザッキー入団初年度?の出会って間もない出来てない頃の二人のほホノボノとしたクリスマスのお話。出来ていないジノ→←←ザキ。最初状況説明だけですがジーノがモブ女とお泊りデートしていますのでそういうのが苦手な人はご注意くださいませ。
ボクは今、とあるクリスマスのパーティー会場にいた。
如何にも日本人らしい馬鹿げたクリスマスの風習。珍妙で不謹慎にすら思えるイベント。イタリア人からしてみれば、まさにカルチャーショックだ。でもボク自身はそういったものに参加するのも嫌いじゃなかったし、今年は特定のステディもいなかったので、ま、いっか、と気軽に彼女の誘いを受け入れた。つまりは単なる暇つぶしの聖夜を過ごしていたのだった。
「ごめんね?退屈かしら?」
つまらなさそうな顔をしていたろうか?彼女がボクのことをみてこんな風に声を掛ける。
「いえいえ、滅相もない」
ボクが恭しくこう言って笑ってみせれば、彼女もつられてクスクス笑った。パーティが終わるのは1時間後。無意識ながら何度も時計を確認してしまう。でもその針は腹が立つほどゆっくりとした散歩を決め込んでいた。
結局その少々退屈なパーティが終わった後、行きずりの恋とも愛とも呼びきれない、ライトでフランクな二人の夜を過ごすことになった。これもまた退屈しのぎの出来事だ。今年のクリスマスイブは本当に随分平凡でつまらないものになってしまっていた。
* * *
翌朝、彼女が帰ってからボクは一杯のコーヒーを淹れながら昨日のとある出来事のことを思い出していた。あの時ボクは彼女との待ち合わせ場所に向かうべく、自分のマンションを出たところだった。
「あ、王子」
「あれ?ザッキー?」
彼はマンションの近くにあるコンビニの前で携帯を玩んでいた。
「どうしたの?こんなところで珍しいね」
「…え?」
「ん?」
「いや、別に…てか王子…今からお出掛けッスか?」
「あぁ、大した用事でもないけどね?」
「それじゃすぐ戻って?」
「ん~、そんなには遅くなる予定はないけれど…どうかなぁ…?今のところよくわかんないや」
「……」
「なに?」
「その口ぶりじゃ…どうせどっかの女性とデートかなんか…なんでしょうね」
「フフ、デートだなんてそんなしゃれたものでも…まぁ…単なる暇つぶし?ところでキミはこんなとこで何してるの?」
「…あの、俺も今から待ち合わせで…」
「あーそっか。ゴメンね?急いでたんじゃない?」
「いえ、そんな…でも確かにそろそろ行かないと」
「そ?じゃまたね?ザッキー、良いクリスマスを」
「はい、王子も」
この時ボクは気が付くべきだったのだ。あんな場所で彼が立っている理由があるとすれば、当然自分に用事があるからに決まっているということに。
* * *
そう、こんな事にピンとこないなんて。全くうっかりしていたとしか言いようがない。
あれはもう1か月以上も前の時期だっただろうか?当時付き合っていた彼女に飽きはじめていたボクは、クリスマスは一人で過ごすことになりそうだ、なんて可愛い愛犬に愚痴っていたりしていたのだ。フリーになったからといって別に遊び相手には事欠かないボクではあったけれど、なんだかあの時期から既にボクは何もかも色んな事に退屈し始めていた。
彼は無愛想な顔をしながらも、チームの中で誰よりも根気よくくだらないボクの話に付き合ってくれる。だからその場のノリでツルッと適当な話をしたんだと思う。
「キミは寂しいボクと違ってロマンティックな夜を過ごす予定なんだろうね?」
「嫌味ッスか?どうせいませんよ彼女なんか」
「え?…あー…」
「なんスかそれ。そんな目で見ないでくださいよ。同情されるような筋合いなんてない」
「ゴメンゴメン、つい」
「別にかまいやしませんけどね。どうせ悪いなんて一つも思ってもないくせに」
「え~?そうでもな…あ!そうだ」
「?」
「どうせだから、その日は寂しい者同士でどっか美味しいモノでも食べに行こうか?このままお互い一緒に過ごす相手が見つからなかったらさ」
「別にそんな」
「そうしよう?」
「冗談でしょ」
「冗談だと思う?」
「思います」
「だといいんだけどねぇ…全く…一人で過ごすクリスマスも、男二人で過ごすクリスマスも…はぁ~確かに最悪。虚しいったらないや」
