お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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夢喰いの部屋

【6399文字】
ジノザキアンソロの没原稿です。一ページ目はアンソロの規定文章。ドロッドロなプロットだったんですけどライトにしようと削ったり筋曲げたりしたら収拾つかないことになってしまいました…めっちゃ没っぽい空気感ですね

        ジノザキ

 そもそも見せたくない場所があるというなら、見られないようにするべきなのだ。鍵を掛けるなりなんなり自衛を行い、見られないように防げばいい。けれど王子はそうしなかった。笑って「おあずけ」と言うだけだった。
(まあな。元々そういう人だよ、あの人は)
 俺はそもそも我が強くて、やみくもに首を縦になど振りはしない。だからこそ王子はそれを強いる。自分は例外に違いないと、番犬の忠誠を信じている。

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「ったく……わざわざ人を呼びつけておいて『その辺、掃除でもしておいてくれるかい?』って出てっちまうんだもんなぁ、あの人は!」
 悪態をつきながらも、結局俺は指示に従う。何故なら三つの厳命以外の、全ての自由を彼はくれた。
――いいよ、君にならなんでも見せられる
僕には裏も表もないよと笑い、けれど、
――ただし、あの部屋以外はね
と。
「本当に見ないって信じ切ってんのか?」
掃除をしながら考える。
「それとも本当は俺にこっそり見て欲しいとか?」
王子の本音がわからなかった。呼んでは出掛け、留守を頼む。餌をぶら下げて去っていく。
「『あれ?掃除って、てっきりこの部屋もするのかと』なんて……そんなこと言ったら一体どんな顔するんだろう?」
俺は色々、考えてしまう。チャンスを与える王子の心を。
(そうだよ。別にわざわざ何か言わなくったって、勝手に入って黙っていたって……)
扉の前でしばし佇み、鼻で笑ってリビングに戻った。忠誠と反逆、どちらを選ぶか?自由はいつでも俺の手にある。
(見ようと思えばいつだって……今すぐだって出来なくはなくて……)
大画面に映るクイズ番組なんて上の空で、俺はあの扉を夢想する。いつでも開けるあの扉を。

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「ただいま、ザッキー。今日はゴメンネ?」
 王子は突然の飛び込みの取材には辟易だと言いつつ、軽く俺の頬にキスをした。ただいまのキスは嬉しいものだが、無意識に女の気配をチェックをしがたる、そんな自分にはうんざりする。
(……どこの取材ッスか?掲載誌の発売はいつッスか?)
簡単な質問ですら、口に出来ない。
(担当の人、美人でしたか?)
知りたいことなど、もっと言えない。
(言えるわけねぇよな……疑っているのだと思われたなら、それこそここにはいられない)
 王子の前ではいつもこうだ。たくさんの言葉を俺は飲み込み、俺は俺らしさを失っていく。
「……どうかした?」
俺は色々考えてしまう。俺にはわからない王子の心を。
「ん?」
何かを言いたげな俺に気付いて、王子は小首を傾げながらふんわりとハグした。心に何かが込上げてきて、黙って王子にしがみ付いた。
「ザッキー?」
言えない、聞けない、俺の問題。王子は自由を俺に与える。俺が自分を不自由にしている。聞けない俺は知りたかった。ありとあらゆる全ての王子を。

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「覗き見るつもりはなかったんです」
ある日、ぽつりとそれを告げて、王子の無反応に少し驚く。
「すみません」
俺が小さく謝罪すれば、王子はしばらく間をおいてから首を振った。
「怒らないんですか?」
「何故?」
「王子との約束を破ったから」
重大なことをしでかしたにしては、あまりにリアクションが薄すぎる。それに拍子抜けしてしまう。
「……王子?」
薄っすらと笑う王子にドキリとした。確かにその口端は軽く持ち上がって、なのに目が一つも笑っていない。
「いいんだよ。破らせるためにした約束だから」
「……破らせるため?それって一体どういう……」
王子を見ているだけで鳥肌が立つ。怒られるよりも悪いことが、すぐ目の前に迫っているのが見えた。

