お花結び

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文学妄想お題ったー詰め 8

【16289文字】
文学妄想お題ったーで一日一ジノザキ。2017年8月の4本分。実際にはお題ったーのお題が重複ばかりなので、日本語用例検索とかから適当な単語を入力してチョイスしています。

あなたは牧野信一作「私の変態心理」より「生涯の自分の芸術の対照となすべく充分と思ふ程の病的心理がある――或日はさう思ふ。次の日には――そんなことに興奮したのは幼稚な感傷であつた、と打ち消す。また次の日には――それは愚かな対他的な理性で、わが本来の性癖は第一のことに根す、といふ風にも考へる。この三つの感情に悩されること夥しい」でジノザキの妄想をしてください

<SS>

『ザッキー?』
「……何スか、こんな時間に電話なんて」
『暇?』
「……寝てましたよ」
『じゃ、暇だね』
「おい」
王子は時々こんな調子だ。
『ねぇ、今からうちにおいでよ』
「今日はデートだってはしゃいでませんでしたっけ」
『何言ってるのさ、そんなこと言った覚えなんかないけど?』
深夜、不自然に明るい王子の電話。最近ようやくわかってきたのは。
(ああ、そうか。また……)
「……酔ってるンスね。ったく」
 王子は時々電話を寄越す。今みたいに、一人が寂しいと口に出せずに、減らず口を叩いてはこうして俺を呼び出しにかかる。
「女と別れる度に電話してくるの、いい加減やめてくれませんかね」
『失礼だなぁ。そんなんじゃないって言ってるだろう?』
「嘘付いたってバレバレッスよ」
『大体今回だってまだ付き合う前の話で』
「その言い訳何度聞いたことか」
『だから、ステディじゃない子はノーカウントなの』
「はいはい、で?どうせまたあんた、つまんねぇ理由でその偏屈なヘソでも曲げたんでしょ?」
『だって考えられないもの、人の予定を根掘り葉掘り』
「恋人なら予定知りたがるくらい当然でしょう?」
『だから恋人じゃないんだって』
「あー、ったく!大体あんた、全体的に勝手なンスよ!自分だけは自由気ままにって、少しくらい辛抱とか譲歩とか協調性っつうもんを」
『ま、そんな事どうでもいいから取敢えずおいでよ。暇人』
「俺が言ってんのはそういうところの話ッスよ!何回言わせりゃ気が済むンスか!俺だって簡単にいつでもホイホイ行けるほど暇じゃ」
『でもなんだかんだ言いながらいつも来るじゃないか、ホイホイ』
「それはあんたがしつこいからだろ!」
『ほら、丁度明日練習午後だしさ。注文してたモッツアレラがようやく届いて』
「聞け!」
「好きでしょう?一緒に食べよう?美味しいよ?』
「また餌で釣ろうと……あんた一体俺の事をなんだと」
『じゃね』
「ちょ!聞けよ!」

*

「チッ!また出やしねぇ……こっちが切りゃクドいくらい掛けなおして来るくせに、あの人はつくづくタチが悪い」
 時々不躾に電話で呼び出す王子に、俺はいつでも振り回される。当然のこととして色々強いられ、腹が立って、なのに今日もまた逆らえない。
 しつこい呼び出しも電源を切ってしまえばいい話なのに、いつも目に浮かぶのは満面の笑顔。真夜中の訪問者を招き入れるあの人のあの、なんとも嬉しそうに喜ぶ顔。粗暴な態度とは裏腹過ぎる、あまりにあたたかいその姿を思うと、俺はどうしてもあの人の事を見限る事が出来なかった。
「はぁ……仕方ねぇな」
 結局俺はいつも通り、来ると信じ切っているあの人の元へ、ホイホイ行く羽目になったのだった。

