お花結び

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飼い主 3

高校途中の渡伊→伊大学→再来日して大学編入まで。沢山チート設定。小学生の頃アンニュイだったジーノは大学では反転してアンチアンニュイに。原作にあるようなアクの強いジーノの個性は生まれつきではなく徐々にこんがらがって込み入ってきちゃった結果という解釈です。王子、医療関係者、両親、祖母、その他モブ、セリフない人も含めて大人数。

大学時代~アンチ・アンニュイ

 イタリアの大学をやめて久しぶりに日本で暮らすことになったジーノは日本の大学に編入学した。

 実際にこの地に足を踏み入れてみれば、自然と昔感じた拒絶感に対する本能的な恐怖が沸き起こった。忘れていた感覚の再現に、あまりにも深くそれが心に突き刺さっていることを実感した。だが、自分の中にあるこの国への深い愛情をもう知っていたし、恐怖を冷静にコントロールする自信もあったので、ボクはもう大丈夫、と仕切り直しをした。

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 ジーノは日本に渡ってもとても勉強熱心だった。大学に通いながら今まで通り海外から専門誌や論文などを集め、時にはアジア近郊で開催される学会やフォーラムなどにも積極的に出席した。そうして仕入れた業界の最新情報を日本語に翻訳して大学に持ち込んだりしたので、教授からもあっという間になくてはならない存在になっていった。世界的な最新情報は確かに必要な知識だったが、ジーノはこの国独特の思想を含んだ研究内容には深い関心を寄せた。西洋の心理を科学するかのような研究も、東洋の精神性に主軸を置く様な研究もそれぞれ魅力的で、ジーノの知識欲はさらに強いものになっていった。来日して正解だったとジーノは嬉しく感じた。生まれながらに国を跨いだ存在である自分の、その存在意義を少し見いだせるキッカケにもなった。

 フォーラムなどでは時には昔お世話になった日本の医者とも遭遇することもあった。だが、このどうしようもなく目立つ男が数年前に自分のところに訪れていた患者だとあまり気付かれることはなかった。それほど様変わりしていた。確かにフォーラムに招待された講演者達と楽しそうに雑談をしているジーノを見て、かつて自分の病院で不安に怯えていた患者と同一人物だと認識するというのは無理があったのかもしれない。

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 大学の構内を歩けば周りの人間が次々にジーノを見て振り返った。

 普通にしていても相変わらずこの国では目立ってしまうジーノ。以前は髪を伸ばしてなるべく目立たないように暮らしていたな、とそんなことを思い出す。でも、考えたら全然効果はなかったなぁ、と苦笑いをする。だから、今回ジーノはわざわざ髪を優しい色味の上品なライトブラウンに染めてみることにした。どうせ浮いてしまうなら、目立つ理由を自分で作ってしまった方がいっそ清々しいと判断したためだ。人を引き付ける魅力を持ちながらも目立つことが苦手な大人しい性格をした男の、開き直りにも似た行動だった。

 美容師は勿体ない、と綺麗な黒髪を染めることには少し躊躇を示した。それでも新しい髪色のジーノを想像するとその魅力も捨てがたく、結局最後には快く引き受けてくれた。心を込めて丁寧に作業を進めてくれたおかげで痛みも少なく、とても自然な仕上がりになった。濡れたようにしっとりとした漆黒の髪色もよかったけれど、サラサラと自ら光輝く様な髪もまたとても美しいものだった。

 髪色が変わる、たったそれだけのいわゆる大学デビューのそれのような、間の抜けた開き直りのアクションのはずだった。

 なのに、やってみれば他の人がやるのとは全く違うような意味合いを持つ出来事になった。彼の容貌と肢体、服装のセンス。仕草や優雅で丁寧なしゃべり方も含めて、それらすべてがジーノに過剰なほどフィットする、絶大なる変化となった。こうなるとジーノはもう日本人どころかハーフにすら見えなくなってしまった。すべてが日本人の思い描く、欧風の上品で完璧な王子様になった。元々不思議なオーラのあるジーノは、この外見の典型性が進むことによってさらに本質との乖離に拍車をかけることになった。

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 研究室で楽しく話をしている時に、仲間のような先輩達にジーノはこう言われた。

「お前って同級生とか年下とかには全然興味ないの?あんまりつるんでるの見たことないよね。」

考えてみたこともないことだったのでジーノはキョトンとした。それほど顔も名前も認識できないくらいに周りに無頓着な状態でなんとなく生きていたのだ。

 確かにイタリアにいる時と違って、ここでは同世代の知人など持田くらいしか思いつかなかった。別に自分から避けているわけでもないのだけれどなんでかな、と考え込む。そう、同級生など近しい関係の人間とは肉体関係を結ばないというルールは確かに設けていたけれど。別にそうでない人間関係に関しては全然なんにも考えてなかったのに。再びこの地に足を踏み入れたけれど、会いたいと思う同級生も、会いたいと思ってくれそうな同級生も思いつかなかった。実際連絡なんて取りあってなかった。イタリアに行った時は慌てて沢山の友達に連絡を入れたほどだったのに、なんだかそんなことがジーノを孤独にした。

 そしてふと気が付いた。ジーノは自分から積極的に人に関わることをしないのだ。内向的な国民性のこの国にあっては、それではなにも始まらない。年上の人間ばかり知り合いが増えるのは、年が上だと言うお守り片手に相手が自発的にジーノに近づいてきた結果だった。こうして研究室に入り浸るようになったのもなんとなく相手に誘われたから。なるほどね、とジーノは思う。

 だからジーノはこれからは積極性をもう少し持ってみようと考えた。

 その際、ちょっとしたユーモアをあえて用いることで親近感を相手に印象付けてみるようにもしてみることにした。この国の人間は、自分に近寄りがたい何かを感じていることを知っていたからだ。相手から近づいてこない人間に自分から近づくことで、自らが不要な傷を負うリスクを少しでも減らしたかったのだ。

 やってみればジーノ本人がびっくりしてしまうほどに、この意図は大変効果的だった。初対面の人にはペラペラとイタリア語で話しかけ、相手の目を白黒させてから日本語で、冗談冗談、ごめんね?と笑ってフォローを入れたりした。思い切り距離感を感じさせておいてから親密すぎるくらいの距離まで近づけば、その距離感のギャップにどんな人間も自然と油断してしまう。こんなような事例を元に、いろんな形でユーモアを利用して意図的に他人との距離感を縮めてみることにした。これはなんだかとても楽しい遊びだった。相手が不快にならないギリギリの対人距離まで詰め寄ることは、なんだかサッカーのプレイに似た何かを感じさせた。相手の想定しない距離まで自分が近づけた時は、まるでドリブルで相手をかわした時やキーパーの逆をつくゴールを決めた時のように興奮した。

 こうして、自分から積極的に人に関わるようになったジーノは、あっという間に大学中の人気者になった。見た目が綺麗で、語学堪能、専門知識は構内一で、話してみれば知的な中にあるウィットに飛んだジョークの雨。完璧すぎる2枚目よりも、今の2.5枚目に変化したジーノは今まで煙たがっていた人々すらも虜にするような魅力的な存在だった。

 沢山の人間が次々に笑顔で話しかけてくるようになったので、この国いるときに常に感じていたあの疎外感は徐々に薄れていくことになった。まるでイタリアでいる時のように自然に過ごせている様な気がした。ジーノはそのことに大変満足をおぼえた。

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