彼らの思う、強さと弱さ
落ち込むザッキーとヨシヨシジーノのジノザキ話。時期は五輪選出のメンバー発表があった頃(来シーズンぐらい?)を想定しています。え?予選でなく本選ですよ?当然のように選出されてますよ?そしてジーノはプレイの姿勢、なんと改心しています!そして二人の関係は比較的浅めを想定。
久しぶりにジーノの家で過ごす休日。赤崎はずっとこの日を待っていたはずなのに、憮然とした表情で時間を過ごしていた。昼食の片づけを済ませ、赤崎がドッカリと座ったカウチにジーノものんびりとした歩調で近づき、そして苦笑しながら左隣に腰を下ろす。
「なんかあった?」
「別に」
自分勝手な理由なことはわかっている。でも嘘をつくのが下手な赤崎には、今の自分の感情を隠し通すことなどほとんど無理だったのだ。
「そう?なら、いい」
気付いてはいる、でもちょっかいを出すだけで深追いはしない。これはジーノのいつものやり口。
「わざわざそういう如何にも聞き流しますよ的な言い方するってのはさ。寧ろ俺の不機嫌、めっちゃ気になってる証拠ッスよね?」
今日の赤崎はこのジーノの大人の余裕を感じさせるその言葉、その態度一つにも、必要以上にイラッとしてしまう。
「無理にでも聞き出したいけどプライド許さないしなーとか思ってるんでしょう?」
「……フフ、何?今日はどしたの?勇ましいじゃない」
「ホントの事じゃないですか」
ギリギリと歯噛みするように強く食い締めた奥歯が痛かった。けれど、無駄吠えとわかっていながら、赤崎は自身の抱える激しい憤りの処理に困ってジーノに当たることをやめられない。
「別にこのこと、今初めて思ったわけでもねぇし。前から一度はあんたに言いたいって思ってたんだ……そういう態度マジうぜぇって」
「全く参るね、この子は」
「ほら、すぐそうやって人の上に立とうとする。器がちっせぇんだよ王子は」
「フ……」
いなせどもいなせども噛み付いてくるその辛辣な物言いに、ジーノは堪え切れず失笑し、そして優雅な仕草で雑誌を取るべくマガジンラックに手を伸ばした。ハイハイ全部キミの言う通り、といった風にわざわざこれ見よがしにゆっくりとだ。
何を言われても微動だにしないジーノの様子に、更なるどうしようもない悔しさが込上げて、赤崎はこれでもかという目で睨みつけた。けれど、やはりジーノは歯牙にもかけない様子で、パラリ、パラリ、と雑誌を読み進めるばかり。こうなって困るのは赤崎の方で、沈黙に耐え切れず結局自ら口を開いてしまう。行き場を失った振り上げたる拳を、じくじたる思いとともに懐に収め、情けなく項垂れた耳を持つ濡れそぼった子犬のように、か弱く細くなってしまったその声で。
「あんたさ、なんで」
「……ん~?」
視線は雑誌に目を落としたまま、聞いているような聞いていないような言い方でジーノはのんびり返事をする。そのあまりの穏やかさ、たったそれだけで赤崎は泣きそうになってしまう。ズルい、とさえ思う。口論が可能なのは赤崎に口論する意思がある時だけ。今はそうではないということなど、すっかりお見通しの読み深い男。こうして出鱈目に噛みつくそぶりをしてみせても、じゃれつく犬を宥めるようにてんで相手にもしてくれない。ただただ、少し落ち着くがいいよ、と言いたげに優しく宥めてくれるその姿に、赤崎は独りションボリ、大人しく剥いた牙を納める他ないのだった。
「……なんでそう……いつもそんなに強いンスか?どうしたらそんな風に?」
その瞬間、ジーノはようやく流れるような仕草で赤崎を見遣る。読めない表情、見えない思考。赤崎の柔い心の地肌が見え隠れする時、ジーノの声は一寸の傷も増やさぬと言わんばかりの羽根と化す。
「ボクは別に強くないよ」
そしてジーノのこの物言い。無理に大きく見せる必要のない大人の余裕が、寧ろその強靭さをこの上なく傍居る者に思い知らせる。だから、ただただ赤崎は唇を噛みしめ、男を見つめ返してこう返事をするしか選択の余地がなかった。