*

(うま……)
「美味しいでしょう?これね、この前君に」
「まぁまぁッスかね」
「聞いてよ人の話」
「あんたが言いますかねそれを」
「ホント可愛くないよね、ザッキーって」
「うるさい、酔っ払い」
 こんな日の王子はとても饒舌だ。くだらない事をペラペラしゃべり続けて、ちっとも人の話を聞いちゃいない。女の前だと格好をつけて、色々我慢をするせいだろうか?我儘放題、やりたい放題、付き合う俺は、呆れ放題。
「でね?君にも以前食べさせたことあったけど、あれはちょっと賞味期限切れてて、まあ君なら胃腸も無神経そうだし次の日もオフだし別に平気だろうって、でも今日のは出来立て新鮮の」
「おい!あぶねェもん食わせといて今まで黙ってたのかよ!」
「だって馬鹿みたいに喜んで食べてたし、結果大丈夫だったし別にいいじゃない?それに今言いたいのはそのことじゃなくて今回のモッツアレラが如何に」
「言いたくないならワザワザその余計なことを今俺に言うなっつー話でしょう!?」
「言うから面白いんじゃないか。怒ると思ったら案の定だ。君は全くひねりのない単純馬鹿だねぇ、はは、面白いなぁ」
「全然面白くねぇよ!」
 王子の飲みっぷりはいつにも増してすごいピッチだ。それに俺にむやみに毒づく様子も鑑みるに、今回の子にはかなり入れあげていただろうことが、そして別れの辛さがよくわかった。
「王子ねぇ、これ何度もあんたに言いましたけど」
「んー?」
「いつも恋はゲームって言いますけどね?あんたの恋愛はゲームですらない、ないものねだりだ。うら若き乙女じゃあるまいし」
「……」
「大体、王子の方が王子なわけで。お姫様気分で理想の白馬の王子様を探してもですよ?そんなもんどこにもいるわけがいるわけがない」
「はっ、」
「どんな女だって、飯も食えば、クソもするし。わかります?もっと現実をみて、もう少し地に足の着いた人と人との……王子?聞いてます?」
「言われたくはないね。よりにもよって、君にだけは」
 それから続いたのはたかだか酔っ払いとの他愛無い口論だ。それでも一滴も飲まない俺の頭は全くの素面で、エキサイトした挙句王子に落とされた爆弾のデカさに、腰が抜けるほどの衝撃を受けた。

