とある犯罪と、その共謀
【11496字】
赤崎が思い余ってジーノを監禁する変な話です。拘束具はホームセンターにあるような本当にただの鎖とよくある金色のごっつい錠前。勢い&素人っぽい感じがいいなというイメージでよろしくお願いいたします。
アスリートの監禁物って色々ファンタジーにしても難しいですね。薬とか栄養とか、そもそも考え方からしても「どうしよう絶対にやりそうにない……」と妄想の敗北を続けて今ようやく、無理矢理に近い形で仕上げました。ヽ(`▽´)/死ぬまでやってろ脳天気ーノ&ヤン崎のバカップルっ
「なるほどね」
そう言いながら鼻で笑うジーノに、声を圧し殺して赤崎が言った。
「なンスか、そのリアクション」
「おや、お気に召さないのかい?注文の多い子だねぇ」
ベッドに横たわったままジーノが赤崎の方を向けば、チャラリと金属の音がした。
「余裕ッスね。監禁されてるっていうのに」
ジーノはピッチで見せるあの落ち着いた表情のまま、再び薬の睡魔に吸い込まれていくのだった。
*
オフになると、ジーノは当たり前のようにバカンスに行く。だが、成り行きで一度だけ関係したくらいの赤崎には、それを引き止める手だてがなかった。
「君は何をして過ごすのかな?」
ジーノはそんな問いかけすらしなかった。
「僕がどこに出掛けるかって?」
そんな会話すら成り立たなかった。
赤崎はジーノと過ごしたく思っていたが、まるで相手にもされなかった。チーム帯同最終日。チャンスは一度だけだった。
*
「大丈夫ッスか?」
赤崎が問いかけるも、ベッドに横たわるジーノは、まだ意識が朦朧としている。
「心配してくれるの?優しいね」
薬慣れしていないジーノの体には、思いのほか、効き目があったようだ。取り込んだ毒を排出すべく、じっとりと浮かんだ汗がまだひかない。
「……シャワー浴びたいな」
流し目で甘えるように赤崎にねだる。
起き上がり、ふらつく肢体。万全ではない。思わず赤崎が支えようとすれば、
「一人で歩ける」
と手を払われてしまった。当然のことではあったのだが、それでも赤崎は思いもがけずドキリとその場で立ち竦んだ。
「どこ。案内して」
凍りついた空気をとかすように、ジーノは再び優しく笑った。
「こ、こっちッス」
足首とベッドを繋ぐ鎖は長く、難なく浴室にたどり着いた。ジーノは着ている服以外の持ち物全てを取り上げられたままであり、部屋に備え付けの電話にはギリギリ手が届かない。それでも赤崎も監禁とはいえ、幾ばくかの自由を配慮していた。
着いた途端、おもむろにジーノが脱衣を始める。
「これ、邪魔だって言っても取る気ないよね」
片足についた鎖をならして、
「濡れないようにしてて」
と、脱ぎ捨てきれない下の服を持っているように赤崎に指示し、
「そうしたら覗いていても許してあげる」
と、チャーミングに口角をあげた。
「君がこんなことをするとはねぇ。もう少し良識があるかと思っていたよ」
あがった早々タオルを寄越せと手を伸ばし、バスローブを着せろと背中を向ける。まるで王族の湯浴みに付き添う奴隷。それでも鎖の鍵を握るのは赤崎だった。
「コテージを一棟貸し切るなんて、随分と奮発したものだね」
髪を乾かす赤崎に微笑む。
「かわいそうに。後で少し助けてあげるよ」
終止ジーノはいつもの調子で、赤崎は返事のひとつも出来ない。
「食事は?君が作るの?コンビニのものはさすがに続くとなるとちょっと嫌かな」
「……」
「どうしたんだい?随分と大人しいけど」
ジーノの笑顔はいっそ威圧的にも見えたが、赤崎は黙って髪をとかしていた。
「次、浴びておいでよ君も」
「……」