ボクの発言は本当に彼の言うとおり些細で気軽な冗談だったし、まさか彼が本気にするなんて微塵も思っていなかった。
でもきっと。そのままなんの確認も互いになさない日々を重ねながら、彼はボクの家までやってきたのだ。半信半疑の気持ちのままで、それでも律儀にあれが本当の約束事だったらと考えて。なんて忠実なボクの愛犬。
それでもあれからボクは彼になんにも言わなかったし、おそらくなんにも言わせなかった。だから彼はあの瞬間でさえ憤慨する姿を見せることなく、大人しくその場を後にしたのだと思う。なんて横暴なボクの仕打ち。
「熱ッ!」
注ぐコーヒーが撥ねてボクの手にかかる。それがまた思いのほか熱くて、カップはボクの手から離れシンクに向かって一直線。無様な音を立てながら割れるカップとそのままシンクに飲ませることになってしまった中身の情景はまるでスロー再生を見ているかのようだった。こぼれ出た仲間達とはぐれることになった憐れな褐色の水滴達が、ボクの服やキッチンのワークトップにまで飛び散っていた。
「あー…」
なんて情けない。自分の不始末をげんなりとしながら片づける、そんな情けないクリスマスの朝だった。こういう時なんて言うんだったっけな?そうそう、後悔先に立たず?覆水盆に返らず?割れてしまったカップと結局飲めなかったコーヒーのことだったのか、前日の飼い犬との一件を思ってのことだったのか、どっちを指してそう考えたのか自分でもイマイチよくわからなかった。
* * *
一人っぽっちで過ごすクリスマスは、やっぱり退屈で味気なかった。もしボクが1か月前に持ちかけた戯言が実現していたら?同じように退屈でも今の気持ちはきっと随分違っていたに違いない。コンビニを立ち去る飼い犬の姿と、もし二人が一緒にご飯の一つでも本当に食べに出掛けていたらという妄想が、ボクの頭からちっとも離れてくれはしなかった。ボクと二人で過ごすはずの聖夜を可愛い飼い犬はどこでどうして過ごしただろう?そんなことが気になって、なんだか胸が痛くって。
「…やっぱり、ボク…悪い事、したよね?」
こんなことを今更もう何時間も気に掛けているなど自分でもありえないなと笑いつつも、次第に自分で思っている以上にボクはあの飼い犬を愛玩しているのだということに気付かされ始める。時計はもうすぐ10時を回ろうとしていて、奇妙なソワソワが心を煽って落ち着かない。
「ザッキー今頃なにしてるのかな」
携帯片手にやっぱりソワソワ。ボク、悪い事したよね?心の中で繰り返す。単なるボクの勘違い?かな?本当にザッキーはあれから友達と待ち合わせで、偶然ボクと出くわしただけ?
そう思うのに、その度何故か、悪い事、したはずだよね?きっとザッキーはボクに会いにきたんだ、と心の中で繰り返す。これはもう謝罪の意ではなく、そういう事にしておきたかったんだと言ってよかった。理由?そんなことはとても簡単な気もしたけれど、それを認められるほどには素直なわけでもないボクだった。
「…お詫び…必要だよね?」
今日はクリスマス。ボク達はオフで練習もない一日だけれど世間は師走の平日だ。ランチくらいならどこでもなんとか飛び込みで…。なんならここで食べたって…。ボクはソワソワの懺悔の気持ちよりも、ワクワクとした期待感が強まってきている自分を感じていた。それでもなんだか気後れして、どうにも可愛い飼い犬に連絡することが出来ない。キミは今、何してる?怒ってる?あきれてる?傷ついてる?それとも誰かと出掛けてる?こんなことに戸惑う自分もあまりにも想定外で情けなく。椅子から立ち上がったり座ったりと、意味のない行動を繰り返していた。
気が付けば11時も過ぎようとしていて、ああ、モタモタしている暇などない、と意を決してボクは彼に電話を一本入れることにした。なんだかとても緊張して、何をどう話せばいいのか自分でもよくわからなかった。
「もしもし?」
「あ、ボクだよ?メリークリスマス!」
「はぁ…」
勿論ボクの番号なんか飼い犬の携帯には既に登録済み。もしかしたら出ないんじゃ、などという心配をよそに意外とあっさり繋がった。ドキッとしてボクは言葉に詰まってしまう。なんて切り出そう?
