一途
【14790文字】
遠征の度にジーノに誘われ「10階」に行くようになった赤崎。けれど、暫くして自分のモノにはなりきらないであろうジーノを本気で好きになり始めてしまった事に苦悩する事に。ジーノもまた自分と赤崎ではそもそも合うわけもないという心理の元で、ある時から着かず離れずの距離を保つようになるのだったが……?
お題ったーで連作をし始めたら思ったより長くなったので抜き出しました。
あなたは太宰治作「碧眼托鉢」より「或るひとりの男の精進について。私は真実のみを、血まなこで、追いかけました。私は、いま真実に追いつきました。私は追い越しました。そうして、私はまだ走っています。真実は、いま、私の背後を走っているようです。笑い話にもなりません。」でジノザキの妄想をしてください
<SS>
確かに語弊もあるかもしれない。それでも俺はかねてから色恋沙汰なるその手の話は、所詮本能的な肉欲が見せる幻想のようなものだと思っていた。
(あれこれ理由付けて美化してるだけだろ?ぶっちゃけ、たまりゃ出したいだけっつうか)
俺は小さな頃から己の情熱の全てをサッカーに捧げて暮らして来たので、やれデートだ、やれ連絡だ、と、まるで労働か何かのように女の為に使う時間が、何やらとても無駄に思えた。
(女なんてメンドクセェだけじゃね?こまけぇし。うるせぇし)
愛だの、恋だの。要するに、俺はいい年抱えて、何も知らないまだまだちっぽけなガキだったという事だ。
*
「キミ、モテそうにないよね」
ある日王子にそう言われた時も、馬鹿にしやがってとカチンとも来たが、そんな事は別にどうでもいいと思っていた。たかが女の為に奔走する姿は滑稽であり、ジェントルをきどる王子の事については、実は俺の方こそ反対に心のどこかで馬鹿にしていたからだ。
「おや、お出掛けかい?」
「あ、王子。えぇ、ちょっとコンビニまでブラッと」
「ふぅん……」
何故そんな事になったのか、今はもう記憶にもない。ただあの遠征の夜、俺が王子にほんの少しだけ
「王子は試合終わった途端デートッスか?お盛んッスねぇ?」
だとかなんだとか、チラリと皮肉を言った気はする。
「盛んかどうかは別にして、何事も経験って大事だし?」
と笑う王子を、寧ろ反対に俺が笑った。女に興味を示さない俺をあれこれ茶化すのはいつもの事だし、いい加減受け答えすらうんざりといった心境にあった。
けれどそうして到着したエレベーターに二人乗り込み、ドアが閉まった瞬間、想定を超える出来事が起きた。つまり強引に腕をとられては引き寄せられて、王子に唇を奪われたのだ。
「!?」
何が起こったかわからない俺は、まるでエネルギーの切れたロボットのようにその場で全く動けなくなった。
「驚いた?」
勿論これ以上ない程驚き、体を解放されてもまるで返事一つ出来ないでいた。
「何度も言うようだけどさ、ザッキー?何事も経験だとボクは思うんだよね」
「……」
「そういう積み重ねが動じないメンタリティの生育に直結してるっていうか。キミの夢見る『いい選手』とやらになる為にはそういうのも大切じゃない?違う?」
「……」
「女の子って面白いよ?会う時間思う時間、全てが刺激的でさ」
そうして王子は意味深な流し目交じりのウインクを一つ、1階まで俺と一緒に行く事もなく、中途半端な階で降りて行った。
(10階?なんの用?)
