お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

*

両見月の夜

【6174文字】
出来てない両片思いのジノザキの、とある秋。中秋の名月~十三夜の夜。ザキ目線、ジノ目線と往復します。これも秋ごろに書いてた文学妄想お題ったーの未UP分の一つ

あなたは中原中也作「湖上」 より「ポッカリ月が出ましたら、舟を浮べて出掛けませう。波はヒタヒタ打つでせう、風も少しはあるでせう。」でジノザキの妄想をしてください

<SS>

「今日も気になる子、いなかった?」
 あれから時々王子は所謂、お見合いばあさんみたいになった。
「バッキーはともかくキミは早くつがいを見つけた方がいいと思って」
だとか、
「これは飼い主の務めだから」
だとか、色んな煌びやかな女性を招いて、ニコニコしながら、
「ザッキーだよ?とってもいい子なんだ」
と紹介をする。王子や彼女達と一緒に歩くと、自分の場違いさにいたたまれなくて、でもそれを口にも出せず、俺は憮然と付き従った。
「聞いていたのと感じが違うのね」
「ミステリアスだわ」
俺は彼女らに言われる度に、王子が一体何を言っているのか、その事ばかりが気になった。
(どうせ俺は不愛想だよ……)
 どの人も粒ぞろいの美人ばかりで、愛想もよければ感じもいい。けれどなんだか調子が狂う。なんだか皆王子みたいだ。
「もういいッスよ、王子」
「どうして?」
「多分、女性に対する趣味が、根本的に違うんだと思います。あんたとは」
自分大好きな王子に向かって、嫌味半分でチクリと言う。「失礼な」とかなんとかかんとか、そんな返事が戻ると思った。なのに王子はそうではなくて、少し悲しげな顔をした。きっと彼には悪気はないのだ。なんだか申し訳ない気持ちが湧いた。
「実は俺、もっとこう、守ってやりたくなるような大人しいタイプのほうが好きッつうか。言い方悪いですけど、肉食な感じが過ぎるのってあんまり」
「……」
「いや、王子の親切心は十分わかってんですけどね?」

*

 ザッキーは勘が鋭いのか鈍いのか、ボクの思惑に時々添わない。
「素敵な方々でしたよ?でも、やっぱり俺にはちょっと」
 今回の件についてもそうだったのだ。猫に鈴ではないけれどもボクの知人と交際させて、私生活を色々眺めてやろうという邪心があった。でもまんまと引っ掛るどころか、策略の全てを軽く跳ねのけ、ボクの楽しみの邪魔をする。
「彼女達はそんなに肉食ってわけじゃ」
「や、そうかもッスけど。なんていうかあんまりにもシャンとし過ぎてて、俺なんかいなくてもやってけそうな感じじゃないですか」
「男にもたれかかりたいような子がいいの?そういうのも悪くはないけど、きっとキミには合わないよ」
「それ、俺に甲斐性がないっていう意味ッスか?」
 プリプリ怒る彼を見ながら、やっぱりもたれる子は駄目だと思った。
(キミの甲斐性はそういう駄目駄目な輩に貪らせるべきものではないよ。違うかい?ザッキー)
 節度を守り、己を知り、支え、支えられるような関係性を。ボクはそんな感じのパートナーを、飼い犬に与えたく思っていた。
(キミはなんの不自由なく前だけを向いていればいい。ぶら下がって足を引っ張る相手に人生を浪費する必要はないんだ。なんでそんな簡単な事もわからないの?)
 思い通りにならないと不愉快なのは、ボクの身勝手とは理解している。
「そういう意味じゃないよ。待って、じゃまた別の子紹介するよ。その子は結構日本語も出来るし、ちょっとオリエンタルな感じもあって気に入るかと」
「いいですって」

