飼い犬
15日なのでザッキー過去編をば。沢山の人達に愛されながらサッカー一筋に生きてきたってイメージで書きました。家族設定がっつり捏造。登場人物は赤崎、王子、同級生、家族、チームメイト、彼女(H有)。変な時間にジーノがフラフラあらわれてたのは後藤氏と飲みに行く為。このシリーズの後藤さんはお母さんでタッツミーはお父さん的役割。
ジュニアユース~黒猫のノラ
ジュニアユースにあがれなかった子の中には、ジュニアに入った頃、赤崎に比べてはるかにうまいと言われていた選手もいた。慢心しているような子ではなかったけれど、ある程度自分の現状のスキルに満足して、赤崎の様な渇望にも似た未来への情熱をもっていない子で。
赤崎は一緒に次に行けるものと思っていたので、彼の落選は非常に残念だった。彼が一緒に未来を見つめてくれれば、何よりも心強いと思っていたから。その才能からすればもしかすると強力なライバルにもなりえる相手であったにも関わらず、それよりもなによりも、ともに道を歩む同志が欲しかったから。
* * *
ジュニアユースでは、当然ジュニアの時と違ってプロに対する意識が高まってくることになった。
それでも、赤崎が期待したほどには、周りが未来に向けての夢を熱く語るような場面には出会えなかった。仲が悪いわけではなく、寧ろチームとしては成熟もして、それなりの成績もおさめるようになってはきているほう。でも、肝心の将来の選択にあたるような深い部分の話に関しては、なぜか牽制しあって。冗談めかしてしまったり、なんとなく話を避けたりする選手が多かった。
“赤崎みたいに単純馬鹿の自信過剰でいられたら、どれだけ楽かわからないな”と、不安な顔でポツリと漏らす奴もいた。ただでさえ身も心も不安定になりやすい多感な思春期。ユースのセレクションまでたった2年ちょっと。ユースに合格しても、その後サッカー選手として本当に自分はものになるのかならないのか。勉強を頑張って地道に高校に進学して大学でも目指した方が賢い選択だったりするのだろうか。そんな不安がひとりひとりを少しずつ強く圧迫していく。
時にはチーム内で無用な感情のぶつかり合いもないわけでもなかった。苦しい最中に会っても、それぞれがそれぞれの足でもって、責任を持って自分の道を選択して歩いていく他なかった。
自分の心の揺れを収めるためには、人事を尽くして天命を待つ、これ以外にないことを赤崎は知っていた。
誰しもが最初から自信を持っているわけでもないし
そんな自信というのは単なる過信で
脆弱な夢見る夢子ちゃんでしかない
そんなものは自分の考える自信というものとは全く別のものだ
赤崎は周りが言うほど単純馬鹿なのではなく、恐ろしいほどにリアリストな部分を持っていた。勿論周りもそれを知ってはいた。日頃の生活態度を見ていれば歴然だ。でも弱気な仲間達はこの繊細な感覚を持ちながらも強さを持つ男にそうやって甘えにも似た愚痴を投げかけたい時だってたまにはあったのだ。赤崎は何を言っても裏でゴチャゴチャと根に持つタイプではないしズバッと斬りつけるような叱咤激励が欲しい時の相手としては丁度良かったのもあった。でも、最初はそんな調子で自分自身の気持ちを支えようとしていた人間であっても、やっぱり律しきることが出来なくてグズグズと崩れていく場合もあった。そうやって下を向いて辞めていく選手もいなくはなかった。
赤崎は意識を高く維持し努力を継続してやり続けることの困難さを知らないわけでもなかったので、揺れに揺れて結局は退団していく選手達についても特に責める気持ちも湧いてこなかった。あれは明日の自分かもしれない。全く可能性がゼロなわけではない未来の一つではあると感じていたから。
* * *
雨の日になると、クラブハウスの近くで必ず雨宿りをしている一匹の黒猫がいた。昔からこの辺に居ついている猫で、達海選手がまだETUの選手だった頃に、この猫にノラという名前を付けて可愛がっていた。ただ、野良猫にしては美しい肢体と艶やかな毛並みを持っていたので、どこかの飼い猫だったのかもしれない。最初に見た時はほんの小さい子猫だったのに、今では立派な成猫だ。
ノラには不思議なオーラがあり、真っ黒という色も相まってただその辺をふらつくだけでも人の目を引いた。しなやかな動き、ベルベットのような光沢。見ると思わず触れたいと思わせるような、そんな魅力があった。なのにノラはとても気紛れな猫で、触られるのが嫌いで、近づくとパッと手に届かないような高いところに逃げてはまるで馬鹿にでもするようにじっと見下ろすことが多かった。しつこくすると怒って鋭い爪で深くえぐる傷を相手につけたり噛みついたりと、意外に凶暴な一面もあったりもした。そうかと思えば、ブラブラと歩いている達海の肩に飛び乗っては、器用にそのままの姿勢で肩ノリ猫として散歩をしていたりもしていた。決して鳴くことのない、媚をしらない、高慢でマイペースで自由な猫だった。
サッカーが好きだったんだろうか。よく晴れた明るい日差しの中、虹彩を細くしながらボールを目線で追っているようなこともあった。グランドの中に入ってくることはなかったが、猫の傍にボールが飛んでいくと、コロコロとよくじゃれて遊んでいた。そんなノラの瞳は、最初に見た頃ブルーだった気がしたけれど、しばらくすると金色になった。今では少し緑がかってきているようだ。本当に一風変わった不思議な猫だった。
* * *
今日また一人仲間が減る報告があった。
