絆に結ばれて 2
ガンナーズ戦(ホーム)から最初の五輪予選が終わる頃までのジノザキ。一応回想のものも含めて出来るだけ時系列に並べてみました。そのため展開2系統がグチャグチャ混ざった形となりなんとも読みにくく申し訳ないです。章タイトルが2文字のものが裏でそれ以外が表ですのでそれを目安にしていただければ幸いです。因みに作中ジーノが使用している包丁はハーブチョッパーです。
食べよう~ご飯
この家のキッチンを見た時、俺はそのあまりにも殺風景にとても驚いた。炊飯器もなければ四角いマナ板もない。鍋も数える程で食器までほとんどない。だから最初にこの家に訪れた時、王子は自炊などしない人なのかと思っていた。あの頃は外食か、家で食べるにしてもケータリングなんか買い込んでくることが多かったせいもある。
ダイニングテーブルに大人しく待っている俺をほったらかしに、王子はいつも鼻歌交じりで料理をする。本当に彼は恐ろしく起用で、いつも見ていて感心してしまう。でも、なんだか少し違和感がある。なんというか俺の知っている調理とはあんなのじゃない、そんな感じ。トマトも玉ねぎもスラスラと鍋や皿の上でそぎ切るようにする仕草は何度見ても見慣れない。奇妙なあの両手持ちの包丁にしてもそうだ。小さい丸太の輪切りようなものが所謂マナ板なんだと言われても俺はやっぱり納得できない。王子はよくこぼしてるし、あの小ささは理に適っていない、絶対サイズがおかしい。出てきたサラダに生のキノコ(※ポルチーニ)が入っていたのには面食らった。遠征先のホテルにあった日本茶のパックを気に入って余りを大事に持ち帰った王子がある日、あれ飲もうよと急須にパックと水を入れてレンジにかけた時には思わず何考えてんだと声を上げてしまった。ポットにお湯がないんだもんと澄まし顔の王子は、素で何がおかしいのか全く理解していなかった。
奇妙な所作の数々は王子の流れるような美しい仕草とあまりにアンマッチでやっぱり何度見ても笑ってしまう。ああ、やっぱりまた荒く刻んだ野菜をキッチントップにこぼしてる。まな板のサイズと形が変なんだやっぱり。けれど王子の調理は大味で雑にしか見えないのに、火加減味加減ばっちり決まって、最終的には高級レストラン顔負けの美しさに仕上がる。そしてとても美味しい。イタリア料理とは日本のそれとは根本的に勘所が違うらしい。
「何?なんか面白いことでもあった?」
「いえ」
「変なザッキー」
母方がイタリア系なのも原因なんだろうか?調理だけでなく洗濯、掃除、様々な場面で不思議がある。自分の日常が俺の非日常だなんて、王子はちっとも思ってもいないのだろう。
* * *
ある日、俺がたまには白いご飯が食べたいと言ったら、彼は米を研ぎもしないで圧力鍋をコンロにセットし、ピッピピッピと何やら喧しくスイッチを押している。何やってんだと驚いてストップをかけたら、キョトンとした顔をして
「え……ボク、いつもそうしてるけど」
と澄まして返事をする。
「何、悪い冗談……」
「冗談?」
王子との噛みあわないちぐはぐな会話の中で、どうやらイタリア米は食べる際に研ぐ風習がないということがわかってきた。考えてみればこの家にはまず炊飯器がなくて、つまりそれは彼が自宅で白米を食べる習慣がないということで。
だから、プライドの高さから、さも当たり前のように物事をやりこなそうとする彼には、細心の注意が必要だということもあの日俺は知った。
「つまらない見栄はらなくても、知らないなら知らないって最初から言ってくれれば」
「だって、一緒だろ?ボクだってリゾットならよく作るし同じお米なんだからなんとかなるかなと」
「なんとかなるどころか最初の一歩から間違ってるだろ!」
「だってそんなのわからないよ、ご飯炊けるのなんて見た事ないんだから」
口を尖らせる王子を押し除けて、思わずチクリと口からついて出る嫌味。
「そんなこと言って。父親だって日本食は食っただろうし、彼女とかご飯作ってくれる時だってやってたでしょう?」
