しつこくって面倒くさい
ジーノは気紛れ、赤崎は実直。そんな二人の出会いから何年も先の生活を延々と書き連ねたお話。ジーノ目線。あ!ベテランな年齢になったジーノが途中で怪我(致命的ではない)してますのでそういうの苦手な人は回避願います。
文学妄想お題ったーの三好達治「菊」が元ネタSS
(あれ?こんな子、いたっけ?)
見た事がないと思っていたのに、そうか、確かにいたような?最初に認知した時の印象は、そんなあやふやなものだった。
(ちょっと構ってみるか)
あの時3対3をやるのに選んだのは、たかがその程度の気紛れであった。
正論を正論のままに相手に叩きつけるキミの馬鹿正直な気性は、やはり無償の献身ただそれだけの資質と直結していた。ボールを交し合えばすぐに、相手の特性がわかってしまう。ボクはそんな特技を持っているのだ。
(成程、ま、そんなもんだろうね)
なのにキミは自らをドリブラーと言い、でもあまりの力押し一本の凡庸なそれに、ボクは呆れて溜息一つ。
(あまりにも真っ直ぐ過ぎてつまらないプレイだ)
でも一途もここまでくればある意味非凡にも見えたのも確かではあった。だって、サッカーは騙し合いのスポーツだ。
(何故キミはキミのままでここにいるのだろう?いや、変質しないままたどり着く事が出来たのだろうか)
ユースだから?違う。その答えはとてもイージーに過ぎるとボクは思った。
(平凡なんだけど、なんか不思議なんだよね、キミって)
*
ボクの膝、ボクの足。今日も新しい傷を増やした肌にヒリヒリとした視線を感じる。
(また見てる……)
キミはボクの足に興味がある。隠し事が出来ないキミはいつも赤裸々にボクを見る。少しからかってやろうかと振り向いてみれば、キミはおどおどと目を逸らした。
「何?」
「え?あ、いや、なんでもないッス」
*
今節もまた足を見つめるあの子に気付いて、ボクは再び声をかけてみた。なんせ今日はなんだかとても暇で、退屈さを潰すネタを欲していたから。
「なんでもない割には人の事、随分ジロジロみてるよね、いつも」
キミなんて簡単に捕まえる事が出来る。
(ハハ、図星を突かれて息をのんだのがバレバレだ)
こんな簡単な切り返しも準備出来ていない。つまり先読みが下手。発想も貧困。キミは何故それで常にDFの想像を超え続けねばならないドリブラーを自認するのか。いや、それを言ったらどのポジションだって適性がないような?馬鹿正直はこの業界に限っては美徳の逆の欠損にもなる。
「キミ、サッカーに向いてないんじゃない?」
「はぁ!?」
「え?あ、ゴメン、声に出てた」
ボクも吃驚してしまった。本当だ。思わず口から本音が出てしまったのだ。
(やれやれ困った。つつく気もない藪を刺激して蛇に噛まれる趣味はないよ)
ここはさっさと退散するに限ると、なにか適当な事を言って煙に巻いた。
*
「王子」
翌日、練習が終わって話しかけてきたキミに、ボクはなんだか嫌な予感。
「あの、今から少し時間もらえますか?」
(勘弁して、その目の隈……)
ボクの一言についてキミが、そんなに夜通し悩んでしまうなんて気の毒だったよ。でもそれ以上に気の毒なのは自業自得とはいえそれに巻き込まれる憐れなボクだ。別に大した話でもない事なのに、キミの実直がボクには重いよ。
「向いてないって、なんでそう思うのか教えて欲しくて」
「いや、あれは素朴な疑問っていうか、なんであんな事言っちゃったのかな、ボクにもよくわからなくて」
「誤魔化さないでくださいよ、ちゃんと俺に話してくんねぇとわかりません」
「わかりません、って言われても」
成程、対峙してみればこんなに厄介なタイプはない。真っ直ぐ、直球、一直線。それになんだか、とてもしつこい。
結局ザッキーをまき損ねたボクは、この店で必ず頼むエスプレッソを口にしながら、少し肩を落としていた。
(訂正するよ……90分それをやれる人間なんてそうそういない。キミに対する疑問は今解決したから、勘弁して……)
