閑暇とは何か有益なことをするための時間である 2
一向に発展しないゴト→←タツに焦れるジーノがけしかけてる話。
「…こんなに夜遅く、またか」
達海は人の気配を感じてため息を付く。試合の映像を見ながら戦術を練っている時の達海の集中力はかなりのものだ。周りのものが見えず、聞こえずの状態になる。なのに。カツカツと廊下を歩くジーノの靴音はなぜか拾ってしまったりする。瞬間、現実に戻ってしまう。
また事務所で二人騒いでいるなぁ、と聞こえもしない声が聞こえてくるような気がした。ある日達海は気が付いた。後藤とジーノは、時々こんな遅くになってからひっそり二人で飲みに行くことを。一度気になりだしたらキリがない。だが、他人のプライベートに口を挟めるわけもない。後藤は世話焼きだから。またため息が出る。変な気持ち。
ここ最近疲労がたまっているのか、後藤は痩せ始めていて。うまい飯でも一緒に食いに行くかなんて思いながらも。痩せる原因が連敗だとわかっているためその責任を抱えた自分は気軽にそんな誘い一つ出来もしない。集中力が切れるとくだらないことばかりを考える。またため息。
* * *
「だからね?タッツミー最近痩せすぎでしょ!って話だよ」
「いやー…」
「毎晩毎晩、そうやって独り身が残業しててだよ?すぐそこに貧相な体した監督がいてだよ?なんでほっとけるわけ?信じられないよ!」
「貧相ってお前失礼な…」
「ねぇ、ボクもこうして来たんだから今日こそはタッツミーとご飯を…」
「なんでお前はそう、俺とか達海に絡みたがるんだ…」
「そりゃ勿論…」
「なんだよ」
「…暇つぶしだよ」
「だー…もう…お前帰れよ、ホント」
「嫌だよ、昨日試合で明日はオフだろ?飲みに行くつもりで車おいてきちゃったんだもん。そこまでボクにやらせておいてこのまま帰すつもりかい?」
「あのなー、別に俺はそんなこと頼んでないッつーか…」
ジーノが入団して以来、二人は時々ご飯を食べに行く。かたや日常生活の中で聞き役や受け止め役に徹している後藤。かたや気ままで気紛れ、おしゃべりの代名詞でもあるようなジーノ。なのに二人の関係は不思議だ。ジーノは巧みな話術で後藤の心をひっぱりだしては受けとめ、後藤はニコニコと微笑みながら嬉しそうに話を聞いているジーノを見てほっとする。話の内容の大部分は日常のほんのくだらないことばかり。いつのまにかこんな時間が当たり前になっていた。そして、いつのまにか。ジーノはこの時間を変えようとし始めていた。
「お前が達海を気に入るのはわかっていた。飯食いに行きたいなら直接お前が誘えばいいことだろ?」
「…いいの?」
「いいのって…、俺が許可したり断ったりできる立場じゃないだろ?」
「つまんない男だね、キミ。結婚出来ない理由がわかる」
「つまんなくて結構!俺は仕事と結婚したからいいの!イチイチ仕事の邪魔しつつ俺を腐すのやめろよタチ悪い」
「偏屈」
「お前に言われたくないよ」
「もー!いい加減にしなよ!こんな余計なとこ、屈折してなくてもいいじゃない!」
「うるさい、喚くな」
「……」
「なんだよ、その顔」
「…わかったよ、じゃあ…もうこれしかないね。王子の命令だよ!今から3人でご飯行く!OK?」
「…あのなぁ…お前、なんの権限使ってるつもりだよ、それ…」
「言ったろ?王子の権限だよ!」
「頭痛い…残業タイムにお前のテンションに付き合うの、ホントきつい…」
ジーノは大変面白いゲームにハマったと自分で考えていた。達海と後藤の関係性はとてもエキサイティング。後藤の性的嗜好はノーマル。達海はおそらく無頓着。その間に流れる少し奇妙なあの空気。こういったことの嗅覚に関してはかなり自信があった。二人の関係性が発展することはメリットもデメリットもともかく大きく、スリリングで、是非とも発展して自分を楽しませて欲しいと欲望していた。一見お人よしのお節介の行動。だが、要するに悪趣味一歩手前のジーノらしい発想だった。
