だから爪痕の一つでも、と
【9347文字】
赤崎の変化に気付いたジーノは、甲斐甲斐しく恋の相談に乗る事に。二人はそのまま穏やかながらに幸せな日々を過ごすのですが?
これも昨年秋頃のモノ。
「今日、暇?」
ロッカールーム。突然ジーノが背後から声を掛けたので、赤崎は飛び上がらんばかりに驚く羽目になってしまった。
「……そんなに驚く事?」
半ば呆れ顔でそう続けた男に、赤崎は、
「だってあまりに気配なさ過ぎるんですよ、王子は!」
と怒鳴るしかなく、けれどジーノはそれを聞きながらも、さも心外だと言わんばかりに肩を竦めた。何処にいても人の目を集めてしまう己が資質を、ジーノ程自認する人間もそうこの世に居なかった為だ。
「……そう?それは失礼」
「……」
人を落ち着かせるはずのジーノの独特の声のトーンは、それでも赤崎の緊張をいや増す事となった。
「で、暇?良かったら食事にでも」
「話って……な、なんでそんな」
「なんで、って……わかるだろう?ボクが何を言いたいのか」
「いや……」
「話。聞くよ。ちょっと最近のキミ、ともかくアレだから」
「……」
*
ある日、ジーノは赤崎に声を掛けた。
「最近調子いいね」
「ッスかね?自分じゃよくわかりませんけど」
「目がね、なんか違う。もしかしなくても、好きな子出来た?」
「はぁ?何を言って」
「あれ?照れてる?それとも自覚なし?」
「照れるとか自覚とか言われても全然俺そんな」
「おかしいなぁ。ザッキー、ボクこういう勘外した事ないんだけど……全然心当たりない?」
「いや、全然……」
そうして、赤崎は言葉とは裏腹に気付く事となった。
「そっか、違ったか。失礼?ま、ともあれ気持ちが充実するのはいい事だよ」
と笑う男の笑顔が、いわゆる心当たりそのものであった事実に。
(……いや、別にそういう意味じゃねぇけど、言われてみれば確かに……)
ここ最近の赤崎はジーノが察知した感覚通り、今までになく充実した日々を過ごしていた。漠然と世界を目指しあがいていた時期に比べて、成長を実感する機会が増えていたのだ。
(王子が俺を犬扱いするの、最初は結構ムカついたけど、でも……)
プライドに触ったのは事実だった。だが、それでも何も言えず従わざるを得ない程、力量の差があったのもまた現実であった。故に、
(王子に認められたい、褒めてもらいたい、あわよくば関係性をひっくり返すところまで、なんて……)
そんな思いがあの冬空のミニゲームの中で生じて以降、赤崎の中の何かが確実に変わった。他者のミスに冷徹である男は、賞賛もまたあまりに率直であって、ジーノがそれを口にする度、赤崎の心は奮い立った。そうして、今まで無理だったギリギリの「あと一歩」を、徐々に増やせるようになっていった。つまり、ジーノは目の前の乗り越えるべき壁であると同時に、己の能力を伸ばすにあたっての、良きトレーナーでもあったわけだ。
(腹立つ事もあるけどあの人、基本的にいい人……なんだよなぁ)
プレイに目を細めるジーノを見ながら、赤崎の心は更に変化していく事となった。
*
「話。聞くよ。ちょっと最近のキミ、ともかくアレだから」
それをジーノに言われた赤崎は、いつになく暗い表情になった。自分の心の恐ろしい変化に、一番怯えていたのが赤崎だからだ。
「話なんて……別に」
「いいから。だって、プライドの高いキミだもの。おこがましいかもしれないけれど、ボクくらいじゃない?その手の相談、出来る相手」
声をひそめて、ウインク一つ。ジーノのこの態度の理由は明らかだった。赤崎が恋に不器用な事に関しては、元々公然の秘密でもあり、ジーノも日々それを面白おかしくからかっては、ケラケラと皆と笑ってた。けれど今日はまるで違った。いつものジーノなら飼い犬の荒れたプレイを責めこそすれ、なのに見た事もないような真摯な眼差しで、優しく労りを以ってこう囁く。
「大丈夫、誰にも言わないから。ん?」
不器用な飼い犬の悩みに寄り添わんと、その珍しい姿に心ときめく。