「心配?嫌だなぁ、大丈夫さ。ほら、何せこんな格好だもの。逃げられないし、逃げる気もない。だから君も」
「いや……今は別に」
「ふうん?そう?」
鏡越し、値踏みするような視線で言う。
「まぁ、いいけれど」
ジーノはふい、と自分の爪を見ながら、
「こんなところに閉じ込めておいて、目的はそれしかないと思っていたよ」
と、さも興味なさげに小さく言った。それはあまりにも高慢な、紛れもなくルイジ吉田そのものの態度であった。
鎖に引っ掛かったままの服を指差し、
「それは僕が寝たあとにでも外して片付けておいてね」
と言って立ち上がった途端、貧血を起こしたように足取りが乱れるジーノ。慌てて赤崎が体を抱き止めると、風呂上がりとは思えぬ蒼白な顔が、やはり今のジーノの状態が普通ではないことを物語っていた。
「悪いね。手間をかけさせて」
「いえ、別に。歩けますか?」
肩を抱きながら寝室に戻り、ジーノを再び横たえる。放り出された服は鎖に引きずられ、床を綺麗に掃除していた。赤崎が、
「これ、あとでちゃんとしておくんで」
と律儀に言えば、ジーノが白い顔で
「頼むね」
と僅かに苦笑した。
*
音のない世界で赤崎が問う。
「なんか、俺に言うことありませんか」
「は……、さっき言ったので全部だけど」
寝起きの会話、風呂上がりのそれ、戯れ言でしかないものを全てと言う。
「こんなことされて、怒らないンスか」
「怒って欲しいの?」
ちらりと鋭い視線が刺さるだけで、赤崎はゴクリと唾を飲んだ。
「ふ、そんなに身構えなくても」
ジーノのさも馬鹿にした風情にカッとなる。
「身構えてなんかっ」
「やめてくれないかな。頭に響く」
片手で簡単に赤崎を制し、ジーノはさらに淡々と言う。
「いちいちそんな情けない顔をされても困るよ。まるで僕がいじめてるみたいだ」
赤崎はそれを否定するかのように、垂らした腕のまま拳を握りしめ、挑むように睨んだ。
「その方が君らしい」
「……」
ジーノは、子供をあやすように赤崎に言う。
「……怒っているのは君の方だ」
前髪をかきあげ、目を薄めて。
「僕の気持ちなんてどうでもいいだろう?それより何より、君はむしろ、僕に言いたいことがあるんだ。違う?」
そうして、微笑みかけるように囁いた。
「聞くよ、ザッキー。言ってごらん?」
*
赤崎は、冷たい目をして部屋から出た。あまりにも不遜なジーノの態度に、激しい怒りが生じていたのだ。
(何なんだよ、あれ。偉そうにっ)
同情した自分が馬鹿だと思った。
「人のこと思いっきり舐めやがって」
エンジンをかけてコンビニへと出向く。栄養補助食品を手に取りながら、仕返しのようにかごに入れた。
物理的にそばに留め置こうとも、ジーノは赤崎のものにはならない。今この状況に怯えているのは自分だけで、ジーノは痛くも痒くもない。重々理解していたことでも、現実味を帯びると、痛烈に感情が拒絶する。
(むやみに俺を刺激すんなよ、王子)
途方に暮れるように空を見上げた。醜く黒い感情が渦巻いて、そんな自分が恐ろしかった。
(駄目だ……目の前が突然真っ黒になって、また何がなんだかわからなくなっちまう)
鎖を手に入れ、薬を取り寄せ、それでも赤崎は実行に移すだなんて、微塵も思っていなかった。こうして一人で星を見ていると、夢の中の出来事にしか思えない。それでも危うい悪夢のようなこの世界で、ジーノだけが異様に普通だった。混乱する頭を抱えながら、赤崎は再びエンジンをかけた。
*
「おかえり、ザッキー」
リビングのソファに転がるジーノが、テレビも見せないつもりなのかと笑っている。
「リモコンはどこ?」
