お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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欲望の椅子、絶望の部屋

【4622文字】
ジノザキアンソロの没原稿2です。プロットは「夢喰いの部屋」と同一のもので、こんな感じで少しずつ違う話をそりゃあもうアホみたいに書き直していました。まだましな方から二つUPしましたが、当然このプロットなのでかなり不穏なバージョンもありまして……まっこと地雷製造機であることを認識した次第

        ジノザキ

 絶対に扉を開けてはいけないと王子は言った。その理由を俺は知らなかった。だからこそ大胆になれもしたのだ。でなければあんな恐ろしい真似を、誰が好き好んでやるものか。

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 王子が留守のちょっとした夜に、ささやかな出来心が背中を押した。中には椅子がポツンとひとつ、ただそれだけな部屋だった。
「随分高そうな……そうか。王子、よっぽど大事なんだな、この椅子」
クラッシックなデザインは流麗ながら、シンプルで品のいいフォルムだった。座ると体が深く沈む。包まれるような感触が優しい。何とも言えない幸せの訪れ。
 俺はその椅子の虜になった。だって吸い込まれるようにやってくる睡魔はとても幸福な夢を俺にくれるからだ。何日何か月の時間の経過を、たった数十分で体験できる。夢の中にいるあの人の笑顔は最高だ。愛を沢山囁かれて、愛を沢山この身に受けて、二人で極上の時を過ごして、俺は満ち足りて目を覚ます。

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「あの部屋に入っているね」
王子は言った。
「絶対に駄目だと言ったのに」
と。
 黙っていることはできたとしても、嘘をつくことはできなかった。王子は無言の意味を正しく把握し、俺もそのことに気付いてしまって、ただ唇を小さく噛むしかなかった。
「そう……じゃあ聞くまでもないけど」
王子は静かにこう続けた。
「当然、あれに座っちゃったんだね。君は」
他人を座らせたくないほど、大切な椅子だったのだろうか。
「そりゃあ……結局僕自身は座りそびれたままでいたから……まさか君が先に」
「……」
「まいったな。絶対に僕の言いつけを守る子だと思っていたのに」
俺は更に下唇をきつく噛んだ。

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「では、夢は?」
なぜ俺があの部屋で寝てしまったことを知っているのか、何でも見通せるその目が怖い。
「……そうか、君は夢まで……」
「……王子?」
「でもあの部屋に入ったのは一回だけだよね?それならまだ……」
 目を泳がせる俺を見て王子はそうではないことを察する。みるみるその顔が曇っていく。
「ああ、違うのか」
暗い表情が気にかかる。
「いい夢だった?……んだよね。じゃなかったら、何度も入る理由がない」
王子の口調が冷静な分だけ、犯した禁忌の大きさを察する。まだ、怒りに駆られ、激しく叱責を受けたほうがましと思えた。でも王子はそれをしなかった。かわりにしょぼくれる俺の頭を、何度も繰り返し撫でた。
「なら、見たのはきっとあの夢だね」
あまりに深刻な事態に対して、王子も対応しかねている気がした。俺は激しく動揺した。何をしてしまったのかがわからないからだ。
「内容は聞くまでもない気はするけど……よかったら僕に教えてくれる?憶えている範囲だけでいいから」
指先の慈悲が懺悔を呼ぶので、俺の口は自然に開いた。あの二人の世界の夢の甘美さ、心奪われる強烈な魅力の全て。俺が虜になった夢の世界。王子は静かにそれを聞いた。長い長い夢物語を、時々眩しそうに目を細めながら、そして時には閉じながら。
「……それで全部?」
「はい、だいたい」
「……」
「王子?どうかしましたか?」
「いや?別に。なんでもない」
「なんでもないって言われても、なんだかそんな顔されちまうと……」
心を読み取れないのはいつものことで、けれどとても気掛かりに思った。そして、そんな俺の心を察知した王子は、首周りに両腕を絡ませ、小声でポツンとこう言った。
「大丈夫だよ。僕がなんとかしてみせるから」
 なんとかせねばならないことが、俺のせいで始まるらしい。

