お花結び

Just another WordPress site

*

一途

【14790文字】
遠征の度にジーノに誘われ「10階」に行くようになった赤崎。けれど、暫くして自分のモノにはなりきらないであろうジーノを本気で好きになり始めてしまった事に苦悩する事に。ジーノもまた自分と赤崎ではそもそも合うわけもないという心理の元で、ある時から着かず離れずの距離を保つようになるのだったが……?
お題ったーで連作をし始めたら思ったより長くなったので抜き出しました。

        ジノザキ

あなたは坂口安吾作「ピエロ伝道者」より「すべて「一途」がほとばしるとき、人間は「歌う」ものである。その人その人の容器に順って、悲しさを歌い、苦しさを歌い、悦びを歌い、笑いを歌い、無意味を歌う。それが一番芸術に必要なのだ。これ程素直な、これ程素朴な、これ程無邪気なものはない。この時芸術は最も高尚なものになる。」でジノザキの妄想をしてください

<SS>

 とある遠征先で、チームは惜しくも敗れてしまった。勝負とは勝つか負けるか分けるかのどれかで、どれもよくある出来事と言えばそうで、でも、その日の赤崎だけはなんだかいつもと様子が違った。
(ザッキー?)
 変調に気付いたのはジーノただ一人であった。いつものような強がり、いつものような皮肉、見慣れた情景の中で唯一違うのは、赤崎がジーノを見ない事。
(いいの?……これでは二人の約束が)
 目端で赤崎を追うジーノだったが、結局そのまま時間は過ぎて、各々部屋へとばらけて行った。
(呆気ないものだね、こんな簡単に、とは)
 薄氷を踏む様な日々の突然迎えたその終焉を、拍子抜けだとジーノは思った。
(ま、あれか。いずれ来るとは思ってはいたし、あの子にしちゃ珍しく卒なくて……上出来と言えば上出来、か)
 少しこじれる事をも覚悟していた。ジーノは、誰に見せるでない苦笑いをした。
(騒動がなくてガッカリしてる?は……まさかそんな悪趣味)

*

 思えばそう長くもない逢瀬の日々を、二人それぞれ心に残した。それでも日常は日常らしく毎日続いた。飼い主はボールを蹴り、番犬は飽きる事なく走り続け、時にはともに笑い、楽しく暮らした。それはそれで穏やかな時で、長く続くと思われた。

*

 ある遠征先の深夜遅く、ジーノは部屋のノックで目を覚ました。確認する事もなくドアを開ければ、無口な赤崎が当たり前のようにそこに佇み、ジーノもまた何も言わず、知っていたかのように招き入れた。
 カチリと無粋な音を立てて安ホテルのドアは閉まり、二人戸口で見つめ合う。それはまるで生き物全てが死滅するような、そんな息詰まる静けさだった。
(全くキミって子は……おめおめと今更恥ずかしくないのかねぇ。しかし……)
 ジーノの目の前で今にも溢れそうになっているのは、平穏な日々が濃縮を続けた思いの汚泥だった。自ら選択して退いた男が、その苦痛に耐えかね戻ってきたのだ。
(さて、どうする……?)
 想像しないではなかったこの時に対して、やれやれ、とジーノは再び苦笑した。

「馬鹿な事してるって、わかってます」
 ようやく絞り出すように赤崎が言うと、唇に指をあててジーノが窘めた。
「シ、何時だと思っているの?周りに響く」
 ドキリとしたのもつかの間、ジーノにクイクイと指先で来るように指示され、赤崎は慌ててあとを追った。
「いくら今日ここがキミとの相部屋だとしても、ボクがキミだけを入れてちゃおかしいだろう?」
「はい……」
 滑らかな動きで部屋の奥に戻り、ジーノは放置したままの水を含んだ。じりじりと焼け付くような喉の奥は、到底鎮まるわけもなかった。

「で、何かな」
「スイマセン……もう寝てましたよね」
「当然」
「……」
 別に熟睡をするでもないが、赤崎のその躊躇の時間の長さを考える程に、ジーノの喉は更に乾いた。もう一度纏わりつくように温い潤いを求めてみても、渇きは全くおさまらなかった。