キミはそうしてそのタフさの根性一本、そうやって常にこの世界に齧りついて、必死に暮らして来たんだろう。
(駄目。ボク、キミが言うところのその情熱?みたいなの、ホント苦手なんだよね……)
*
「キミって攻撃的な一本槍のSBの子守をするのに適性があるのかもしれないね」
「はあ?」
「何?」
「適当な事言わないでくださいよ!あんた昨日俺になんて言ったか覚えてるでしょう?俺が訊きたいのはリップサービスじゃなくて、あんたの思うネガティブな本音ですから」
「いや、だからそれは訂正するってば」
「訂正なんていらないんですよ!」
「あー、もう面倒くさい子」
「あんた今俺の事メンドクセェっつったか!?」
「え?言ってないよそんな事」
「言った!何がだよ!」
なんでこんなガキの喧嘩みたいな事をしなきゃいけないんだろう。
(っていうか、キミといるとなんだか調子が狂う……あー、疲れちゃったよもう……)
*
ボク達の座る脇の窓辺に、白いマーガレットの一輪挿しが置いてある。素朴で、でも見れば細工がとても細かく、眺めれば眺める程味がある花だとボクは思う。喧々と人に突っかかるように話しかけるキミを見ていると、キミがマーガレットに見えてきてしまった。
(平凡で気軽なイメージだけど、実際は意外と手間も暇もかかる花なんだよね)
何気なく咲く平凡な花だけれど、これほど労力の差で美しさの違いが出てしまう花もない。
(形を整えるのに手を抜くとヒョロヒョロ伸びて、途端に風で倒れちゃうんだよねぇ、これ)
「ちょ、何呑気に外なんか見てるんですか」
「外じゃなくて花だけど」
「花なんてどうでもいい!ちゃんと話に集中してくださいよ」
「はいはい」
「で、メンドクセェってどういう意味ッスか」
「おや、質問、最初と変わってない?サッカーに向いてない理由が訊きたいんじゃ」
「いいから!」
いつまでも疲れる事無く威勢のいいキミは、完全に疲れ切ってしまった無力のボクには、いっそ清々しい程のシンプルさ。
(よくやるよ……ザッキーって凄いね。こんな事ずっと繰り返して、全然飽きないんだ?)
外を向いていると怒られたのでスタッフを見ていたら慌ただしそうだ。どうやら客がはけなくて困っているみたいで、成程時計を見ればかなり時間が経過していた。
「ね、ザッキー見て?入り口に待っている人があんなに」
「誤魔化すなよ!集中しろって言った途端なんであんたはそう」
「違うって」
「有耶無耶に切り上げようって、そうは問屋が降ろさねぇからな」
「だから違うってば、マナーの問題だろう?流石にコーヒー一杯じゃこれ以上の長居も限界って事」
その時のキミはまるでおやつを取り上げられてオロオロと彷徨う子犬の姿。確かに話の決着はまだで、キミは目的を果たせていない。でも席を立たねばならない理由はキチンと理解をしたようだ。なんだかそんなキミがとても幼気で、心に不思議な気紛れが起きる。
「店替えよう。何が食べたい?奢ってあげるよ」
たったそれだけの事で目を輝かせて、ボクは思わず笑ってしまった。そんなに嬉しいものなのかな?
「それが、ゆっくり俺の話に付き合うって意味なら」
「それ以外になんの理由があるんだよ、フフ」
ここ最近の退屈な日々に何かが起きる予感がした。よしにつけ、悪しきにつけ、きっと何かは。でも店を替えた後、何をどう言えばキミが傷付かずにいられるのか、まだボクにはその解が見当たらなかった。
(いい意味のつもりではあっても本音言ったら流石にマズいよね。プロの世界にいるのがおかしいレベルだとかさ?ボクだって言われたらキレると思うし)
*
「で、なんの話だっけ?」
来た事もないような個室に通されたキミは緊張の為か、なんだか拍子抜けするくらい固まっている。
「……サッカーに向いていないって王子が」
「ああ、そうだったね」
こんなキミは初めてだった。乱暴な程まっすぐで一途、物怖じしないのが特性ではなかったのか?
