お花結び

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一途

【14790文字】
遠征の度にジーノに誘われ「10階」に行くようになった赤崎。けれど、暫くして自分のモノにはなりきらないであろうジーノを本気で好きになり始めてしまった事に苦悩する事に。ジーノもまた自分と赤崎ではそもそも合うわけもないという心理の元で、ある時から着かず離れずの距離を保つようになるのだったが……?
お題ったーで連作をし始めたら思ったより長くなったので抜き出しました。

        ジノザキ

あなたは太宰治作「もの思う葦(その一)金銭」より「君がほしければ、君に、あげる。」でジノザキの妄想をしてください

<SS>

 もう随分時も流れて、世界も別れて、それでも二人は時々会った。
「王子、久しぶりです」
「ん、久しぶり」
 何気ない会話の隙間に儀式はあって、そのほんの一時はその後も続いた。大事な時ほど赤崎は来て、ジーノは笑って受け入れた。そうして願掛け行為を歌い続けたそんなある日、膝へのキス後に赤崎が言った。
「こんな事、いい加減もうやめないと。そうですよね、王子」
 すかさずジーノはこう応えた。
「何故?」
 切なげに顔を上げる赤崎は歌終えてもまだ濁りを湛えて、その憐れな姿にジーノは言う。
「何故そう思うの?今日のキミはいつもよりも少し変だ」
 するすると指先は頸動脈の箇所まで滑り落ちる。
「ああ、こんなに動悸が」
 今日は一途の歌を歌い足りないのか。ジーノは暫し思案したのち、一つ思い当たる事柄に気付く。
「ザッキー、もしかしてあの噂を?」
 へたり込んでいる赤崎は恐る恐る小さく言った。
「結婚……するんですよね?」
 赤崎の中の汚濁は非業に広がり、怨嗟とも呪詛ともとれるそれらが、男の一途を穢し、にじる。

*

「やっぱりその事か。キミも物好きな……」
「見たっていうか、なんとなく検索してて目に入ってしまっただけッスけど」
「なんとなく、ねぇ?」
 ネタ元は、とても偶然ではたどり着けないアンダーグラウンドなサイトで、それを知るジーノはしかしストーカー紛いのその行為についてわざわざ赤崎に指摘する事もなく、素知らぬ顔で聞き流した。ただ、もう素直には歌えなくなった憐れな小鳥の、息の根の絶えようとする断末魔を見つめる。
「本当なんですか?」
「……どうだろう?」
 可哀想にこの小鳥は、あれほど恐れ見限ったはずの恋を、忘れきれずに泥沼に沈む。
「ちゃんと言ってくれれば俺だって何かお祝いくらい……王子には色々世話になってるし……」
 死にゆく小鳥の最後の言葉は、それでも感謝の色に染まる。
「王子?」
「いや、別に……お祝いかぁ、そうだねぇ」
「……」
「っていうか、そもそも祝って欲しいとかボク、キミに言ったりしたかな」
「てっ!」
 ムニっと頬をつままれて思わず赤崎は声をあげ、ジーノはそれを見て笑いながら、
「大袈裟だなぁ、そんなに痛くしてないよ?」
なんて、その手でツン、とおでこを突いた。
「キミの駆け引きはいつも陳腐だ。大した覚悟もないくせに滅多な事を言ったりやったりするもんじゃない」
「そッ!」
「図星だろ?」
 真っ赤に染まる赤崎をもう一度ジーノは小突いて、うーんと伸びをして肩の力をほぐしていた。
「いい加減やめないと、と本気で思うなら、それを考えた時点でもうここに来るべきじゃなかった。そもそもこんな中途半端な生活だってあるべきじゃなかった。違うかい?なのに恥ずかしげもなくキミは何度も。意気地がないんだよ」
 そのサバサバした様子に、赤崎は自分の馬鹿さ加減に恥じ入った。いつでもグズグズと踏ん切りがつかない自らの惨めな姿を、初めてジーノに揶揄されたのだ。今までどんな目で見られていたのか、それを突然思い知らされ、食いしめる下唇はいっそ血の滲む勢いで、そんな事切れる寸前の赤崎をも冷徹に見下すジーノの、追い詰める言葉はとまらなかった。
「ショック?だって悲劇に酔ってるキミがあんまりにも馬鹿だからだよ。ボクだって本当はこんな事を言うつもりも」
「……」
「だって前に一度言ったものね?覚悟のなってない子は嫌い、って」

