俺と王子と情熱と
時々ジーノの家に遊びに来る程度のまだ出来てないジノ→←ザキ。なんちゃってアドベントとしてクリスマスに向けて連載やりました。しかし予定が狂って年末まではみ出してしまった……「私の書くジノザキから連想した文章」を書いていただいたので、それをベースにスタートしました。
Adventus 08
時計を見るとそれなりの時間。こんなに遅くまでここにいたのは、今日が初めての事だった。
日頃彼はぼんやりと、何を考えているのかわからない。けれど、何か調理をしている時はそれなりに集中しているような気がするので、きっとこういう事が好きなのだろうと思った。
(王子ってホント何やっててもヤバい位絵になるんだよなー)
いつものようにじれったい位の速度でお湯をたらし、時々小さく息をつく。
(いや、絵になるっていうか、変な話だけどなんかこう、“エロい”んだよ……無駄に)
キッチンカウンターにお店を広げ、息をつめてドリップする。その表情は真剣そのもの、王子は今、あんな淹れ方あり得ない!と語ったらしい、大っ嫌いなその作業を俺の為だけにこなしている。
(長年日本に住んでても変なとこイタリア人風でなんか笑える。カッコつけてやってるのかと思いきや、時々素で頑固なだけなんだもんな。ホント変わってるよ)
(多分どんな朱に交わっても王子は永遠に王子だな、きっと)
ツラツラと何てことはない事を考えながら、俺もまた息をつめて王子を見つめる。
(隣に座り合う時間よりも、やっぱこうしている時の方がなんか近しく感じる)
彼の行動は自分本位で、そこに妥協は一つもない。好きな事は好き、嫌な事は嫌、手を付けるとなれば心に折り合いがついている証拠。どうせやるなら完璧に、と、今ある彼のマニアックな職人気質を俺への愛情にすり替えて何が悪い?誇大な妄想は嘘ではない。王子が神経尖らせ俺に時間を投じている事実は変わらない。王子の性格が頑固で強情であるほど、ドリップ式に否定的であればあるほど、俺はそこに心を感じた。
(なんかゴメン、王子。俺も大概、性格悪い)
王子用、俺用、二種類の豆に、ミルクと複数のフレーバー。仲良く混ざり合ってこの瞬間だけの香りが出来上がる。それを鍵に俺は沢山の至福を想起し、また、新たなる記憶を刻み付けていく。王子はからかい、俺はめちゃくちゃ。先程の時間は結果次第で俺の「大切」を壊すのか。
(駄目だ、もしかしたらこれを見るのも今日が最後かもだなんて、そんな事思っちまったら、俺……)
自分で考えている以上に俺は深く傷ついていたようだった。
王子に心を弄ばれて、それでも「好き」が変わらない。彼は何も考えるなと言い、考える事が出来なくなるまで追い詰められた俺は未だに、何かを必死で考えていた。だって、心に引っかかるのだ。何を考えればいいのかもわからないまま、こんな事はもうやめてしまいたいのに、やめてしまえるなら最初から。
(……なんかもう、限界かも。だって王子は多分ずっとこんな人だ。真面目な顔して嘘をついて、でも何をやっても許されるって、そんな事すら確信してて。そんで俺はいつも凹んで、機嫌取りされ、またやられる)
この香りはちっぽけながらも紛れもなく俺の幸福の象徴だった。でも、やはり少しずつ過去のものになっていく予感がした。嗅いだ瞬間思い出せても、匂いは記録に残せない。将来今を慈しむ思いが湧き上がっても、材料一つ知らない俺にはこれを再現する事すら叶わない。
(ん?なんか今、ひっかかっ……)
「お待たせ、ザッキー」
王子が戻ってきたので、記憶は瞬く間に霧散した。
「どうしたの?ここ、置くね?」
「あ、ども」
(……なんだ?……ま、いっか)
フレーバーシロップを垂らしたそれは彼の言った通りいつもよりも少し甘く、ささくれた俺の心を癒してくれた。配合?そんなのその日の気分だ、と嘯く王子はいつもその時の気分にピッタリの味を提供する。バニラ、キャラメル、ヘーゼルナッツ。マロン、シナモン、アーモンド。なんでも凝り性の王子は俺をキッカケに沢山のシロップ瓶を用意しては、香りづけされた豆もあるとか、一緒に買いに行こうと誘われた。