「俺も向いてねぇって思ってっから……」
しょぼくれた目だった。別にとって喰いやしないのにね。
「向いてるとか向いてねぇとか、そんなのはどうでもいい。やりたいからやってる。そうは思ってンスけどね、俺」
「それでいいんじゃない?ボクも外野の戯言なんて気にする必要ないと思うし」
「……」
「ん?」
「でも王子が」
「何?」
「王子に向いてないって言われたのは、それでもやっぱりちょっとショックだったから」
「そんなもん?」
「王子がそう言うって事は、あんたの目から見て向いてないって思える程でっけぇ欠点があるって事でしょう?」
「所詮外野だ」
「王子は外野じゃない。王子だ」
溜息が出た。ボクがチームのゲームメーカーだとしても、外野には変わりないと思うのだけれど。まあ、キミには違うんだっていう事は、なんとなくわからないでもない気はする。
(なんせパスの供給源だものね。いやだな、ナッツにしろザッキーにしろ、馬鹿正直に受け止めちゃってさ?)
「なら、その欠点補う何かをしねぇとって、俺……そりゃ簡単には無理だろうけどやるしかねぇし」
キミのその言い分は、欠点など反故にするくらい利点を磨けばいいと思うボクとは対極の形であった。でも、本来相容れぬそれにボクは何故か、少し面白味を感じていた。キミが相手だからかな?
「そうする事でしか、俺はチームに貢献出来ねぇし」
ボクはこのチンケな考え方がとても嫌いだ。思う分には勝手にすればいいけどワザワザ言ってまわる事でもないのでは?でもそれを言うのがキミだから?
「じゃあ、ボクについておいで?」
制御できない、ボクの気紛れ。自分でも思ってもみない言葉だった。
「え?」
「キミを育ててあげる」
ガラにもない事。でも雑草のように株荒れる野性のままの未熟なキミが。ザッキーが誇り高く美しく咲く姿を、その時ボクはどうしても見たいと心の底から願ってしまったんだと思う。自分自身でも気付かぬうちに。
*
実直なキミを見ていて思う事がある。きつめの剪定を受けて新しい形を強いられているのは寧ろこのボクの方ではないのかと。何度となく遠くに投げるボクの玩具をキミは瞬く間に拾って、すぐさまもう一度投げろとおねだりをする。それはもう延々と続くボクと彼の真剣勝負のような遊びだった。
(そうだった……この子、こういう面倒くさいタイプだった……)
ボクは基本的にこういう事が大の苦手で、でももううんざりだと思いながらもまた玩具を投げてやり続けていた。
(言い出したのは自分だしねぇ……しっかし、まあよくも飽きないでキミったら……)
ブチブチと不平不満が湧いても、まあ、楽しさがなかったわけじゃない。ボクは過去こんな風に本当に嫌な事を我慢なんてした事はなかったから。結局はその日々にある種の満足を得ていたのだろう。
*
ある日、あの子はこう言った。
「意外だったんですよね」
「何がだい?」
「王子の足」
「足?意外って何がだい」
ブランケットで秘された素足と素足を一層絡ませ、甘いキスをしながらボクは言った。キミの肌はきめ細やかで、そして筋肉の弾力が心地よい。