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「随分と殺風景だっただろう?窓も何もないただ真っ白な部屋」
そう、びっくりするほど何もなくて、だからこそ中央にポツンと置かれた椅子の魅力に、俺はとても惹きつけられた。
「君は想像していたよりもとても律儀で、思ったより時間が掛かったな。あの椅子に座らせるの」
言われてあらためて気付かされた。鍵のない部屋、破るための約束。王子の目的はそこだったのだ。けれど少し腑に落ちなかった。何故わざわざこんなやり方を選んだのか?そんな俺の疑問を無視するように、王子は静かに話を続けた。
「座った君はすぐに夢を見たね?」
何故それを王子は知っているのだろう?言う暇も与えずに王子は言う。
「見たんだね」
ただコクリと頷くだけでは、王子は納得しなかった。
「憶えてる?よね?とてもクリアな夢だったはず」
だから、うながされるままに夢の説明をした。王子と二人で過ごす幸せな夢を。
「……で、さっきも言いましたけど俺はここに住んでる設定になってて、その辺にマットとか敷いてストレッチしながら……王子は酷いンスよ、負荷かけてあげるだなんて言いながら腕立て伏せしてる俺の背中に……」
幸せな幸せな他愛無い生活を、俺はくまなく王子に告げた。随分長い話になったが、王子は黙って聞いていた。
「……って感じッス」
「……」
「王子?」
「え?」
「聞いてました?」
 王子は何やら考えていた。
「そう、か。想定外だったな。君がそんな夢を見るだなんて」
とても複雑な顔をしていた。
「どういう意味ッスか?」
「てっきり海外で大成する夢でもみるんだとばかり……」
王子はまた何か考えていた。

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 しばらくしてから何か吹っ切れたように、王子は明瞭な口調で俺に告げた。
「お別れだザッキー。残念だけど」
「は?」
「ズルいことは出来ないものだね、僕の負けだ。おめでとう」
「だからどういう」
 錯覚でも予想でもない。悪いことが起こっているのは確かだった。そしてそれがもう決定的であることすら、不思議に確信出来ていた。あの部屋の扉はパンドラの蓋。今、二人の世界は悪夢に飲まれて、欠片の希望も見つからなかった。

*

 王子の突然の別れ話に、最初俺は動揺していた。けれど、途中から流れが変わった。いわゆる、百年の恋も冷める日は来る。
――あれは夢喰いの椅子
と、あの夜、王子は俺に言った。
「夢、喰い?」
「そう。座った者の夢を喰いつくしてしまう。別名絶望の椅子とも言う」
王子は、俺の夢を喰わせようとしたのだ。海外で大成するという俺の夢を。それは紛れもなく悪意だった。王子はただ縛することだけを考えており、俺の人生を潰そうとしたのだ。
――椅子を探し、知らずに座らせ……全部がうまくいったはずだったのに……なにもかもが完璧すぎるほど計画通りで……なのに
 あの時の悪魔を思わせる王子の笑みは、今でもはっきりと憶えている。ああいった人間がこの世にいることを、俺はあの日まで知らなかった。正視出来ないほどのあの眩さは、輝き全てが嘘だったのだ。
――君は……僕と君の時間を喰わせてしまった
俺達が壊れたのは椅子のせいではない。王子の本性と俺の愚かさが、あの日の別れを導いただけだ。
――見てしまったならどうしようもない。椅子の法則は『絶対』だからね
あんなに美しく思えた彼の姿が、とても醜いものに思えた。俺の恋を壊された。王子はそれを椅子のせいにするので、更に彼が醜く思えた。俺は恋が怖くなった。

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 王子と微塵もかかわりたくなかった。その思いが練習に向かわせた。ボールを蹴っていれば、無心になれた。負った深手も、裏切りの空虚も、ピッチにいれば忘れられた。
(これも椅子の効果なんだろうか。いや、違う。全部あの人の悪意と俺の馬鹿さの……)
 時折、王子が俺を見ている。溜息の漏れるような失望の苦笑。別離を刻み込まれる去りゆく背。
(違う。違う。俺のせいじゃない。騙されていたのは俺なんだから……わかってよかった。これでよかった!)