「そんなもん興味ないからイチイチ見てないよ。ボクは自分が興味あるレシピ以外の時は食べる専門だからね」
「はぁ……」
「何?」
「あんた時々とんでもない暴君に見えますよ……気の毒に」
「なんかおかしいかい?だって頼みもしないのに勝手に相手がやってることだよ?あの子ら使った後も綺麗に掃除しないし人んちのキッチンをなんだと」
「はいはい」
「ザッキー!」
「あー、うるさいなぁ!いいから知らないならちゃんと見ててくださいよ!」
プリプリお冠の王子に、ザルとボウル!と言ってそれを用意させる。王子の綺麗好きは最早異常だと思うレベルで、曇りひとつ残さない完璧なキッチンの片づけはそうそうマネ出来るものでもないと彼女達じゃなくても俺でも思う。でもこれもまたイタリアでは当たり前のことだそうで、ズボラだと思っていたイタリア人のイメージが王子のおかげでドンドン変わっていくことになるのだった。
「ザルに入れて洗うと下手糞でもお米零さないで出来るから」
「なんかイチイチ角立つ言い方するね」
「ごちゃごちゃ言ってないで!いいですか?こんな感じで」
「へー、なんか面白いね」
「ったく、俺も下手だからザル使ってるって話ですよ。でね、あんまり乱暴にするとお米割れちゃって美味しくないから力加減はこんな感じで」
王子の手を取り、一緒になってお米を研ぐ。戸惑いが指伝いに感じられて、なんだか俺まで変な気分。たかがこんなことで。変だろ。マジで。
「水加減は手をこうして入れて、大体これくらいかなぁ?手首が隠れるくらいの……」
最初に比べれば幾分大人しくなった王子は、ふむふむ、と感心するように俺の作業を眺めている。
「あとね、すぐ炊いちゃダメ!30分くらいはこのまま置いとかないと」
「はぁ、随分面倒なんだね」
「面倒とか言わない!」
炊飯器買ったほうがいいのかな?と溜息交じりに呟く王子に、
「炊飯器でも一緒ですよ」
「え、マジで?」
「あ、そうだ炊飯器と言えば。考えたら俺、圧力鍋でご飯炊いたことないんだけど」
「安心しなよ、ボクもないさ」
「いや、そうじゃなくて」
「何?」
「炊飯器はスイッチ入れるだけなんだけど、これだとどうすんですかね」
「?」
ご飯ひとつ炊くのにこんなに苦労するとは、と俺が苦言を呈しながらネットで検索をし始めると、全くキミの我儘にも困ったもんさ、と王子が返事をするので、思わず俺は彼に殴りかかろうとし、彼は阻止するように俺をこそがそうとし、結局そのままじゃれにじゃれ合い、そして、そして。
結局その日は定食を食べに二人、夜更けにノコノコ出掛けることになったのだった。
「やっぱりさー、こんな遅い時間にこんなもの食べちゃってたら、体にいいことないと思う」
「誰のせいだ!」
「キミのせいだろ?」
「食うだけ食ってから言いますか?大体あんたが延々しつこいからこんな遅くなったっていうのに」
「えー?だってせっかくなんだもん楽しまないと。キミだって随分」
「ちょっと黙ってくんないかな!ここ、外だぞ!」
「うるさいのはキミのほうだよ?夜遅いのに、ご近所迷惑もいいとこじゃないか」
お腹一杯食べてお店を後にしながらこんな風にペラペラ嘯く王子は突然、電器屋開いてるかなぁ?と言い出し、
「電器屋?」
「炊飯器。いるでしょ?」
「え?」
「お米、まだあるもん。もうやだあんな面倒なの」
「全くですね」
「もう、お米研ぐの面倒だから無洗米買ってきたのになー」
突然何を、と驚いていたら、王子はこう続ける。
「圧力鍋ならスイッチ入れて正味15分って聞いてたから楽だなって思ってたんだけどやっぱ結局色々面倒だったね。だから買ってこ?炊飯器」
「あんた最初っから全部わかってたのかよ!ふざけんな!」
「ハハハ、だってザッキーがあんまり健気だからさー」
彼は、なんというか、本当に性悪だと思う。
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