一途
【14790文字】
遠征の度にジーノに誘われ「10階」に行くようになった赤崎。けれど、暫くして自分のモノにはなりきらないであろうジーノを本気で好きになり始めてしまった事に苦悩する事に。ジーノもまた自分と赤崎ではそもそも合うわけもないという心理の元で、ある時から着かず離れずの距離を保つようになるのだったが……?
お題ったーで連作をし始めたら思ったより長くなったので抜き出しました。
あなたは高村光太郎作「おそれ」より「いけない、いけない 静かにしてゐる此の水に手を触れてはいけない まして石を投げ込んではいけない」でジノザキの妄想をしてください
<SS>
遠征先では魔が差すような、そんな空虚な時間が時々ある。
「おや、お出掛けかい?」
エレベーター前、偶然を装い後ろから近づいてきた男が気楽な口調で声を掛ける。けれど俺は振り向けもしないし、返事も出来ず、そのまま佇んで固まっていた。
「ザッキー?」
かの人しか口にしない名前を呼ばれて、ツキリと胸の奥が鋭く痛んだ。らしくない高揚、らしくない緊張。俺はただ無心を装い、未だ1階から戻る気配もない、ランプをジッとひたすら睨むのだった。
「無視?」
かつて同じような事があって、密室の中で悪戯な男はいきなりキスして、「ビックリしたかい?」と笑って言った。あれはもう随分と前の話なのに、今でも艶めかしい程に感触が残る。
「あ、来たよ?」
トン、と背を押されてよろけて乗った。そのまま俺は振り向けない。
「何階?」
「……」
「ほら、行く階押さないと動かないよ?」
「……」
「だから言ってくれないと。『キミが』」
「……」
飲み込む生唾の音が大きく、両手の平を固く握る。
「何処へ行く?今日は」
「……」
「『10階』に……」
それはいつの間にか出来た二人の秘密で、10階ならYES、それ以外ならナシの暗喩だ。でももはやそれはあまりに無意味な、答えの決まっているただの儀式でしかない返事だった。
「わかった。『10階』ね」
エレベーターは動き出して、すぐに目的の階に着いた。別に本当に10階なわけではない。王子が予約した部屋のある階だ。
「何してるの?」
凍り付く俺の背に王子が言う。
「行くよ?」
無理矢理手を引く真似はしない。
(このまま行かねぇとどうなるのかって?そんなの、ただそれまでの話になるだけだっていう事なんだろ?)
*
時々こうして俺達二人は、試合後の昂る体を慰め合う。王子のとった別室への扉が開かれるのは、指定されたほんの数分の間のみだ。約束の時間にエレベーターで落ち合えねば、その日の逢瀬はナシとなる。遠征の度に俺は待って、王子は気分次第で姿を現す。
「ザッキー、寝ちゃ駄目だよ。ちゃんと部屋に戻るんだ」
不在に不自然さのない時間で済ませようと、俺達の行為はとても作業的だ。終われば髪が濡れぬように体を流し、俺は追い出されるように部屋から出る。互いの睡魔を呼ぶ為の自慰のような、そんな魔の時間が今日も終わる。
王子の気ままは俺を苛む。秘密の得意な人の行動に、あれこれ余計な妄想が働く。
(やめろ……深く考えるな……)
水面に無限の波紋が浮かぶ。
(余計な感情を持つな……あの人は毒なんだから、考えたって結局は碌な事に……)
王子は笑って石を投げる。
(考えるな。これをする意味なんて、そんなもの……)
*
投げ続けられる石、消える事のない波。俺はとうとう耐え切れずにある終わった夜に王子に問うた。
「あんた、この調子で一体何人食ってンスか?」
「この調子って?」
自分の事をどう思うのか。それが問えない俺は屈折している。
「……キミみたいに抱くのは、キミだけだよ」
戻ってきた返事は屈折に相応しく、目的からかけ離れたよくわからない言葉だ。
「え?どういう意味かって?フフ、想像に任せる」
その表情はとても残酷で、俺は凍り付いたみたいに二の句が継げない。
「ねぇ、何故そんな事を訊くんだい?」
「……」
「ねぇ」
「……」
「どういう意味?何が訊きたい?」
「……」
「もしかしてもうボクとこれをするのが嫌なのかい?」
「……」
「そういう事なら別に……」
「……ッ」
俺の戦慄に王子は笑って、
「さあ、早く流しておいで。今日は少し遅くなった」
と俺を起こした。王子を俺は捕らえられず、俺は王子にかしずく奴隷だ。
*
――キミみたいに抱くのは、キミだけだよ
その日投下された石はとても鋭利で、「みたいに」の意味が俺を苦しめる。ある時は都合よく、ある時は辛辣に、言葉はどうとでも変化する。
(王子の言葉はまるで王子だ)
日に日に乱れる心の波を、知ってか知らでか、その後も何度となく王子が呼ぶ。
「今日は、何階?」
この日々になんの意味があるというのか。
――想像に任せる
その意味は己で見出すんだと、超然と見下ろす王子だけが見えた。
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