「嫌だな、愛想のないことで」
「あんたからの電話っていつも買い出しのお願いとかろくでもない用事ばっかりなせいですよ」
「えー?そんなことは…」
「あるッショ」
「あるかな?」
「ありますよ」
飼い犬がつっけんどんなのはいつものことだけれど、今日は自分の分が悪いだけにボクは益々困惑してしまう。
「……」
「なんか用ッスか?」
「うん、実は一つ買い出しをお願いしようと」
「やっぱそうなんじゃねーか!」
「ザッキー、ケーキ買ってきてくれない?別にクリスマスっぽくなくてもいいから」
「はぁ?」
「一緒に食べよう?」
「あんたは昨日の彼女と一緒に食えばいい話でしょう?」
「嫌だな彼女とはそういうんじゃ…キミ、約束忘れたの?一人のクリスマスだなんてお互い寂しいでしょう?」
「ハッ!珍しい!あんたもしかして振られたのか?」
飼い犬の声が明るくなった。ボクもちょっと自分のことを馬鹿にされた感じはしたけれど、さほど気にもならなかった。よかった、やっぱりザッキーは二人のクリスマスの約束を覚えてたんだ、もう1か月も前の話なのに、そんなことが嬉しかった。
「そういう言い方ちっとも可愛くないんだけど。なに?キミは今日忙しいってわけ?まさかね?」
「まさかってあんた失礼だろ」
「だって、まさかでしょ?」
「…ッるッセェよ」
なんだかボクはすっかり嬉しくなってしまう。自分の不始末で惨めに割れたカップの事なんて、彼のそんな一言のおかげで頭の中から消えてしまった。
「フフ、じゃ決まりだ。覆水盆に返らずだっけ?ちっともそんなことはないよねぇザッキー?今からだって遅くはない。楽しいイブは過ごせなかったけれど、二人で楽しいクリスマスを過ごせばいい、ね?そうだろう?」
その後はダラダラ、たわいもない会話で長電話。気が付けばとっくに12時を回っていて、ヤイヤイ言いながら結局ランチの為に待ち合わせをすることになった。そして二人で食事の後は、二人でケーキを買いに行き、二人でこの前のクラブW杯決勝の録画を見ながら、二人でのんびり家で過ごす約束を取り付ける。今日は今からずっと二人、全部二人。なんだったら二人で夕飯も一緒に食べて、二人で夜通しサッカーの録画で盛り上がったりしてもいい。あぁこんなこと、数日前にちゃんと約束しておけばよかった話だったのに。電話を終えたボクはそんなことを考えながらイソイソと出掛ける準備をしたのだった。
可愛い飼い犬は寒さに肩を少し竦めながらも、待ち合わせの場所にお利口に佇んでいた。
「やぁザッキー、待ったかい?」
彼は車に乗るなり開口一番、
「王子、覆水盆に返らずって言葉の使い方、間違ってますよ」
とボクに言った。
「あれ?そうだった?」
「そうッス」
「どう違ってた?」
ボクがなんとなくそう返すと、彼は小さい声で言いにくそうにこう呟いた。
「あれは…夫婦に使う言葉なんですよ」
「ん~?」
「一度別れた夫婦は再びよりを戻すことがないっていう…そういう…意味で使うものなんで…」
「あー、それが転じて取り返しがつかないよ~、みたいな感じで使われるようになったのか。いやー、日本語って難しいねぇ」
「そうッス。だから色々、使い方には気を付けた方がいいですよ…?」
「ま、ボク達は飼い主と飼い犬だし、なんていうか夫婦みたいなもんだからあながち間違いでもないんじゃない?」
ボクが適当にそう返事をしたことで、まさか彼があんなに怒るとは思わなかった。
「あんたのそういうところがホンット大っ嫌いなんだよ!」
もう、顔や耳だけじゃなくて首まで真っ赤になっちゃって、その姿があんまりにもチャーミングだったりしたものだから。
「ウッソだぁ~、大好きな癖に」
そうじゃなければボクもこんなことなんて言いやしなかったと思うよ?ザッキー?とっくに車は走り出しているというのに、怒りながらも泣きそうな顔をしながら降りるだの帰るだのとごねるザッキーをからかうのは、とってもとっても楽しかった。
* * *
だから。
数日後こうしてあの日のことを思い返してみても、今年のクリスマスは例年にない充実した時間を過ごせたのだ、とボクは断言することが出来る。ボクの日常が毎日とても退屈なせいで、もう少しこういう時間が増えてもいいな、と思う程だった。なのでボクは彼が帰る時に、年越しも一緒に過ごしちゃおうか、なんて声掛けて。ついでに、来年もまた寂しい男二人でクリスマスケーキを食べたりしたいかも、とすら願ってみたりして。
「俺は大切な日って好きな人と過ごしたいタイプなんスよ」
とボクの淹れたコーヒーを苦そうに飲みながら気まずそうに呟く飼い犬ではあったのだけれど。それを聞くボクはついニヤニヤと笑いながらどうやってそれを邪魔してやろうかなんて意地悪なことを考えて。
なるほど、やっぱりボクは悪い事をする自覚があっても自重する気はないらしい。
「どうせ悪いなんて一つも思ってもないくせに」
なんて口を尖らせて言った、あの時の彼の姿をなんとなく思い浮かべて、
「全くキミはよくボクを理解しているよ」
とボクはまた笑い出しそうになってしまった。
* * *
兎にも角にもこんな出来事が愉快な日々の始まるキッカケだったんだ。
馬鹿馬鹿しいことを互いに言いあいながら怒ったり笑ったり。なんてことはない取るに足りない事をただただ満喫するだけの、そんな平凡で楽しいボクと可愛い愛犬との二人だけの毎日。
それはボクの二十数年で得たどんなものよりも最高に素敵でエキサイティングなクリスマスプレゼントだった。勿論、飼い主の沽券に係わる問題だから、飼い犬には絶対内緒の話なんだけどね。