「でも意外でもなかったかもしれない」
会話の間にあちこちキスして、首元に、ちう、とやや強めに吸い付けば、やめろ、と無下に叩かれてしまう。こんな事をボクにするのもこの世でこの子ただ一人。
「痛い、乱暴だなぁザッキーは」
「だってそんな目立つ場所に」
「大丈夫だよ、ちゃんと服で隠れる場所に……」
「そういう服脱がなきゃつけられない場所なのが逆に問題なンスよ!」
何回しても穢れぬキミの、うっ血の花が見たいと思う。でもキミはありとあらゆる我慢を強いて、ボクを色々許してくれない。
「どうせすぐ消えるよ」
「駄目!」
本当にこういうところが面倒くさいと毎回思う。
(ボクのキスマークなんてそうそうもらえるものでもないのにねぇ……)
キミはボクの足が好きだね。
「俺なんて足ズタボロなのに王子、すっごく綺麗で」
いつも足の話をするキミ。
「綺麗だなんて当たり前な褒め方されても嬉しくないけど」
「ああ、そうかよ」
嘘、嬉しいよ。
「でも王子の足、やっぱ試合の後とかよく赤くなってたり、時々血が出てたりして」
「やだ気持ち悪い。そんなジロジロ見てたんだ、いやらしいったら」
キミを腐すとまたキミは怒って、ボク達は何度となくそんな時を過ごしていたね。キミはボクをよく見ていたけれど、キミはキミ以上にボクがキミを見ている事に、一つも気付いていないようだった。
(無謀な激しい衝突は見ているボクの肝をよく冷やす。今日も危なかった。ホント、ああいうのは勘弁してほしい)
「風呂場でも血、滲んでたし……」
「大したことないさ。でも馬鹿が突っ込んでくると毎回こうなるんだから、全くやってられないね」
交錯は苦手だ。サッカーを格闘技か何かと勘違いをしている輩がゴロゴロ。ボクはサッカーを心理戦と捉えているので、下手くそのやる無謀なチャージにはいつも辟易する思い。
「今日ついたそれも、きっと結構痛いですよね」
そうして足が擦れ合うのに急に怯えてキミの足が逃げてしまう。キミは色々わかっていないね。
「ん、痛いの嫌い。慰めてくれるかい?フフ」
スリスリと甘える仕草で胸元に頬寄せると、キミはボクの髪を撫でて言う。
「王子……馬鹿、嫌いですか?」
「……そうは言ってないよ。痛いのが嫌いって言ったんだ」
「言いましたよ。馬鹿のチャージで痛い目見るのが嫌だって」
「言ってない。言ったとしても、それはキミの事ではないよ」
時々勘の働くキミはそうして、ボクの言葉に傷ついてしまう。ボクの中に矛盾を見つけて、キミの足のようにボロボロになる。ボクはキミを時々馬鹿だと思うは確かで、でもうんざりはしても嫌いだなんて。
「俺の事でしょ。それくらいわかります」
確かにボクの矛盾は、ボク自身からしても疑問そのもの。何故キミはキミのままでここにいるのだろう?いや、変質しないままたどり着く事が出来たのだろうか。キミが不安になるよりも強いボクの中の不思議だ。ボクの嫌いな資質を持つキミを、ボクはこんなにも?
