幸福論
【9592文字】
ジーノに呼び出されていつも「されるがまま」な赤崎が、このままでは駄目だと意を決して談判した結果……
文学妄想お題ったーの中原中也「臨終」が元ネタSS
「もう起きていたの?早いね」
話しかけても返事がない。ソファでぼんやりと時計替わりのテレビを見ていたあの子は、ただ無言で窓際に足を運んだ。
(ああ、ボクからその腫れた瞼を隠すつもりで)
*
――あいつの移籍の話でしょう?嬉しいですよ。当たり前じゃないッスか
ボクは何も言ってないのに昨日あの子ははしゃいではしゃいで、見ていられなくてキスをした。
「いきなり何すんッ……!」
「もう黙って。そろそろ今日のご用事の時間だよ」
「おう、じ、放せ、俺は今そんな気分じゃ」
「ボクはそんな気分なんだよ」
「いや……だ!」
「関係ない」
キミはとても気丈な男だ。けれどその気丈を保つのにはコツがいる。
「ちくしょう!ふざけんッ、ぁッ……」
「乱暴されるのが好きなくせに」
「違ッ、」
必要なのは感情の発露。時々キミはそれが下手だ。
「我慢しなくていいんだよ?」
「うるせぇ、……やめ……、いっつも、くそッ」
「オメオメやってきておきながら何を言ってるの?やめないでって、素直に言えば?」
「誰、が……」
「それとも、つらい助けてもうやめて、って、ボクに泣きながら縋ってみるかい?」
「するわけねぇ、……だろ……ッ!ぅあッ、あ、……ッんぅ……」
「懇願するなら許してあげる。出来ないんだったら大人しくしてて」
激しい抵抗と口汚い罵倒。繰り出す全てを粉々にされて、キミはボクの前での自分の無力に、ようやくポロポロと涙を落とす。悲痛な表情、上気する頬。絶望の叫びのような、そんなキミのボク乞う甘声。心根をへし折られる時のキミのさえずりは小鳥にも似て、ボクは罪悪と快感の狭間を、何度も何度も往復をするのだった。
*
曇天の空が窓ガラスに、鈍色の瞳のあの子を映し出している。腫れよりも何よりも目を引くのは、彼特有の青く力強い輝きがない事だ。かきあげるまでもない前髪を梳いて、その無骨な仕草が重い空の暗さによく似合う。キミは今、本質とは対極の暗澹たる怠惰の中に浸かっている最中だ。
(今回は流石にちょっと時間がかかりそうかな)
申し訳ない事に、ボクは彼のこの姿に心痛めながらも毎度こうして見惚れてしまう。
(ねぇ、わかるかい?ボクの与える痛みの理由。キミの気丈が時々苛烈に、キミを締め殺そうとするせいだよ?)
そう、つまり己を保つのにそれしか方法を知らないあの子だから、気丈のかわりをボクがやるのだ。
(いいんだよ、もっと恨んで。悪感情なんて自分にぶつける事なんてない。ボクに吐き出して綺麗になりなよ。キミは何も悪くない。悪いのは……)
キミが己を保つのにそれしか方法を知らぬ様に、ボクもまたこの愛を保つ方法を一つしか知らなかった。だから今また、ボクは猫のように足音も立てずにひっそり近づき、背に絡んでキミを縛る。
「なんだ言ってよ、立って歩ける元気がまだあったんだね」
身を強張らせる事しか出来ない疲労困憊の憐れなキミを、あと何回ボクは殺せばいい?でも、汚れ仕事はやっぱりキミには似合わないとボクはひっそりと陰で思う。
*
「元気ならもう一戦言っとこうか、フフ」
時々乱暴な王子に思う。
(ゴメンナサイ、王子、ゴメンナサイ)
素知らぬ顔をしてそれをする王子の、その心根を俺は知る。
(またそれをさせてしまって、ゴメンナサイ)
俺は王子に愛されている。とても、とても、愛されている。ギリギリと自分が自分を締め上げる時、必ず王子はやってくる。ただガムシャラなだけの俺を、少しくらいはゆったりしなよ、と、今みたいにいつもいつも悪い顔をして癒してくれる。
俺達の関係は病んでいる。その原因は全て俺にある。なんでも出来てしまうファンタジスタは、なんでも当然の顔をして願いを叶える。
(あんたはそうして、俺の願いを全て叶えてしまう。俺があんたにさせてるんだ)