言い残された言葉から想像したのは、男を嫌悪する王子のあの舌先が、今から誰かで口直しをしている映像であった。盛んだとからかった自分の揶揄が現実味を帯びて、また、未だ残る口許の感触から生々しい卑猥な妄想に体の反応が起きてしまい、俺は結局1階に到着したエレベーターを降りることなく、自分の部屋に引き返したのだった。
(何事も経験だぁ?くそったれ、気持ち悪い事しやがって)
勿論一人部屋でない場所では興奮状態にある体を宥める行為なんてとても無理で、俺はあの夜王子のせいで、それはそれは寝苦しい一夜を過ごす羽目になったのだった。
*
そうして俺はそれをきっかけに、捕われの餌に転落した。関わってはいけないと思う恐怖心。負けたくないと思う反骨心。それにもまして抑えきれない、あまりに強い好奇心。王子は巧みに俺を煽り、未知なる世界へと誘っていった。
「もしかしてファーストキスだったの?冗談だよね?」
「そっか、キミって人の肌が温かい事すら知らないんだね」
「そんなに気持ちいいの?ボクにこうして触られるのが」
「またしてみたいって?ああ、いいよ?こんなのただのお遊びだから」
無知を嘲笑される度に俺はなんでもない顔をして、一歩ずつ口車に乗せられて関係は深まっていった。
「女の子によっては普通にこなしちゃうけど、やっぱりキミには無理かな。痛いもんね、流石に」
「いいって。意地でやる事じゃないのから」
「駄目駄目。少しずつ訓練が必要なんだよ」
「やっぱり日にちが開いちゃうと、ナカナカうまくいきそうに」
「どうしても?そんなにしてみたいのかい?しょうがない子だね」
俺はあの夜自ら望む形で、とうとう王子を手に入れた。けれどその瞬間理解したのは、やはり自分が王子に騙され続けていたという事実だった。あの時の王子の冷徹な微笑と、そうして楽しそうに俺に苦悩を埋め込んでいったようなあの仕打ちについては、今思い出しても寒気がする。男をこの身に受け入れるとは、それくらい、単に互いを慰め合うような行為とは雲泥の差があった。自分の今までの何もかもが台無しになるような、驚く程大きな喪失感だった。恐怖の中、とうとう意地を張り続けた俺が惨めに音をあげたにもかかわらず、それでも王子は行為を強いた。
「弱虫。こんな程度の痛みくらい我慢しなよ」
当然、俺がギブアップしたのは強いられた痛みが理由ではなかった。また、上手に乗せられた屈辱に降参したわけでもなかった。それは、たかだかこんな行為でもいつの間にか心から望んだ、自分の悲恋に対しての慟哭だった。王子は俺の心を踏みにじって、俺は一緒になって踏みにじられる快楽に酔ってしまった。なんて恐ろしい世界なのかと、俺は今までの一番の恍惚を得ながら、絶望の世界に転落した。
終わった後の自失の俺に、王子は部屋に戻れと気楽に言った。なかなか良かったと、笑って言った。
*
ズタズタに引き裂かれて初めて気持ちに気付き、その空虚さに心密か嗚咽した。もう駄目だと思う心はいつもひ弱で、縋る心がいつも俺をエレベーターの前に誘(いざな)っていく。王子は来たり、来なかったりで、どちらにせよ彼の行動は、俺の心か体を悲しませた。
(やめたほうがいい。もう二度とあんな真似……)
心虚ろに思いながらも、切られる恐怖に寧ろ竦んで、気紛れな王子の気分のままに、俺は何度もホテルで抱かれた。そんな俺を時々憐れんでいるのか、王子はたまに耳元で囁く。
「キミには感謝してる」
閉ざされた心には何も響かず、ただ闇は広がるばかりだった。だって、王子の言うこの感謝に、一体なんの意味があろう?
「だってこのボクが男を抱くなんて……ホント、ゾッとするよ。でも、知ってた?辛い経験が人を強くするんだって。だからこうやってボクを強くしてくれるキミが好きだよ」
行為の中の他愛無い言葉は、痛みの中ではとても無意味だ。
「キミもきっとこの経験の中で、ボクと一緒に強くなれる。だから二人にとっていいことづくめだ。そうだよね?ザッキー?」
理解不能の、戯れ言、たわ言。
「キミだけだよザッキー、ボクがこんな風になれるのはキミだけ」
あれ以来いつも王子は自分勝手に俺を抱いて、今日も簡単に部屋から追い出す。悲しみ以外は何も得る事のない、いつまでも空っぽな俺の事を。
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