「……ほら。鬼じゃないッスか、メンタル」
「フフ、キミがさっき言ったんじゃないか。ボクのは器の小さい人間の単なる減らず口。その通り、別にボクのこれは強さなんかじゃない」
「……」
「やだな、嫌味だと思ってる?」
パサリと雑誌を閉じて、そうして右側に座る赤崎の方に向き直す。
「触れても?」
こんな時のジーノは紳士だ。一声掛けられ赤崎が小さく頷けば、赤崎の固く握りしめていた右拳に自身の左手を重ねる。ふわりと優しく、やんわりと温かく。その言葉と同じに柔らかい羽根の感触。
「大丈夫、ちゃんと受け答え出来ていたよ?頑張ったね」
赤崎はもう返事も出来なかった。いきなり出てくるその一言が、今の自分の心の全てを言い表していたせいで。
ジーノにはわかっていた。赤崎の乱調の原因は先日あったアウェイの試合がキッカケ。あの試合、終盤にリードをひっくり返されて逆転負けした要因の一つに、スタミナ切れした赤崎の度重なるミスがあった。五輪選出による慢心、不適切な増長。所謂若輩者の勘違いによる生意気。そんな、チームにブレーキをかける戦犯としての強めな叩き記事が、翌日のスポーツ新聞に乱舞した。それは、赤崎にとってほぼ初めての経験であった。
そんな中で昨日、練習を取材しに来ていた記者達に囲まれ、あることないことつつかれて、カッと来た赤崎の迂闊なその言葉が、今朝、更に面白おかしくまた記事にされてしまったのだ。
確かにあの日の赤崎のコンディションはよくなかった。しかし、相手チームの急造左SBという弱点を突くために、右サイドの突破と守備のハードワークがこの日のチームの戦術として最も重要なポイントとなっていて、他の選手ではかわりの効かない赤崎ならではの「要の役目」を一生懸命頑張って果たしていたのだ。勿論赤崎のスタミナは努力を重ねようとも椿の持つ先天的なそれには遠く及ばない。それでもそれに匹敵する程の運動量で最後の最後まで気力の全てを振り絞って。先制点はそうした右サイドのボールを持たない状態での掻き回しの結果生まれた起点からのものだったし、逆転された直後のFKによる同点弾も、赤崎の動きで生じた相手の守備の乱れと、そこから生じた世良の被ファールのおかげだった。
でも、どうあっても直接的なゴールがもてはやされるこのご時世、赤崎の担った細やかな貢献は殆どの人の目にはとまらない。カメラが追うのはやはり選手がボールを持つシーン。赤崎はそういった場面で、ここ一番のドリブルが通らなかったり、守備でマークを振り切られたり。試合終了直前、カウンターを受けてしまったシーンでは、完全にガス欠して一瞬棒立ち、フリーでクロスをあげられてしまった。限界をとっくに超えていたのだ。でも、荒れた試合のおかげで交代枠が既になかった。そして、枠があろうともやはり代えは効かなかった。
チームの状況、戦略上の事情、そこには赤崎自身のスタミナ配分の問題以上に様々な複合的な要因があったのだ。けれど、結果、ドラマティックな決勝点を食らうキーマンとなった赤崎は、そういう“個人の失態”の部分ばかり、派手に観客や記者の記憶に残す形になってしまった。
赤崎は試合後、
――力不足です。申し訳ありませんでした
とだけ取材陣に述べその場を去った。この一言を出すだけでもう精一杯という、そんな疲弊で倒れるギリギリの状態の中の誠実な対応だった。でも、見出しには“憮然とした態度で”、“不貞腐れるように”という装飾がなされていた。
そして、先ほど述べた昨日の記者達の煽りを目的とした取材。えぇ、まあ、はい、と言う我慢強い対応を繰り返し繰り返し。でも、遂にその最後の最後に出たほんの小さな一言が彼らの格好の餌となった。
――もういい加減いいですかね?俺、今はわかる人にわかってもらえればそれで十分ですから