*

 王子の知りあいはみんな王子だ。適切な距離感、人当たり、自我がはっきりくっきり明瞭だ。着こなし一つとってみても、美点欠点もしっかり把握した上での最高のコーデで、美しい足取り、身振り手振りで、周りの者を魅了する。けれどやっぱり不思議な事に、王子と居れば引き立て役だ。あんなに皆美しくても、あんなに性格が皆よくても、隣の王子にはまるきり敵わず、ただの添え物になってしまう。見る度興味をそそられるのは。
(この人らはみんな王子の友達止まり。では、王子のお眼鏡にかなった女は、実際どれだけ上物なのか)
 俺の頭の中は下世話な想像で一杯になって、その度ふるふると顔を振った。
「全くキミッたら難しい子だね」
「スイマセンねぇ、難しくって」
 ブスったれる事しか出来なかった。
「女性に夢見過ぎなんじゃない?もう少しフランクにこう……」
「だから、もういいンですって」
 何よりも楽しいのは、皆で食事を出掛けた後の、王子と二人の帰り道だ。諦めを知らない王子はいつでも果敢で、次を考え、提案を続け、
「王子」
「ん?」
「俺思うんですけど、あんたがそのしつこさでプレイすりゃどんなにか」
と腐し、いなしながら時を過ごした。女性を紹介されるのは嫌だ。でも王子と二人の時間がもっと続くといいと思った。

*

「ねぇ、今日も駄目なら流石にもうキミに紹介できるような子が」
 とうとうネタ切れだと溜息をつけば、
「そッスか。なんつーか、お疲れ様ッス」
と彼は、ボクをねぎらうのか、からかうのか。
「……?何ッスか?」
 ぶっきらぼうなその表情に、ボクはもう一度溜息が出た。もう彼と過ごす為の理由がない。ボクの寂しさを彼は知らない。

*

「あの、王子……」
 帰り道。別れがどうにも忍びない俺は。
「悪いんですけど……便所……」
駅までもたない、と小声で言って、無理矢理手近な店に付き合わせた。
「あの、スイマセンなんか」
「いいから早く行っておいで」
「……はい、じゃあ」
「ごゆっくり」
トイレを済ますふりをしながら、何をやっているのかと気落ちする。それでも心弾ませて席に戻ると、横顔の美しさに目を奪われた。意識してなのか、無意識なのか、王子はいつでもサマになる。
「ああ、ザッキー」
 声を掛けられて我に返る。ほんのコーヒー一杯の猶予を、大事にしたいと密かに思った。

*

 道行く人々を眺めながら、他愛無い話を続けていた。何を話したかもわからない程、ボクの心は上の空だ。
(ここを出たらもう)
 そんな時、つい先程盛り上がっていた話題になった。中指人差指の長さがどうのと、女の子たちがさも好みそうな、占いじみたあの話。
「それにしても王子の手って綺麗ですよね」
「えー?そうかい?別に普通じゃないかなぁ」
 手を表裏させてボクが言えば、ザッキーも自分の手を出して眺め始める。
「ザッキーの方が綺麗じゃない?バランスがいいっていうか」
「いや、俺こそ普通で」
「結構手のひら、おっきいね」
「王子の方が大きいですよ」
 二人手のひらを並べ寄せて、よくわからない、とボクが合わせた。ふと触れてみたく思ったからだ。
「似たようなもんかな」
「ッスかね」
少し汗ばんでいた彼の手のひらに、ちょっとだけボクはドキリとした。女の子達の手と全然違う。固くて、しっかりしていて、同じサイズで。
「指は王子の方が長いかも?」
「……」
 指と指の合間から見え隠れする、綺麗で鋭い飼い犬の目。彼のその目は何を見るのか。誰ならお眼鏡に適うのか。
「王子?」
(ボクは?キミのお眼鏡に、ボクは適う?)
ふと考えて、首を振る。

*

 別にどうでもいい行為なのに、王子と手を合わせて緊張した。王子の心はふとお出掛けで、何を追うのか気にかかる。
「人差し指が長いと頼りになる自信家、薬指の方が長いとチャーミングで愛されタイプ、か。女の子っていうのはなんでも楽しんじゃう生き物だねぇ」
首を振った王子が手を離して、しみじみといった風にそれを呟く。
(王子、今、女の事考えてる……)
 ザワリと不快な感覚が湧く。
「長さが一緒なら平和主義?平和主義なサッカー選手なんて、それってどうなのかね?ねぇザッキー」
チームメイトの話になった。誰がどんな指なんだろうと、想像から推察を導き出す。俺達は程々に盛り上がった。けれど不快は治らなかった。男だろうと、女だろうと、他の奴の事を考えている、王子の笑顔が嫌だった。
 
