幾久しく幸多かれと2
【3222文字】
続きのニーズが特になさげだったのといいお題がひけなかったのとで、本題に入る前の試合の場面だけ書いて放置状態で今に至るやつです。情けない(๑*д*๑) この先の部分、個人的には割と好きな話だったはずがお題にこだわったのがいけなかったかなぁ。これもオチは気が向いたらMEMOに。もちろんこの試合はあのカズがゴールを決めた震災後のチャリティマッチが下敷きになっています。感動しましたよねー。
「ご無沙汰しています!」
「やあ、バッキー。元気だった?」
「はい!」
「ハハ、訊くまでもなかったね」
「……本当は興奮し過ぎて昨晩なかなか寝付けなかったンスけど」
「おや、そうなのかい?」
成長過程だった僕の子犬、もとい、世話係も、随分立派な選手になった。自分のお気に入りの輝く姿は、僕の心を満たしてくれる。
「ザキさんにはもう逢いましたか?」
「ん……まだだけど」
「あっちの方にいましたよ?俺呼んできますね」
「いいよ、バッ……」
言うより聞くよりも先に駆け出していく。その背もなかなかに懐かしい。けれども僕はそれが戻ってくるのをあまり待つ気にはなれなかった。
*
「ザキさーん!王子があっちに」
椿が俺を呼びあの人の名を口にするので、心臓が縮み上がる思いだった。
「どうかしましたか?」
(そんなこととっくにわかってるよ。だから俺は見えないような場所に隠れて……)
「?」
「いや、そうか、今日来てたんだったなと」
「ええー?そんな感じッスか?俺なんて監督と王子に会えるの物凄く楽しみにして指折り数えてたくらいなのに」
こいつの屈託のない笑顔は昔から変わらない。そして、
「……まあ、そうは言いつつ……最近は胸張って会えるほどいいプレイ出来てないんですけどね……」
くるりと表情が暗転してすぐに肩を落としがちなのも相変わらずだ。やれやれ、とついつい励ましてしまうのも、本当に何度繰り返してきたことか。
「何言ってんだ。難しい節目には必ず結果出してきてんじゃねぇかよ。五輪選ばれて尻込みしてた頃が懐かしいぜ」
「そ、それは言わないでくださいよ!一体何年前のことだと」
少年のような澄んだ心が、単純に眩しく、羨ましく。あの頃からこれまでの時の流れが、自分の中でみるみる幻になる。今はいつで、何が希望で、どれが本当の現実だろうか。
「……まあそれはいいんで!王子待たせてるんで早く行かないと!ほら」
何も知らない椿は、あまりにも簡単に俺の腕を引き、そうして素知らぬ顔をするのが精一杯の俺はその実、胸がパンクするほどの緊張感の中にいた。
「王子!ザキさん連れてき……あれ?」
そして、俺の震えなどお構いなしに、あの人はそこになどいなかったのだった。
*
「おっかしいなぁ」
きょろきょろと椿が辺りを見回していて、それでもあの人の姿はなかった。
「いいよ椿。誰かに呼ばれでもしたんだろ」
「……」
「王子も今日は色々と忙しいだろうから。行こうぜ」
椿は別に自分が悪いわけでもないというのにしょげかえる。相変わらずだ。こいつは今でも不思議なくらいに、俺の弟分のままでいる。
(俺達のこの縁も今にして思えば、あの冬のキャンプの時に王子が結んだんだよな)
バッキー、ザッキーとあの人は呼んで、俺達を存分に走らせた。
(懐かしいな。ほんのわずかな時間のプレイだったのに、今でも鮮明におぼえてる)
まともに会話をしたのはあれが初めてで、笑いかけられたのも初めてだった。あの人に追い込まれた筋肉は軋んで、乱れた息は鎮まらなかった。まるで叩きのめされるように自分の至らなさを痛感しつつも、それでもそれは明らかに王子があの日俺に刻み込んだ、サッカーの可能性のひとつだった。
――知らないのかい?フォローっていうのは、つまりこういうことなんだよ
王子は自分をフォローしろと俺に口にしながら、明快なほどバックアップをしてくれていた。王子は椿を自由に走らせながら、援護の俺をも簡単に支えていたのだ。おそるべき視野の広さ、精密なプレイ。絶対的な存在として、あの日の王子はそこにいた。あんな体験は初めてのことだった。
(……はは、今思い出しても、笑えるほど興奮する)
その官能は残酷的なほどの衝撃であり、それはまた椿も同じだったと言った。俺達は生まれる前の殻の中のひよっこで、外界からコツコツと刺激を与えた王子は、親鳥のようなものだった。あの人は未知の世界を俺達に教えた。王子と監督と二人がかりで、俺達に羽ばたくことの意味を伝えた。
