お花結び

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絆に結ばれて 2

ガンナーズ戦(ホーム)から最初の五輪予選が終わる頃までのジノザキ。一応回想のものも含めて出来るだけ時系列に並べてみました。そのため展開2系統がグチャグチャ混ざった形となりなんとも読みにくく申し訳ないです。章タイトルが2文字のものが裏でそれ以外が表ですのでそれを目安にしていただければ幸いです。因みに作中ジーノが使用している包丁はハーブチョッパーです。

食べよう~ドーナツ

「あのね?念のため言っとくけど、これって怒るとこじゃないからね?喜ぶとこだから。わかるでしょう?ね?Sorisso、Sorisso(注:笑顔)」
「ったく!ざけんな!嬉しいわけねーだろ!」
「あー?恥ずかしいんだ?耳真っ赤だよ?」
「お……怒ってんだよ!」
「またまたー。今の顔は怒ってるのとは少し違うよ?」

 今日も今日とてまるで子供のじゃれ合いのような言い合いをしながら過ごす、二人っきりの楽しい楽しい時間。夕飯と片づけを済ませた後のこのひと時を、ジーノも、そして赤崎もとても愛していた。

   *  *  *

 そして、今、暫くしてからジーノはいつもの通り一人席を立ち、冷蔵庫から取り出した冷水をホンのグラスに半量口にしながら、そこでもやっぱり、フフフ、と笑っていた。出てくる微笑が一通りおさまって、ジーノはなんともいえない感覚でそのままキッチンに佇んでいる。独りぼっちだった自分の日常と、今の驚くほどの安心感のある生活を比較して。こうして以前と同じに水を飲んでいるだけでも全身が充実を体感し続けていて、ジーノは少し眩暈にも似た幸福の中にいた。息が出来なくなるくらいの快感だった。

「王子」
「え?」

 呼ばれてふとジーノが顔を上げると赤崎がいつの間にか隣に立っている。

「どこの宇宙人と交信してたンすか?」
「またそういうことを言う」
「まだ犬より宇宙人の方が人類なんだから俺よりマシでしょ」
「だって地球内か地球外かって考えたら、宇宙人の方が距離的にはかけ離れてない?」
「それより水、俺にもくださいよ」
「いいよ?でも、あれだね。お行儀悪いからまずは……」
「ん?」
「“おすわり”だよ?ザッキー」
「あんた、自分は今、そこで立ったまま飲んでたじゃないッスか!」
「ボクはいいんだよ」
「なら俺だっていいでしょ!」
「~~△~~■~~~○×」
「なんッスか、急に。それ、宇宙語のつもりッスか」
「あ。わかった?」
「まぁ」
「イタリア語とか思わなかった?」
「そんなん、違うくらいわかりますよ。あんたよく普段からイタリア語しゃべってるし」
「なんか、あれだよね。キミ、最近ホント、ボクのことわかってきたよね」
「はぁ?さっぱりッスよ。さっきも今も、マジ、意味わかんねぇ。でも地球外生命体だしそんなもんでしょ」
「で、どうする?」
「なにがッスか?」
「ドーナツ食べる?って言ったの。さっき宇宙語で」
「……食べます。てか、わかるわけねーし」
「フフフ、やっぱ馬鹿だ。こんな時間にそんなの食べるなんてアスリートの風上にもおけないね」
「あんたが薦めたんでしょ!それに、馬鹿、馬鹿って言い過ぎ」
「うわー、こわい。玄関に猛犬注意のシール貼っとかなきゃ」

 なんだか、最近王子と話しているといろんなことがどうでもよくなってくる。赤崎はぼんやりとそんなことを考えていた。今、彼の言葉の数々には、策略も、作戦も、演出も、嘘も、赤崎の心を濁らすものがなんにもなくなっていて、それは大層奇妙で不思議で、上品で下品で、真面目でふざけてて。そんな彼特有の、とても奇妙で魅力的な。

「……」
「ん?どしたの?ザッキー」

 美しいその響きは音楽のように体に沁み込み内臓を揺らし、笑顔から零れ落ちる一面にたゆとう色香はむせ返るほどの深さ濃さ。

 小首を傾げている男に赤崎はさっき自分が言われたように、ソリッソ、ソリッソと言いながら片方の口角だけ上げて皮肉交じりの苦笑いをした。
 ジーノはその様子に、うん、いいSorisso、とわざわざ赤崎のひきつった頬を軽く摘み上げては満面の笑みを浮かべた。