「わからないでザッキー、そんな事は。ボクはキミが好きだよ?」
「……」
「ね、もう一回する?」
こんな事でキミを誤魔化せはしない。ボクはそれを知っている。
*
ボクは外を知る艶やかな花だ。咲き誇っていられるのは、己の最適な住処を選ぶ目があるおかげ。万能づらのペテンに気付かず、温室のキミは外界に憧れボクと同じに咲こうとする。水は与えられるものではなく、より高く伸びて他から奪うものだ。肥料は自らが他を踏みしだいて盗み取らねば確保出来ない。残念だがキミにはとても無理だろう。自己犠牲の献身を厭わぬ、情け深い今のキミには。
ボクはキミを枯らす過酷な全てに、いつまでも気付かないでいて欲しいと願う。一方、少しでもタフになるよう、英気の蛇口を時に止めたりもしてみたく思う。
(ボクはとても矛盾している。やっぱり変質が始まったのはキミではなくボクの方だ……)
ボクはこれ程の自己矛盾を知らない。今日も明日もキミを抱いて、穢しながらも守りたい。
力技で咲くボクの意地の花を、キミは薄汚れた咲かせ方を知らずに綺麗と言う。真実を見抜く目を持つほど成長を願うし、反面勘違いをずっと続けて欲しいと思う。
(だってボクのこれは果たして成長と言えるのだろうか?なのにキミにボクの真実の姿を、赤裸々な狡猾の事実を告げられない)
キミの花はまだまだ小さく、それでもとても美しく思う。清浄で純粋な心のままに咲かせる人はそういない。
キミがキミである事がとても嬉しい。キミのままキミはボクに憧れ、そんな自分が誇らしいと思い続けていたい。しかしまた、やがてボクの中に悲しみは広がる。防ぐ手立てのない、キミの目覚めに。ボクは嘘をついているから。
*
勝利の為の狡猾さはボクのかけがえのない才能の一つだ。この国の人間は全体的にとてもベーベで、最初来た時はチャンチャラ笑った。愛の言葉に慣れない人々は簡単にボクに乗せられもしたし、純朴を装えば皆、ボクを信じて周りを責めた。
(頭が悪いのかな、致命的に……)
少し物足りない生活の中で、その物足りなさの結晶のようなキミにボクは出会ったのだ。来る日も来る日も目を輝かせ、ボクの甘言に踊って歌う。
(やっぱり頭が弱いのかな、致命的に……)
でも踊って歌うキミはとても笑顔で、そのあまりの愚かさが愛おしく見えた。
(なんでそんな風に?そんなにも簡単に人を信じて、傷付くのが怖くないの?)
「キッカーなんて譲ってもらうものじゃなくて奪い取るものさ」
ボクが笑えば、キミは戸惑い。でも、
「やってみたいんだろう?いいよ?ボクから奪ってごらん?」
発破を掛ければ、発奮をする。
でもキッカーとして初めてキミが得点したのは、ボクがいない時だったっけね?
(本当に馬鹿正直なんだから。蹴りたいって言えばいつでもやらせてあげるって意味で言ったのにさ?フフ)
恋人ならもしかして、なんてズルな事を思わない、真面目なザッキーが好きだった。ボク以上のキッカーになる自信を身につけて、ボクに噛み付く日を楽しみに思う。
*
キミの成長は目覚ましい。
ボクはキミを誇らしく思う。本当だ。間違っていたのはボクの方であり、人は皆、本来キミのようであるべきだと素直に認める事も出来たよ。
そう思い始めた頃キミが言った。
「王子、これ、俺が蹴ってもいいッスか?」
ああ、この日をどんなにかボクは。
「いいですか?そんな悠長な台詞でいいのかい?」
こんな日が来る事を、ボクがどんなに。ザッキーはわかっているのだろうか。
「……俺が、蹴りますから」
そう、本当に。嬉しいよ、ずっと待ってた。キミのその姿が見たかったんだ。
(さあ、お別れだ……綺麗だよ?)
