お花結び

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俺と王子と情熱と

時々ジーノの家に遊びに来る程度のまだ出来てないジノ→←ザキ。なんちゃってアドベントとしてクリスマスに向けて連載やりました。しかし予定が狂って年末まではみ出してしまった……「私の書くジノザキから連想した文章」を書いていただいたので、それをベースにスタートしました。

        ジノザキ

Buon Natale!

「ザッキー、寝ちゃった?」

 ぬくもりと安寧のまどろみの中、遠くで王子の声がする。

「……ん、起きてますよ?」
「そう?……随分長い事黙っていたから」
「ああ、あれか……流石にずっとこんなってマズいですかね?ほら、コーヒーが。ソファもラグも……乾いちゃったら益々シミ取れそうにないですよね」
「そうだね。まあ、いいさ。そろそろ変えようと思ってたとこだし、どうでもいいよ」

 彼が言葉を口にする度、その振動が直接体に響いてくる。囁きのような小さなものでも、王子の声はよく通る。深くて甘い弦楽器のような、どこどこまでも波を届かす低くて不思議な音だった。

(なんでもいい。もっと喋って、王子。沢山聴きたい、こんな風に全身で王子の声を感じたい)

 うっとりと王子の音の世界に浸る。初めての距離感、未知の感動。俺は音楽が好きだけれど、お気に入りのどんな曲を聴くより今が一番心地良かった。

「……王子洋服にもかかっちゃいましたね」
「ザッキー、それはキミもだろう?どっちかというとキミの方が沢山かかったんじゃないのかな」
「ああ、まあ、背中の方はちょっと冷たくなってきました」

 そして王子は、いきなりハッと我に返ったように。

「え?本当?気付かなかった。今更だけど火傷しなかった?」
「大丈夫です、結構ぬるかったし」

 濡れた場所を確認しようとしてか、王子はやわやわと俺の背中を撫でる。それも随分心地良い。

(ああ、王子、優しい)

 頬を摺り寄せ甘えるように、もっともっと、こうして居たい。けれど王子は俺に言う。

「ホントだ、この辺冷たいね。駄目だよ風邪ひいちゃう」
「大丈夫ッスよ」
「駄目だよ、なんか貸してあげるから着替えて?」
「じゃ、もう少し後で」

(……なんかこう、そうやって腕を回されるとまるで王子に抱き締められてるみたいな気がするんです。だから王子、もっと俺を)

 このまま、と忍びない意思表示として、ギュッと王子にしがみ付く。すると。

「聞き分けのない事言わない。商売道具は大事にしなきゃ」
「でも」
「でもじゃない、さあ」
「嫌です、もう少しこのまま」
「ザッキー」
「お願いします、王子」

 すると王子はあきれたように?俺の頭をポンポンする。まるで子供扱いの行為、けれどそれが嬉しかった。王子はまだ俺の答えを肯定しなくて、でも前と変わらず大いに俺を甘やかす。

「しょうがない子だな、じゃあ」
「じゃあ?」
「シャワーは今すぐ、それは絶対。そのかわり」
「?」
「今日は泊まっていく?」

 思わずガバリと起き上がると、王子の方が驚いていた。

「やだな、冗談だよ」
「え?冗談?いや、だって、え?俺……」
「たまにはゆっくり話しながら、そんな夜もいいんじゃないかなって。でもそんなわけにもいかない事くらいキミも普通にわかるだろう?ちょっと思いついてしまっただけだよ」
「え?そんなわけにも?え?そんな?どんな?」
「やだな、そういう意味じゃないよ?」
「そ、そういう意味ってどういう?いや、あの、俺は別に」

 動揺のあまり染まった俺の頬をチョンチョン王子が指差し言う。

「明日はキミ、朝から練習あるでしょって事。泊まって行ったら寝坊なボクにつられてお休みしちゃう事になるかもよ?」
「あ、え?そういう意味?そんな、え?それは別に、目覚ましとか、つられ?」
「……」
「え?」

 しどろもどろになってしまった俺を見上げながら、王子がゆったりと微笑する。

(あ、この顔……)