赤崎はそれを無視して、買ってきたものを冷蔵庫に入れる。鎖はキッチンまでは届かない。
「手がかりになるものは何一つ教える気ないんで。場所も、日付も、そして時間も」
遠くから聞こえるその解に、ジーノは、
「結構、本格的なんだね」
と、悪びれもせずに言った。
*
基本的に赤崎は、ジーノをそのまま放置していた。絡んでくるのが鬱陶しくて、ジーノの入れない部屋に引きこもった。自分がジーノに何をしでかすのか。そのことにも怯えていた。
時々響く鎖の音でジーノの存在を堪能つつ、ぼんやり幸せを噛み締める。
(どこにも行けないで……随分としんどくなってきたんじゃねえかな、王子)
バカンスを楽しみにしている人。人との関わりを愛する男。そんな全てを取り上げられて、することもなく部屋を彷徨う憐れ。今を知る者は自分しかいない。赤崎だけの知る犯行。
生活リズムを狂わせるために、ランダムに、時には熟睡のジーノを叩き起こしてエサを与えた。そんな赤崎の扱いに、ジーノは大人しく従った。どれだけ生活をかき乱そうとも、必ずジーノは定刻になると風呂に入り、同じ時間に寝室に戻っていく。ジーノの時計は意外なほど崩れることなく、規則正しく時を刻んだ。赤崎はそれ一つを取ってみても、ジーノの強いられているこの狂気を疑似的に追体験した。
(どんな気分なんだろう。あんなに平気な顔なのは、ただそのプライドの高さゆえなんだろうな)
*
「しないの?」
ある日、ジーノが赤崎に問うた。
「いよいよ我慢の限界ッスか」
何も起きない退屈な日々。ジーノが耐えられるわけもない。
「自分ですればいいじゃないですか。そんなに苦しいっていうんならね」
男が屈服する日を今か今かと待っていた赤崎は、くしゃりと顔を歪ませた。
「ああ、そうか。どの扉にも鍵はないし、さすがのあんたも恥ずかしいのか」
「しないのかって訊いただけだよ」
「はっ」
手に持つ齧りかけのビスケットを乱暴に奪い、赤崎は恫喝するようにジーノに言った。
「あんたを餓死させることだって普通に出来る。俺が本気なこと、そろそろちゃんと理解した方がいいッスよ?」
「……」
「俺は今、あんたの知る俺じゃないから。指示通り、ただ大人しくしているしかないんだよ」
閉ざした唇にビスケットをそっとあてがい、口を開けろと赤崎が言う。
「こういうのが面白いのかい?」
少しだけ身をさげつつ返事をすると、
「ああ。食えよ、ほら」
と赤崎が抑揚なくジーノに返す。あきれるように吐息をもらし、ややあってから唇が開いた。うっとりと赤崎がそこに差し入れると、さくりと噛んだ音が響く。
「王子、いい子ッスね」
「満足かい?」
「まあ、それなりには」
*
牛乳に入れられたそれは発泡性で、シュワシュワと軽やかな音で溶け出している。
「何を入れたの?」
「楽になりたければ飲んでください」
「来た時に飲ませた薬かな」
「いいから。飲んでベッドに」
「横暴だな」
*
赤崎がジーノの部屋に戻った頃、男は完全に意識を失っていた。蒼白な頬に張り付く髪をはらってみても、動き出しそうな気配がない。
「王子」
そうっと指先で胸元をはだける。バスローブの下には何も身に付けていない。あらわになった下肢のそれは、ずっしりと重みをたたえている。
「……ん」
そっと触れると、小さく抵抗の仕草がみられ、赤崎はそのことに興奮をおぼえる。今からこの男を自由に扱う。その現状に深く酔った。
「あんたは記憶もなく搾取されるだけだ。生きる価値を根こそぎ全部俺が奪う」
ピクリと反応を示したそれを、大事そうに包み込む。ゆっくりと上下に刺激すれば、耐えきれず本性を現し始める。ジーノはくぐもった声を漏らしながら、指先で弱々しくシーツを掻き、それでも混沌の世界から出られず、寝返りを打つことすら、ままならない。
