お花結び

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主の呼声

【5451文字】
ジーノの引退式のお話。赤崎の移籍で別れて数年も経っている、連絡すら取り合ってなかった別れジノザキ。引退式とかこんなの全然違う気がしますが。あと常識的にあり得ないシーンもありますがスルーでw 読みは「ぬしのこせい」です。鶴の一声。
文学妄想お題ったーの島崎藤村「小詩二首」が元ネタSS

        ジノザキ

 とあるシーズンが終わったある日。真っ青に晴れ渡る快晴のスタジアムには、男の最後の雄姿をこの目に刻もうと沢山の人々が押し寄せていた。ジーノという選手は代表キャップすらないにも関わらず不思議な程知名度も高く、この引退式を見たいがために、入場資格を得ようと駆け込みで後援会員に加入する人も少なくはなかった。

ETUのサポーターのみならず、様々な筋から人が集まっていた。それは、まだ退団後の去就が未発表だったのもひとつの原因ではあった。

 ともあれ。
「今日はボクの為にこのような場を設けてくださって」
こうして、いつも飄々としたところのあるジーノの、意外とも思えるとても真摯な別れの挨拶が始まった。

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「いつでもボクはボクなりに精一杯やってきたつもりでした。ですが……やはり何度思い返してみても、果たして本当にそう言切れるほどボクは全力でやってきたのか?と」
 これまでの選手生活を振り返って思う事。その喜びと悔恨、溢れんばかりの感謝と、それを楚としたここから次のステージへ進む自身の人生への意気込みと。
 代理人会社設立の発言に関しては特にマスコミ関連からすれば大いに落胆すべき内容ではあったが、落ち着いた口調ながら凛と響く声は、まるで聞いている一人一人に語り掛けるようなものだった。
「出会いは時に人生を変えます。そして別れも同じように。何気ない日々は実は大いなる意味を持っていて、そして、ボクはいつもそれを……今日もまた、なんですが。気付かされました。ピッチを去る日が来る事なんて最初からわかりきった話で、でも、それは『頭では』です。こんなにも今……ボクの『心』は、この、今、の理解を拒んでる」
ふいに止まる言葉。その沈黙には言葉以上に男の心情を言い現わす力があった。心は言葉を持たず、ただひたすら惜別の涙を流すばかりなのを、場内の多くの人間が知っていたからだ。
「ボクはこれまでプライドの高さから、沢山の事について平気な顔をして過ごしてきたので……今更こんな事を言うと皆さん意外と思われるかもしれません」
 場内にひしめく観客達は、あらためてこのかけがえのない選手の喪失をまざまざと感じさせられる。何故なら。
「まあ、つまりは……もう『王子であるボク』はこの世に居ない、という意味になるわけですが」
確かにこれは一つの死だった。王子然としたジーノを愛した人達にとっての、わかっていたはずの、わかっていなかった決別の瞬間が今だったのだ。目の前にいる男はもう王子ではなく、ルイジ吉田という普通の人そのものであって、そのありのまま姿を今、訪れた人達に赤裸々な程、晒していたのだった。
「それでもボクに会いたいと思ってくださる人が居れば、是非今後も今までと同じようにスタジアムに足をお運びください。これからはあなたと同じ場所であなたと同じに大きな歓声を上げている、あなたと同じになったボクがそこここにいると思います」
その言葉は今あるピッチの上から一足先に観客席へ駆け上っていくかのように。
「『ボク達、皆で』これからもサッカーを一緒に盛り上げていきましょう」
締めくくりは、伴に歩もうというような。ETUのサポーターはじめ、今日のアウェイのサポーターや、サッカーに関わる全ての人々に向けて語り掛けるような、そんな広がりのある言葉だった。
 まさしく引退式に相応しい、選手としての自分との離別と、そして新たなる出会いを示唆する言葉だった。気紛れな王子然としたジーノの喪失の、その穴を埋めて尚余りある、大いなる存在の誕生だった。
 この場にあって誰よりも今を耐え、そして大きく踏越え飛ぼうとしているのがジーノ本人であるというこの現実の中、極当たり前のように会場からジーノのチャントが嵐のように巻き起こる。
 それは新しい世界に挑戦していく事になるジーノ個人へのエールであり、イコール自分達全てへのエールであり、高らかに響き渡るそれらの中で、ジーノは深々と頭を下げ続けていた。それはこれまで観客の前で見せた事もない、誠実で、真摯な、ジーノそのままの、本当の、本質的な姿だった。