 俺の好きな、この家だけの、王子の顔。彼がドンドン、元の姿を取り戻していく。

「本当に駆け引きが苦手なんだね。可愛いけど、やっぱ馬鹿だ」
「ば……」
「すっごく面白いね。ザッキーって。可愛いよ?」

 攻勢だった戦況が一気に後手に回り始めていた。追い込み切れなかった詰めの甘さと、やっぱりこんな余裕の王子が自分はとても好きなのだと、俺はこの時同時に思った。

「ともあれ、どちらにせよ着替えるだけじゃなくて体も洗い流さないと……じゃない?」

 髪を梳き、子供をあやすように王子が言って、ついうっとりしかけていたら、さっさと行くように指示される。

「ほら、ごらん。ここ。髪にもかかってるじゃないか」
「俺が先ッスか?」
「何か?」
「いや、だって王子だってコーヒーかかってるし」
「一緒に入ろうって?随分積極的だね」
「違ッ!」
「だから冗談だって」
「!」
「行っておいで?お利口さん」

 パチンと魅力的なウインクを一つ。それだけで俺はドキドキした。

「……いや、ちょっと待て王子!」
「?」
「あやうくおかしな話になりそうだったじゃないですか!俺達別に風呂なんて毎日のように一緒に入っ」
「?」
「だ、だから……別になんもおかしい事なんてねぇし?積極的とか、なんだって、話で……」
「うん、それで?」
「別に、二人で入っても普通だろって……?んだよ、その顔」
「いや、まあね?確かに恥ずかしがる筋合もない。っていうかキミも案外やるじゃない。よく気付いたね」
「馬鹿にしてますか?」
「フフ」
「だって当たり前じゃないですか、風呂程度、い、今更の……そんな事言い出したらこれからお互い仕事になんねぇし」
「そうだね。全然意識し合う必要なんてないよね、お互い十分見慣れてるんだし」
「そ、そうですよ!ったく、何言ってるンスか!」

 流れのままにこうは答えてみたものの、俺は恥ずかしがる筋合もないと言われた事で、寧ろ強烈な羞恥に包まれてしまった。

(王子、今、み、見慣れてるって言ったか?十分ってどういう意味だ?気付かなかったけど、もしかしてこの人、俺の裸いつもしげしげ、み、み……???)

「取りあえず着替えとってくる」

 あまりに平然と王子が立ち去り、残された俺は、ジワジワとこんな事を考え出した。

(深く考えるなよ、十分ってそういう意味じゃなくて普通に日常化してるっていう)

(いや、でも王子のあの顔……)

(そうだよ、やっぱちょっと待てよ。大体がここは王子個人の家で、いつものクラブハウスの風呂じゃない。当然今は俺と王子の二人っきりで、しかも俺さっき王子に好きだって告白して、そんで俺、王子にキスしちゃって、二人暫く抱き合った後のタイミングで。よく考えたら道義上やっぱ色々まず……)

 彼の言った鴨ネギの言葉が頭の中でグルグルし始めた時、王子が着替えを持って戻ってきた。

「さ、行こうか。下着、新しいのがあったから、嫌じゃなかったらこれ使って」
「あ、あ、あの」
「ん?」
「先行っててくれますか?」
「?」

(冷静だ、冷静に……)

 引き攣る俺を数秒しれっと眺めたその後、王子はクスクスと笑いながら、

「じゃ、お先」

と挨拶をした。軽やかな足取りでバスルームへ去って行く背中を眺めて、俺はこんな事を考える。

(一緒に入った方がよかったかな、もしかしたらあとから入る方が精神的にキツイかも)

(それよりいくらなんでも気付いてないよな?ホンのちょっと興奮しちゃっただけだし、王子、すぐ行ったし)

 淡い希望に縋りながら、俺はハラハラ、おさまりを待った。

(俺、王子の事、すっごく好きだ。それは確かで。でも性欲とかそういうのは……あの人は確かにどことなくエロくて困りもんだけど、俺があの人にくっついていたいっていうのはそういう意味じゃなくて)

 あれこれ考えれば考える程に、見慣れた王子のあのしなやかさが、すっかり意味深に思えて困った。

(でも俺、キスして……王子だってこの前俺にそういう事してみたいって……いや!そうじゃない。今そんな事あんま考えるな、馬鹿だろ、俺、何やってんだ)

(でも一緒に居たらこんな気持ちになるのも当たり前の事だって、王子、前に言って……でもあれって、本気?嘘だろ?わかんねぇよ、そりゃかまって欲しいけど、俺はそんな大それたことなんて……王子にしたって、本当は……?)