「はにふんでふか!(何すンデスか!)」

 赤崎がフガフガと言いながら軽くジーノの手を退けようとすると、さらりと身をかわした男はいつの間にか用意していたドーナツの入ったお皿を二つずいっと差し出し、ついでにチュッと痛みをとるおまじないのように頬に軽いキスをした。赤崎は面食らいながらも、溜息交じりに

「あんたってつくづく平和でいいですね」

と言えば、

「そっか、これって平和ってことなんだ」

と全くとぼけた返事をする。
 ポカンとした顔で呟く腑抜けたジーノを眺める赤崎は、この人は本当に掴みどころの無い人だ、と益々呆れる。勿論悪い意味ではないのだけれど。わかりやすくてわかりにくい。それが面白い。さっきジーノが口にしていた台詞を、まさにこの時赤崎も体感していた。平和だ。つくづく。なんだこの呑気な世界は。

「何?どしたの?」
「なんでもないッス。食べましょ、ドーナツ」

 ジーノは笑いながらもう一度、おすわり、と言ってダイニングのテーブルを指差した。

「しつこい男は嫌われるって前にあんた……」

 そう言いながらジーノの方を振り向くと、後ろをついてくるはずだったジーノは我関せずといった風情でコーヒーを淹れる準備を始めていた。平和そうに、鼻歌なんかを口ずさみながら。

「王子、どうせならあれ作ってくださいよ、マロッキーノ」
「ダーメ、あれは雨の日専用」
「ケチッスね、王子」
「ドーナツに甘い飲み物なんてそんな体に悪いことさせられないもの、わかってよ」
「あんたねぇ、言いたかないけど、そもそもドーナツ買ってくる時点で」
「買ってきたんじゃないよ、今日帰りにお土産いかがですかって言われてさぁ?ちょっと迷ったけどキミ好きなの知ってたから。喜ぶ顔が見たかったんだよ」

 赤崎はこの話を聞いて、今日ジーノが取材ではなく気の早い来季の契約サインを貰いに駆り出されたのを思い出した。冗談だと思っていた“ジーノが差し出せば契約書に目も通さない勢いで判を押す”という噂はあながち嘘ではない程度には、肩サポのあの企業がジーノ好きであるという事を最近知ったところだった。

「だからわざわざこのためにボク今日はちゃーんと油分抑えた夕飯を用意してたんだけど、その秘められたボクの優しさにキミは気づいてくれた?」
「あーあー、そーですかっつか言った時点で秘めてねぇけど」
「何さ」
「どうせあれでしょ?ドーナツ食った後は、腹ごなしに運動が必要だしね、とかなんとか理由こじつけてまた俺のこと……あんたって最近そういうとこあるから」
「よくわかったね」
「マジかよ」
「そりゃ……しょうがないじゃない?キミとするチャンスがあればさ、どんなもんでもボクは拾わざるを得ないし」
「なんだそれ、しょうがないとか」
「フフ、何?気に入らないのはそこなの?じゃあ、もう少し率直に」
「いいです!わかりました食べましょ?王子。そろそろコーヒーの準備も終わったろうし」
「ああ、そうだね、そうしよう」

 そのあとは互いにドーナツを味わいながら、そしてすぐさまそっちのも味見させてよと当たり前のようにキスを交わし。まるで熱を二人に奪われるかのように、コーヒーはみるみるぬるくなっていく。

「わー、何これ!ぬるいコーヒーなんて全然美味しくない!」
「誰のせいだッつの。ほら王子、ブチブチ言ってないで早いとこ片付けちゃいましょう」
「はぁ、そりゃそうなんだけどねぇ、フフ、参ったなぁ?ザッキーには」
「何が」
「そんなに早く早くって、慌てなくってもさぁ?お待ちかねのベッドタイムはホンの数分後だよ?だから大人しく“待て”しててよねぇ?」
「言ってろ」
「ハハハ、まあ、あんまり待てないようなら片づけは明日でもいいけどね?そうしちゃおっか?」
「ちょっと。あんたの方が上手に“待て”出来てないじゃないッスか」
「違うよ、キミの方が、でしょー?」
「あんたの方が、だー」
「どうだかねー?」
「どうだかなー」

 ジーノがまるで望遠鏡で覗くかのように左の人差指と親指で輪を作って、どれどれ?と目に当てれば、それをマネするかのように赤崎もまたドーナツのような輪を両手で作って簡易双眼鏡にして、どれどれ、と同じように覗きこんでいた。

「あー、なんてこと。これは重傷だよザッキー」
「ホントだ、これは重傷ですね王子」

 子供のように馬鹿なことをやり合う、こんなじゃれ合いのひと時を、ジーノも、そして赤崎も、とても、とても、大事に思った。

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