王子に相応しくないちっぽけな俺が願う事は、いつも自分の幸せばかりだ。あの人は甘くてとても過保護で、求められるがままに俺にこんなに尽くしてしまう。俺の幸せを願う王子は、とても不幸だと強く思う。あの人にとって不運な恋を、何度終わらせようと思ったか知れない。
(王子、貴方は本来なら美しい夢を沢山見れる人だ。本当ならもっと幸せに生きていける。なのに今日もこうして、何度も悪魔なふりをする)
身を落として俺に愛を注ぐ王子に、俺は何度も救われてしまう。だって王子に愛されている事で初めて、俺はこうして生きていけるからだ。もう十分だと思いながら、何度も何度も彼に抱かれ、俺はその度、息吹き返す。もう、もう、この甘怠い世界から王子を解放してあげたいのに、愛される度に幸せに酔う、醜い自分を見つけてしまう。
抱かれている間、曇天は益々重さを増してとうとうシクシク泣き始めていた。
(雨が……)
王子はとても雨が苦手で、俺は自分を雨と思う。王子は苦手なものに恋をしてしまい、俺を抱く毎に雨濡れる。俺は何度も何度も王子を穢して、蒸し暑さに滴る彼の汗の卑猥に体震わす。俺は王子を汚すのが好きだ。抱いて汚れゆく王子が好きだ。わからないでそれをするでない、汚れを自覚する王子が、それを厭わず俺にしてくれる姿が好きだ。
(王子、俺ずっとこうしていたい……)
彼は願いを叶えてくれる。それが俺の願いなら。そして王子には不可能がない。
「ザッキー?」
「……」
「どうしたの?」
寝乱れた後の自身の乱れ髪を、王子は美しい手でさらりと整え、さも愛おしいと俺にキスする。
(どんだけ悪ぶってもバレてるんだ王子。あんたは俺をこんなにも……)
深いキスによってせっかく整えた髪もサラサラ落ちて、結局元の木阿弥、台無しだ。
「王子、お願いしたらいいんですよね」
唇が震えて上手く話せない。穢れゆく王子のあまりの魅惑。
「何?」
「懇願したら許してくれるって」
「え?ああ……なんだい?改まって」
「俺には本気の願いがあるんです。やっぱり頼むには泣いて縋ればいいンスかね?」
震えているのは唇だけではなかった。それを察し、王子が息を飲んだのを少し感じた。
*
「……ザッキー?」
「こういうの、駄目だ……わからないあんたじゃない、ですよね?」
言葉と裏腹に首にしがみ付く惨めな俺を、王子は子供をあやすように横抱きにして、黙って聞き耳を立てていた。
「もう耐えられないんです、俺。限界だ」
そう、もう限界だった。
*
「本気で?」
「えぇ、言いましたよね、最初に」
キミはボクの愛を知りながら、もう耐えられない、とボクに言う。
(ザッキー、こんなはずじゃなかった)
キミはボクが思う以上にとても大人で、ボクをもういらないと泣きながら言う。
(何もかも、もう――なのかい?)
ボクはとても悲しくなった。けれど縋るやり方も知らないボクがようやく見つけた返す言葉は、多分に強がりを含む嫌味そのものの醜さの塊。
「ボクを切るなんて随分勇ましい話だね」
「……」
「キミの意思でそれが出来るとか、すっごく尊大だ」
「そういう意味じゃ……」
「最初からキミの意思なんてちっとも関係がない。泣こうが、喚こうが、平伏して懇願しようが……ね。身を以って知ってるくせに、何故?今更そんな無駄な事を」
「……」
「ねぇ、何故?」
「知ってます。俺が本気なら……きっと王子は終わらせてくれる」
ザッキー、キミは今とてもまともじゃなくて、言った言葉の本当の意味を、自ら理解などしていなかったろう。でも今キミはボクの愛の歪みに「もう耐えられない」と言った。しっかりわからないながらも、言ってしまった。
寄る辺ない心の不安定が全身に疼痛を広げ始めて、いつも何事も卒なくこなすボクの力を百合花枯れるように強奪していく。この思いはよく知っている。これは所謂、憤りだ。何もかもぶち壊しにかかっているザッキーへの、ボクに渦巻く理不尽な怨嗟、宥めきれぬ多大な悲憤。
(行ってしまう……?もうボクをいらないと?)