*

 不安で潰れそうになる俺を抱いて、王子は
「ゴメンね」
と謝っていた。当然謝るのは俺の方だ。でも王子はそれをさせなかった。
「こんなことになってしまうなら、処分しておけばよかった。あんな椅子」

*

「……実はあの椅子ね?人の心を読むんだよ」
「人の心を?」
「ん、そうして座った人の心を大きく占めてる、そんな事柄の夢を見せる」
「……じゃあ」
「そう。君の心は僕で一杯。だから僕との夢を見たんだね」
言われてとても恥ずかしくなった。でも王子の気落ちがわからなかった。
「かわいそうにザッキー、僕のせいだ。あんな椅子、興味本位で買うんじゃなかった」
「かわいそう?」
当たり前のように俺にしな垂れ、絡みつくように王子が囁く。
「ううん……もういい」
もう喋るなと言わんばかりに、夢よりも甘いキスが降った。だからこの時の王子の誤魔化しと嘘に、一切俺は気付けなかった。
「ザッキー、好き。大好きだよ」
椅子の見せる夢より甘い、本物の魅力に深く酔わされ、何もかもが有耶無耶になっていった。今はただ二人の時間に浸って、そのうち色々と聞こうと思った。そうして、俺達それきりだった。あまりに突然の話だった。始まりの時と同じだった。

*

 俺達二人はいきなり終わった。約束を破ったせいだと思った俺は、もう二度と座らないと懇願した。だからやり直そうと何度も言った。ただ会い、時を楽しみ、肌を寄せあい。そんな生活が恋しかった。けれど、そんな俺に向かって王子の言うのは、
「ゴメンね」
で、それでもはぐらかされるたびに
「そういうのはいいんです、悪いのは俺の方だってわかってますから。だからお願いします、もう一度だけやり直すチャンスを。あんたがいない生活だなんて、俺はもう」
と食い下がる俺に、王子はとうとう根負けした。
「言わないでおこうと思ったんだけど仕方がないね。じゃないと君は諦めないし」
苦笑する王子に戸惑いつつも、俺は心の中で覚悟をした。どんなことを言われても諦める気はない。ただ説得と懇願を続けるだけだと。
「……ザッキー、あの椅子は『夢喰いの椅子』」
「『夢喰いの椅子』?」
「そう、世界に一つだけの『夢喰いの椅子』」
「それってどういう……?」
「……『夢喰いの椅子』は夢を食べる。それがどういう意味かわかるかな」
 言われても当然わからなかった。諦める理由たりえるとも思わなかった。首をひねる俺の頭を、王子は優しく撫でてくれた。いつもと同じあの感触。久しぶりの指先の心地良さ。けれど王子の話すその後の言葉は、確かに心をズタズタするものだった。
「あれはね?座った人が見た夢を食べちゃうんだよ。夢を見た回数分だけ、ドンドンそれが壊れていく」
「……壊れる?」
「そう。つまり知らないうちに君は」
「……?」
「椅子に食べさせちゃったんだよ、僕の愛を」
「待っ……何を食べさせたって?王子、もう一回言っ」
言葉を受け止められない俺に、王子は苦笑いをしたままでこう続けた。
「僕も僕なりに残念だよ?こんなにも突然尽きてしまうなんて考えたこともなかったし……なんとかしようとも頑張ったんだ。たかがこんなことで君への愛を失うなんてと。でも……でもどうしようもなく無理なんだなって」
小さく首を横に振るしか出来ないそんな俺の両頬に、王子はそっと手を添えた。
「ゴメンね。僕は今、正直ホッとしてる。もともと君との生活にはやや疑問もあったし、なんなら丁度良かったって思うくらいで」
「そんな」
「いいから聞いて」
その目は、黙れと、認めろと、そして、零れた水は戻らないのだと言っていた。
「ねぇ、それによく君も考えてみてよ。サッカーへの情熱以上に、君が大事なものがあるかい?」
「それとこれとは」
「同じことだよ。君はとても不器用だから、そもそも二つ心が維持できるわけがない。多分、僕の心は僕達二人のために、食べられるべくして食べられたんだ。いわゆる神様の思し召しなのかもしれない」
その腕の優しさも前と同じで、心の籠った言葉に思えた。
「これで良かったんだ。僕の心がさめない限り終わらせてあげることも出来なかったのは事実なんだし」
「違う、王子俺は」
「というわけで、前のような時を過ごすのはもう無理だけど……でも、これまでと同じように応援だけは続けるから」
抱き寄せる腕の温かさも優しさと同様、前と同じで、でも愛だけはもうここにはないと王子は言った。俺のしでかしたことの全てを、なんてこともない顔をして王子は軽く流していた。彼の心を本人の意思にかかわらず壊したのに「これで良かったんだ」と力を込めて「寧ろ光栄なくらいだった」と俺に笑って言った。
「もしどうしても諦めきれないのであれば、」
そして嘘の上手な嘘つき王子は、こうして完璧な嘘をついた。
「僕をもう一度落としてごらんよ。僕に相応しい君になって、僕を虜にしてみせて」
俺に小さな夢を植えて、あの日、俺を見事に切り捨てたのだった。