*

 店を出て。
「やあ、いい月だねぇ」
「月?」
きょろきょろと辺りを見回してみれば、ビルの隙間からそれが見えた。イルミネーションは色とりどりで、夜空を気にする人もいない。王子の視界は本当に広い。
「満月?凄いハッキリ見える」
「めっちゃ明るいッスね」
「待って?……今日って……あぁ、そうか十五夜……?」
突然クスクスと楽しげに笑う王子。
「ザッキー、これでまた来月キミと会わなきゃならなくなっちゃったね」
俺には意味が通じない。
「知らない?栗名月。片見月って縁起が悪いっていうらしいじゃない」
「片見……?」
「まあいいや。後日話すよ。だからザッキー、十三夜の日にまた」
 そよぐ秋風が王子の髪を弄んで、そのままふわりと過ぎ去っていく。俺はそれに魅入ってしまって、意味もわからず頷いていた。彼は俺にひらひらと片手を振って、月夜の雑踏に消えていった。
(よくわかんねぇけど、来月また王子と会えるのか)
 寂しさがちょっと紛れた気がした。

*

「王子の言ってたの、わかりました」
 十三夜の日。初めてボク達は二人で会った。
「詳しいッスね。俺今まで十三夜なんて聞いた事ありませんでした」
「たまたま以前見たニュースで言ってたんだよ」
彼は少し緊張していた。そう気の張る店でもないと案内したが、どうも味どころではないらしい。声が少し上擦っているし、視線もふわふわ落ち着かない。

「やっぱ王子は話題豊富ッスね。きっと彼女も退屈する暇全然なさそうな」
ボクの交友関係の話をされると、いつも少し戸惑ってしまう。そんな話はどうだっていい。
「王子?」
「……会話なんて別にサービスのつもりでやってるわけでもないし。だから、あんまり考えた事はないかな」
少し棘のある言い方になった。彼に気付かれないといい。
「そ、ッスね」
微妙な空気になってしまった。自業自得と奥歯を噛んだ。こういう流れは好きではない。だってもっと楽しく語り合いたい。せっかく一緒にいるのだから。
「……キミは?」
「?」
「退屈。ボクと一緒にいて、つまんないなって事、ない?」
「も、勿論ですよ」
「ならよかった」
「……王子は、なんていうか……こう、満月みたいな人だから」
「満月?」
「太陽みたいだって思う事もあるけど、どっちかというとあれほどガツガツした感じじゃなくて。でもそのままで十分完璧っつうか。ほら、太陽は昼間空に出てても、わざわざ存在なんか感じないでしょう?満月はこう必ず満月だなって意識するし、見たらいい事あるような気さえして」
「何それ」
 笑ってしまった。
「……そこに居るのが、当たり前じゃない。そんな感じもなんだか……満月と王子って雰囲気が似てます」
彼は真顔でそんな事を言う。月を見上げるその横顔がとても綺麗だと思った。

*

「ならキミは十三夜だね」
と王子は言って、遠い目をして月を見上げた。いつも以上に美しく感じた。
「『十三夜に曇りなし』ってね。中秋の名月の次に綺麗とされているんだけど、ボクは、欠けたるものは満つる為っていう、そういうものを愛するに至る、日本特有の考え方が結構好きだな」
「……」
「未完成だからこそワクワクする。キミはこれからの選手だから」

*

彼がボクを満月に例えて、それはとても光栄と思った。けれど満月は欠けていくだけ。ボクはそんな事が気掛かりだったり、気取られまいと笑ったり。気楽が一番のボクのスタンスでは、太陽の普遍には届かない。
(ザッキーは何気によく見てるよね。時々なんだか笑えてしまう)
 まさに選手として全盛期である年齢を迎え、ふいに未来が真っ暗になる。ボクみたいな運動量で勝負しないタイプは、選手寿命的な意味では長く持つだろう。けれどボクはやりきったとして、後悔無き日々として終わらせられるか。