*

「さあ、ここからは本当の意味でのアディショナルタイムだ」
 ふわりとソファに腰を下ろし、指先でクイクイと手招きをされ、力なく赤崎はそこに向かう。
「今度こそ、ちゃんと覚悟を。出来るね?」
 大きく組んだ足をジッと見つめ、赤崎はすっかり項垂れて頷いた。でも改めて覚悟を求められても、今更簡単に出来るわけがなかった。
(『今度こそ』?……どうしよう、俺、本気で王子に切られちまう。本当に今日で最後に……)
 いつでも終わる覚悟は出来ていると、赤崎はすっかり思っていたのだ。ここでジーノに愚かさを指摘される寸前まで、綺麗に別れる台詞すら考えてきたはずだった。なのに今、心には確かに渦巻く焦燥しかなくて、もう何も聞きたくないと必死で現実を否定していた。そんな悪あがきに似た様子を見てとったのか、ジーノはしばし時を待つのだった。

*

「甘いんだよザッキー。キミは本当に色々わかっていない」
 長い沈黙ののちに響いた穏やかなその口ぶりは、まさに死刑執行人の静けさだった。当然それを聞く赤崎に至っては、そうだと頷く事しか出来なかった。今更言われるまでもない。
「いい?もう二度とは訊かない」
 もう何年もの繋がりの終焉に、今すぐ準備など出来るわけもなかった。だが、自分の甘さを痛感しながらも、赤崎はまた、ただ頷くしかなかった。

*

 けれど、何故かその時ジーノが口にしたのは、もう最後にいつ耳にしたのかも忘れてしまったような、遥か昔のあの言葉だった。

「ザッキー、ここは何階?」

*

 いきなり心臓を鷲掴みにされたみたいに、赤崎は身を跳ねて目を剥いた。ジーノの姿はあまりにも超然として、赤崎には言葉の意味がわからない。すると、その瞬間、今までの様々な事が赤崎の脳裏を巡り始めて、船酔いのような眩暈までする。
「なん……、王子、それ、一体どういう」
「早くしないと最後のエレベーターが通り過ぎてしまうよ?」
 ジーノの、その人を食ったような表情はかつて何度も赤崎が見たあの顔だった。思えば諦めようとしながらも耐え切れなかったあの夜、赤崎がジーノを訪ねた時もそうだった。一瞬、赤崎は同じ顔でジーノに問われ、赤崎はジーノに返事をして、その後。
(俺、あの時なんて言った?駄目だ、あの後、王子に笑顔で見守られている情景ばかり浮かんで、全然記憶が……)
 現実と過去が二重写しで、赤崎は震えながらジーノに問うた。
「覚悟……?」
「そう、覚悟」

「万が一俺が今『10階』って言ったら?俺がそれを望んだらあんた、どうするつもりだ?未練がましく縋る俺を残酷にぶった切る気で王子は」
「さあ、それはどうか……なんだったら試してみるかい?でも答えられるのは一度だけ」
「違う階を言ったらどのみち終わりだ……こんなのズルい。最後の最後で、あんたは本当に卑怯な人だ」
「そう?」
 ジーノは寸分のブレもなくて、成程と赤崎は納得がいく。最早答えなど問題ではないのだ。どちらに転ぶにせよ必要なのは覚悟。本当はもっと昔に選んでいたはずの確固たる決意。
「怖い……」
 今更尻込む惨めな赤崎を、ジーノは特に笑わなかった。
「だろうね。でも良かったね、これでどのみちもう明日からは苦しまなくて済む」
 ただ穏やかな口調でそれを言いつつ、ジッと赤崎から目を逸らさなかった。互いが瞬きを忘れたみたいに、息を詰めて見つめ合った。

