番犬と飼い主の奇妙な生活
やがて離れ離れになる二人の未来を思い、ジーノが赤崎にさせたこと。ハロウィンの月ですね、吸血ネタです。特殊エロ、閲覧注意。カニバリズムとまではいきませんが、コンセプトはかなりそれに類似していますので苦手な人は避けるが無難。
精も根も着き果てて抱き合う。そんなまどろみの中で、王子が言う。
「つけて?ボクはキミの王子なんだって印」
今、体には沢山の愛の痕跡があった。俺がもうこれ以上そんな必要はないのだと王子に身を寄せると、
「ゴメンね?もうキミを試すような事なんてしない。だから。お願い」
と言う。
「王子」
「お願い。これと同じに」
俺の首元にキスしたその時、王子の目の中に言い知れぬ何かが灯って燃えているを見た。
――対でなければ意味がないから
俺は今日王子を怒らせてしまったので、王子に罰せられていた。罰と言っても大袈裟なものではない。こんな行為、ただの遊びだ。
罰は首元の噛み傷だった。ほんの数ミリ、深さも皮一枚程度の、まるで虫刺されを思わせるほどの小さな小さなそれではあった。だが、その罰は意外なくらいにヒリヒリと痛むものだった。丁度服の襟ぐりが擦れる箇所で、時にはかさぶたも剥がれてしまう。ぴりりとしたものが走るとともに、プツンとまた血が染み滲む。小さい割にはなかなか消えない。
王子の怒りは小さな棘だ。これをつけられた何日間かは、罰のことばかりを思い浮かべる。痛みを体に感じるたびに、それが反省を俺に強いる。ある意味これはプレゼントだった。傷は愛を思い出させる。
「ザッキー……」
すらりと首筋を伸ばして晒す姿は、まるで祈りを捧げているかのような尊さがあった。
「でも加減とか全然」
俺は王子を罰したことなど一度もなくて、今まで気付きもしていなかった。罰の痕とは所有者の印で、気位の高いこの王子は、その烙印をこそを今、欲していた。互いが互いを所有し合う、執着と独占の激しい愛を、飢えて、切に、願っていたことを感じた。俺は与えられたのと同じ形の、愛を求められたのだ。
「……」
そう、俺は今強く求められた。同じ愛、同じ強さの。王子がこれをすることを、俺はいつでも受け入れられた。だが。
(やったこともねぇし、やりたいと考えたこともなかった。でも、やらないわけにはいかないんだろうな……こうなってしまったら王子はきっと譲らない)
俺の躊躇をみてとったのか、その背を押すように王子は更に。
(白い……そうだよなぁ、王子、日頃から襟を立てたりして隠しているから……)
すっと差し出される柔肌の首筋。見下ろすような流し目に宿る炎は青く涼やかなほど熱く、そして『ここに』と強く指示している。あくまでも静かでさりげない仕草でありながらも、なのに、受け取る者への覚悟を強いる、そんな愛の表現だった。これが王子の愛だった。
(やるしかない……んだよな)
傷が対になれば何が起きるか。俺にはなんとなく想像がついた。彼は自分がやった以上の犠牲を俺にさらに求め、所有者の権限で喰らいつくに違いない。そうして愛を限りなく囁くだろう。交互に与え搾取し合う、そんな雪だるま式に膨れ上がる愛を、人は天国と言うのか、地獄と呼ぶか。
(ヤベェ、ビビる)
王子はそっと目を瞑った。俺が従うと信じていた。
*
「……いきます」
やがてゴクリと生唾を飲み込み、意を決して俺はこう言った。王子が僅かに微笑んだ気がした。
(……めっちゃドキドキする)
息をする事すら忘れたまま、俺は首筋に唇を這わせた。触れた瞬間、ゾクリと背中になにかが走った。
その瞬間を待つ王子の期待が、優しく絡みつく腕から感じられる。おどおどと僅かに歯を立てれば、
「ザッキー……やだ、くすぐったいよ」
我慢しきれないと肩がピクリと揺れたりする。なんだか不思議な艶めかしさだ。それから俺は舐めては噛んではと繰り返して、漏れる吐息にさらに誘われ。
やがて、とうとう俺は王子をチクリと食んだ。ちょっとやり過ぎたかと緊張したが、抱き合う王子の全身からじんわりと充足が伝わってきて、思わず胸を撫で下ろした。