ジーノは後藤のことを大層気に入っていた。繊細な気配りの男に見えるこの人間。実は肝心なところがおそろしく無神経だった。人のことは言えないが、大きく欠落した部分を持っているタイプだと感じていた。寄り掛かることを知らない男ジーノは、寄り掛かることを知らない男を見つけるのがとてもうまい。そして、新しくやってきたあの監督。今にも倒れてしまいそうなあの男もまた、フラフラの体を支えながらなんでもない顔をしながら気丈に笑っている。神経過敏なジーノには、それが耐えられない苦痛だった。あんたら二人、寄り添いながらハッピーに暮らせばいいじゃない、と。悪趣味でもありながらやっぱりそんなお人よしな心も持ち合わせていたジーノだった。
「あー、めんどくさ。もういい。わかった。もう知らないからね?キミが言ったんだから後悔しても知らないよ?」
「はぁ?」
「このボクが。彼に声を掛けてくる。意味わかるね?」
「?」
「3人で行きたいのに、キミが嫌がったって。2人で行って来いって言ったって、現実をありのままに説明してくる」
「ちょ…なんか角立つような言い方寄せよ…」
「だって本当の事でしょ。どうしても嫌なんだって言ってたって言う」
「そんなこと言ってないだろ?」
「じゃ、なんで行かないのさ。理由は?キミが彼を避ける理由」
「避けてなんか…」
「…よくないよ?そういうの。日本に連れ帰ったのはキミなんだよ?今更の話でしょう?」
「言いたいことがよくわからないな」
「別に二人ベッドで夜を明かせとか無理難題言ってるわけじゃないし。ご飯くらいどうなのさ」
「!!!」
「なに?」
「男同士だぞ?何言ってる!」
「だから、そういうこと言ってるわけじゃないでしょって言ってる。別にいいじゃない、ご飯くらい。元チームメイトでよく一緒に出掛けていたんでしょう?なんで今はもう駄目なの?」
「…別に、駄目とかそんなんじゃ…昼とかなら一緒に食うこともあるし」
「まだ今はみんなと一緒じゃないとって思ってるのは知ってるよ。だからこうしてボクが来てるんでしょ」
「……」
「ねぇ…知ってると思うけど、ボクはあんまり込み入った話をするのは好きじゃない。でも、キミはそれをボクにさせるつもりかい?」
急に表情を真顔にして、しんみりとジーノが呟く。こんな時の彼はまるでうんと年上のようだ。一回り以上離れた男の、ふざけた顔ばかりしているジーノの、本当の顔。こんな時、後藤はまるで失敗を親に見つかったバツの悪い子どものような心境になってしまう。声が出ない。
「キミが彼のあの過去を思い過ぎて、近寄るに近寄りきれない気持ちでいるのはよくわかるよ。それなりに長い付き合いだからね?」
「ジーノ…」
「だからこそだよ?遅すぎるくらいのタイミングで動き出した時計を、キミはこの期に及んで更に遅らそうというのかい?」
「でも俺はあいつに今更なにもしてやれな…」
「やる気がないだけでしょ、そんなの」
「そんな言い方…」
「ボクは許さないよ?そんな言い訳。ずるいよ」
「……」
「キミが動かした時計だ。無責任だ。ボクを失望させるつもりなの?疲弊した彼をこれ以上痛めつける残虐を、キミはそんな選択をするの?」
「おいおい、大げさな…」
「わからないのかい?わからないふりかい?ボクはキミのことはよくわからないんだよ。行動原理が違い過ぎるから。ボクは彼を見ていられない。辛いんだ。キミは?利用したくて、チームを救ってもらいたいだけで呼んだわけではないだろう?それだけじゃないだろう?違うかい?たかがご飯食べに行くくらいで、なんでそんなに考え込まなきゃいけないの?変だよ?」
「…そりゃ…」
まるで睨み付けるように、心を見透かすようにジーノが後藤を凝視する。気圧されるというのはこういうことだろうか、と後藤は考える。そう、自分は臆病で無責任だ。ジーノの言うとおりだ、と罪悪感にまかれる。手紙をもらい、感情のままに、勢いのままに彼を日本に連れ帰った。そして我に返った。自分の内なる思い。秘めたる慕情。こんなことはいけないことだと、必要以上にGMと監督の立場を守ろうとして。今更の及び腰を、このチームの若きエースは糾弾している。いけないことだとか、駄目なことだとか。そういう以前に、人として。仲間として。やれることを、やりたいことを、やるべきことをやらないのはどうなのかと、問い詰めている。