「力になりたいんだよ。ここ最近のキミ、酷く辛そうだから」
「王子……」
「一人で思い悩んでたって碌な事ない。人に話すだけで楽になる場合もあるしね?」
手練手管に長けた男が、恋の相談相手を買って出る。厚き、麗しき、親愛の情。こんなにありがたい話はないというのに、赤崎は困惑を深めるだけであった。そんな事、馬鹿げているにも程があるからだ。
(言えるわけねぇだろ?だって俺の悩みの種は……)
人を蕩かす蜜の笑顔が、赤崎の抵抗を虚しくする。そうしてジーノの車の後についていけば、そこは思いもしない場所。
「人の目がないところがいいもんね?」
戸惑うばかりの赤崎に対して、エレベーターの中でジーノは無邪気に笑った。
(すげぇ……)
案内されたジーノの家のリビングはと言えば、一人暮らしには相応しくない、思わず不安になるほどの広さだった。
(うま……)
大したものはないけれど、と出された食事は、簡素ながらも極上であった。他愛無い雑談は次第にとぎれとぎれ、本題へと近づく沈黙が増す。
「……王子」
居た堪れなくて口火を切ったのは、心そぞろな赤崎であった。
「ん?」
「公私混同もいいところで……もっと集中しなきゃいけねぇのに俺」
「まあね、それは正論。でも別にボクに謝る事でも……違う?」
赤崎はジーノにそう返されて、何も言えなくなってしまう。
「自分でわかってる事なんだろうし、ボクもそれを責める為にキミを呼んだわけでもないし?」
「……」
「ほら、そんな顔しない」
しかめた眉間をからかうように、ジーノの指先がツンと触れる。
「可愛いねぇ。気持ちが募ってままならない、そんな感じ?」
何かを懐かしむような艶を増すジーノの視線。これもまた赤崎が初めて目にしたものであって、ジーノもままならぬ恋に身悶えた、そんな過去があったを痛感した。
「告白は?」
「いや、そんな事とても……」
「出来ない?」
「……」
「何故?すぐ楽になれるのに」
「……」
「クヨクヨするのはキミに似合わないよ。バッキーでもあるまいし」
「あいつも俺も本当はさして変わりません。わかってるくせに王子も大概人が悪いッスね」
「おや、そう?」
「そうッス」
チロリと上目遣いでジーノを見れば、やはり艶増す視線がそこにはあった。
「ん……まぁ、そう……かもね。確かにそういうところもある、かな?でもキミのクヨクヨの方が厄介かもね。意地っ張りの分だけ、ややこしい」
「……どうせ」
「そうじゃなくて……みていられない、って事だよ。キミのそのやせ我慢。もう少し自分に優しくしてあげたらどう?」
「……俺はそういうタチじゃねぇから」
「人に頼るって、そんなに女々しい?」
「そういう意味じゃ」
「ならいい。自分のペースでやる、それもある意味いい事だしね」
*
ジーノは赤崎を急かさなかった。よって滔々と流れる時間のままに、戯れ言を二人は互いに重ねていった。不思議と心地良く思えるその時間は、それからも何度か繰り返された。核心に触れないままのあやふやな会話が、増す毎に赤崎の思いも募った。
(王子、優しい……こんな俺なんかの為に)
ジーノは無理強いする事なく、何度も寄り添う。そのそよ風のような労りに、赤崎の不調の波は好調へと転じた。
「一山越えたって感じ?」
「ッス」
「そう?良かった」
屈託のない笑み。当たり前のように伸びる激励の腕。
「っわッ!?」
「え?」
抱き寄せられそうになった事に驚いた赤崎は、ジーノの事を突き飛ばしてしまう。
「あ、スイマセン、思わず……」
カッと頬を染めながら口籠る。けれどジーノは突然の拒絶に気色ばんで、珍しく赤崎に言い返した。
「……思わず、何?」
冷たい口調、あがる片眉。あからさまな不快の表現に身を竦ませる。赤崎はみるみる真っ青になって、気付けばその場から逃げ出していた。
(何やってんだ!?謝れよ!なんで俺こんな……)
走りながら既に後悔は始まる。そんな背中にジーノは叫んだ。
「ザッキー、待ちなよ!なんで?」
