鎖に繋がれて 4
プレシーズンマッチ直後から4月下旬くらいまで一気に。登場人物は王子、赤崎、持田、達海、名前だけ椿、有里、夏木って感じです。幻11と夢うつつは同じ時系列をザキ視点とジノ視点で追ってます。この次のUP分も重複した時間の別視点(ジノモチ気味な角度からのジノ視点とモチ視点)になります。
遁走中に思うこと2
バスはとっくにETUの駐車場に到着し、選手達は起きないジーノを横目にそそくさと帰り支度をしていた。
そんな時、後部座席で熟睡しているであろうジーノに困惑していた運転手を見かねて、赤崎は溜息を付きながら俺が起こすと申し出た。バスのタラップに足をかけて車内に戻ろうとした姿に選手達は、何気にすげぇな、やるなぁ、さすが番犬、と囃し立てている。赤崎がイラついて思わず睨み返すと、おーこわ、いえ、赤崎君の英断には感服いたします!などとからかい、いいから早く行って呼んで来い、とまるで犬を追い払うように手首をさっさと振ってみせるのだった。
憮然としながら歩みを進めて後部座席へ。近づくにつれて少しずつその表情には緊張が浮かび始めていた。ロッカールームであった忘れられないあの出来事の翌日から、二人の関係性が変わってしまった部分といえば実はほとんどなかった。赤崎の不自然など物ともせず、ジーノの態度は何事もなかったかのように至って普通。明るい笑顔、交し合う挨拶、そして卒のない会話。まさに器が違う。そういう印象だった。柔和でその実豪胆なこの美しい男には気に留めるべくもない些細なことなのだ。多分。赤崎は、関係性があまりにもスムーズに適切な形になっていくことを肌で感じていた。
一方自分から逆縁を切るかのような態度をとっておきながらわだかまりを抱え続けていた赤崎は自分のぎこちなさを何とかしたかった。一日でも早くそれを解消させて本当の意味で正しいものになることを切望していた。なので例えば今こうしてちょっとした関わり合いを自然にこなしてみたりだとか、たゆまぬ努力と、小さな行動の積み重ねを常に必要としていたのだった。
そっと近づくと、お目当ての男はクッションに身を沈めて優雅に横たわっていた。だらりと力の抜けた手からずり落ちそうになっている雑誌からのぞく顔は、まるで人間ではない様な血の気のない色をしていた。象牙でできた作り物のような、青白い、死を感じさせるような不吉な色だった。
「…王子、王子」
冷静に、冷静に。チームメイトとして普通に話しかけて応対する。そう、王子のように。赤崎はいたたまれなくて避けてしまいたい心を押しよけて、もしくはこの男を起こさないままにずっとこうして眺めていたい心を押し殺して、果敢にジーノに接する。
こうして無理矢理しかるべきことをやろうとする姿はあまりにも赤崎らしいと言えた。本来、何事にもこうして立ち向かっていく気性しか持ち合わせていない男だった。
勇気を振り絞って声をかけてみたはいいが、男は全く微動だにしない。よっぽど疲れてしまったのかな?あれで?後半サボってたじゃないかこの人、そんなわけない、と赤崎は今日の彼のプレイを思い出す。心がごちゃごちゃしてきたので、フルフルと頭を振って、もう一度意を決して声を掛けることにした。
「王子…降りますよ?ほら、起きなきゃ…」
「…ん…」
雑誌をギリギリ支えている手に赤崎が触れるとジーノがピクッと反応した。その途端、雑誌がするりとジーノの手を離れていった。
「あッ」
落ちていくそれを反射的に防ごうと赤崎の手が追ったが、いきなりジーノが寝起きとは思えない力でその腕を掴んでしまったので、結局雑誌はバサリと無様な音を立てて床に広がった。
「!?」
赤崎は当然心臓が飛び出るほど驚いた。
「…お…王子?」
グッと眉を寄せて睨みつけるジーノの嫌悪のその顔は暫くして少し和らぎ始め、少々戸惑うような様子で掴んだ赤崎の手をそっと放した。その間、ほんの数秒。だが赤崎にとってはとても長い沈黙の時だった。身は竦み、名を呼ぶ以外何も反応も抵抗出来ず、解放された後も全く動悸が収まる気配すらなかった。
「えっと…キミ…なに…してるの?」
「なにって…」
やっとやっとの、返事にもならない返事をする。
「……」
だが、落ちた雑誌も凍り付く赤崎もお構いなしに、ジーノは覚醒を促すかのように眉間をキュッとつまむ仕草をした。その後ゆっくりと起き上がるギクシャクとした様子を眺めてみるに、どうやら男はそれでもまだ半分夢の中にいるようだった。
「あの…クラブハウス着いたんで起しに来たんですよ、俺」
「……」
「王子、眠いだろうけどもうバス降りて帰らねぇと」
「…何?…帰るってどこに…ボクは」
「どこって…帰るってったら家でしょう?」
「…家…って?」
「…どんだけ熟睡してんですか。家って家でしょ?」
そうか、この人は寝起きはこんななのか。赤崎はそう思った。幾度となく夜を過ごしながら一度も見たことがなかったその姿は寝ぼけ眼の子どものようで、話していることも頓珍漢で、なんだか少し可愛く見えた。もっと早く見ておきたかった。何度もこの姿を見たかった。でも今のように不意を突かねば決して見せてはくれなかったこの現実に、悲しみを感じた。今更こんな形で見たからと言って、もうこのことにはなんの意味もないのだ。