「今、どんな気分ッスか。意識がないのが残念だ」
おぼつかない指先でゴムを着ければ、それは必要以上にいやらしく見えた。
「万が一でもあんたを喜ばしたら意味がないんで」
息を荒げ、おもむろに跨がり、それでいてとても慎重に。あの日、たった一晩で体を変えられてしまった赤崎は、難なくジーノを受け入れていった。
「……ふっ、ぁ……」
繋がり、満たされ、体が震える。
「変な、こと、覚えさせや、がっ……て」
体内にジーノを深々と咥え込む、待望の時を迎えて恍惚とする。泣いてもすがっても許されなかったあの快楽が、赤崎の全身によみがえる。
「う、……やっべ、……」
自分の指とは全然違った。おずおずと腰を動かせば、あっという間に昂ぶってしまう。気持ちがよくも恐ろしくて、緩慢な動きすら時々止まる。
「はぁ、んぅ……」
ゆっくり、ゆっくりと感触を味わいながら、自分の前を同じリズムで擦った。
「あ、あ、……いい……っ……」
刺激を深め、時折控え、赤崎は自慰するかのようにジーノを使った。
「ん、ん、、ふ、ぁ、あ、あ……」
目を潤ませながらジーノを見下ろし、少しずつ動きが大胆になる。 この日を心待ちにしていた赤崎もまた、しばらく射精を控えていた。
「ん、ぐ、ぅ、ふっぅ」
パンパンになった前立腺が圧迫されて、だらだらと白濁が溢れてくる。指先に絡んで響く卑猥な音が、ますます赤崎を夢中にさせる。
「王子、ん、ふ、ぁ、あ、あ、ぁあっ」
湿り気をたっぷり含んだ特有の水音と、キシキシとしたベッドの無機質な音。
「気持ちいい、ん、い、もうイキそう、うぁ……イク、あ、あ……イッっ!」
赤崎は唇を戦慄かせながら、ビクビクと体をこわばらせた。掴んだものから大量に吐精しつつ、何度も体を痙攣させた。
「あっ、はぁ……はぁ……は、ははは……」
ジーノの腹に散ったものを見ると、ゾクゾクとした征服欲に満ち溢れた。好きなように扱われ、汚されても、男の意識は戻らない。
「ははは、ざまあ……あんたは、今、俺だけの、だ……」
荒い息のまま頬に触れ、恍惚とジーノに赤崎が囁く。そうして、まだ固い体内のものに意識を向けて、もう一度ジーノに囁いた。
「俺のだ王子。俺だけの……」
こみ上げる笑いを抑えられなかった。
*
目を覚ましたジーノの体は気だるかった。
「……」
その分、赤崎の機嫌は良かった。
「起きましたね、王子。エサ食べますか?」
何か言いたげに、それでも黙って出されたフルーツを口にする。
「マンゴーの汁って痒いですよね」
一切れ皿からつまんでジーノの頬に押し当てる。するするとそれを滑らせて、首筋や鎖骨に塗っていく。
「食べ物を粗末にするのは趣味じゃないかな」
嘯くジーノを笑うように、唇にそれを差し出し、赤崎が言う。
「食べれば粗末にはなりませんよね」
やはり何か言いたげのジーノは、それでも大人しく口を開けた。
それから、何気ない表情の中にある焦燥を感じたくて、赤崎はジーノのそばから離れなかった。
「勝手に洗わないのは偉いなあ、王子」
ほんのりと朱に染まる肌をそのままに、ジーノは
「君は趣味が悪い」
と、力なく笑う。
「よく眠れたわりには、スッキリとはいかなかったみたいですよね」
赤崎が調子付いて話しかければ、
「てっきり寝込みを襲われるのかと思ったんだけどね」
とジーノが返事をする。意味がわからない、と一言つけたし、口端だけで小さく笑った。消耗しているのは明らかだったが、心が折れるほどではない感じだった。
「そろそろ、自分で楽になったらどうですか?」