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 椅子の法則は絶対だった。夢に喰われた俺達二人は、いるだけで不快の火花が散った。二人にしか見えない亀裂の溝が、日を追うごとに深くなった。一体この人は誰なのだろうと、違和感は違和感を呼び俺を苦しめた。俺の知っているあの人はいない。椅子に喰わせて殺してしまった。

――何故君は僕を殺したの?

 遠くでかつてのあの人が言う。目の前のあの人はただの他人で、俺はここが怖くなった。逃げ出すようにオファに飛びつき、ただがむしゃらにボールを蹴った。離れていれば少しはましだ。それなりの成績も残せたりした。どんな嫌な奴も王子ほどではなかった。笑顔で陥れる悪魔ではなかった。

――椅子の法則は『絶対』だ。酷いよザッキー。残念だ

――君と一緒にいたかった

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『あの、伝説の……の椅子がこの度ようやく発見……』
「え?今の……?」
 ある時たまたまついていたテレビで、忘れられないものを見た。
「間違いない。夢喰いの椅子だ」
木製のひじ掛けの細工だけでも一発でわかる。
「そうか、あれってイタリアの古い伝統工芸だったのか」
 皮ももちろん一級品で、丁寧な手入れもされてきたのだろう、艶めかしいまでの光沢があった。
「そう、あの椅子はまるで王子のようで……」
苦しくてチャンネルをかえたくなって、なのになんだか出来なかった。今でも呪縛が解けていない証拠だった。逸らしたくても目が逸らせない。
「ったく、ろくでもねぇ……」
 あの日、俺は椅子の虜になった。かつて王子に心奪われた時のように、ふらふらと惹きつけられて俺は座った。夢ごと、俺は椅子に喰われたのだ。あれからずっと逃げ出せていない。
「たかが……こんな椅子……」
毎夜、椅子に座るあの夢を見る。切に願ったあの人との夢を、俺は何度も椅子に喰わせた。日を追うごとに甘く切なく、そんな夢を喰われた夢を俺は見る。そうしていつでもその夢の最後に、足を組み椅子に座る王子が笑う。切なげな微笑のその美しさに、今でもがんじがらめにされている。

――何故君は僕を殺してしまったの?

――僕を愛していると言ったのに

――酷いよザッキー、残念だ……君と一緒にいたかった

そんな王子は椅子に喰われて消えていく。何度も夜ごと、繰り返す。泣きながら目覚める朝もある。俺は後悔しているんだろうか。

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 番組はあれをこう説明した。
『数百年ぶりの再会に……をはじめ、街の人々は歓喜に包まれ……』
「結構すごい椅子だったんだな。あんな呪いの椅子なのに」
街のシンボリズムでもあるその椅子には、巨額の懸賞金がかけられていたらしい。それはイタリア国内でも有名な話だったそうだ。だが、今回この椅子を寄贈した人は受け取りを拒否し、名前も非公開を願ったのだとか。
「……王子らしい」
 あの人は俺を嵌めるためだけにそれを探したので、他のことはどうでもよかったのだろう。
「しかし、何百年も見つからなかったようなものを……あの人の強運も大概だな」
そこまで思ってハッとした。
「……でも、そうか……結局、彼の策謀は失敗したんだっけ」
俺はあの人の思い通りの、そんな夢を見なかった。俺は俺の大事な夢を喰わせなかった。王子の強運に俺は勝ったのだ。