 ポスリと自身のベッドに座って、ジーノが指差す。
「なんで入ってきたの?」
 その問いはまさに焦れで、でもそれを知らない赤崎はと言えば、糾弾されていると身を竦ませる。
「ここはキミの部屋でもあるけれど、キミとの居場所ではない。言ってる意味、わかるよね?」
 ギュと拳を握りしめて項垂れながら、赤崎は今を耐えていた。責められるのは覚悟の上と、それをして尚無礼を働くは、もう次はないのだという切迫故に。
「部屋割りの偶然に、期待してしまったのかい?もしかしなくても何かいい事が起きるのでは、って?」
「……」
「覚悟のなってない子は嫌い」
 嫌いの一言に深く傷つき、その油断を突かれてジーノがその手を下に引いた。赤崎は人形のようにバランスを失い、ジーノの膝元に跪いた。まるで土下座するような姿勢を強いられ、けれど立ち上がることも出来なかった。それをさせたのはジーノなのであり、絶対者の前では髪の毛一本逆らえなかった。
「ザッキー、ここは何階?」
「……12階ッス」
 実際の階を答えた赤崎にジーノは優しく、諭すようにこう続けた。
「……だね」
「はい……」
「権利を放棄したのはキミ。わかってるならいいさ。まあ、寝付けない夜って、思い出に縋りたくなる事もあるよね」
「スイマセン……俺、今更こんなみっともない真似……王子に嫌われて当然の」
「いいよ、いいよ。堅苦しいのはナシ!せっかくだからしばらく一緒に居てあげる。落ち着いたらちゃんと部屋を出て行くんだよ?」
「いや、王子、大丈夫です、もう俺わかりましたから」
「いいんだって。すっかり目も覚めてしまった事だし、このまま追い出したんじゃこっちの夢見が悪い」
「あ……」
「でも流石にあんまり長い時間は」
「はい、それは当然……っていうか、あの、俺、今結局どうしたらいいのかよくわかん」
「普通は好意への礼だろう?ありがとうでいいんじゃない?単に」
「え?……あ、あぁ……そう……なのかな……本当に?いいンスか?」
「ん。ボクがいいっていってるんだからいいんだよザッキー」
「じゃあ……ありがとうございます?王子」
「どういたしまして」

*

 奇妙な時間は奇妙なままに、二人の空間を包み込んだ。赤崎はへたり込んだままジーノを見上げ、ジーノは穏やかな笑顔でそれを見ていた。空気が二人を隔てていたが、その同じ空気を吸っては吐いた。赤崎の荒い息と飲み込む唾も、そうしているうちに穏やかになった。疚しい欲望は次第に消えて、波打つ心が凪いでいった。それは所謂「浄化」だった。

大きく深呼吸をしたのち赤崎は、もう一度ジーノに感謝を述べた。
「ありがとうございます。なんかスッキリしました」
「……もういい?」
「……」
「まだだった?」
 ジーノは悪戯げに笑いかけた。すると赤崎は返事もなしに、ジーノの左の膝にこわごわ両手を伸ばし、顔色を伺う。ジッとそのまま二人見つめ合い、ただそれだけで意思が通じた。
(いい……ッスか)
(ん、いいよ)
 だからそのまま二人無言で、赤崎は手を添えて膝にキスした。それは慈しむように、そしてあたかも崇拝するように。
(王子、王子……)
 たったそれだけの事で一気に満たされていく赤崎の姿を見下ろしながら、ジーノもまた渇きが癒されていった。

「……おやすみなさい、王子」
「ん、おやすみ、ザッキー」

*

 それからというもの、今度は二人のこの倒錯の儀式が、時々繰り返されるようになっていった。放っておくと濁りゆく己の浄化のために、しばしば赤崎がジーノに歩み寄って言う。
「いいッスか、王子……俺……」
それは試合の前であったり、平凡な練習日の一時であった。目配せし、人目を忍び、跪き、ゾクゾクと身震いしながら、赤崎はその一瞬のキスによって己を深くまでクリアにして、感謝を述べて立ち去っていく。それは子供のママゴトのようで、かつ、セックスそのものよりもセクシャルな行為だった。二人にとってのこのまじないは、とても濃密な一時だった。
 ジーノは今赤崎にとって、何にも代えがたい存在であった。恋に恐怖する心が閉じてみれば、残ったのは純度の高い才能への崇拝であり、変質的な欲望の昇華の仕方をおぼえてしまった赤崎について、黙ってジーノは受け入れ続けた。何故なら、
(これでいい。キミはボクに恋すべきでない)
と思う気持ちに、昔も今も変わりがないから。
 二人の見つけた倒錯の世界は、所謂恋の袋小路から遥か遠くで、やはり各々はそれなりにこの幸せに笑いながら、心繋いで日々を過ごした。

「ねぇ、恋を怖がる『一途』な小鳥は、随分と綺麗な歌を歌うものだね」

[maroyaka_webclap]

      ジノザキ