 ようやくの事で浴室に入ると、いつのまにかお湯が張られ、王子がのんびり浸かっていた。

「やあ、ザッキー遅かったね」

 ふわりと心地よい香りが漂う。泡風呂なんて初めて見た。

「ん?」
「あ、いや、あの、広いッスね」
「そ?こんなもんじゃない?」
「俺んちの何倍もありますよ?」
「ふーん」

 さして興味もないと言うのか、ひと伸びしては息をつく。

(よかった、泡があって……)

 日頃から意識しないようにと、そんな風に思っていた。それがこの彼独特の何にも例えられない艶めかしさだった。

「あれ?入らないの?二人くらいなら余裕あるよ?」
「いや、まず洗って」

 そう言って俺はそそくさと、なるべく目を逸らすようにしながら髪と体を洗い出す。所在無くて、会話も出来ない。王子が何をしているのかと、少しは気にもなるのだけれど、当然様子を伺う事など出来ず、念仏を唱えるが如く作業に気持ちを集中させる。

(どうしよう?そろそろ洗い終わるぞ?一緒にって、どう考えてもこう、クラブハウスの浴槽と違って余裕あるって言われてもどっかしら体が密着し……だって、お互い、は、はだ、裸で)

 意識し始めれば際限もなく。困惑の中で王子が言った。

「ザッキー、ゴメン、一緒には無理そう。ボクなんだか少しのぼせちゃった」
「あ、ああ、別にそんな」

 頓狂な声が出てしまった。

「あ、あがってください、倒れたら大変だ」
「ハハ、そんなには……でもいい?交代させてもらっても」
「OKッスよ、どうぞ、どうぞ」
「ありがと」

 彼が立ち上がるのでドキドキしながら、すれ違うように湯船に入る。

「時間経っちゃったから泡が減ってきちゃってるね」
「いや、十分ありますよ」
「でも残念だな。ボクその泡でキミと体洗いっこするつもりだったから」
「洗いっ!?」
「別に変じゃないでしょう?日本には先輩の御背中流します文化とかあるんだし?」
「あ、ああ、そ、そういう意味……」
「されるだけってなんか悪いし」
「悪いって、そりゃ、でもあんたが言うとなんか変です」
「えー?何が?どう変なのか具体的に教えてよザッキー。ボクそんなに偉そうかい?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃ、どういう意味?」
「いや、あの……」
「変なのはキミの方だね、やっぱり意味がわからない」

 浴槽に浮かぶ泡はクリーミーで、お湯あたりもなんだかヌルヌル絡みつくようで不思議な感じ。

(高けぇんだろうなー、多分)

 値段の事を考えてしまう、下世話な自分が嫌だった。そして体を洗う王子の事を、こっそり覗き見る卑屈な自分も。欧州の遺伝子、鍛え抜かれた体。俺より少し華奢に思えるその骨格には、やはり全身程よい筋肉が浮かぶ。見ないようにと思いながらも、気付けばこの目が釣られてしまう。

(うわ、やっぱ背中、綺麗だなぁ)

 サッカー選手は足の太さばかり取り沙汰される事が多いけれど、当然必要になるのは足の筋肉だけじゃない。腹筋、そしてこの背筋。パワータイプの選手でない王子が豪快なミドルをぶち込めるのは、多分柔軟な体とこの筋肉のおかげなんだろう。

(王子はどれだけ体が傾いても当たり前の様に姿勢を維持する。弓か柳みたいに大きくしなるのは、全身の筋肉がしっかり体を支えるから。見せ筋じゃないバランス重視の王子の体は、寧ろ見た目もこんなに綺麗だ。なんなんだ一体。俺とは本当に全然違う)

 引き締まった腰のラインは無駄な贅肉がない事を意味していて、俺達アスリートが風邪に注意し過ぎる程気をつけねばならないのは、絞り過ぎた体脂肪が円滑な体温調節を妨げるから。