*

 やがてスヤスヤと寝落ちた王子は、呑気で平和な顔をしていた。俺はともかく落ち着かなくて、テーブルの上をノロノロ片付け、そうして何度も深呼吸をした。だが、動悸は一つもおさまらなかった。
(王子、絶対悪酔いしてた……よな?)
 空き瓶の数が如実に語る。ただ、その結果王子から出てきた言葉が、酔った戯言なのか、秘めたる本音か。俺にはそれが問題だった。
(……俺、今日とんでもねぇこと聞いちまったんじゃ……?つくづく……本当に厄介な人だ、王子って人は)
 ソファに崩れ落ちている王子を見ながら、俺は再び溜息をついた。王子は夢見がちな自分の今について、全部俺のせいと、俺を見て夢を見始めた、と責め続けていた。
――夢を追うのって、すっごく楽しそうだなって
泣きそうな目を、いや、潤んだ目をして。
(きっと探せばどこかに君みたいな、か……)
 だって俺は王子が好きだったのだ。
(王子に恋をしている俺に、一体何が言えるっていうんだ?あんたどこまでわかってて言ってる?試してるのか?俺の気持ち、全部わかってて?)
 夢物語を追うようになって困ったのは、深追いしたくなるほどの魅力がそこにあったからだと。いつでもどんな時も自分のためだけに飛んでくる俺に「それじゃ夢も見てしまうよね」と、目を伏せて言った。まるで愛の告白のような王子の言葉に対して、俺はぐうの音も出なかった。
「王子?」
「……」
「君みたいなって、それって、俺がってこと?」
ニアリーイコールとイコールは違う。
「みたいなって、それって俺じゃ駄目ってことか?あやふやなこと酔いにまかせて吹いてんじゃねぇよ。あんた、本当にめんどくせぇ人だな」
 悲しそうな顔で眠り込む姿もまた絵になっていて、よせばいいのにその顔間近に見惚れてしゃがむ。
「イチイチ酔っ払いの戯言、真に受けるなって?真に受けて欲しいから言ったのか王子?一体どっちなんだよ、わかりにくいなぁ」
完全に意識がないから言える言葉を、ひっそり王子に囁いた。
「似たようなのをって探し出して……なぁ、もし俺みたいなのなんてこの世に俺だけだったら?王子、だったらあんた、どうします?」
顔色一つ変わらぬままに、王子はスヤスヤ眠っている。今の姿も先程の言葉も、まるで現実味を感じさせない。奇妙、不思議、変な人だ。
「俺は王子みたいな人、あんたしか知らねぇんだけど」
鼻をつまめば眉を顰める。乱れる前髪をすき上げる。
「別に他を探そうとも思わねぇし。とっくの昔に諦めてる。だって……いるわけねぇもん。こんなみょうちくりんな生き物」
喋らず動かない王子は人間味もなく、まるでおとぎ話の中の人だ。
(ほらな?どう考えても『これ、僕の愛馬だよ』って突然白い馬連れてきても納得しそうな……そんな突拍子もねぇ、なんかしでかしそうな奴なんて他に誰も……)
そこまで考えて噴き出してしまった。
(馬鹿か俺は。この人はちゃんとボール蹴ったりデートにはしゃいだり、夜中に俺呼び出しながら勝手に酒飲んでくたばったりする、ただの我儘な……)
夢みたいな恋を探す王子を腐した俺の方が、現実はこうして、王子を通して夢を見ていた。全部自分でもわかっているのに、わかっているのは頭だけで、見れば見るほど、知れば知るほど、その不思議さに夢見てしまう。
「王子……」
 急になんだか怖くなった。俺は時々この人と居ると、全てが夢かと思ってしまうのだ。ゴクリと自分でも驚く程大きく喉が鳴るので、ビビって一瞬手を引っ込めた。もう一度気を取り直してそろそろと近づき、もう一度さらさらと落ちてくるその前髪を。
「ん……」
(!)
途端、王子の手がふわり、サラリと、俺の手に触れて去っていった。くすぐったくて単に払い除けようとしただけだろうに、驚いた俺は尻もちをつく。存在感のない人の存在感のない手は、その実おそろしいほど生々しかった。それに。
「暑……」
 ひとつ、ふたつと胸元のボタンを外して、そこからのぞく、不必要に真っ白な。
(おい……王子、勘弁しろよ!ベタな青年漫画かよ!)
俺はその場で硬直したまま、とうとうまんじりともせずに一夜を明した。このまま寝かせていたら体に悪いとか、自分も練習に差し障るとか、そんなこと全てが頭から吹っ飛び、ただただ王子を眺めていた。今が果たして夢かまことか、俺には全くわからなくなった。

*

 目覚めた王子はいつもの様子で、そこで何をしていると俺に問うた。酩酊の夢から醒めぬような、ぼやけた頭で俺は言う。
「何って……あんたが途中で寝ちまうから」
噛み合わない話が繰り返された。つまり。
「そうか……昨日また僕は君に電話を?まいったな」
(……マジか……そこから記憶ないのかよ)
悪かったね、と俺の手をとり、立ち上がるように促される。その手は昨日と同じ手だったが、極々当たり前の普通の手だった。生々しさも不思議さもない、なんの変哲もないものだった。逆にその方が違和感だらけで、兎にも角にもそのまま有耶無耶、不思議な夜は終わりを告げた。

*

 あれからどうにも調子がおかしい。王子は何も覚えていない。なのに俺はあの夜の記憶に、毎日毎日苦しめられた。新しい恋に向かう王子のその背に、俺に笑いかける皮肉な口元に、そして自らが彼を呼ぶための、その呼び名を口にするその度に。
「王子」
「なんだい?ザッキー」
「新しい子とはうまくいってるみたいッスね」
「……まあ、ね」
彼女の話を振るその度に、浮かんでは消えていく儚き寂しさ。それを感じるのは錯覚だろうか?
「……?何?なんか用?」
「い、いや……なんでも」
無意味に見つめる俺に対して、王子は不思議な顔をする。当たり前だ。彼にはあの夜の記憶がない。
「今日もデートッスか?」
「それが何か?」
「いえ、別に」
「変なザッキー」