(そんなに買ってどんだけ俺に飲ませるつもりなんだよって、俺が怒鳴って、王子は笑って、ああ、なんだか結構最近のはずなのに随分昔の事みたいな気がする。酷く疲れてるんだな、俺)
カップの熱が俺の指先を温めてくれる。糖分が体に沁み込み、僅かな苦みが後を引く。けれど俺はとても気怠く、やめられない酒のようにもう一度特製カフェオレを口にする。
(今日はバニラか。やっぱ、うまぃ)
飲む毎にねっとりと舌先にまとわりつく甘さが俺を支配し、じっとしていながらもふわりふわりと体が揺れているような感じがした。
「……かな?」
「え?」
濃厚な香りで脳も麻痺して夢心地、王子の一言を聞き逃す。
「ちょっと甘すぎたかな?って」
「……いえ、丁度いいッス」
「そ?良かった」
このやりとりもいつもと同じ。様子を伺い、楽しげに笑う。この瞬間があるからこその、俺の至福の時間だった。けれど、今日はやはり物理的に近づくほどに王子と自分の距離を感じる。
(そういえば今までまずい食い物出されたり変な店連れていかれた事、一回もなかったな。王子こう見えて食い意地張ってるから、かなりこだわりもあるんだろうけど、そういう事だけじゃなくて、食べ物の趣味がなんか感覚的に合ってるっつーか……)
俺は比較的なんでも食うタイプではあるのだけれど、“食える”と、“美味い”と、意味が違う。文句も口にした事はなく、けれど昔から家族にはうるさ型だと煙たがられた。
(こちとら体が資本だからな。大事なのは栄養素で、味は別に二の次で。ずっとそんな風に思ってきたけど、王子は楽しい事が大切と言った。なのにこの人との食事はいつも美味しくってバランス良くて、腹立つくらいにセンスもよくて)
王子との日々の中で、色んな事を学ばされた。俺の考えた最優先事項の数々については、彼にとっては寧ろ最低限の常識だった。彼は俺の思う幸せ条件の中に当たり前の様に生活していて、まだ気づいていなかったよりよく生きる在り方の形をいくつも俺に提示した。5年後はああなっているんだろうかと夢を見つつも、5年前の王子が俺のようだったはずもなくて、人知れず消沈と嫉妬に包まれ。
(でもそれでも王子との時間がこのまま無くなってしまったら、きっと俺の成長も随分と違っ……)
自分の心に自然に湧き出る惜別や未練のようなものを見つけて、ちょっとずつ気持ちが沈んでいく。恋心が冷めるのは一瞬の出来事だと聞いたことくらいあったけれど、彼への思いが恋であるのかどうかすら咀嚼しきれなかった俺だったので、今自分に何が起きているのか、もっとわかりはしなかった。
「しっかしキミは何飲み食いさせても丁度いい丁度いいばっかりで」
気落ちする俺を知ってかしらでか、王子が明るく話しかける。
「はぁ……」
「もしかして、おべっか?」
「ハ、なんスかそれ」
「そうだよね、そんなの全然キミらしくない」
「そりゃそうですよ、なんで俺が王子にワザワザそんな真似を」
「馬鹿舌なの?」
「バッ、丁度いいから丁度いいって言ってるだけでしょう?」
「だってさぁ、アハハ」
「ったく王子はどうしようもねぇな」
「ボールと同じで根性も曲がってるって?」
「上手いコト言いますね」
そういう彼の手元にあるのはカフェコレット。度数の高い酒入りの、イタリアンロースト豆使用のエスプレッソは、この家に来る事がなければ一生知らないままだったろう。
「ホント、王子はへそ曲がりで」
「だって」
ケラケラとご機嫌の様子がまた変わる。何を言いかけたのかと顔を上げると、琥珀を一口、こう続けた。
「……キミはこういうボクが好きだから」
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