「……」
「何?聞こえないよ」
「……」
「ザッキー、聞こえない」
 ジーノに再三問い詰められて、そこからもう、わっと泣きながら崩れ落ちるように、赤崎はジーノの首にしがみ付くしか出来なかった。
「『10階』……ッス。王子……クソッタレ、結局俺はそれしか……言えな……」
「やれやれ」
「……」
「ちゃんと覚悟して口にしたのかい?それ」
 呆れたような物言いをされても、赤崎はコクコクと頷くだけだった。切られるも惨めも今更の話で、全ては仕方のない事としか思えなかった。
「本当にききわけのない子で……もうこれで十分自分でもわかったかい?」
「……」
「キミは来るよ、来るしかないんだ。キミが嫌だろうと、ボクが追い払おうと、きっと何をどうしようと、こうしてこの先もずっとボクのところにキミは来てしまう」
「う……」
「何度これを繰り返そうと、キミは絶対にボクから立ち去れない。ずっと警鐘はなり続け、キミは毎回も駄目だと思い、でもキミは必ずそれを無視し続ける。惨めでも、辛くても。それがどれだけ痛くて、怖くて、恥ずかしくて、いっそ耐えられないって限界を感じても」
 ふわりと赤崎の背に腕を回し、子供を慰めるようにジーノは言った。
「王子……王子……俺は……」
「キミにしてみれば不倫や二股なんてあり得ないよね。自分自身の人生観への冒涜だもの。でもキミは今それを踏み躙って、ボクに縋って泣いている」
「王子……ん……」
 ジーノは縋る赤崎に、もう実に何年振りかの唇同士のキスを交わした。途端に世界が『10階』に変わる。その絶望と恍惚に体震わせ、赤崎はみるみるソファに沈む。再び喪失はその身に起きて、何もないがらんどうになっていく。怖くて怖くて逃げ出した世界に、赤崎はもう一度踏み入れたのだ。
(そう……もういい……俺はこうなる事を覚悟したんだ……)
 長い時を経た事が嘘のように、ジーノは赤崎を覚えていた。赤崎もまたジーノを覚えていて、けれどその一つ一つがかつてとは違った。
「う……おう、じッ……なんッ!?……あッ」
 まるでその触れた指先の箇所から火が灯るように、赤崎の体は魚のように跳ねた。今まで出した事もないような嬌声が漏れ、戸惑う間もなくまた燃える。
「うぁッ」
「そっか、ここ、そんなに気持ちいい?お利口出来たご褒美に一杯してあげるね」
「やめ、これ以上、だ……駄目、おかしく、な……あッ、あぁ」
 それは生じた空虚を埋め合わせるには、あまりにも多大なジーノの肉欲であった。
(た、すけ……て)
 赤崎は今、さえずる小鳥どころか魚のように口は空気を求め続け、いっそ過呼吸を起こしそうになるのを防ぐためか、ジーノは執拗な口づけをした。陶然としたその目は空を彷徨い、ままならぬ体はジーノの自由で、ただだらしなく粘着を持った液は垂れて、耳だけが赤崎の制御下にあった。
 聞こえてくるのはジーノの囁き。
「だからね、ザッキー」
(……?)
 聞こえてきた言葉の意味の把握を、ぼんやり頭が試みている。赤崎の状態をわかっているのか、ジーノは存分に赤崎を楽しみながら、こう嬉しそうに囁いたのだった。

「教えてくれる?ボクに『一途』の歌い方」

「今日という今日はようやくボクも」

「キミには観念させられたから」

 何が何やらわからない囁きはその後も続いて、でも赤崎はただただ溢れて、溢れて溢れて、溢れた挙句に、とうとう最後に気を失った。

「ボクにも出来るのかな、ねぇ、ザッキー?」


おしまい

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      ジノザキ