あの日の敗戦。チームメイトの誰一人赤崎を責める人間はいなかった。いつもは噛みつくあの黒田でさえ、背中をバンと叩いて無言で立ち去ったくらいに。それがあの日の痛恨のプレイの数々を乗り越える、赤崎の心の支えであった。
それでも残念ながら記事には“わからない奴は引っ込んでろ”という見出しが付いた。スポーツ新聞の片隅の、小さな小さな誰も見ないようなそのタイトルが今、赤崎の心に深く深く突き刺さっていた。書かれたことが辛かったのではない。そんなことを書かれるようなプレイをしてしまった自分の稚拙な技術、未熟な体、心、その自らのもつ全ての不甲斐無さが堪えていた。
ジーノはわかっていた。注目を浴びる選手浴びない選手。プレイの質とそのキャラクター性で、同じことをやっていても同じようには見られないこの世界という現実の姿を。派手なビジュアル、派手なテクニック、派手な言動に派手な私生活。世間一般を騒がすレベルのスター性を持つ男が、そんなことを知らないはずもなかった。ある種の固定されたキャラクター性をマスコミが選手に求めるのはいつの時代も同じこと。売れ行きの為に物語を作りたがるのもいつものこと。だから。
「大丈夫だよ、ザッキー」
今初めて赤崎は自身と世間の乖離とその怖さを知り震え、同時にジーノの有り方に強靭を感じていた。当然、全てジーノはお見通しだった。赤崎のこの勝手に自分を小さく見積もって悲しく竦みあがる一種の臆病。時に他をリスペクトし過ぎるケのあるその特性。
「大丈夫。あぁ、でもそんなことわからないザッキーじゃないよねぇ?フフフ、失礼。余計な一言だった」
ジーノはそう言って赤崎の右手を開き、互いの指を絡ませ一つにするような形で手を繋いだ。
「ボクはインテリアが好きだけど、やっぱりカルチョっていいよね」
「……」
「ワンプレイワンプレイが全部努力と偶然と奇跡で出来てる芸術品だと思わない?おそらくその殆どが一瞬にして泡のように消えてゆく類いのものでありながら、時にその興奮がみんなの生涯の記憶として脳裏に焼き付いてしまったりもするし」
そして右腕を赤崎の肩に伸ばし、さりげなく体を引き寄せ自分の肩にもたれさせる。赤崎はされるがままに身を寄せて、触れた頬で布越しのジーノの体温を感じていた。
「評論家のコメントは所詮評論の枠からはみ出ることはない。ハハ、この前二人でスポーツニュースを見てた時ザッキーがそう言ってたっけね?違った?」
冗談めかしたその一言に、赤崎は思わず声を荒げる。
「だってあれは王子、全然悪くなかったから!」
「ハハハ、でもさ、あれだよね?ボクの場合日頃の行いが……」
ジーノのプレイのムラはそれこそ有名で、あの日のニュースではエースのヤル気のなさが敗戦の理由であるかのように報道されていた。突然集中が切れて怠慢なプレイとなった、と評されたあのシーン、赤崎の位置からはその原因がしっかりと見えていた。つっかけていった時にジーノの脇腹に相手選手の肘が入っていたのだ。悪意のない咄嗟の行動であったとしても、運が悪ければ大怪我にも繋がりかねない危険なプレイだった。ジーノだったからこそ万が一を未然に防げた。そういうものだった。
「家具に限らず絵とか、映画とか、音楽とかさ。みんな結局見たまま、聴いたままがどれだけ一人一人の心に響いたかどうかが肝でさ。彼らの心がどう感じようと彼らの自由で、ボク達にはどうしようもないことだしぶっちゃけ関係のない話さ。わからないキミじゃない。大丈夫。すぐ整理つくさ」
「……」
「あの日、キミはキミなりに自分の責務をやり遂げたし。勝ち点という結果はついてこなかったとしても確実にキミは次のステップに進んだ。キミの言う通りみんなはちゃんとわかっているよ」
トン、トン、とまるで子供を労わる様に肩をゆっくりと叩く振動が心地良かった。
「俺が言いたいのはそんなことじゃないんだ」