(しっかし王子、馬鹿みたいに食うんだよなー。なんでこんな体絞れてんのかつくづく不思議だ。体質かな)

 そして王子を芸術品のように鑑賞しながら、湯船の心地良さにウットリする。

(最高に贅沢な気分だ)

 王子が再び俺に話しかけてきた頃、彼どころでなくすっかりのぼせて、そんな俺に気付いた王子は、

「何やってるの」

と笑っていた。

 王子が先に上がったので、あとからゆっくりバスルームを出る。上がり湯をして、お湯をおとして、人の家だとなんだか勝手がわからない。

(はぁ、なんだろ、めっちゃ疲れた……体離しちゃうとまた王子の事わかんなくなってきちゃって……)

 キスをすれば王子は意味がわからないと返事をし、好きだと言っても受け流される。王子の思いには確信があって、けれど決定打が見つからない。駆け引きの上手な人を相手に、俺は針路を握られたままで、その間にも粉をかけるような彼の言葉は親愛と情熱の隙間を上手にフラフラと歩いている。策略はもう見ないと俺は確かにそう言ったのに、王子はわざと呼び覚ます。

(俺達少し距離縮まった。でも、それを俺はどう受け止めれば……)

(王子、この前俺達の事、恋人同士だって確かに言った。でも俺はその時それを否定しちゃって、あれかな、仕返し、されてんのかな)

 部屋に戻るといい匂い。王子がキッチンで料理をしている。

「先言っとくけど、来るなんて思ってないから、大したもんなーんもないよ?」
「え?夕飯の事ッスか?いいッスよ、俺なんか買って」
「やだなぁ、お風呂上がりに出掛けちゃ風邪引いちゃうデショ?」
「あのね王子、俺ら試合の後いっつもそうッスよ?」
「あれ?そうだった?」

 しれっと応える王子の言い方。そこにはいつもの彼がいた。

(なんだろ、ホントいつもの調子だ。いいんだけど、別に、そうなんだけど)

 何もないと言った王子のもてなすカニ缶で作ったクリームパスタは、一緒に出てきた白ワインともに、相も変わらず絶品だった。特にこのポーションがごろっと沢山、もう少しおかわりが欲しいくらいに感じてしまう。

「あれ?足りなかった?なんか他にあったかなぁ」
「いや!いいッス、もう十分満足で」
「いいから待ってて、まだワインも残ってるし」
「王子!」
「ハハ、すぐだから」

 そう言って瞬く間に彼が出してきたのがイタリアンパセリをあしらったトマトとチーズのピンチョスだった。これでモテないわけがないと、はっきりと俺は断言できる。それくらい完璧だった。味も見た目も。

「なんつーか、どうしてあんたはなんでもかんでもそんな器用なんだか」
「やだな、ただ刺して持ってきただけだよ」
「だからね、普通はこういう場合、ミニトマトもクリームチーズもゴロゴロただ皿の上に」
「?」
「いや、もういいッス」

 楽しい時間が過ぎていく。いつもと同じ、二人の夜。でも違うのは。

「……この家で酒、初めてッスね」
「ん、そうだね。キミここ来る時、いつも車だし」
「今日もですけど」
「だろうね」
「……」
「わざわざ目の前でコルクを抜いたのに、キミは何も言わなかった」
「なのに、今更俺がなんでそれを言い出すかって?」
「いや?口に出す事は大切だから」

 薄笑う唇から彼の考えなど読めるわけもないはずなのに、ジッと食い入るようにそれを見つめ、やっとの事で返事をする。

「モーションかけられてるって、そういう事でいいんですよね?」
「……」
「泊まってけって、そういう意味?」
「さあ、どうだろう?」

 口に出すのは大切だと、舌の根も乾かぬうちに王子が言う。

「王子、あんたってホント狡いな」
「今更の話だよ、ねぇ?ザッキー」

 憮然と彼を見直してみれば、僅かに彼はほろ酔っていて、真っ黒な瞳が未だ彼の強い錯綜をはっきりとした形で映し出しているモノだから。

「間に合ってないんだって、思う事にしておきます」

そう言い返して、俺は一息にグラスを空けた。その一言で、封書の中身を未だ彼から見せてもらってないと気付く。

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