振り向く事も出来ないままに。そうして二人の関係に僅かながら、亀裂が入ってしまったのだった。
*
「ねぇ、あんまりにも酷過ぎない?その冷たい態度」
こそこそと何日も避けて回っていた赤崎はジーノに詰め寄られて、思わずゴクリと生唾を飲んだ。
「なんかボク悪い事した?全然心当たりもないし、いつまでもそうやってこだわられてるとこっちの方も困ってしまう」
「……」
「ほら。黙ってないで、なんか言いなよ」
逡巡の後、赤崎の口から出たのは、焦っている心とは裏腹のふてぶてしい言葉だった。
「別にいいでしょ、言わなくても」
「良くないから訊いてるんだろう?」
「で、でも言ったらあんたもっと機嫌悪くなるだろうし」
「何が。そんなの実際に言ってみないとわからないじゃないか」
話しながらも既にお互いの口調はトゲトゲしていて、そんなつもりはないのに、と赤崎は自分の態度に困惑していた。
「言って。いいから」
「……俺、ベタベタされんの苦手なンスよ。ピッチの上でならともかく、あんた日頃から距離近すぎるっつうか、なんか言っちゃなんだけど気持ち悪いンス」
「はぁ?」
「だから、あんまり」
「キミ、好きな子相手にもそんな事言うわけ?あり得なくない!?」
「好ッ!?」
「スキンシップなんて互いの愛情確認に必要不可欠の行為じゃないか。それを気持ち悪いだなんて彼女に言おうものなら」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!別にそれとこれとは」
「一緒だよ。それとも何かい?キミはスキンシップイコール性的な接触だけだとか思ってるわけじゃないよね?」
「ち、違いますよ、そうじゃなく」
「ボクは相手が誰であろうが、好意的な行為を否定する事なんて信じられないって言ってるんだよ!何もボクが気持ち悪いって言われたからってわけじゃない、キミの基本的な在り方がそもそも」
「そうまくしたてないでくださいよ、王子、落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないよ!キミは間違ってる。態度を改めるべきだ」
赤崎の価値観の過ちを指摘し正そうしているようでいながら、実は無茶苦茶に自分本位な言い草だった。
「そんな事言われても……わッ!?」
そして、今日のジーノの強引さは、今までで一番凄かった。無理矢理腕を掴んで引き寄せては、赤崎を力づくで抱き締めた。
「慣れてよ、ザッキー。お願い、これがボクのやり方だから」
ビックリして振り解こうとしても、ジーノは当然ビクともしない。
「こんな事すら簡単に出来ないだなんて、あんまりにも酷いし辛すぎるよ」
犬猫を愛玩するようにクシュクシュと赤崎の首筋に顔を埋め、当人の抵抗をもろともせずに、ジーノはこの行為を堪能していた。
「王子、離してください……こういうの、俺本当に」
「嫌だよ。絶対文句なんて言わせない」
「そんな子供みたいな事を」
「子供みたいなのはキミだ」
「なんでそうなるンスか!」
「こんな事くらいで四の五の言うなんて幼稚なんだよ」
「なッ」
「ザッキー、幼稚」
ああ言えばこう言う。ジーノは本当にただの駄々っ子のように、赤崎の一切を受け入れなかった。大切なぬいぐるみに執着するような、それはそれは馬鹿げた状態。
(駄目だ。全然話にならない……王子、一体どうしちゃったんだ?)
押し問答に虚しさを感じ、ちょっと間を置こうと黙り込むと、ジーノも合わせるように静かになった。愛する人の体温が沁みこんでいく。その心地良さに疚しさを感じる。
(王子、全然なんも考えてねぇんだろうな……つか、そりゃそうだ)
少し続いた沈黙の後、ジーノはポツリと赤崎に言った。
「だって、キミが好きなんだもの。可愛がらせてくれないなんて、そんな事考えただけでゾッとしちゃう」
「……」
「ねぇ、いいだろう?許してくれるよね?」
そこに恋愛の情はなくとも、確かに紛れもなく好意はあった。そんなジーノに甘い声でねだられたとして、誰がNOと言えるのだろう?