ジーノは赤崎の言葉を受けながら尚、深い意味を持つその笑顔で赤崎に返事をする。そう、そんなことも知っているよ、全部吐き出してしまえばいい、と。促すように背中にそっと手を回した。
「俺は、俺のことがチーム全体に迷惑……それに王子のことまであいつら……」
自分が不甲斐無くて。本当に自分が悲しく思い心の底から辛かったことは、赤崎の増長の原因はチームの甘やかし体制にある、という記事の中の表現だった。自分の事だけなら誤解されようとなんだろうと、自分と周りがわかっていれば済む話。でも。連敗に喘ぐETUの足を引っ張っているは弛んだ態度で試合に臨む攻撃のキー選手のジーノと赤崎のせいだと記事には書いてあったのだ。
「やっぱりあの記事も読んじゃってたのか……キミは本当に馬鹿な子だね、見なきゃいいのに」
「英断が必要だとか……あいつら、王子のことなんもわかってねぇくせに……」
気まぐれの不動の10番様。そんなの遠い過去の話だった。なのに、やはり延々とついてくる過去のレッテル。ジーノはいつも自業自得だからとさらりと受け流し、心を入れ替えても結果もついてきていないし、コンディションにムラがあること自体は昔とたいして変わらない、などと笑った。ジーノは強い。そんなものに振り回されもしないからこそ、彼はどんな記事でも他人事のようにサラサラと気軽に目を通す。益々魅せられてしまうその姿に、赤崎は更なる尊敬と悶える程の嫉妬に狂う。
「スイマセン、俺が……もっと動けてたらあんなこと言わせなかったのに!」
自分を思って勝手に胸を痛める赤崎の姿に、ジーノは悲しみを感じながらも一瞬喜びを感じてしまう。自らの今の優しさはこんな彼の苦しみの甘露を嘗める為の私欲なのか。ジーノがこういう形で自身を恥じていることなど、当然赤崎が知る由もなく。
「ね、お願い、ザッキー。今はもうしゃべらないで?」
堪らなくなってジーノはその唇で次なる言葉が零れ落ちるのを塞いでしまった。
「ねぇ、ボクはキミが思う程万能じゃない」
抵抗して見せる赤崎に悲しい顔でジーノが言う。
「そりゃボクはキミの言うように彼らに何書かれたって平気さ。でも……」
「でも?」
「キミがそんな風にボクのことで悲しい顔をすることには……とてもこれ以上耐えられそうにない。お願い」
耐えられそうにない。この、赤崎の悲憤が生む自身の悲しみと喜びのジレンマに。屈折した自分の愛に挟まれて、ジーノの表情がみるみる強張り始めてしまう。その姿から目を逸らす赤崎の視線はそれを捉えることが出来ない。
「キミはそんなに辛いのに、ボクは……どうしていいんだかわからないんだ、本当に……ゴメンね?ザッキー。苦しいよ。お願い、もう」
我慢できない、と。そんな一言を口にする前にとっくに赤崎はカウチと、そして深い夢幻へと沈められていたのだった。ジーノのその甘美な指先によって深く、深く。その言葉と行為を受けて、赤崎の無自覚なその腕がふわりとジーノの背に回る。そんな仕草がジーノにゾクゾクとした官能を呼ぶ。
(なんだかんだボクをこんなにも振り回してくれちゃて、キミは本当に大したもんだよ。結局は全部キミの掌の上なんじゃないか)
未だかつて経験のない、痛感するような卑屈の快楽。尊大な男が刻まれるように感じている今のこの感覚は、己の中の自分本位な小さな愛とその羞恥。
「ボクはこんなにも弱いのだから、あんまりいじめないでおくれよ」
ジーノがそれに対してこんなにも疲弊し、足取りもおぼつかない程酩酊していることなど、やはり追い詰めている当の赤崎は気付くこともなかった。もはや強靭を装う目の前の男がキスの一つでもしないことにはどうにもふらつき、崩れ落ちるように己の全てを赤崎に預けてしまっているというのに。
「本当は全部わかっててやってんでしょ。ねぇ、ザッキー?」
[maroyaka_webclap]