 一分でも一秒でも長くこの新生ジーノを見つめていたいとでも言わんばかりに、ジーノがスタジアムを1周回って挨拶を終えても、もう一周を求めるように涙声混じる悲鳴のような歌はいつまでもいつまでもやむ事がなかった。
“ありがとうございました。これで吉田選手の引退式を終わります。皆様お帰りは”
それもまた涙声の、フロントからの閉式のアナウンス。
 新設されたばかりの大型モニターにはこれまでで一番輝かしいジーノの太陽のような明るい笑顔。この姿がどれだけ疲弊したチームの心の支えとなっただろうか?そして、これからはそれがこの国のサッカーを世界と繋ぐべく支え始める。それは願望ではなく、紛れもなく確信を思わせるものだった。

 誰一人席を立つ者はおらず、とうとうスタンドから人々は雪崩れ込みはじめてしまう。一瞬危機感に緊張が走ったが、取り立てて混乱の起こる事なく、彼らは円陣を周りで組む様にぐるり輪となりジーノを囲み、いつしか凪いだ海のような気の遠くなる静けさが訪れた。

「王子、本当に辞めちゃうの?」
ポツリと沈黙を破ったのは、ジーノが見えるようにと父親が肩車していた、小さな小さな女の子。親が詰めてくれたのだろうか?10のアップリケの入った赤黒のブカブカなTシャツをまるでワンピースのように仕立てて着ている、涙でぐしょぐしょの少女だった。
「それ、良く似合っているね。とても可愛い」
「あ……これ、ママが作ってくれたの」
「そう」
褒められて、嬉しくて、恥ずかしそうに照れて言う。
「でもね、私ね?本当はこんなのじゃなくてちゃんと王子と何から何まで一緒のがよくて」
「ああ……でもそれも素敵だよ?」
ううん、とイヤイヤをするように首を振って、あくせく慌てて話し出す。
「素敵でもね、やなの。一緒がいいの。だからもう絶対ご飯残しませんってママにね?だから今日は特別にってユニホーム買ってもらったの!」
健気で、純粋な。皆押し黙って少女の言葉を聞いていた。けれど。
「あのね、王子ね?私ね?それ着て王子の応援するのがずっと夢だった、の……」
再び涙がポロポロと。つられてしまうように、周りからも小さな嗚咽が響きだす。
 そんな女の子にジーノが返した笑顔は、太陽のような眩しく明るい、あの王子ジーノのものだった。そして、恭しく差し出される手に、周りの人間はまるで海が割れるように左右に分かれ、少女への花道をジーノの前に作り出す。
「光栄です。では、お願いできますか?着られなくなるまでそれを着て、ボクと一緒にETUの応援を?」

 それからはもう、延々と、正真正銘初めてのジーノの握手会が始まった。
 フロントはそれを止めず寧ろ円滑に行われるようにと慌てて誘導すら始め、スカルズやスタジアム常連組も握手が終わればそれを手伝い、ジーノは最高の笑顔のままで感謝を述べつつ、最後の一人になるまでそれを続けた。
 ジーノの力強い握手は、止まる事を知らないような涙を明るい笑顔に当たり前のように変えていった。
「ありがとう」
「一緒に」
「頑張りましょう」
「また」
 これは別れではなくスタートであると、そんな事を伝える握手だった。ジーノは同じ地に降りた同志となって、自分の為に集まってくれた全ての人達への人生そのものへ直接活力を注ぐが如くそれをしたのだ。別れより強い出会いと再生。そんなものを意識させられる引退式だった。

 その完璧さは後日スポーツ新聞の記事やプロアマ問わず沢山の人々によって取り上げられ、ジーノのこの引退をキッカケにして、日本サッカー界は、アスリートは、果ては人生とはどうあるべきかというディスカッションが国中で盛んになっていくこととなったのだった。

 引退式の夜、恒例のシーズン終了の打ち上げ会も開催された。ジーノの周りには沢山の人が集まり別れを惜しみ、男をそのまま解放する気もない強引さで引き留め続ける。でも。
「じゃ、また」
 一切の物事に動じない毅然としたその在り方は、前にも増して。確かに数時間前まではこの集団の中の一部であった。けれど時は満ち、別れは生じ、関係性は根こそぎ変わった。ジーノはこの輪に、もう今までのように溶け込み馴染む事は二度となかったのだった。

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