焦れて赤い首元に指を這わせ、追い詰めるように爪を立てる。
「見ていたらこっちまでむず痒くなる」
逆らえば負けだと思っているのか、ジーノはされるがままになりながら返事をする。
「オカズもないのに出来ないよ」
「はっ」
赤崎は嬉しそうに笑い、
「協力はしてくれないの?」
とジーノがふざけてみせれば、
「また昨日の薬が必要みたいッスね」
と、簡単にはねのけた。薬か自慰かの二択をせまられ、ジーノは自ら先送りを望んだ。
「見境もない性欲お化けのくせして、いつまでプライド保てますかね」
赤崎の言うことはもっともで、ジーノの様子がおかしくなるのに、そう時間はかからなかった。
「ザッキー、薬を」
起きてしばらくも経たないのに、ジーノは薬をねだり続けた。正しい時計を失ってでも、意識を失ったまま時を過ごしたい。苛立ちとも悲壮とも思える表情を滲ませ、何度も赤崎にお願いをした。
「ザッキー、僕のこと無視しないで」
ずっと聞いていたくなるような哀願だった。
「取ってきてよ……ねぇ、聞いているの?」
叫び出しそうな思いを取り繕いながら、小さく震えているようにも思われた。
「君、よくこんな事が出来るね。チームメイトに」
ようやくそれを手渡されたとき、僅かに漏れたジーノの毒と棘。
「後悔してますか?使い捨てにするには相手が悪かったですね」
そんなジーノを赤崎は煽り、目の前で自慰するか、もう一度自分に手を出したければ足指を舐めて土下座しろと、さも楽しそうに高らかに言った。
「あんたの情けない姿一杯撮って、生涯思い知らせてやりますから」
「生涯……?」
「ああ、そうだ。一生涯ね」
愛と憎とは表裏一体。愛を受けられない赤崎の心は、罵声をぶつけることで、ぎりぎり神経を保っていた。呪いのような執着を片手に、お前を逃がさないと繰り返した。
「それは物騒な話だね」
いつの間にか服薬を済ませていたジーノはすでに虚ろで、赤崎は吐き捨てるように、
「早く戻ったらどうですか、自分の小屋の寝床にね」
と楽しそうに言った。
*
再び昏睡する男の逆レイプをするために、赤崎はシャワーを浴びて部屋に向かった。
「ザッ、キー……?」
あれから十分経っているのに、まだ意識のある状況に驚かされる。だが、よく様子をみてみると、体を動かせないようだった。身悶えするように立てられた膝が裾から片足露出している。掴んで寄せられたシーツの皺が、バラの花びらのようにジーノを包む。
「……来て、くれたんだ……」
と、囁く声は小さく、自我があまり感じられない。
「……ザッ、……苦しい、よ」
息はかなり浅い。弱々しいその姿は扇情的で、赤崎はふらふらと引き寄せられていく。いつものように頬に張り付く髪に触れると、
「んぅ……っ」
と、きかない体を震わせる。毎回こうして落ちていくのかと、眩むエロティックさに息を飲んだ。
「もったいないことをしてたなぁ。覗きに来ていればよかった」
反応のある状態に興奮して、面白がるようにローブを剥ぐ。
「助け、……て、辛、い」
気丈な男が自分を求めて、動かない体を必死に捩る。先走りがプツンと露溢れるがごとく、ジーノのしどけなさには何とも言えない瑞々しさと色香があった。
「ザッ、キー、」
「頭ん中、出すことで一杯ッスか?」
本能だけになってしまったような姿には、獣のような獰猛さと幼子のような切望が、マーブル模様の飴のように混じることなく共存していた。
「……っ」
這うように頬を撫で回しながら、赤崎はぶわりと総毛立った。堪えきれず食いつくように唇を蹂躙すれば、ジーノが嬉しそうな声を漏らしながら、吸い付く力もなく受け入れていく。倒錯的な今に理性が飛んで、赤崎は存分に堪能した。