*
「なんで壁に、くそッ!」
「でもセリーがちゃんと決めてくれた」
「そりゃそうだけど!」
憤慨している勇ましいキミが眩しかった。キッカーの座を奪った喜びより、出来なかった不満がキミをより一層高みに導く。キミは延々手を上に伸ばし、根性一つで夢を掴む。
「ん?何ッスか?」
「いや、別に」
「ちょっと位置が悪かったから……下手に巻こうとしなきゃよかったンスかね?王子」
「んー」
「でも真っ直ぐだとバー超えそうで。俺ちょっとビビったのかも。くそ、小せぇな、俺は」
「そんな事はないさ、壁だってボール一個分くらいで超えそうだったし」
「でも王子なら」
「たらればでモノを語るのは無意味だ」
「そりゃそうだけど」
「多分ボクも厳しかったと思うよ。上出来さ」
研究熱心なキミが高揚を抑えきれずに自分への不満とボクへの敬愛を口にする時、今日は何だかたまらなくなってボクはそれきり。
「王子?」
「……」
「どうかしましたか?腹でも痛いンスか?」
マヌケな事を言い出すザッキーが愚かでマヌケで、だから思わずボクは引き寄せ、キスして、そして。
「ん、痛い。ザッキー、慰めて?」
「は?」
お別れだザッキー、耐えられない。でももうボクにはキミは手におえない。キミはもっと高く、もっと広い世界へ行く子で、嘘に閉じ込めて等いられない。
「いたいの、いたいの、とんでけー、とかしてほしいンスか?ハッ!」
「ん、して?」
「マジかよ、王子」
「ん……」
呆れるように鼻で笑って、でもそれをしてくれる。そんな馬鹿正直なキミが可愛い。
「ザッキー、もっと」
「えー?」
「お願い」
「なんか変ッスよ?今日の王子」
「フフ、いつも変だって言ってるくせに」
溢れるこの止めどなき寂しさは、いつか枯れる日もくるだろう。そんな思いをひっそり胸に、ボクはキミの優しさを堪能した。
*
結果オーライとはいえ危なかったセットプレイ。その後続いたミスにちょっとした試練が訪れたキミ。
「何事も経験さ。ボクも最初はそうだった」
「……」
「ちょっと駄目だからって諦めてしまうのはキミらしくないよ?」
1点の勝ち点ですら必要な時期のミスについて、責任感の強いキミが落ち込まないわけもないとは思いつつも。
「王子って凄いッスね」
「ん?」
「失敗してもいつも全然平気な顔してるし」
「ねぇ、それ褒めてなくない?無神経って言いたいの?」
「違いますよ、最近俺が蹴ったセットプレイの録画、繰り返しみてるから。俺、しまったーってめっちゃ顔に出てて」
「ああ……」
それもまたキミの可愛らしさではあるものの、確かに一喜一憂が表出してはそれが相手のエネルギーになってしまう。いける、と相手に思わせる事はチャンスがピンチになる失策の一つだ。
「俺、まだまだだな」
「ハハ、当たり前」
「どうやったら顔に出なくなるンスかね」
「うーん」
それは難しい注文だね?キミの素直さという欠点は利点と同じものなのだから。
「しょぼくれないで、見てろよ!って思えばいいんじゃないかな?キミらしいじゃない、その方が」
「どうせ俺は可愛げがない」
「そんな事言ってないだろう?おいで?」
兎角、キミは手がかかる。もう少しだけ、まだあとちょっと。そんな後ろ髪引かれながら過ごす、ボク達二人のアディショナルタイムだ。
*
キミに乗せられてそのままボク達は。
「コーナーん時、ショートで俺が出して王子が蹴るのもありだけど、あれですよね、その逆も良くないですか?あんたここ半年はショートやってねぇし効き目あるかも」
「あー、そうだっけか」
「あんたがショートで出して俺がすぐ王子に返してそのままクロスあげるのとか、今度練習ン時に提案してみましょうか」
「あんまりややこしい事するとナッツの頭爆発しちゃうよ?あ、元から爆発してるっけ」
ボク達はそうして笑って笑って。でもボクが故障した時、もう完全に、と。
*
「覚悟したつもりだったんだけどなぁ、もう何度も」
「?」
キミは相変わらずボクの家に来て、早く良くなれと言い続けている。良くなる事を信じている。
(ホント、面倒くさい子だ事……)
キミはボクを諦めさせてはくれなかった。
「王子が戻ってきたらきっとまた」