「さ、〇〇さん(運転手の名前)困ってるし早く降りる準備…」
ぼんやりとゆっくりとした動作で立ち上がりながら、まだまだふらついている状態のジーノを見て、赤崎が声を掛けた。
「王子?大丈夫ッスか?」
「……」
「調子またよくないンスか?」
「調子…?」
「顔色真っ青だ」
「……」
床に落ちた雑誌を踏みつけてフラフラと歩き出すジーノに戸惑う。少し考えた後、赤崎はこう言ってみた。
「今日は自分の車置いて、俺の車一緒に乗ってきます?」
ジーノが体調の悪そうだった、決定的な別れを宣告されたあの日。自分の気持ちで一杯になってしまって先に帰宅してしまったあの後、ジーノがどうやって帰宅したのか後々気になって仕方がなかった。だが結局は聞くことが出来なかった。でも今日はもうあの時よりは冷静だったので。関係がなくなったから尚更その関係性を健全にしていきたかったので。
「…いッスよ?運転駄目そうなら。帰ります?一緒に。送ってきますよ?」
「一緒…に…?」
最初は心配な気持ちでジーノを見つめていた赤崎だったのだが、途中からそんな自分をじっと見つめ返しているジーノにいたたまれなくなってしまった。まるで瞬きひとつせずに穴が開くようにこんなにも真正面から見据えられたのは随分久しぶりのことだったから。さよならを言われた身で差し出がましいことを言い出して、やっぱりおかしかったろうか?訝るようなジーノの目線にドンドン落ち着かない気持ちになっていく。すっかり水に流してしまったかのようなジーノの態度に気が緩んでいたけれど、やはり二人の間に何かがあったことは事実だった。でも今更もう遅い。赤崎はこのまま突っ走るしかないと更に言葉を続ける。チームメイトの体調不良を気遣うのは普通のことなのだから!と自分を奮い立たせる。
「俺の車…乗るのは…嫌かもしんねぇけど…そっちが気になんないんだったらと思って。そうしますか?」
「な…なんで?一緒に…?」
一声かける毎に返事に窮してどうにもこうにも。王子は意地悪だ!なんて返事をすればいい?赤崎は自分の動揺が広がるのを感じながらも、これくらいでへこたれるかよと更に前進した。
「いや、だから。その様子じゃ運転無理かなって」
「…なんで、キミがボクと一緒に家に帰るの…?ボクが気にしなきゃって…なにが…」
その時、車外から二人を呼ぶ声がした。
「王子まだ起きないのかー?早く降りてこーい、挨拶して解散出来ないだろー?」
ハッと我に返り、赤崎が取りあえず降りましょうと声を掛けたが、ジーノがそれに対して特に返事をすることはなかった。
「キミと、一緒だと…帰れるの?ボクの家?もう、ないはずの…」
寝ぼけた男の寝ぼけた独り言は、小さく小さく。その不思議そうなジーノの表情は前を歩く赤崎には見えはしなかったのだった。
「キミが…連れてって…くれるの?」
* * *
簡単なミーティングが終わり解散。この後どうするかジーノの話しかけようとした赤崎だったが、目線があった瞬間隣に立つ男はこう言った。
「お疲れ様、ザッキー」
いつものさらりとしたさわやかな帰りの挨拶。すっと美しい立ち姿。優しい、それでいてはっきりと艶やかな笑顔。
「え?あれ?あの…一緒に…」
その一言を口にした途端、赤崎はビクッと体を震わせた。ジーノの柔和な表情がすっと消えて、全てを切り捨てるような無表情に変わったのを目の当たりにしたせいだ。ああ、さっきあんな様子だったのは王子が寝ぼけていたからで…。赤崎はぞっとするほどの冷たさを感じさせるジーノに、再び強い拒絶を感じた。今度の拒絶は意識的なもの。さっき見た、寝起きに不意を突かれて誰だかわからない相手に吃驚して向けたものではない、本物の赤崎への拒絶。そう、俺達は先日はっきりと別れを言い合った仲で、チームメイト上だとかなんだとか、どんな形であれプライベートな時間を共有することはもう二度とあり得ない話なのだと赤崎は思い知らされた。すると心を見透かすように、ジーノは小さくこう言った。
「ん、お利口だね、それでいい」
勘違いを自重した俺に向けた男の笑顔はとても優しいものだった。なので小さく小さく、赤崎はあの時と同じように、こんな返事をすることしか出来なかった。
「…お…お疲れ様でした」
あの日とは反対に、立ち去る背中を見送るのは今度は赤崎の番だった。あの日を境に何度も何度も心の中で再現されるあの時のジーノの別れの言葉。もう聞きたくないのに、男はそれを口にもしていないのに、赤崎には別れの際には聞こえない声で心でそう呟いているのがわかる気がした。
立ち去る男をこうして見送るのがとても不得手だったけれど、ジーノが一日で一番いい顔で笑う瞬間がそこだったので。赤崎は聞きたくないけれど聞こえてくる気がするあの言葉を無理矢理無視して、目だけに意識を集中して、必ず帰るジーノを見送る様に心掛けていた。立ち去るジーノの後姿もまた、別れ際の笑顔と同じようにとてもとても美しいものだった。
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