犬の俺だってわかる事
特殊設定閲覧注意。お題文から始まる後天性人化(黒)わんこ崎です。三次創作を完全に勢いのままに……はるさん許可ありがとうございます!(三次創作と言いながらも完全にパラレルで犬な崎なところだけが同じですしキャラも崩壊しています)
モドキでも
かつて過ごした、俺と王子の幸せタイム。大好きな王子を舐めるのが俺は好きだ。大好きな王子が撫でてくれるのも好き。大好きな王子が抱き締めてくれるのも大好きだし、前みたいに玩具で一緒に転げ回って遊びたい。けれど王子は駄目と言う。王子も大好きなはずだったのに、すっごく喜んでくれていたはずなのに、もうそんな事はしないと言う。恋人以外はしちゃ駄目だと言う。
(ようするに恋人同士って交尾の相手だろ?王子は口籠って、いつもはっきり口にはしないけど)
俺は早く戻りたい。王子と一緒に遊びたい。王子との思い出に今日も酔いつつ、心のどこかに不安が過ぎる。あんなに乗っちゃ駄目だと言われ続けていたテーブルと椅子を使って、今は向かい合ってジュースを飲んで喉の渇きを癒す俺。
(昔はお水を飲んでる俺の事、横にしゃがんでニコニコしながらジッと見てる事もあったっけな……お水、王子が家に居る時はいつも新鮮だった。きっと何回も何回も取り替えてくれてたんだ)
なんだか胸が締め付けられる。飲み終わるのを延々待って「上手に飲むねぇ」と俺を抱き締めるのが癖だった人。飽きもせずに何度も何度も「飲んでいる姿も凄く可愛い」と満面の笑みで繰り返し俺に王子は言った。人間は沢山やる事があって、それでも王子は俺の為の時間をたっぷり確保して寄り添い続けた。今も同じだとも言えはするけれど、こんなにも王子との距離が遠い。
「王子ぃ……」
「んー?」
「やっぱ、ギュ……駄目だよな……ッスよね……?」
「……」
再び喉が、くぅ、と鳴った。
「お勉強大事なのわかってる。頑張る、だって思ってる。でもこのまま毎日毎日お勉強ばっか、大好きな王子と二度と前みたい遊べないの……俺……」
言っても詮無い事だった。何度も何度も飲み込み続けて、寂しくて、悲しくて、もう飲み込めなくなって零れ出す。
「出来っかなぁ?自信、ない……」
「……ザッキー?」
窘められるはずが、王子は俺の異変に気付いたみたいで、ひどく優しく俺を呼んだ。
「顔、上げて?」
(……?)
「もしかして、キミ、泣いてるの?」
僅かに顔を上げて王子を見ると、俺の目の下に軽く触れて、とても悲しげな顔をした。
「お、王子?どうし……」
「ほら、これね?涙って言うんだ。犬はそんな事ないみたいだけれど、人間は悲しい時に目から涙が出るんだよ?」
「涙……?」
「本当にキミ……もう犬じゃ……すっかり人間になっちゃったんだね」
その言葉が、悲しかった。
「ご、ごめんなさい。俺、人間になっちゃって、王子の役に立てなくなった。それどころか迷惑ばっかりかけ……」
「え?違うよ、そういう意味じゃ……謝る事ない。大体キミのせいじゃないだろう?」
「俺のせい、お、俺が、いっぱい、じょ、じょうれ?違反したから、だから、悪い子は罰を受ける。だから、犬は、人間と逆に、お仕置きできっと、人間にされちゃ」
「え?何言い出したかと思ったらあれか、昨日みせたファンタジーか」
「反省しないと元に戻れないから、元に戻れないって事は、反省が足りな」
「待ってよ、ザッキー、世の中の事全部そういった交換法則が当てはまるってわけじゃなくて、いや問題はそこじゃないか」
「こうか、ん?」
「えっと、キミがそうなっちゃった事について、そんな風に悩む必要はないよって言いたかった。キミは悪い事した罰だって思ってるようだけど、キミ何かしたの?違うでしょう?キミは何もしていない。それに、もし万が一悪い事をしたとしてもキミがその都度ちゃんと反省できる子だって事はボクが一番よく知ってる。だからそういう考え方をして自分を責めるのはやめなさい。わかった?」
「悪い事、した……ッス」
「どんな?犬の頃?ないない。キミはとってもお利口さんで」
「……交尾なんて、見るんじゃなかった」
「え?なんて?」
「王子の交尾」
顔色が失われていくのが見ていてわかった。やはりこの人は俺の事を、今でもずっと小さな何も知らない子犬だと思い続けている。
「見てびっくりして俺、吠えて吠えて、一杯一杯王子の事、困らせて。だから罰が当たったんだと思う」
「あ……待って、もしかしてキミ、全部意味をわかっ……」
「ご、ごめんなさい、ごめ……王子、いけない事して罰が当たって、人間、なっちゃった、ごめ……」