「ザッキー、好き」
聞いている方の心まで切なくなってしまうような、そんな言葉をジーノは何度も繰り返していた。
「好きだよ、ザッキー。好き……もうボクにそんな意地悪言わないで……」
(……意地悪は王子の方だ)
と赤崎はひっそり思いながらも、おずおずとジーノを抱き返していたのだった。
*
赤崎とジーノの時間はその後、ぐっと増えていく事となった。女性と行きにくいような所なら必ず赤崎が駆り出されたし、そしてその分世話になったと、食事に誘われる事もしばしばだ。その際よくネタになるのが、ジーノなりの女性との円滑な交際術や、時に笑える失敗例で、こんな話まで聞いていいのかと、赤崎はいつも戸惑っていた。
(この人、こういう事絶対人に話すようなタイプじゃないのに)
明らかにその動機は「赤崎によかれと思って」であって、本当に応援してくれているのだと思うと嬉しさもあり、悲しさもあり。
「ん?ザッキー?」
「……」
「どうしたの?急に黙っちゃって。それ、美味しくなかった?」
「いや、そういうんじゃ」
ジーノは赤崎の気持ちが逸れるとすぐわかるので、にこやかながらも訝る目をして、首をかしげて不思議そうに、そんな形で追い詰める。
「じゃ、何?」
言いたくない素振りを続けると大概許してくれる。無理強いしたのはあの日だけだ。思いもがけない激しさを以って、ジーノは赤崎を窘め、しがみ付いた。だから赤崎は繰り返し思う。今この生活をジーノがどう思うのか。別に今、特に何も言わなくても、ジーノは逃がしてくれるだろう。実際何度もそうしてくれて、でもいよいよこれがいいチャンスかと、赤崎はジーノに問う事にした。
「王子は……」
「ん?」
「いつもそうやって色々アドバイスしてくれますよね」
ジーノにふんわり嬉しそうな笑顔が浮かんで、赤崎は胸が切なくなった。きっとアドバイスを喜んでくれているとでも思ったのだろう。ならばやはりこれは自慢ではなく善意でなされていたという事だ。赤崎は今それを痛感して、また切ない気持ちになった。
「でも、思った事ありませんか?」
「何をだい?」
「実際その通りに告白なりなんなりして……それで、もしうまくいったら……俺ら、こうやって会う事もなくなるんだな、とか」
その時のジーノは無反応で、何を考えているのか赤崎には皆目見当も付かなかった。
「結構これでも楽しいと思ってて。俺、彼女出来たらもう王子とメシ喰う事とかなくなるのかな、とか……時々」
「ザッキー……」
「いや、本末転倒なのはわかってますけど。なんか、ちょっと寂しいかな、みたいな」
「大丈夫だよ。彼女が出たら出来たでまたキミはきっと沢山悩む。困った時にはいつでもまた今みたいに遊びに来ればいい」
ジーノは穏やかに笑いながら言う。
「でも、多分そんな事を思うのも今のうちさ。それどころじゃないくらい毎日が凄く楽しくなるよ。ちゃんと上手くいく頃になったらね」
優しく赤崎の髪を整える。
「寂しさなんて感じない。うんと幸せに過ごせると思うよ」
その仕草一つに切なくなる。
「……」
「ん?」
「王子は……」
「何?」
「幸せですか?」
「どういう意味?」
「彼女、いますよね。普通に。王子は今、毎日凄く楽しいって過ごせてますか?」
「……勿論」
「俺が居ても、居なくても?そういう事、ですよね?俺、王子に迷惑に……」
「そうじゃないよ、ボクはそういう事が言いたいんじゃなくて」
「寂しいのは、俺だけですか?」
「……」
「今が無くなって悲しくなるのは、俺達じゃなくて、俺だけッスか?」
自分でも何を言っているのか、赤崎にはよくわからなかった。ジーノは彼女との日々を幸せと言って、その事がたまらなく嫌だった。
「狡いッスよ。俺の事手懐けるだけ手懐けておいて、結局痛い目見るのは俺だけじゃねぇか」
「だってそれは」