途中、
「来て、お願い……」
と、消え入るようにジーノが囁く。激しく興奮しながらも、すぅっと意識が遠退いていく様子だった。
「来て……ザッキー、来て……」
「王子。本当にそれでいいんですか?」
「……はや、く」
ジーノは夢現に引き込まれながら、赤崎を何度も呼んでいた。
「俺の勝ち?本当に?王子、あんたは本気で奴隷になってもいいと?」
嬉しさというよりも戸惑いに溢れ、そうしているうちにもジーノの潤むような目が閉じられていく。赤崎はさせまいといつものように覆い被さった。
「王子、駄目だ。まだ寝るなよ」
ペチペチと蒼白な頬を叩けば、呻きながら再び目を開ける。そうして、証拠として服従の言葉を撮影すべくポケットに手を伸ばした瞬間、ぐるりと視界が反転した。
「!?」
何が起きているのか混乱していると、耳元に不気味な音が鳴り響く。
チャラ
「な……」
思わずジーノに縫い付けられた頭上の腕を引っ張ってみれば、ガチリと鈍い音がした。
「痛ッ」
何度も何度も引いてみたが、腕の自由が取り戻せない。両手首が一束にされたまま、絡む鎖が食い込んでいく。
「てんめぇッ」
「ほら、じっとして。痛いよ?」
「くそッ、離せよッ」
マウントをとったジーノは、微笑みながら、
「ここかな?」
と右腿のポケットをまさぐり、
「あったあった」
とコイントスをするかのようにピンと弾いた。
「返せ!」
すんなりと小さな鍵を手に入れたジーノは、自分の足の鎖を軽やかに外し、そうしてもう一度優しく笑いかけると、絡みつく手首の鎖に取ったばかりの錠前をつけた。
「やめっ!王子!」
ガシガシと馬鹿の一つ覚えのように繰り返し腕を引きつつ、赤崎の血の気が失せていく。
「ごめんね。もう飽きてしまった」
ジーノが長い鎖の弛みを利用して、見事に意趣返ししてみせた瞬間であった。
無為に動かす赤崎の手首に、うっすらと青いアザが浮かぶ。
「ああ、言ったのに。自分でそんなにしちゃって」
赤崎は細い目を大きく見開きながら、逆転した状況に震えている。
「調子付く君は、まあまあ、可愛かったよ」
すらりと立ち上がりジーノが言う。大声で助けを呼ぼうとすれば、落ちていたバスローブの紐で猿轡をかまされ、言葉を奪われた赤崎は、それでも無意味にもだえ続けた。
「趣味が悪いとは思うけれど、趣向としてはそれなりに面白さも理解したよ」
「ん、んん!」
「こういうことをやるっていうのは、ようするに……」
にこやかな表情がすっと消えて、凍りつくように室温が急に下がった。ゾッとした赤崎が身を竦ませると、ジーノは、
「自分がされたいっていうことだよね?」
と身の毛のよだつような美しさで笑った。違うと必死に首を振ったが、プレイの一環であると解釈するジーノは、聞き入れることなど一切なかった。
「僕なりに努力させてもらうよ、ザッキー。合格点もらえるといいな」
*
「ん、ゔ、ぅ、ぁ!」
「気持ちいい?」
攻められ、犯され、気を失い、無理矢理意識を引き戻される。出るものもないそこには鈍痛が響き、それでも延々といたぶられた。もうまさに拷問のそれで、赤崎の顔は涙と涎でグシャグシャになっている。そんな折、
「んぅっ!?」
感じたこともない激痛が身を襲い、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「かわいいからもっと奥まで入れてあげるね?」
「ぐ、ぁ、、」
内臓が裂けるような痛みの中でも、赤崎はもう抵抗も出来ないまま、ただ子供のように泣きじゃくっていた。
「慣れるまではしばらく我慢……してね」