*

 そしてとある遠征の時に、椅子のあるあの街を訪れることとなった。そうして、ようやく俺は知ったのだった。信じられるわけがないと、愕然として会う人会う人に問いただした。けれど街の、どの人も言う。
「そうですよ?イタリア人なら知らぬ者はいない」
 椅子の持つ力の確認を何度も何度もし続けて、そうして俺はあの日の嘘を、王子のついたその意味を、ようやく考えられるようになったのだった。
――椅子の法則は『絶対』だからね
そう、王子はあの街の人々と同じ言葉を、あの夜確かに俺に告げた。絶対を口にしながらあの人は口元だけの笑みを浮かべた。そしてあの目を俺は憶えている。悪魔に見紛う冷たい瞳。ずっとそんな風に捉えてきたのだ。なんの意味もわからないままに。

*

「椅子の法則は『絶対』だからね」
 久しぶりの再会で王子は言った。
「何をやってももう僕達は壊れなくなった。だから安心して君を送り出せたよ」
 どんな思いでそれをやったか?俺が人生を豊かにするのに、俺に恨まれることをも厭わずに。そのことだけで胸が詰まる。居ても立っても居られなくなる。
「おっと」
飛びつく俺を体で受け止め、王子は昔と同じに俺を包んだ。あの時のあの目をまた思い出す。あれは王子の決意だった。ほんの僅かの揺らぎもない、強く、固い信念だった。
「馬鹿かよ!なんで、そんな……俺のこといつも騙してばかりで……」
「騙されやすい君が悪い」
「……ッ」
「嘘。悪くないよ、すごく可愛い」
昔と同じ、耳元の囁き。昔と同じ、優しい甘噛み。
「またそういう言い方で誤魔化して」
「誤魔化してなんか」
「誤魔化してます……よ……」
「……」
「もし俺が気付かなかったら……本当にもう二度とっていう今生の別れになっていたかもしれないのに、王子」
伝説はただの伝説に過ぎないと、その可能性だってゼロではなかった。王子が考えないわけもない。
「信じるなら楽しいことの方がいいと思わない?」
あの日の瞳をまた思い出して、その愛の強さに涙が零れる。
「君が一番に願ったのがあれだったんだ。ただそれだけで本望さ。そして……現に君は戻ってきた。今更どうだっていい話だよ」
そうしてまたいつかの二人のように、あとは唇を合わせるだけでよかった。どんなにこれに飢えていたことだろう。得ることで全身が思い出す。
「今、僕はいわゆる最高の気分だよ。だって、君は椅子にも頼らず、誰にも頼らず、自分の力で夢を叶えた」
「……」
「一人で夢を成し遂げた。すごいね?でも絶対大丈夫だって信じていたよ」
それは違うと言いたかった。
(王子がああしなければ今頃俺は……)
なのにもう何もかもが真っ白になる。
「偉いね。さすが、僕のザッキー」
触れられるところ、キスされる場所、全身がみるみる活性化されて、久しぶりに愛を受けてむせび泣く。あんなに怖かった恋心が、一秒ごとに蘇る。
「君の夢のために椅子を探した。そんな僕がまるで馬鹿みたい」
王子はいつでも後出しじゃんけん。負けたふりをしながら全てに勝つ。いつでも懲りずに俺は騙され、種を明かされ、愛に震える。
(馬鹿は俺だ……王子はこんなにも俺のことを……)
 俺の人生のために俺を放棄し、ただただ黙って俺を待った。王子の愛は真摯で強い。それを感じるがままにまた震える。

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【夢喰いの椅子(ゆめくいのいす)】
夢を喰う椅子。汚れた人間が座って見た夢は、椅子が食べて実現不可能になるとされている。
ただし、椅子の意味を知らない無垢なる者がそれに座る時のみ、見た夢は100%実現する。代償は「椅子の所有者」の運、命、夢のいずれかであり、選択は椅子の気紛れによる。また、代償の大きさは夢の実現度の困難さに比例する。職人が病弱な依頼主への愛の全てを刻み込み、だが主はその完成を待つことなく天に召された。イタリアでは一種の神器的な扱いをされている一品であり、過去には血で血を洗う闘争が行われていた時期もあった。長く○○家の全焼の際に失われたとされていたが、今年○○○年ぶりに発見され、現在は寄贈された●●●博物館に期間限定で展示中。

      ジノザキ