「寂しいって言ってくださいよ。今が凄く楽しいって。ずっと悩んでるばかりの俺を、ヨシヨシしてれば満足だって」
「違うよ、ザッキー。そうじゃないだろう?一体急に何を言って」
「彼女なんて出来なきゃいいって。そうしていつまでもあんたの惨めな子犬のまま」
衝動的に抱きついていた。
「俺の事可愛がるのが幸せだって。王子、せめて言ってくださいよ。口先だけでもかまわねぇから」
ジーノは赤崎をあやすように、ポスポスと背中を二回叩いて言った。
「どうしちゃったの?ちょっと混乱してるね」
「……」
「……馬鹿だな。ザッキー。言わぬが花って言葉を知ってるだろう?楽しいし、そして寂しい。そんなの当たり前の事じゃないか」
キュ、と労わる様に、でも力を入れて、ジーノは赤崎を引き寄せ更に続けた。
「大好きだから言えないってあるよ。それもキミはわかってるよね」
「王子……」
「ザッキー、大好き。一緒が楽しい。でもキミが幸せになるのがもっと嬉しい。そういう事なんだよ、わかるよね?キミもこんな事、訊いちゃいけない。あんまり意味もない事だしね」
そうして延々と髪を撫でられ、赤崎の憤りが解けていく。
「何も今生の別れでもなし。いつでも遊びに来ていいんだから」
「いつでも……?」
「うん、いつでも。キミが困ったならいつだって」
「……困った時だけッスか?」
「それは……うん、困らなくても。キミが来たければいつだって」
「いつだって……」
「全くキミは本当に寂しがり屋で……甘え方すら知らずに困った子だ。そんな事すら言われなきゃ駄目なの?弱ったね」
「……」
「いいんだザッキー、わかってよ。いつでもキミならBenvenuto(ようこそ)さ」
「Benvenuto……」
「そ、Benvenutoだよ。別に何も変わらない。キミがそれを望む限りは」
ジーノの囁きが気持ちを溶かして、赤崎は子供のようにジーノに甘えた。擦り寄る赤崎を受け入れるように、ジーノも優しく赤崎を抱いた。
「ザッキー?ねぇ、」
擦り寄る力は圧力となって、ジーノのバランスを崩していく。
「待って、そんなに押されたら」
制する言葉の一切を無視して、赤崎はそのままジーノをソファに沈めた。
「強引だなぁ」
「……」
そうして首元にギュ、としがみ付くので、ジーノは笑って身を任せた。
「ザッキーったら、甘え方が上手いのか下手なのか……」
*
抱き合ったまま暫し二人で過ごして、ポロリと口から思いが零れた。
「好きです、王子」
ジーノも嬉しそうに返事をする。
「ボクもさ。大好きだよ。可愛いザッキー」
「……」
「世界で一番可愛いよ?彼女にヤキモチ妬かれちゃうほど」
クスクスとジーノが笑うので、その振動が体をつたう。
「こんなところ見られたらまた怒られちゃうかな。キミを甘やかしすぎだって」
「……俺の話とか、するんですね」
「別にそのつもりもないんだけどね。なんだか自然に出ちゃうらしくて」
「……」
「キミに彼女が出来たらダブルデートしよう。そしたら誤解も解けるから」
ジーノの声も体に響く。赤崎は次第に堪らなくなった。
「そんなの無理だ」
「ん?嫌?」
「……嫌とかそういう意味じゃなくて、そもそも彼女なんて欲しくないし。俺が欲しいのは王子だから」
ピタリとジーノの手が止まった。
「……今、なんて?」
「王子の彼女の言ってる事、別に全部が誤解じゃない。俺が好きなのは王子だから」
「冗談だろ?」
「なら良かったンスけど」
「……」
ジーノはそれきり黙ってしまった。けれど乗っている赤崎を跳ねのける事はなかった。
「これっぽっちも考えませんでした?こういう展開」
「……流石に想定外だったかな」
「じゃ、少しはあんたを出し抜けてたのか。なら俺も大したもんッスよね」
「いつから?」
「あんたが俺の恋に気付いた時から」
「……」