*

 ある日、王子が俺に言った。
「最近どうしたの?急に」
「え?」
「今までは全然……そんなに気になる?僕と今の子?」
「……べ、別に」
「うまくいってるほうが呼び出しが少なくていいって、君いつも言っていたのに」
「……」
「厄介事は面倒なんでしょう?だからいいよもう。僕のことは気にしないで」
 かつて俺が繰り返し繰り返し言い続けた愚痴を、王子はいつも取り合わなかった。なのに今になってこんな風に、お役目ゴメンと俺に言う。
(記憶……ない、よな?)
 王子はあの夜俺に「本当は夢なんて見たくない」と言った。そうして「夢を見させた君にだけは言われたくなかった」と。そしてあの朝の様子では、確かに記憶がないようだった。けれどあの日から王子は変わった。
「人のことばっかり羨ましがってないで、君は君でちゃんと自分用の子でも探したらどう?」
「わ、わかってますよ」
「大丈夫。きっと君の良さがわかる子はいる。諦めなきゃ、何処かにはね」
その目は妙に色気があって、それだけで俺は心舞う。何処かに?けれど王子は絶対、ここに、とは言わないだろう。
「とりあえず一回でいいから経験してごらん。恋。いいよぉ?すっごく。人生に張り合いが出る」
 クシャクシャと髪を乱され、子供扱いにカチンときた。だからその手を振り払って、ジッと王子を睨みつけた。
「おや、怒った?」
「王子」
「ん?」
「現実逃避してんのは、あんたじゃねぇッスか?」
「あ、待ってゴメン」
王子は俺を手で制しながらポケットにもう片方の手を伸ばし、スタスタとその場から去っていった。ネットリと甘い口調。おそらくは彼女からのラブコールだ。結局、話はそのまま頓挫したままになった。遠くの王子に軽く会釈をしながら、帰路につきながら考えた。王子は夢見ることをやめたのだろうか。あの日、俺に“地に足をつけて生きろ”と言われた記憶のひとかけらすらないままに。

*

 こんな夜は長くて寂しい。なんでもないような顔をしながら、今日ほど辛い時間は初めてだった。
(あのまま彼女から電話掛かってこなかったら、俺、王子に何を言うつもりだった?)
先日の泥酔の夜との記憶が交互に頭を駆け巡る。
(恋って……それって俺の気持ちを知ってのことか?一体、王子は何をどこまでわかってるんだろう?)
 王子からの電話は、あの夜からぷっつりと途絶えた。それもまた疑心暗鬼の一つではあった。別れた後一人の切なさに耐えきれぬ人は、必ず俺を必要とした。次の恋が始まるその日まで、俺はいつでも傍に居た。でもあれから俺達は二度と二人で会うことがなかった。そうして。
(そうこうしているうちに……いつの間にか王子の新しい恋が始まってたんだよなぁ。こんなことは今までで初めてだ。なんで、こんな急に?よくわかんねぇ)

*

 ある日、王子とする王子の彼女との話が噛み合わないので、もう何人も相手が変わっているのを知ることとなる。別にどうでもいいような気もし、反対に何だか心配にもなる。現状から導き出される結論は当然、王子が自身の孤独と現実を素直に受け入れたということだ。
「大丈夫ですか?」
「何がだい?」
それでも夢からの目覚めを望んだこの人には、未だ心結ばれる相手が定着しない。俺の言うように夢見るをやめ、現実を見つめ、地に足の着いた世界の中で、慰みの恋で、楽しそうに笑い、そして、王子は俺を切って、たった一人で。
「大丈夫って、何が?」
「いえ……」
 口ごもる俺を訝りながらも、王子はそのまま去っていった。

(王子、本当に大丈夫ですか?)