(何故キミはキミに抗えないボクの無力を知る?許せない、こんな事。許せないよザッキー)
*
「また新しい玩具、見つけてください」
(そんな話は聞きたくない。決めるのはボクで、従うのはキミだ)
「きっと俺なんかよりずっといい相手が……」
(キミを選ぶボクのこの手を、キミは信じられないと振り切るつもりかい?一体何様のつもり?)
汚い侮蔑の言葉が雨に溢れるどぶ川のよう。キミはボクを惨めにさせる。キミだけがボクを憐れにする。
(なんて事だザッキー……ありえないよ、こんな)
*
「キミよりずっといい相手……?」
「はい、王子ならいくらでも」
「例えばバッキー、とか言うつもりならその段階でキミはボクと居る資格を失うけどいいのかな」
こんな事しか言えない今のボクを、許してほしいとは言えなかった。幼き頃の大きな夢を、後来たあの子に越された傷心。キミが今弱り切っているのをわかっているのに、やられた仕返しのように、ボクは傷の原因の名を出す罪を犯し始めた。ボクは痛めつける為だけに、自覚をもってそれをした。ザッキーがまともでない今はボクが冷静になるべきなのに、でも、ボクの方がもうまともではなかったというわけだった。
「ボクはバッキーの自己評価の低さを可愛いと思うけれど、キミのそれは大嫌いだ」
言葉の鋭利を、唾棄するようにキミに突き刺す。ボクは馬鹿な事をやっている。
「王子……」
「多分、それ言ったら本当に切るよ?」
これは愛ではない。執着だ。そしてボク達は何があっても離れられないのだという、ボクの中にある不必要な程強固な盲信。それを守らんが為だけの、明らかな失策、一番やってはいけない事。何故ならボクはザッキーをとてもよく知っている。こんな事をすればきっとキミは。
「嫌いでいいです。相応しくないというのは、そういう意味もあっての事だから」
(ああ、……こうなる事はわかっていたのに)
キミはとても気丈で頑なな男で、まともじゃないボクは案の定、成す術もなく崩れゆく二人をどうする事も出来なくなった。
「一度終わってしまったら、でもやっぱり、なんて通じないけど?」
「いいんです、もう」
「本当に?」
「はい……いいんです、王子。ゴメンナサイ」
「謝られるなんて、更に屈辱なんだけど」
「……ありがとうございました」
(ねぇ、キミは本当にボクを過去にしてしまうつもりかい?)
*
――飼い犬一匹失ったくらいで
バッキー移籍後のチームの低迷について、マスコミは面白おかしく書きたてていた。
――チームには今二つの大穴が空いている。
その通りだ。バッキーの抜けた事をキッカケに生じた問題はチームにとって思いのほか大きなものになってしまった。ボクは一匹の飼い犬を物理的に、そしてもう一匹の犬を心理的に失っていたから。今ボクは自分のひらめきに、全く体がついていけなかった。
(何をやっているんだろう?)