これ以上は入らないという無理を圧して、ジーノが押し入ってくる。突かれる圧迫に空吐きのようなものを催しても、責め苦が緩まることは決してなかった。ジュプ、ジュプと吸い付くような音が泣き声をかき消し、腹の中がジーノの精液で熱くなる頃には、再び赤崎の意識が途絶えてしまった。
*
赤崎がぽかりと目を覚ました時、ジーノが足先を舐めていた。全身が蕩けるような快楽の中で、赤崎は未だ無意識に泣いていた。
「起きた?ちょっと無理させ過ぎちゃったかな」
「……」
「ん?ああ、あのね。そういえば昨日、まずは足をこうして欲しいって言ってたなぁって思って」
チュク、と音を立てて指に吸い付いては、丁寧に指の股を舐っている。傷と痣のボロボロの足を慈しむように、何度も執拗なほどのキスが続く。
「ごめんね?さっきは僕も結構、切羽詰まっちゃっていたものだから」
「ん、んゔぅ……」
「嫌い?こういうの」
しゃくりあげるように息詰まらせて、もっとと言わんばかりに首を振る。
「良かった。ならザッキー、そんなに泣かないでよ。わかんないだろう?」
赤崎が昨日ジーノに求めたのは、意味が全然違うものだ。わからないジーノでもあるまいに。
チュク、チュク
怒れ、従え、屈辱にまみれろ。赤崎は憎しみと悪意でそれを要求していた。不幸を願った目の前の男は、跪き、祈りを捧げるように傅いていた。乱暴を受けた後のそれは労りの毛づくろいのようで、赤崎は愛の幻影をそこに感じる。
(王子……俺が王子から欲しかったのは……)
愛に拗れた赤崎の心を解きほぐして、ジーノは簡単に笑いかける。涙はやはり止まらなくて、再三枕を湿らせる。
「ザッキー?泣き止んでよ」
*
そんなまどろみのなかのことだった。ジーノの指がゆっくりと足先から這い上がって、唇もそれに従った。ビクンと体を跳ねさせながらも、消耗の激しい体はままならない。少しずつ熱と痛みを思い出した赤崎がしっかりと我を取り戻す直前に、ジーノは先程と同じように、さも嬉しそうに目を細め言った。
「それにしても、こっちとしてみれば一回で逃してあげようって親切のつもりだったのに」
「……!?」
「本当にザッキーって馬鹿で可愛いよね、生涯だなんて。ふ、ふふふ」
今は何時だと思ってみたが、閉じられたままのカーテンは時を告げてはくれない。ジーノの瞳は真っ黒で、夜がまだ続いていることをかわりにまざまざと教える。
ガシガシ
腕を引いてもやはり拘束は一切解かれておらず、涎にまみれた猿轡もまた、少しも乾いていなかった。
「ここがうんとよくなるまで、しっかり仕込んであげるからね。大丈夫、オフ明けまで十分日数もあることだし」
ジーノは正確に日数を把握していて、赤崎はその長さに目眩がした。
「ん!ぅ!んんッ!」
冗談ではない。さっきのように乱暴に犯され続ければ、いつか狂い死んでしまう。この時、赤崎が感じていたのは、紛れもなく戦慄であった。
食い尽くされるような快感が再び赤崎の全身を襲い、息絶え絶えになった頃には引き裂かれるような痛みが埋め込まれる。逃げたくてもどうにも逃げ出せなくて、執拗なほど奥をこじ開けられる。
(痛い、痛い王子、もうやめ……助けて……)
痛みと不快感に包まれて、そんな時、囁かれる声にふと気付かされた。
「ザッキーごめん、もう少しだけ我慢して、ね」
薄目を開けて見上げてみれば、むき出しの色香漂う、本能のままの美しいあの人がいた。
(……王子っ)
裏にある見えなかった本質、これら行為の中にある本当の意味を、赤崎は雷にでも打たれたように一瞬にして理解した。その途端。
「……んぅ、ぁっ!、!」