口の中に広がるのは、初めて知った王子の味。ゾクゾクと全身に興奮が広がり、俺は軽く眩暈を起こした。何故ならこれは王子の生の一端の味。あまりに悪しき愛の倒錯。
(やっぱ、大きく噛みすぎだったかな。王子が俺にする時よりも血の量が……)
止まれと思いながら吸いついていると、味が喉の奥まで届く気がして、そのことにさらに欲情した。
*
「つけましたよ、印」
見れば、虫に刺されたみたいなささやかな傷。
(良かった。もっといっちまったかと思った)
俺達二人以外には意味なさぬ痕が、無事王子の首元を飾る。なんだか奇妙な感情が湧く。プツンと湧き出る小さな赤を見ると、ゾクゾクと興奮がまた広がる。
(……わ、とまんね)
だから、もう一度傷に導かれるまま、誓いも込めて唇を這わせた。
(王子……)
みるみるその味の虜になって、四肢が痺れて体が震えた。
(なんだか変だ……)
舐め終わってぼんやりとしている俺を見ながら、王子は何もかもわかっているかのようにうっとりと笑った。
「……?」
熱がぶり返していく。血の味を知った後の俺の体は、王子の夜を強く欲し狂い始めた。
「良かった。これで対だね」
触れられることに不安を感じた。
「あの、待ってください、なんか俺、今……」
「シッ、いいから」
フェティシズムの目覚めを祝うかのように、王子も俺の首元にある傷に口づけをした。
「ぁ……ッんぅ」
かさぶたを喰われ、俺がしたように血を啜られると、未知なる快感が駆け巡った。王子の一部にされてしまったことを、概念的な意味合いではなく丸ごと体で感知したのだ。
「王子、何、し……」
そしてその感覚により更にわかったのは、さっきの俺がやったことの業の深さだった。互いを食み合ってしまった罪深い俺らは、やはりこの瞬間からセックス以上の繋がりを得ていたのだった。命ごと血を、体を、全てを供物のように享受しあって、強く、激しく興奮していた。
「あ……ぁあ……王子……」
「気持ちいい?」
対なす意味を体で察した。もっと搾取されたいと強く感じた。まだ口に残る血液の味が、俺の喉を犯している気もした。俺が理解するずっと前に、全てをわかっていただろう王子が言った。
「もっと?」
欲望をそっと促すこの一言に、なんのためらいもなく
「も、……っと」
と応えた。そうして、今まで何度もされていた行為が全く別物になっていった。
「王子、もっと……あ、あ……」
吸われると全身の毛細血管の隅の隅まで、王子に愛撫されているような感覚になった。吸うと、口から喉をつたって、胃に到達する。王子を奥まで取り込む気がした。血は匂いになって肺をも犯す。もう王子が知らない俺は居ない。全身に王子が行き渡っていく。
交互に噛み合い続けていくと、生々しい追体験も起き始めた。王子は俺を血肉に変えて、俺も王子を血肉にした。所有とはつまりそういうことだ。思いを込めて印を吸うのは、全ての隔たりを超えて幸せを得る祈りと呪い。
「奥、王子……もっと……いッ……、あッ!」
「うん、わかっているよ?キミが今感じてることやして欲しいこと。だってボク達は今こんなにも一緒だから」
「……あぅう、」
「もっと、もっと、混ざり合おう」
俺の血は今、王子の内部に潜り込んで、それを王子は糧としながら美しさに磨きをかける。混ざり合う事実に興奮をおぼえ、発情を強めて互いを乞う。めくるめく思いの中むせび泣く俺に、初めての夜の時のように王子は囁く。
「好きだよ。ザッキー」
何度も、何度も、キスをしながら、繰り返し優しく俺に言った。幸福感のあまり今俺はまるでガラス細工のような脆さになった気がした。その無防備な姿に目を細めて、王子は、
「綺麗だ」
と染み入るような声で俺に言った。
「さあ、もうキミはボクで出来ている……ボク達はずっとこれから一緒だよ」
気が狂ってしまいそうな一体感の中で俺が見ていたのは、飴細工のような透明感と繊細さを持つ、甘い、幸せに満ちた王子だった。