連戦の続くボクはとても疲弊していた。何故こんな目にとは思わないでもないけれど、ボクは一度信頼した人間に関しては裏切らない事に決めているので、大人しく監督の指示に従っていた。現実問題、確かにチームとして今はこれしか手がなかった。ならば従わざるを得ないだろう。彼はボクを壊すまで酷使をする事はないはずだから、無難なプレイしか出来ない状態であってもギリギリまでその信に応えるしかない。
回復については手を尽くしている。マッサージ、酸素カプセル、栄養価の高い食事。でも肝心の良質な睡眠が取れていなかった。眠れないというほどではない。けれど疲れが抜けにくく、蓄積はボクの体を少しずつ重くしていた。
*
(王子、こんなはずじゃなかった)
自分を律する事が出来る強い意志がないと、夢を成し遂げる資格はない。自分にはその力がない。ならば是が非でもそれを手に入れなければならない。俺は俺の力を信じた。盲信であろうとせざるを得なくて。
椿の移籍によってその思いは一気に高まり、あろうことか俺は王子というゆりかごを投げ捨ててしまった。抜け出してみれば俺は律するどころか歩けもしないほど体が萎えて、叱咤しては転び、己を罵倒してはのたうち回る日々になった。
俺は王子に恥ずかしかった。あの人はこうなる事をわかっていて、とても心配そうに、それでも俺を見送ってくれた。自己評価の階段を螺旋状に下りに下り、俺がどん底に落ちていく事を、でもそれを俺が望んで、だから王子は願いを叶えた。何度も「本気で?」とあの人は言った。
チーム連敗の現状にあって調子が明らかに落ちている俺は、スタメンから外される事も増えてしまった。今はともかく安定感が必要で、ベテラン勢の経験に培われた強固な連携がギリギリのチームを支えていた。連戦の続く日々の中で、疲弊はムードを暗くした。いい時は持ち上げられて悪い時は貶められる。この業界ではよくある事だ。ETUはとても上手に、上から下まで嬲られていた。マスコミなんて総じてクソだ。こんな事を思いたくはないのだけれど。本当はそうじゃない人らも居るなんて事も、当然知ってて思うのだけれど。
(調子が落ちると悪感情が増えるな……俺にはもっと冷静さが必要だ)
王子は相変わらずだ。相変わらず過ぎて叩かれるほどで、けれどあの人はやはり笑って、俺は王子の本質的な強さを痛感していた。
椿のいなくなった後のあいつの評価はうなぎ登りで、今ではすっかり過去の快進撃の何もかもがあいつのおかげになってしまった。王子の強い「我」を中和する者が去ってしまえばチーム力がガタ落ちするのも当たり前だと、昨日もテレビで王子の事を腐していた。あの人はETU内のみならず日本サッカー界でも少し特殊な存在で、それはそれは素晴らしい、恰好の攻撃の的になっていた。そしてバッシングなぞどこ吹く風という彼独特のふてぶてしい態度が、更に強いバッシングを呼び込んで世間を賑わし続けた。
叩かれるほどに王子は「人気者は辛いねぇ」などと高らかに笑い、俺はそんな強靭な彼が好きだったはずだったのに、今はもうとても見ていられない気持ちになってしまった。もう俺はあの人が何故ああなのか、その答えを全て知ってしまっていたからだ。チームが軌道に乗れば乗るほど、王子は不思議に露出を控える。生粋の目立ちたがり屋を気取ってその実、本質的には、別にそれ程そこに自己の存在意義を求めていない人だった。 あの人の時々の過剰すぎるあのパフォーマンスは、紛れもなくチームへの献身だ。「あそこ(王子の我儘な気性)さえ立て直せばチームは何とかなる」のだと、そういう、幻のような希望的未来への依代を、あの人は自らに課していた。目に見える瑕疵として存在する事を、見えぬ責を背負う覚悟を、人知れずやり遂げる事の出来る人だった。
「王子」
「わ、驚いた……」
もう黙認していられなくて駐車場で待ち伏せた俺に、王子は思いのほか驚いたようだった。
「あの、今日時間空いてますか?」
「空いてたらどうだって言うの?」
「よければ少し話を……」
「そう、残念だね。そういう時間なら空いてない」
「王子」
王子はとても気丈な人だ。気丈で、そしてその気丈に相応しい強靭さを持っている。けれど久しぶりに掴んだ王子の二の腕は、以前に比べて少し細くなっている気がした。
「失礼だよ?放して」
「……何キロ落ちました?」
「落ちてないけど」
「落ちてますよ絶対」
「落ちてない」
振りほどく事なんて簡単に出来るのに、王子はもう一度俺に、
「放して。いい子だから」
と小さく言った。
「俺、いい子なんかじゃねぇけど」
「ああ、そうだったね。キミはボクの手を噛んで逃げた悪い子だった」
けれどその時王子はとても優しい顔でにこやかに微笑んでいるので、ああ、なんだってこの人はこう、と堪らなくなってしまった。言葉では冷たい事を言っても、いつでも王子の肌や空気は俺にぬくもりを与え続ける。
「その通りッス」
そんな王子の手を噛んで逃げた。全部、本当の事だった。
「痛かったよ?キミは手加減を知らないからね」
「はい……」
王子は今のこんなに惨めな俺を見てどうするだろう?