「でも言ったら終わりだってわかってたから。でももう黙ってるの無理だなって」
「勘違いって事はないの?」
「その方が王子は嬉しいッスか?」
「……」
「はっ、……そうッスよね。なかった事にしたいですよね」
「そうじゃない、そうじゃなくて」
「何ッスか」
「恋ってキミの思うのと、きっと違う。一緒にいてそれだけで幸せだとか、笑顔がただただ嬉しいだとか。キミの話はいつもそうだった。それは決して」
「恋ではない?」
「……そう。それは憧れであって、相手が女性ならまだそれでもいい。でもキミが感じている今のその思いは」
瞬間、更に腕の力を込められたので、ジーノは息も言葉も詰まらせてしまう。
「ザッキー、痛いよ」
「……」
「聞いて。いい子だから」
「嫌ッス」
「……ッ」
「しがみ付くばかりが恋じゃない。そんな講釈垂れたいんだったら、あんたのその服だってひんむけますよ」
ギリギリと絞り上げるように抱きすくめられたままで、それでもジーノは抵抗をしない。
「冗談じゃないようにしてやりましょうか?王子?俺、可愛いだけの子犬じゃねぇッス」
指先に絡むジーノの後ろ髪を、思い切り掴んで強く引っ張る。ジーノは小さく声をあげながら、それでも今を耐えていた。
「あんたが俺の思いを全否定するなら、爪痕の一つでも残して帰ります。犬に辱めをうけるとか、果たしてあんたに耐えられますかね」
「……」
「うんとかすんとか言ったらどうッスか?あんまり俺を舐めんじゃねぇよ」
馬乗りになってジーノを煽る。引き際を間違えた赤崎はもう、それが破滅へとつながる道でも、前に進むしか手立てがなかった。小さく唾を飲み込んで、深呼吸をして、ジーノに言った。
「いいンスね?知りませんよ」
身を伏せ、ジーノに唇を落とす。何度も夢見たその感触は、夢よりはるかに柔らかかった。
「……」
ゆっくりとお互い見つめ合った。ジーノは未だに動揺しない。その口元が軽く開くので、赤崎は引き寄せられるようにそれを求めて、前より深く身を落とす。恐々と二、三度唇を食み、四度目には隙間に舌先を這わせた。互いの吐息が熱く感じた。
(あ……)
衝動的なものが体を貫き、瞬間何もかもが真っ白になった。ジーノの舌先が赤崎に触れた。その両腕が固く赤崎を抱いた。わけもわからず身悶えていた。気付けばソファから二人ともずり落ち、いつのまにかジーノに組み敷かれていた。
「なるほどね」
今度は馬乗りに自由を奪われ、自分の両腕の拘束に赤崎が戸惑う。戦慄さえ感じさせるジーノの顔は、それでも微かに微笑みを含む。
「失礼。冗談じゃないらしい事がよくわかったよ」
「痛い……王子、手が」
食い込む爪に苦痛を感じ、哀願する。けれど、赤崎の全力の抵抗もジーノには無意味で、ただ心臓が激しく高鳴るだけであった。
「つまり、キミはボクとこういう事がしたいと?」
まるで蛇に睨まれた蛙だった。
「そういう事かい?ザッキー?」
「……」
「わかったけどさぁ。ねぇ、キミはどこまでこれの意味を理解してるの?」
「……?」
「これをボク達に持ち込んだが最後どんな目にあわされるか……そこのところちゃんとわかって言ってる?」
ジーノがそう言って身を伏せた時、再び頭の中が真っ白になった。
「ボクを欲しがるっていうのはつまり、ボクの束縛を100%受け入れるって事だ。キミはその線を踏越えるって今、自分で言った」
ざわざわとジーノの舌先やその指先が、赤崎の体や内部に入り込んでくる。未知なる感覚と恐怖の中でも、もう言葉も何も発せなくなる。ただ、荒い息と、獣のような呻き声が、喉鼻から抜けて部屋を舞う。
「可哀そうで手を緩めてたのに。キミって本当に馬鹿で可愛い」
赤崎の耳には何も届かず、けれどこれこそが幸せと思った。ジーノはこれで自分を誰かに渡そうとはしない。もう、ただそれだけで十分なのだ、と。