なかなかレギュラーが取れないため、サッカーの道を諦めてこれからは高校受験に備えるという。その姿を見て、残る選手もまた少なからず心を揺らされた。
そんな重たい空気で終わった練習帰り、雨が降り、いつものようにクラブハウスの玄関先にノラがいた。自転車通いの赤崎は、ノラの横でゆっくりと合羽を着はじめた。別に濡れて帰っても構わないとは思ったけれど、なんとなく憂鬱で孤独な気分のまますぐに帰路につくのは気が乗らなかった。次々に出てくる仲間を挨拶しながら見送る。とっくに上下着終っても、なんだか足が重くて玄関のドアにずっともたれて立っていた。
自分が進もうとしている道は
勿論簡単な道のりじゃない
そんなこと、十分知ってる、俺は知ってるはずだ
赤崎は今の自分のことを、誰から見ても“当然プロ選手になってしかるべき”とでも言うような、絶対的な圧倒的な実力を手に入れている存在ではないと思っていた。そうやって常に自分の足元を見つめ、後ろを振り返らずに前をみていくのが赤崎の生き方だった。だがここ最近、一人でそうして生きていくのに少し疲れていた。親でなく、コーチでなく、クラスの同級生でなく。同じピッチの上で、同じように溢れて溢れてどうしようもない己と同じような情熱をもつ人間の存在を、心の底から渇望していた。寂しかった。
赤崎は決してみんなの言うような単純馬鹿ではなかったがそれを目指している様な部分はあった。余計なものは少しも身に付けないようにして、努めてシンプルになろうとしていた。その理由は自分という凡人が、自分のすべてを使って一点を貫くための力を手に入れるためだった。何もかもを削ぎ落として研ぎ澄まして、自分自身の全部がサッカーそのものになる。そういった努力を日々やり続けている男だった。愚かには程遠い、この上ない理性的な、熱い熱い情熱の持ち主だった。
今日また一人、赤崎がなにもかもをなくしてまでも目指しているサッカーの世界から仲間が去っていく。彼にとってはサッカーこそが生きていく上で削ぎ落すべき余計な荷物の一つだったのだ。こういったことは今回が初めてではなかったが、やはり繰り返される度に赤崎は辛い心境になった。仲間は赤崎にとっては必要不可欠な存在なのに、大切なそれらが次々に削ぎ落とされてしまって、削られた傷口がヒリヒリと痛むような思いだった。
「お前、いつもひとりでいるよな。猫の仲間、いねーのかよ。」
なんとはなしに、ノラに話しかける。夜見るノラの体と、丸い虹彩は黒い黒い闇のよう。ある程度の距離があればノラは逃げないことを知っていたので、赤崎は時々こうして一方通行の様な会話をしていた。
「もう真っ暗だぜ?お前そろそろ帰らないと。ただでさえそんな真っ黒なんだから、雨の夜は車もわかりにくくて危ないだろ?」
帰り支度が済んでも帰る気にならない自分に言っているかのようにノラにそう話す。
確かにモタモタしていられない
コーチ達の後片付けが終わったら
まだ帰っていないのかと叱られる
その前に帰らないと…でも足がなんだか重い
「なぁ、ノラ。聞いてんのか?」
雨に濡れていないコンクリートの地面に体を横たえたままの姿勢で、ノラはじっと赤崎の顔を見つめている。
「…一緒に残ってくれてんの?」
そんな自分に都合のいいような何気ない一言をつい口にしてしまったばっかりに。なんだか突然悲しくなって、情けないことにほんの少し涙腺が緩んだ。勝気で生意気で男らしい印象の赤崎は、実は本当に繊細で。一人でいる時の涙もろさは中学に上がっても全く変わることがなかった。
時々、こうしてどうしようもなく寂しくなる
俺はやるだけのことはやってる
言いたいことも我慢しないで言ってる
これ以上ないくらいに自分はベストを尽くしてる
なのに、たまらなくなる時がある
なんでだ?
みんな、一緒だ、頑張ってる、わかってる
道が違うだけ、それか情熱を表に出すか中に秘めるかの違いなだけ
なのに辛い
俺の傍には誰もいないような
一人っぽっちなそんな気がする
サッカーは一人ではできるわけがない
俺の今やってることは
果たして本当にサッカーなんだろうか
押し込めていた気持ちが心から溢れ出てきてしまうので、それをせき止めようとするがごとく、思わず目をぎゅっと瞑る。
「…ニャァ」
「え?」
まさか。思わず目を開けた。ノラが鳴いた気がした。そっちに目を向けると、ノラは先ほどと同じように全く変わらない顔のまま、じっと赤崎の顔を見ていた。思わず苦笑いをしたら、ふいにノラが立ち上がった。やっと帰る気になったのか。
「気を付けて帰れよ?俺ももう帰る。サンキュな。」
そう声をかけたら、ノラはふいにこちらの方に向かって歩いてきた。そして突然のことに驚いていた赤崎の足元までやってきて、八の字を描くように体を摺り寄せ、ニャァ、と鳴いた。たったそれだけのことだった。それだけのことだったのに、赤崎の目からはポロポロと、沢山の涙がポロポロと。今日の空のように、まるで雨が降るかのように止めどなく次から次へと流れ落ちた。視界がぼやける中、ノラが立ち去っていくのがみえた。なにを考えているのかさっぱりわからない、気紛れな、美しい、不思議な黒猫の後ろ姿。
よし、明日から、また頑張ろう
俺はやれる
まだまだこれからだ
溢れる涙を雨でごまかすようにしながら、赤崎はやっと家に向った。
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