「……」
「……ん?」
「……」
「全くもう、キミって本当にどうしようもない」
そうして王子は俺に向き直り、掴まれた腕とは逆の手でフワフワ、俺の髪を撫ぜて言った。
「ザッキーったら、お馬鹿さん。駄目だよ?また怖い目にあいたいのかい?」
「悪い子の次は、お馬鹿さん、ッスか?」
「だって」
「……その通りッス」
「……」
「王子、ゴメンナサイ」
本当に俺は馬鹿だ。王子も思うし、俺も思った。俺は王子を見てられなくて、なのに何故今彼に甘える?
「一度終わってしまったら、でもやっぱり、なんて通じないって言ったよね?」
「はい」
「恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい以上に、辛いから」
「ザッキー……」
「ゴメンナサイ、王子、俺を助けて」
*
そりゃあもう大層ボクは驚いてしまった。だってザッキーの気丈さがこんな方向に作用するだなんて、考えた事もなかったからだ。いつもなら自らの選択を例え後悔したとて、絶対に覆すような事はしなかっただろう。そんな強さを持たぬキミの事だ、絶対に出来ないはずだった。なのに今、恐らくは耐え難い恥辱を乗り越え、素直に頭を下げ、そしてボクにおねだりまでしてみせた。これは疲弊の挙句の負け犬顔なんかではない。目を見ればわかる。彼は一つ大人になったのだ。
「ギブアップって事?もういいの?キミの大冒険は」
「……はい」
「随分短かくない?」
「……」
「今度はもうボクが飽きるまで逃がしてあげない。それでも?またキミは苦しむ事になるよ?」
それは一つの怯えであった。ボクの愛の形を否定されて、そのまま今を喜べるわけもない。ボクはキミを幸せにしたい。なのにその自信がなかった。
*
何度も気持ちを確かめる王子。それは疑心から来るものではない。俺は時々心が迷子で、自分の気持ちを見失う。王子が見るのは、俺の中の、知らない俺で、目を背けてしまいたい逃げ腰の俺を王子は一度も責めなかった。王子はとても大きな人で、俺の卑屈をも全て受け入れ、俺を丸ごと抱き締める。
「あんたは誰とでもやっていける。でも俺はあんたとじゃないと駄目だから」
王子はこれを知っている。それを知りながら俺を手放し、心痛めながらも平気で笑った。
「一緒にいて駄目になるとしても、そうじゃないともう、俺、駄目だから」
言えなかった俺の本音。王子を食い殺す、俺は悪魔だ。
「一杯罰が必要だ。王子。俺には王子が必要と思う。王子は俺の罰だから」
*
「フフ、少しは言うようになったじゃない」
キミは感情の発露が下手だ。いつも一人でもがき苦しみ、その惨めさが愛おしかった。けれど居直る今のキミも、キミの全てが愛おしい。
「面倒、みてくれるでしょう?王子」
「ボクがそれを許すとでも?」
「勿論」
「キミを跳ねのける罰ってのもある」
「きっとそれは、やらないと思う」
「恥知らずだね」
「散々恥ずかしい目にあわされましたしね。今更かな」
「ハ……」
随分と生意気を言う飼い犬の、手の甲に誓いのキスをした。ボクはいつでもキミの奴隷だ。それを強いるのはキミだけであり、それが出来るのもキミだけであり。
*
「これはまた随分と虐げ甲斐のある子だねぇ」
王子、王子、全ては茶番だ。俺は虐げられた事など、ただの一度もないというのに。
*
「じゃあ早速ザッキー、今から何か食べに行くかい?」
食欲をおぼえたのはいつ以来だろう?砂を飲み込む日々の義務が、キミのおかげで彩りを戻す。ボクの中の本能的な欲が、みるみるうちに蘇っていく。
食事の後のメインディッシュは、いつにも増して味わい深い。キミはなによりのご馳走であり、何度食べても飽きる事がない。ボクだけが味わえるキミの蜜は、ほら、みつめるだけでトロリと流れる。指ですくうか、舌先で直接?ぬらぬらとしていて、透明でいて、見ているだけで喉がなる。
「あ、変なもの食べてたでしょ。駄目じゃない」