*

 名前しか呼ばない、深夜の変な電話。
『ザッキー……』
「王子?一体どうかしたンスか?」
『……』
かすれた声を絞るように、何かを言っているようではある。
「王子、もう少し大きな声で言ってもらえねぇと」
『……、……、……』
「王子、王子、聞こえますか?」
電話はいつものように切れることがなかった。静かに泣いているようにも思えた。話しかけながら出掛ける用意をして、通話中の電話を助手席に投げて、そのままいつもの道をひた走る。

 マンションにつき、車を停め、電話を見る。それはまだ王子と繋がっていた。
「王子着きましたよ?今行くんで」
『……』
返事は特にないようだった。

「……王子?」
そろそろ、部屋に入ると薄明かり。カーテンが開いたままの窓からは月光が差し、脱ぎっぱなしの服、放り出したカバン、リビングには人影の一つもない。なんだか嫌な予感がして、失礼ながらあちこちのドアを開ける。キッチン、トイレ、バスルーム。

「ああ、なんだ。びっくりさせんなよ……」
寝室でスヤスヤと眠っている姿を見つけて、思わず安堵のあまりぐったりと倒れそうになる。
「人騒がせな。うわ、王子の野郎、またしこたま飲んでやがる」
気を取り直して傍に行った。手元にはチカチカと光る携帯があって、“custos(番犬)”と表示されている。
「くっ……あんたって本当に失礼な人だよ。知ってたけどな」
どんなすまし顔で登録したのかと、なんだかそれが変におかしい。そうして、とても……愛おしい。
「王子……」
未だ繋がる二人の通話を、王子の電話から切ってやろうと手を伸ばしたら。
「……っ!?」
急に腕を掴まれてびっくりして、でも、掴んだ王子のほうが驚いていた。
「……?」
「あ、どうも……」
「……なんでここに?」
「なんでって……」
問われても、口籠ることしか出来なかった。もしやと、ありもしない想像で焦って来たとか、この状況で勘違いの説明などとてもとても。

「……ザッキー」
(っ!?)
王子はうっとりと目を薄め、寝乱れた髪が頬に張り付き、僅かに開くその唇は何か言いたげに俺を誘った。正面切ってそんな目で王子に見られたことなど一度もなかった。心臓が異様にドキドキし、かつ、へなへなと腰が砕けてしまいそうだった。

 しばらくそのままで見つめ合って、やがて王子はゆっくりと掴んだ俺の手を引き寄せた。まるで魅入られたように自由がきかず、されるがままに従った。王子は引いた腕の肘をついて身を起こしながら、逆の腕を俺の首にするりと絡ませた。当たり前のように押し倒されつつ、その人を見上げる。この部屋のカーテンも全開のままで、青白い半裸が月光によく映える。美しく闇夜に同化していた。
 王子は、不思議そうに首をかしげ、それでも口元は綻んでいた。
「なんで、君ってそうなんだい?」
観念的で論旨が全く見えない。
「困るよ。ザッキー」
眉を寄せ、しかしさほど困っているようでもなく、王子はまるで蛇のようにその身を音もなく寄せた。
「……でも、もうどうでもいい」
状況が理解出来ないまま、俺達は抱き合い眠りについた。

*

(いや、眠れるわけねぇから。ありえねぇから、マジ)
 まんじりともせず夜を明かした俺の横で、王子が幸せそうに寝息を立てている。離れようにもいやいやをするように縋りつかれて、充満する酒の香りの向こうから漂う、王子独特の体臭の色香に悩殺される。
 魔を思わせる月光の夜は朝焼けとともに去っていったが、今度はその赤さが恐ろしい。そしてそれに照らされる王子は、また違う美しさを纏っていた。
「……ん、暑ぃ」
「!!」
王子がもぞもぞと動き出して、再び心臓が飛び跳ねた。それでも、ゆっくりと開いていく瞼が綺麗で、目を離すことなど不可能だった。
(なんて言えばいい?どんな顔すれば!?ちくしょう、全然どうすればいいのかわかんねぇっ)
こちらの混乱も知らない人は、寝ぼけてふにゃりと笑っていて、その顔につられて引きつり笑いを浮かべてみれば、王子は急に真顔になってがばりと起きた。
「お、おはようございます……」
眉を吊り上げ絶句の姿に、俺は力なく朝の挨拶をした。