*

「もっともっと、キミはよくなる。キミとの日々はとても楽しい」
 目を細める王子にドキドキした。なんだかいつもと別人に思えた。
(っていうか、王子がこれ程率直に俺との時間の話をした事って……)
王子が食べる姿を見るのが好きだ。視線に指先、そして口元。意外な程食欲は旺盛、なのに仕草が美しい。
(よどみなく食べるんだよなぁ……あと、皿まで凄く綺麗なままで……)
思わず釣られて口が開いた。
「食べないの?冷めちゃうよ?」
いつも王子に言われて慌ててしまう。王子は俺を見てまた笑う。彼の無駄一つないその優美さは、エロティシズム紙一重の芸術だった。

*

「ザッキーさぁ」
 帰り道。別れが忍びないボクは言った。
「はい?」
「まだ、お腹、余裕ある?この前寄ったあの店にさ……」
そうしてボク達はあの夜のように、通りがかりの店に立ち寄った。
「王子、俺、ここの分は俺が」
「いいんだよ別に」
「いや、でも」
カウンターでの注文で四の五の四の五の。いつもとても無粋だと思う。
「せっかくの栗名月だもの。御代はモンブランを食べてるキミを見させてもらうだけで十分さ」
口でボクに勝とうなんて百年早い。なのに彼はいつもそんなで、とても可愛いなんて思ってしまう。

「……うまい」
「そう?良かった」
 ザッキーと食事に行くのはとても楽しい。みるみる食べ物がなくなっていく。
「?」
ボクがあんまりジッと見るので、居心地悪そうになるのも可愛い。
(ちょっと性格が悪いね。ボクときたら)
好きなものを前にすると、彼の頬は微かに弛む。クールを自認するザッキーはその実、ただの純朴な少年みたいだ。
(尻尾が生えてたら、きっとパタパタしているね)
大胆に切り分けて大口で食べる。モゴモゴしながらゆっくり味わう。最後の一口になると一旦手を止め、なくなる事を少し偲ぶ。
「足りなければもう一個頼んでもいいよ?」
「え?いや、いいッスよそんな」
彼は必ずそれを固辞する。わかっているのに意地悪を言う。
「「そんなに食べたら体脂肪率が」」
いつもの台詞をかぶせていった。二人でクスクス笑ってしまった。ボク達の会話はいつも他愛無い。何を話していたのかも忘れるほどに。

「あぁ、楽しい」
あぁ、楽しい、と本当に心から。
「俺もッス」
するとザッキーもボクに言った。たったそれだけの事がとても嬉しい。そして。
(あぁ、もうすぐ時が終わってしまう)
ほんのコーヒー一杯の猶予を、大事にしたいと密かに思った。
(飲み終えてしまう……モンブランもあと一口しか)
ボクは切なさにもうそれ以上、フォークを進める事が出来なくなった。でもそれはボクだけではなく。
「ザッキー、もうそれご馳走様なの?」
「違いますよ。ちゃんと食べます」
「なら」
「王子こそ」
「ボクは……」
「わかりますよ、美味しかったですもんね。食べ終わるのが勿体ないんでしょう?」
 したり顔で言う姿も可愛い。だから、こう言うしかなかった。
「うん、凄く勿体なくて……」
モンブランが、じゃなく、過行く時が。このままキミを見ていたく思った。

*

 あれから随分長居をしてから、俺達は店を後にした。
「王子があんなの、珍しいッスね」
「……」
 ビルの隙間からは十三夜。見上げる王子はやっぱり綺麗だ。
「いつまでですかね」
「ん?何が?」
「モンブランッスよ。期間限定でしたよね」
「どうだろう」
「取敢えず、そんなに気に入ったらまた行きゃいいんじゃねぇッスか?」
「え?」
「栗名月限定ってわけでもないだろうし」
 今日は十三夜、栗名月。満つる為にある欠けなのならば。
「付き合ってあげますよ、また」
王子が欠ける事で得る寂しさならば、その穴を埋められるのもまたこの人だけ。多少それが強引であっても、俺は欠け続ける事に耐えられない。

「いつにしましょうかね。王子?」
 さりげなさと冗談とノリを沢山沢山言葉に混ぜて。そんな俺に王子は言った。
「……いつでも。ザッキー、いつでもいいよ」