お花結び

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飼い主 3

高校途中の渡伊→伊大学→再来日して大学編入まで。沢山チート設定。小学生の頃アンニュイだったジーノは大学では反転してアンチアンニュイに。原作にあるようなアクの強いジーノの個性は生まれつきではなく徐々にこんがらがって込み入ってきちゃった結果という解釈です。王子、医療関係者、両親、祖母、その他モブ、セリフない人も含めて大人数。

大学時代~二つが必要

 そうして選手としての自分を諦めたジーノのサッカーへの惜しみない愛は、サッカーに関連したあらゆる方向にむけられていくことになった。

 サッカー理論、膨大な試合の観戦、スポーツ医学やスポーツ心理学、技術スタッフの知識の習得。すっかり夢中になってしまって、各国の書籍を読み解いたりサッカー実況の内容を聞き取りたいがために、語学も含めて夜遅くまで勉学に励んだ。体が自由に動かない今では、プレイに限らずサッカーのすべてを愛し楽しみながら過ごすこのような時間がジーノにとっての何よりの救いの時間であった。

 そんな日々の中、アズーリ(イタリア代表)を夢見るカルチョに虜な仲間達との幸せな交流をしている最中、ジーノは自身の中にある日本に対する根源的な欲求を見つけることになった。ジーノは友人たちがイタリアの青に夢見るのと同じように、日本の青に夢と強い憧れを抱いていたことに気付いたのだ。

   そうだ、忘れてた
   ボクはU17候補の話があった時、とても嬉しいって思ってたよね?

 その再現された感覚はサッカーを愛する気持ちでもあったし、また少しそれとは違う意味があるようにも感じられた。ちょっとわかりにくい感情だったがとても情熱的で心地の良いものだった。

 ジーノは今の今まで気付いていなかった。発見したのは日本への愛だった。最初に来日したその時から、日本という国に対してジーノは強い恋慕の念を持っていたのだ。

 ジーノの孤独の根源がそこにあった。一目で好きになったこの国と、同じものにボクはなりたい。なにもかもがすべてそこから始まっていた。なのにその気持ちをはっきりと自分自身で自覚する前に、来日直後からジーノは異邦と異端の拒絶反応を受け取ってしまった。そういうように感じてしまった。拒絶ではなく、一種の畏怖であったのだが、幼いジーノにはそんなものわかりもしなかった。

 ずっとずっと、自身の存在をどっちつかずのものであり居場所がないと捉えてきたジーノにとって、この日本への深い憧憬と恋慕に気付いたことは革命にも似た衝撃だった。だが思えば当然の話だった。一時期すれ違いはあったものの、ジーノはイタリアの母と日本の父の両方から深い愛を受けて育ったからだ。ジーノは母を愛するようにイタリアを愛し、父を愛するように自然に日本を愛したのだった。

 離れていたイタリアに戻って、ジーノは心理的にイタリアを手に入れ愛情を持って抱き締めることが出来た。そのことによって随分心が安定した。ジーノはその自信により次は日本も同じように自分のものにしたいと考えた。イタリアと日本、二つで出来た自分はその両方が必要なのだとそう感じた。やきそばのままでもパンのままでも、やきそばパンは完成しないから。

   選手としてはもう無理でも
   あの国でボクのように行き詰ってしまった選手を
   スタッフとして支えていくことができるかもしれない

   ボクはそうやって大好きなサッカーの世界で
   もう一度ちゃんとあの国を愛し直したい

 主治医もジーノの人生の為に似たような選択の必要性を感じていた。なので患者が自ら導き出したプランに称賛を送った。ジーノもまた主治医の賛同を得たことで安堵し、日本に再び戻ることにした。

   *  *  *

 選手以外のサッカーの専門職系の分野で広がりつつあったジーノの仲間達はジーノの日本行きに関して皆が申し合わせたように残念がった。仲間の中にはプロもいて、ジーノの専門家としての才能とセンスに気付いていた者も少なくなかった。それほど、分野を問わないジーノの膨大な知識量とそれを元に行われる考察や提案の提示内容などは、ちょっとしたプロ裸足の一面があった。その才能を認めるがあまり、選手を目指すなんて勿体ない、とまで言う者もいたくらいだった。そういうこともあって引き留めに画策する者達は、是非イタリアのためだけにその身を捧げてくれ、と自分の職場に来るよう依頼した。それも紹介先は多方面に渡り、中には世界的に認められる誉れ高い組織も混ざっていたりした。でも再三に渡る説得にも応じず笑って謝るジーノに絆され、結局は決断を受け入れざるをえなかった。

 別れ際、彼らは口々にこう言った。

「長い休みには会いに行くよ、離れていてもいつも一緒だ。」

 その言葉は、日本を離れるときに父が言ったのと同じだった。ジーノはそのお気に入りの言葉を受ける度に一つ一つ大切に心に刻んだ。そして感謝を込めて丁寧に抱擁を返したのだった。

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