目を輝かせて、毎日毎日、飽きもせずに通って来ては。
「そうだ、ほら、2年前に王子が○○戦で蹴ったフリーキック覚えてます?俺ね、この前ちょっとあれみたいなの出来ないかと思って、そんで、」
まるでちゃんとボクも練習に通っているみたいに情報を沢山。
「今度入ってきた新人がマジ面倒くさい奴で」
「ああ、この前ナッツが言ってた?キミそっくりなんだってね」
「どこが!」
チームから浮かないようにと、時に沢山の人を引き連れてやってきてくれたりもして。
「で、どうでした?診察」
もう何度目かの、しつこいくらいの質問の中で、ようやく返事らしい返事が出来たその日。
「ヨッシャ!良かったッスね!王子!」
「ん、キミが家でリハビリとか生活の細々した事とか色々手伝ってくれたおかげかな」
来週から少しだけならボールに触れると告げた時の、キミの嬉しそうな顔ったらなかった。
キミのその根気よさ、我慢強さがあの時のボクの傍になかったとしたら
たらればの世界の話を思うのは好きではないボクだけれど。今でも現役を続けられる日々を思う時、やっぱりそれを思わずにはいられないんだ。
「もう結構な年なんだから少しは労わってよザッキー」
「何言ってンスか!もうズルとかサボりとか、俺には通用しませんからね!」
「はー……」
「あんなキツイリハビリとか平気な顔でこなしてたんだ。クソ、体力ないとか騙されたぜ全く」
「ねー、ザッキーさー」
「何スか」
「7-38-55のルールって知ってる?言おう言おうとずっと思ってたんだけどさぁ」
「はぁ?」
「人間ね?態度や口調が印象の9割を占めるんだよ。だから」
「だから?」
「嫌な事言うんだったらもっと優しく言ってくんなきゃ」
「何子供みたいな事を!」
「ほらまた。ホント、キミって下手くそだねぇ」
「へ、下手ッ!?」
キミは本当にいくつになっても真っ正直で、しつこくて。それでもこうして出ないはずの一歩が今日も出るのは、そんなキミの力なんだろうとしみじみ思う。
「ったく、あんなミドル打つ元気あるんだったら最初から」
「あー、はいはい」
今、あんなにも防ぐすべもなかったような寂しさ、悲しさ、その切なさが、全く変わらぬキミの笑顔に、みるみる溶かされいくを感じる。
「ね、いいから蹴ってよザッキー、もう疲れた」
「駄目!あんたまだ元気なのバレてるから」
「元気なんて、ねぇ、聞いてよ」
「絶対決めてくださいよ?」
試合の勝敗を分けるような勝負どころは、相変わらず未だボクの側に。
(わかってないようでいて、本当は狡猾なの、キミじゃないの?)
ボクの全てを乗り越えたその日が、なんて。キミは上手にボクを甘やかし、
「ほら、やっぱり元気じゃないッスか」
ない力を振り絞って蹴るを知らない脂の乗り切ったエネルギー満ち溢れるキミが、活を入れるみたいにボクの背中をポンと叩く。
(ねぇザッキー、ボク、キミとずっとこうしていたいな?)
「さ、王子、この調子で次節も頑張りましょう」
「ん、じゃあ、頑張ったご褒美くれたら、同じくらい頑張るよ?」
「ちょ、ちゃんとオフは休まねぇと!あんた疲れたもう動けないっつってそんな」
「ん、キミにかわりに動いてもらおう」
「俺が今日あんたのサボりのせいで一体何キロ走ったと思ってんだよ!」
「さぁ?」
ボクは昔マーガレットをしがない一年草だと思っていて、今では茎がまるで木みたいに太くなってしまった頑丈なキミを、毎日のように愛でるだけで思わず笑ってしまうんだ。
(こんなにボクに染まってしまわない子も珍しい)
「は?なんか言いましたか?」
「いや、今日見てて、キミってホントにバイタリティあるなぁって思ってさぁ」
「夜のあんたには負けますよ、ね、もういいって、寝ましょうよ!」
「やーだ」
「勘弁してくれよもう、そのエネルギー全部ピッチで使い切れって」
「キミが困るからそんな事しない」
いつの間に終わりを考える事のをやめてしまったのかすらボクは、わからないままに今日もこうして、キミの胸に顔を埋める。
「ったく、あんたみたいにしつこくってメンドクセェ人間知らねぇよ!!」
「?」
言われている意味がわからなかったよ。
[maroyaka_webclap]