「じゃ、行こう?」
「あ…」
「はい、ハリー、ハリー。早く。こういうのなんて言うんだっけ?そうそう善は急げだ」
「あ…あぁ…ちょっと待っ…」
急にチャーミングな笑顔を浮かべ、腕を組むようにして椅子から後藤を立ち上がらせようとする。慌ててPCの電源を落とし、机はそのままに引きずられるようにして二人は達海の部屋に誘いの声を掛けに行ったのだった。
* * *
「ねーねー、タッツミー、一緒にご飯行こう?」
ジーノが達海の部屋のドアをノックをして明るく声を掛ける。いきなりのことで驚いた。つかみどころの無いこのチームの司令塔。嫌いではないタイプだったが、自分に少し似て敏感な部分があるのでプライベートでかかわるにしては厄介だと感じていた。気軽な話はいい。だが、少し込み入った話になると戦いをしている様な心理になってしまう。気持ちに余裕のある場合はともかく、後藤絡みとなると眉をしかめざるを得なかった。
だから無視することにした。
「ねー、ねー、タッツミー、お腹減った~早く行こうよ」
「寝てんのかもな…」
「キミがグズグズしてるからでしょ!」
「俺のせいかよ」
「ね、事務所にこの部屋の鍵ないの?」
「あっても持ってきて開けるわけにいかねぇだろ?非常識な奴だなぁ」
なんとなくドアノブに手をかけてみればそもそも鍵がかかっていなかった。
「あ、開いた」
「!」
満面の笑みを浮かべる王子と、呆気にとられた男二人。
「「あのなぁ…、普通開けるか?」」
後藤と達海が声をそろえてそんなことを言うので、ジーノは益々笑った。気の合う二人だ事、と。
「フフフ、キミ達、仲良しだね?さ、行こう?タッツミー、何食べたい?」
「俺、行くも何も返事してないけど」
「ん?何言ってるの?タッツミー。キミは行くよ?」
「なんでお前が決めんだよ」
「大丈夫、警戒しなくていい、こわくないから。怯えないで?ハハハ」
意味深な挑発の言葉。ムッとしてから達海は乗せられていることに気付く。それならばと達海もニヒーッと負けず劣らず意味深で意地悪な笑顔を浮かべて返事を返した。まるでサッカーの戦略ゲームだ。
「ひっかかんねぇよ?神経逆撫でて引っ張り出そうとしてもダメ~。二人で行けばいいじゃん。俺別に腹減ってねぇし」
「あらま。さすがタッツミー。ねぇ、じゃあ、お願い。ボク、いい子にしてるから。いいでしょ?」
「お前がいい子?無理だろ」
「ボク、いつも十分いい子してるよ?知ってるくせに、意地悪」
「シラネェよそんなん」
「ふ~ん…いいの?じゃあ、ボクご期待に応えて悪い子になってみようか?」
そうして、ジーノは達海の耳元まで口を寄せてそっと後藤に聞こえないように呟く。
「ねぇ、ホントに?ボク、彼の事、遊び相手にしてもいいってこと?この意味、わかるよね?」
耳打ちのついでにジーノは軽く達海の耳を食んだ。達海の表情が平静を装いながらもほんの少しだけ変わったのを見て、ジーノは満足そうに笑った。そして体を離し、明るく言った。
「さぁ、行こう?」
「どういう意味だ?」
「ん?そのままの意味だけど?」
「お前って…、そんなタチ悪いタイプなわけ?」
話が見えない後藤が、何の話だ?と二人に問おうとしたが、ジーノと達海はそれっきりアイトークをするばかりで間に入っていくことが出来なかった。
「もー、お腹空いた。これ以上待てないし。いい加減怒るよ?」
「「ガキだな全く」」
再び声をそろえる後藤と達海。ジーノは満足気な顔をした。
「フフフ、キミ達ってホント、仲良しだね?」
「「お前ってホント、めんどくさい」」
そんなジーノに、二人仲良く溜息をついていた。