*

「なんで、君がここにいるのかな?」
 昨夜と同じことを問いながら、上掛けを強引に俺から取り上げて身を包む。狼狽を隠そうとしているせいか、浮かべる笑顔が不自然だ。こんな王子も初めて見た。顔だけちょこんと布団から出して、三角おむすびみたいだった。なんだか妙にかわいく思えて、そうしたら少し落ち着いた。
「何?」
「いえ、別に」
「……」
「なんでって、あんた、いっつもそうですよね」
ちょいちょい、とベッドに転がったままの電話を指差し、すると王子がこう言った。
「そうか……また電話をしちゃったのかい?やれやれ、まいったな」
「どうしたんだっつっても人の名前呼ぶだけで。そんなの、こっちも心配するでしょう?」
「ええ?……そうだったんだ」
「そうっスよ。来たらスヤスヤ馬鹿みたいに寝てるし。帰ろうとしたら駄々こねられるし」
嘘は別についていない。多少は大げさな脚色でも。それを大人しく聞いている王子といえば、しおれた花瓶の花のようにしょんぼりとしてる。
(ああ、まだ酔いが残ってんのかな、可愛いなぁ)
俺はそう感じて少し大胆になった。
「眠れないから一緒に寝ようって、あんたが自分で引きずり込んだンスよ?」
「嘘でしょう?」
「嘘じゃありませんよ」
「……」
「勝手なもんだよ、俺が来る前からしっかり眠ってたくせにね」
くくく、と笑う俺をじっと見ながら、王子がぽつりとこう言った。
「……で」
「……は?」
「笑わないでよ。笑わないで。そんなにおかしいかい?」
泣きそうな目だった。
「オフ前には、特に上手に眠れなくて……だから昨晩は何本もワインを空けて……それでも全然眠れなくて……そんな僕のことが、おかしいかい?ああ、おかしいよね?わかっているよ、自分でもね?迷惑かけてごめんね?悪かったよ」
「王子?」
まるで不貞腐れた子供のようにまくしたてて、はっと我に返ったような感じで王子が続けた。
「……シャワー浴びてくる」
急いでベッドから降りようとして、
「……あれ?」
酔いのせいかそのままぐらりと体をふらつかせ。
「!?」
落ちていく寸前で思わず手を伸ばして、布団ごと王子の体を抱える。
「ぁっぶねぇ……大丈夫ッスか?」
だるまのような王子は固まったまま、俺の腕の中で呆然としていた。人の話を聞いていないのか、そのまま返事もしなかった。どうにもこうにも間がもたなくて、おずおずとおにぎりを体から離す。
「……」
その目はぼんやりと空を彷徨っていた。やがて布団を握る胸元の手が、少しずつ脱力に任せて緩んでいく。はらりと片袖を脱いだ形で、遠くを見るように俺を見ている。まるで卵から生まれた雛のようで、はたまた聖なるミューズのようで、それでもどこか色気があって、やはりまるきり目が離せない。
「王子?」
「……」
「しっかりしてください。大丈夫ですか?」
「……」
酔っているのか、寝ぼけているのか、それともしっかりしていてこうなのか。剥きたての熟したフルーツのように、触れれば崩れてしまいそうな脆さ。
「……そういうの、僕、困るよザッキー。嬉しくて、とても寂しくなる」
あまりにも露わに弱みを晒して、めちゃくちゃにしてみたくもなる。
「言ってる意味がわかんねぇンスけど」
「……」
「そういうのとか。困るとか。嬉しいのに?寂しい?とか?そんなの、俺には全然理解出来ない」
理性のほどけたこの王子には、あの日の続きを聞けるかもしれない。
「王子は今、困ってンスか?」
こくりと子供のように頷く。
「俺がここにいるからッスか?」
こくりともう一度子供のように。
「呼び出してんのは、あんたですよ?」
こくりと、全く同じように。
「困ってんのは俺っスけど」
眉を寄せて泣きそうな顔。