*

 もうあれから何年も経ったある日の事だ。
「ふーん。海外でもこの手のうさんくせぇ都市伝説特集の番組とかあるんだなぁ」
体幹を鍛えるストレッチをしながら、みるともなしについていたテレビ。もうここに来てから随分になる。王子に相応しい俺になるため、何より俺自身が望んだ世界。何もかもが苛烈な世界は、俺の性分に合っていた。
「ちょ……これ、まさか王子のあの?」
 そこに映し出された古ぼけた写真は白黒のもので、けれど一度目にすれば忘れられない魅惑的なフォルムに、俺は当然釘付けになった。
「『夢喰いの椅子』だ……」
 再現ドラマ風に仕立てた歴史は面白おかしく脚色済みで、けれどその内容の一部始終が、俺の知るものとは異なっていた。
「どういうことだ?ヒアリングミス?そんなわけは」
 長年行方知れずだった椅子の登場は、この番組の目玉だった。綺麗に磨かれた木の光沢、皮の艶めかしいまでの滑らかさ。
「間違いない。あの椅子だ。絶対そうだ」
 蘇る記憶、めくるめく幸せの夢。忘れられない、忘れるはずもない、俺が知らずに失ってしまった王子と二人の甘い甘い。総毛立ちながら立ち竦んで、そうして俺は真実を知った。
「座った者の夢を叶える?違う、俺が聞いた話はそんなハッピーな話じゃなく……だって王子はあの日……」
笑おうとしても笑えなかった。
「なんで?なんでだ?王子……?え?叶う確率百パーセント?そんなはずは、だって現に俺の見た夢は……」
番組を見進め、次第に何故だと問えなくなった。あまりにも辻褄が合い過ぎたのだ。椅子の本当の名前はLa disperazione e il desiderioといった。犯した罪の本当の意味を、そして王子の深い思いを、俺は異国の街で初めて知った。

*

 「欲望と絶望」の相反する二つの名を持つその椅子は、一つ目の夢を叶える代償として『二つ目の夢』を食い殺す、真実『夢喰いの椅子』であった。二つ目の夢だけならまだましな方で、その他すべてを失うこともあるらしい。

 俺の見た王子との夢を叶えさせないことによって、王子は俺の夢を守ったのだ。

 「なんとかする」とあの日の王子は、遠い目をして俺に告げた。何もわかっていない俺を抱いて、確かに「大丈夫」と王子は言った。そうして、更にはこう言ったのだ。

――僕に相応しい君になって

 推測の全ての辻褄があってしまう。あの椅子に座ることのなかった王子は、おそらくあの後何度も座った。俺の見た夢を潰す為に、そして俺の夢を叶えるために、全てを賭けて数限りなく。王子は椅子を使った二人の未来を完璧なまでに否定し、本当の意味で二人があるべき未来を意志した。

 王子は俺の背を強く突き飛ばしながら、そうして何度も何度も祈ったのだ。俺の見た夢は王子の見る夢にかき消されて、そうして今ここに俺は居る。王子の見る夢は叶ったので、あの椅子に彼が座ることもない。

「王子……」

――僕を虜にしてみせて

「王子、俺は……」

 もう一度落としてみせろと王子は言った。いつかまた会おうと願いを込めて。

おわり
(次のページは小説じゃないデス。私のちょっとした言い訳デス)

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