ボクが育てたキミの体の、舐めなれたものの味の変化。ボクはそんなささやかな違和感に断絶の時を見、あっという間に心が裂ける。
「そういえば初めてだね、キミの意思でこれをするのは」
ボクを忘れつつあるキミの体の罪を、裁くかのように蹂躙する。力づくでこじ開けられていくキミの、赤裸々なまでの性欲の露出がボクの全てを飲み込んでいく。
「痛いくせにそんなに感じちゃって、すっごく淫乱でボク恥ずかしいよ」
「あ、あ……」
「好きモノだね、ホント」
「……ッ」
またボクをキミに刻もう。最初からやり直すつもりで、ボクは何度もそれをした。
*
その夜、完全に狂っていた。王子に触れて体が燃えて、クタクタになりながら寝れなかった。
「ねぇ、あれから何回くらい独りで……した?」
王子はとても執拗だった。執拗な程、してくれた。
「ねぇ、ボクでしてた?」
何度も何度も思い返した王子の行為は、実際のそれとは雲泥の差。
(王子、やっぱ痩せた……)
少しやつれたように見えた頬の、いやらしく上気する光景がとても卑猥だ。何事も何でもないような顔をしながら、時々俺は思うのだ。
(そんなに切ない顔をして……あぁ……たまんねぇ)
今、王子に必要なのは感情の発露。この人はいつもいつも、それが下手だ。
(違うな、下手なんじゃない。上手すぎるんだ……)
王子はいつも俺の為に、俺を解放する為にこれをやる。でも常に偽装を感じた。本当は抱くのが嫌なのではないかと。
(違うのかな、上手いんじゃなくて、やっぱ下手なのかな)
今日、初めて俺は王子の中に欲を感じた。
(王子、感じてる?してて、気持ちいいって思ってる?)
俺を愛する優しい王子はいつも添い寝るようにセックスをした。乱暴な顔をして、悪魔な笑顔で、俺だけを思って、それをしていた。そうじゃないといつも思った。そうじゃない、そうじゃない。俺が欲しいのは。俺が本気で願う事は。
*
容赦しないボクの強欲が、キミの意識を飛ばしてしまった。
「やり過ぎちゃったね、参ったな」
苦笑しながらキミにキスした。
「あんな事言うからだよ、ホント、参った」
今日のザッキーはまるで別人。誰を抱いているのかわからなくなった。別れを告げたキミはあの日、駄目になるから駄目だと言った。
「馬鹿じゃないの?感じるか、なんて、ホント恥ずかしいったら」
ボクはキミの幸せを願って、それは全て通じていた。通じているからこそ別れを乞うて、その理由がまた、なんというか。
「キミと一緒にいられて、ボクが幸せじゃないわけがないだろう?なんでそんな事を今更、ホント、参った」
久しぶりにキミのパジャマをキミに着せた。
「ボクはとっても幸せだよ、ザッキー?」
すうすうとした寝息が子供のよう。ボクはこんな子にあれをするのだ。それを思う度にいつもいつも、言い訳がましいボクを見つける。
「理由なんてなくたって、それがすっごくいけない事だとしても、ねぇ、当たり前だろ?一杯したいさ。ボクはキミが好きなんだもの」
当たり前の事。口にしない事。
「すっごく気持ちいいよ?いつも、そして今日は一段と……久しぶりだったし、それに……」
フフフ、と笑いが零れて、うん、と寝返るキミにドキリとする。
「キミにはやられっぱなしさ。そうだよね、罰としてではなく、きっとこれは所謂」
されながら今日キミはボクへの愛を延々と声枯れる中で叫び続けていた。こんなにも愛していると、だからもっとと、自分をうんと愛して欲しいと言った。
「もう怖がりません、かぁ……」
相応しくないなら相応しくなるよう?なんでキミはそれを言うのか。
「相応しいかどうかなんて、そんなのキミが決める事じゃ」
やっぱりクスクスと笑いが零れて、ボクは今こんなにも幸福でいて、未来の風を頬に感じた。
「大丈夫、もう罰じゃないよ?」
セックスが愛の営みだなんて陳腐な言葉だ。でもキミが望むなら多分近々そうなるのだろう。
「近々?いや、もう、そうかもね」
