お花結び

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俺と王子と情熱と

時々ジーノの家に遊びに来る程度のまだ出来てないジノ→←ザキ。なんちゃってアドベントとしてクリスマスに向けて連載やりました。しかし予定が狂って年末まではみ出してしまった……「私の書くジノザキから連想した文章」を書いていただいたので、それをベースにスタートしました。

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Adventus 09

 それは思わず漏れ出た悪態だった。距離も遠いし声も小さい。いくらなんでも聞こえまい。我に返って顔を上げたがそれは念のための確認だ。なのに王子と目が合った。

(やべ、マジか)

 穏やかな彼は首を傾げてこちらの様子を伺っている。俺は咄嗟に、何かあったか?と素知らぬ顔。すると王子は苦笑いをして、少し肩を竦めて去って行った。

(うわー、あのリアクション、聞こえたのかどうなのか全然わかんねぇ……)

嘘が下手なのは周知の事実、ややわだかまりの残る一瞬だった。

 ともあれ、彼はカフェオレを作る。ミルクを温めながらコーヒーを淹れる。随分と手慣れた様子で作業を進める。そんな王子をウットリ見入る、この時間はまさに至福と言えた。

 匂いと記憶の繋がりは強固だ。ビターでスイートな香りが立ち込め、毎回俺は思い出す。繰り返し繰り返し二人で過ごした、コーヒータイムの記憶の数々。物語と呼ぶにはささやかすぎる、小さくてちっぽけで、でもとても大事な二人の思い出。俺にこんな幸せがある事を、おそらく誰も知らないだろう。きっと王子も知らない事だ。この瞬間がこれ程までに俺の心を満たす事実を。

 この幸せな時間が俺の人生に生まれたのは、ある寒い夜の事だった。

 試合で大きなミスをした日、俺は突然この家に呼び出されたのだ。お説教かと内心とても緊張していた俺に向かって、

「外、寒かったでしょう。取りあえず何か飲むかい?」

 と王子が言った。普通は煎茶かコーヒーだろう。けれど王子の家に煎茶があるとは思えなかったし、かと言ってコーヒーは少し苦手で、ちょっと考えてこう答えた。図々しいかと思ってもみたが、それを気遣う性分もない。

「カフェオレ、いいですか?遅い時間カフェイン多くとらないようにしてるし、牛乳は夜飲む方が骨密度上がるらしいんで」
「え?カフェオレ?そんなの入れた事ないよ」
「ああ、じゃあ水でもなんでもかまいません」
「そんなわけには……ラテなら、いや、それじゃ駄目なのか」
「?」
「……あ、ワインは?ホットワイン。丁度オレンジも一つ残ってるし」
「俺、今日車で」
「そっか、じゃあ、ホットミルク?それなら」
「なんかスイマセン気使わせちゃって」
「いや、こちらこそ」

 それから王子は結局コーヒーを淹れて、俺には予定通りホットミルクを作ってくれた。

(なんだコーヒーあるんじゃねぇか。ちょっとこっちに足すだけでいいのに)

 訝る俺を見ながら王子は言った。

「次来るまでには準備しとくね」

 お説教タイムを覚悟していた俺ときたら、次もあるのかとドキリとしつつ、なるべく無表情を心掛けながらホットミルクに口にした。吃驚するくらい美味かった。この世にコーヒーフレーバーなるものがあるという事を、あの日初めてここで知った。

(あの後結局ただ菓子つまみながら二人でお茶して……とうとう痺れ切らして俺が呼び出した理由は?って聞いたら、そん時の王子の顔ったらなかったな……ククク)

(理由?暇だったから……って、なんだそりゃ。ホント変わってるよこの人)

 次に電話がかかった夜。

「また暇なんですか」

と俺が言ったら、

「失礼だなぁ」

と不機嫌になって、でも、

「そりゃそうさ、じゃなかったらなんでキミに電話なんか」

とすかさず言うので思わず俺は笑ってしまった。

 これはその夜の事だった。

 細口のポットを持つその姿はまさに職人そのもの、バリスタみたいだと俺が言えば、バールマンと呼んでおくれと鼻で笑った。何でも余裕でこなしてしまう、そんな王子のドリップコーヒー。あれが最初の一杯だなんて俺は一つも気付かなかった。俺の為だけに一式揃えて、なのに取り立てて誇る事なく、美味しいと言っただけでとても満足そうに笑っていた。

(そうだよ、食堂でドリさんからコーヒーの話聞かなかったら未だに俺わかんないままだったんだな)

 かつて、存在自体あり得ない、とまで吐き捨てるように語ったドリップ式で、王子は俺の為だけに今日もゆったりとカフェオレを入れる。ラテもオレも、豆の違いも、何一つわからない俺の為に。時間とお金を投じてあの人ときたら、何気ない素振りでマグを差し出し、普通の顔して笑うのだ。

 彼の言う「特製」の本当の意味を、今は俺も理解していた。けれど王子は説明もなく、だから俺も口にもしない。

 王子のやり口は時々そうで、あまりにさりげなくわかりにくい。おそらく大部分の人間がそこに意外性を見るに違いないが、俺はこの上なく彼らしいとまで思っている。氷山の一角のような優しさに偶然の様に触れるにつけ、俺は益々この王子という人間性に例えようもない好意を寄せた。悪ふざけが過ぎるところもあるとはいえども、彼は極めて美しい心の持ち主であり、それを隠さんとするためなのか彼は膨大な嘘を要した。

 王子は自分が恐いと言った。

 つい今しがた聞いた言葉も、本音か嘘かもわからなかった。意地悪な王子、優しい王子。あれを言ったのは誰なのだろう?

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