ポロポロ、王子が涙と呼ぶものが目から出ていたそんな気がする。それは熱くて頬をつたって、テーブルの上にポトポト落ちた。とうとう本当の事を言ってしまった。俺は今日限りで王子の可愛い子犬じゃなくなる、そう思って項垂れる俺に王子が言った。
「ザッキーこっち」
叱られると思いビクリと体を竦めた瞬間、なんだか不思議な事が起こった。
「?」
王子だった。大好きな俺の王子が俺の涙を拭うように、熱い舌先で舐めたのだ。その身を机に乗り出して。
「んッ……」
王子を舐めた事があっても、王子に舐められた事はなかった。毛の薄い頬はやはりいつもの体と感触が違って、少しぬめり気のある熱い湿度がとても強く激しかった。王子はいつもこうして、はしゃぐ俺に舐められていたのか。
「……ッ」
丁寧に、丁寧に、溢れ出る俺の涙が止まるまで王子は俺の肩と頬に手を添え、ゆっくりと数多のキスを俺にくれた。人間同士はやらない事だと言い続けた王子が、今、それを欲しがる我儘な俺の為だけにやり続ける。その途端やっぱり、俺の喉が、くぅ、と鳴って涙が落ちた。
「あ、ごめん……思わず」
我に返った王子が、スルリと俺から逃げて行った。それが忍びなくて思わず彼の体をこの目で縋る。多分これは王子の、泣いている雌を慰める時にやる癖なんだろう。
「キミには効き目、ないみたいだね」
「……」
「あんまり泣くと、目が溶けてしまうよ?」
「え、マジで?」
「ああ、例え話で。あんまり泣かないで?って意味だよ。溶けちゃわないけど、泣くと瞼が腫れちゃうかな」
「そう、なんだ……」
目に力を込めてパチパチさせて、俺は涙を止めようとした。俺は人間用の目が好きだ。犬の頃よりとても綺麗で。瞼が腫れて王子の事が見えなくなったら、それこそ人間になった数少ないメリットが。
「でも、そっか、ちゃんとわかっていたんだね。あの時の、ボクのしてた事の意味」
「……知らんぷり、してた。ごめんなさい」
「いいよ。そうだよね?発情期もちゃんときてたんだし、ボクが教えなくても、もう体がそれを知ってる事くらい気付くべきだった。本当にいつもボクはキミを子供扱いし続けてしまって……言いにくかったね?偉いよ。ちゃんと反省、出来てるじゃないか」
「でも、全然元に戻らない。足りないんだ反省が」
「ねぇ、ザッキー。人間になってゴメンだなんて思わないで?ボクはちっともそんな事思っていないよ?」
「嘘、王子もきっと困ってる。俺が人間擬きの犬になって、ここ最近すっごく疲れた顔してる」
「そんな事ないよ。キミがすっごく大変だろうなって、その事が心配なだけなんだよ。全然迷惑なんてしていないよ?」
「嘘、嘘。俺、王子の事ならなんでもわかっ……」
「成程……じゃあ、ちゃんとキミがわかるように伝えてこなかったボクが悪いんだ。ザッキーはザッキー。犬でも、人間でも、どちらでもない擬きだろうがなんであろうが、キミはボクの大好きなザッキーだよ?」
くぅ、くぅ、鳴き声とともに尻尾が揺れる。
「昔のような形で転げ回って遊んだり抱っこしたりはしなくなっても、ずっとキミは変わらないまま、ボクの大切な大切な……」
そうして王子は立ち上がった。片手を机に置いて歩く仕草はとても優美で、何度もそれを見て来た俺は、次に何が起きるのかもよくわかった。
「ね、わかるかい?ザッキー?こんなにもボクはキミが好きだよ?伝わる?」
そう、俺が一番欲しかったのは、王子のこの言葉と、そしてこの腕。椅子に座る俺を見降ろし、ゆっくりとそれが俺を包み込む。優しい笑顔。感じる吐息。久しぶりの王子の体温はやっぱりとても大好きだ。
「ザッキー、ボクのいい子」
「いい子?……俺が悪い子で、犬じゃない人間擬きでも?」
くぅ、くぅ。
「ちっぽけな事だ。大好きだよ?」
「馬鹿でも?」
「昔も今もキミは十分お利口だよ?頑張り屋さんで、いっつもボクは元気をもらう。それにお利口じゃなくったって頑張り屋さんじゃなくったって大好きだよ?だってキミはザッキーなんだもの。大好き。昔も、そして今も、これからもずっと」
「本当に?」
「本当さ」
「王子……俺も大好き……」
「ん、大好き。ボクもザッキーが、大好き」
ぎこちないながらもそうして俺は、おずおずと上の足(手)で王子の体に抱き着いた。犬の関節はこんな風に動かないので、やってみると凄く良かった。俺は王子がしてくれるみたいに、俺も王子に抱き着きたかった。ずっと、ずっと、犬の頃から。
(そうだ、犬の頃は、人間になって王子にこうするのも、俺の夢の一つだったんだ)
かつて過ごした、俺と王子の幸せタイムの、片隅にあった小さな願い。王子が人間の俺を受け入れてくれる事で、俺はようやく。
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