「俺が来て、迷惑してますか?」
ふるふると首を横に振る。
「ですよね。だとしたら来た甲斐がない。来ないほうがいいわけでもないンスよね」
「……」
「俺が来たら嬉しいッスか?」
迷うように。それでも、おずおずと首を縦に。
「なら、寂しいのは何でですか?」
王子、あんたをいじめたい。
「それは……」
「何スか?王子」
「……」
「嬉しい理想が実現しても、現実を思い知らされてしまうから?」
「え?」
「王子は誰かに甘えたいのに、甘える相手が俺しかいない。だからそんな風に寂しいンスか?悲しくて、困った顔をして」
ばつの悪そうに目を伏せて、小さくこくりと頷いた。胸が痛くて死ぬかと思った。あまりにもこの人が愛おしい。
「困られたって、俺だって困る」
「……」
「結局どうすればいいンスか?」
「どうって……」
「振り回されるのはごめんです。何度もあんたに言ってるけど」
「……」
くしゅんと小さくなっている王子のもろ肌を隠すように、そうっと肩に布団を掛けなおしてやる。
「王子」
呼べば上目遣いでこちらを見る。
「振り回されるのはごめんだけど、あんたに呼ばれること自体は、そんなに迷惑とは思ってない」
「ザッキー……?」
「あんたは本当に我儘な人で、確かにここまで付き合ってやれる奴なんてそうそういない。あんたもわかってて俺をあてにして、そういうのはこっちも嬉しいッス」
「……」
「確かに寂しいかもしれねぇけど。その辺でなんとか妥協しませんか?一人でもみつかりゃ上等ってね」
何を言われているのかわからないと、不思議そうに見つめている。
「偉そうに『君は僕を助ける番犬でしょう?』って。それくらいのほうがあんたらしい」
「……いいの?」
「まあ、時と場合によりますけど」
「そんなの、僕にはよくわからないよ」
「まあ、ごちゃごちゃあれこれ考えるなっつうか。好きなようにしてもらえれば。今まで通り」
そう言ってふわりと微笑む王子は、すっかり明るくなった日差しの中でキラキラと眩しく輝いていた。上天の啓示のワンシーンのように手を伸ばして、真綿のように俺を包んだ。
「ザッキーを……僕の好きなように……?」
ゆっくりとしな垂れ、もう一度押し倒された。
「好きなように……ザッキーを……」
「ちょっと、王子?え?王子!?」
慌てる俺なんてお構いなしに、王子は耳元で囁いている。
「なんだ、好きなようにしていいんだ」
「違う、文脈が、いや、違わないかもしれないけどもう少しなんつうか、手順っつうか!」
キスされそうになって手のひらで押し返して、簡単に組み伏せられてジタジタとして。そうこうしている時のことだ。王子が突然動きをとめて、ぱたりと抱きついたまま静かになった。
「あれ?王子?おい、」
「……」
その人は幸せそうに笑いながら、やっぱりスヤスヤ眠っていた。こちらとしては、ホッとしてガッカリ、気が抜けて変な笑いがこみ上げてくる。
「んだよ、それ。あんた、マジで自由だなっ」
くしゃくしゃになった布団を掛けなおして、呑気な寝顔をじっと眺める。なんだか眠くなってきた。そういえば一睡もしていなかった。
「おやすみ、俺の我儘な王子」
眠れる王子にこわごわキスして、二度寝に付き合うことにした。

*

 バサリと布団を剥がされて、俺は不愉快な目覚めを迎えていた。見上げればそこには王子が居て、キスを思い出して頬に熱が灯った。
「驚かせないでよ、心臓に悪い!」
「はあ?」
「なんで、君がここにいるの!?」
取り乱すその剣幕に驚きつつも、俺はまたこういうしかない。

「またそこからなのかよ!振り回すのもいい加減にしろ、馬鹿王子が!」


赤崎君。このループを解決するには、ジーノが素面の時に自分から告白するしかないのだよ