こじ開けられまいと強張っていた結腸の入り口は突かれればジーノを飲み込むよう深く食いつき、引かれれば逃すまいと縋るようにグチュリと卑猥な声で鳴く。ジーノの先の引っ掛かりが内部を丹念に愛撫すると、赤崎はもう出るものがない自らを可愛らしく揺らしながら、甘い声を上げて繰り返し絶頂を迎えた。その喉がすっかり枯れ果てた頃、最も深いところでもう一度ジーノの白濁を受け止め、その全てを余すことなく飲み干せと言わんばかりに、ジーノもまた硬直する赤崎の体を、延々と固く抱き竦めた。
「……少しは、よくなって、きた?」
肩で息をしながら、それでもいつもの調子でジーノが言えば、赤崎はぼんやりとした視線のまま、小さく呻くように何かを言った。
「聞こえないよザッキー」
びっしりと重たそうな睫毛並ぶ瞼の奥のその輝き。擦り寄りたくなるような鼻梁の造形。閉じ込め、ズタズタに引き裂いてしまおうと思った苦しみの源。
「待ってて、はずしてあげるから」
「……」
「ザッキー、大丈夫?ちゃんと楽しめた?」
つまり、今触れんばかりに目の前にあるもの全て、我を失うほど愛おしく、何者にも変えがたい唯一無二の存在。
「こういうことは不慣れだけれど、自分でも意外なほど興奮してしまった」
ジーノは照れながら言う。そう、ここにいるのは、一欠片の悪意もなく、これをした者。憎悪をすんなり愛と受け止め、奇怪な性癖に寄り添うが如く、赤崎の願いを実現する人。
「もう。駄目だなぁ、こんなに声枯らしちゃって。ちょっと飲み物持ってくるよ」
頬にチュ、とキスをして、ジーノが部屋を去っていく。
(王子……俺……)
「お待たせ」
繋がれた赤崎を甲斐甲斐しく抱き起こし、口移しでオレンジジュースを与えた。
「……っ」
「荒れてるからビタミンがいいかなって。でも少し沁みる?痛いかな」
口角に残る擦り傷のような赤を、ジーノは丹念に舐めていた。ヒリヒリとしたところを刺激されて、痛みも感じたが幸せもあった。
「そうだ。これも」
ジーノが取り出したのは、品の良いハンカチで、
「痛そうだから」
と言いながら、手首と鎖の内側にそっと差し入れた。
「……王子?」
「出来た。これで少しはマシだよね」
ジーノは優しく微笑んでいたが、赤崎は戸惑いを隠せなかった。
「あんまり無茶しちゃ駄目だよ?治らなかったら目立つところだし大変だ」
「あの」
「ん?」
「は、はずさないンスか?鎖」
「何故?」
「何故って、もう、終わったんだし……」
「終わったって何がだい?全然これからじゃないか。まだ始めて数時間しか経ってないのに」
「!?」
チュ、チュ、と両頬にキスを落とし、
「とりあえず一旦食事にしようか。まかせて。腕によりをかけて美味しいものを……どうしたの?変な顔をして」
と、首を傾げ、
「あつあつなポタージュはどう?それとも喉を焼くようなアラビアータ、うーん」
立ち上がり指を立てて迷うような仕草に、赤崎は困惑したまま魅了される。
「残しちゃ嫌だよ?文字通りたくさん精の出るようなのを食べさせてあげる。ビスケットなんてもう100年は口にしたくないな」
その瞳はやはり漆黒の闇で、だがその輝きこそ赤崎には美しく思えた。ジーノが嬉しそうに微笑んでいて、それをさせているのは自分なのだと認識したからだ。この人もまたこんな風にこれまでの苦しみの日々を過ごしていたのだろうか、と、それを思うと、ますます胸が一杯になった。
「……」
「何?ザッキー」
ふわりと近づく姿が春風のよう。
「……好きです、俺。王子のこと」
しわがれた色気のない赤崎の告白。風は、二、三、瞬きをして、
「知っているよ」
と、いつものように笑った。
「今更……本当におかしい子だよね、ザッキーって」
